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その者、音に聞く益荒男の如き乙女なり。  作者: ぶるどっく
第三章 神に仕えし乙女と予言の英雄。

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無事を祈りしは黄金の乙女。


 深い森の中でアンジェがオスカーを助けるために駆け出し、二人だけで残されたランスとノエル。


 アンジェがオスカーを連れて帰って来ることを信じ、数歩分の距離を開けて二人はそれぞれ地面に腰を下ろしていた。


「……オスカーは大丈夫でしょうか……?」


「アンジェさんが助けに行ったから大丈夫っすよ。 それよりも、アンジェさんが言っていたように足を治した方が良いんじゃないっすかね。」


 嗚咽混じりの声音で呟くノエルへと、ランスはジッとアンジェが走り去った方向から視線を反らすことなく返答する。


「あ、はい……そうですね……でも、もしもオスカーが凄い怪我をしてたら……」


「お嬢さんは大怪我をした相手を治癒できる魔法を使えるっすか?」


 治療をするためにも魔力を残していた方が……、と弱々しく呟くノエルへとランスはピシャリと切って捨てた。


「……あう……使えないです……」


 一度視線をノエルへと向けたもののぷいっと顔を逸らして発せられたランスの言葉に、ノエルはしょんぼりとしながら応える。


「……心配する必要は無いと思いやす。」


「え……?」


 流石にしょんぼりとしたノエルに対して更に追撃を加えるようなきつい言葉を言うことを躊躇ったのか、ランスは視線は合わせないものの心配しなくても大丈夫なのだと続ける。


「もし、あのお兄さんが大怪我を負っていたら、多分ですけど……アンジェさんはお嬢さんなんかに構うことなく助けに走ってたと思うっすよ。……本当にアンジェさんはお人好しというか、優し過ぎやす。」


 三角座りをした膝を抱き寄せながら、ランスはアンジェの優しすぎる性格を脳裏に思い浮かべた。


「……なら、どうして……あんな私を試すような意地悪な問いかけをしたのでしょう……?」


 アンジェの行動を推測するランスの言葉にノエルは表情を曇らせてしまう。


 本当にランスの言うようにお人好しで優しいと言うならば、どうして己を追い詰めるような問いかけをしたのかノエルには分からなかった。


「やっぱり、僕はお嬢さんなんか大っ嫌いっす! 慰めようとなんて思わなければ良かったっすよ!!」


 ノエルの言葉に対して逸らしていた視線を向け、怒りで顔を紅く染めるランス。


「ま、待って下さいっ! どうしてお怒りになるのですか? 私はアンジェさんの言動の理由を知りたいと思っただけなのです!……だって……私の周りには……あんな風に言う方はいらっしゃらなかったから……ごめんなさい……」


 分からないんです……、と弱々しく俯いて呟くノエルへと、ランスはムスッとした表情を浮かべながらも多少考えを改める。


 己よりも年上に見えるノエルは精神的な面や他者との関わりにおいて、ランスよりも遥かに幼い子供なのだと。


 だからこそ、一つ一つのアンジェの言動の理由を懇切丁寧に説明しなければ、他者に厳しい態度を取られたことのないノエルには理解出来ないのだとランスは察してしまった。


「良いっすか?

 アンジェさんがお嬢さんい厳しい言動をしたのは、お嬢さん自身にちゃんと自分の身勝手な行動でどんな結果が出たのかを分かって貰うためっす。」


「……はい……それはすごく分かりました。 危険な場所だと分かっていたのに、オスカーがいれば何とかなると、安易に考えて制止の言葉に耳を貸すことすら有りませんでした。

 その所為で、私だけならば未だしも、護衛のオスカーを巻き込んでしまいました……。」


 ため息を付きたい心をぐっと押さえ込んだランスは幼子に教えるように説明し始め、ノエルも二度と同じようなことをしないためにも真剣に耳を傾ける。


「間違ってるって言葉にするだけなら簡単なことっすよね。 告げれば良いだけなんすから。 でも、それじゃあ何を間違っているのか分かっていないお嬢さんは同じ事を繰り返すかもしれない。 だからこそ、今回の一件でお嬢さんが駄目な行動を取った事を真剣に分かって貰って、後悔して貰う必要がありやした。」


「……確かに、安易に助けて頂いていたら……危ない時には必ず助けが来ると考えるようになっていたかもしれませんわ……。」


 淡々と説明するランスを申し訳なさそうに肩を落として大人しく説明を聞き続けるノエル。


「世の中そんなに甘くないっす。 普通は助けなんて都合良く来るはずが有りやせん。 アンジェさんだから、お嬢さんに対して“大っ嫌いなあんた自身を変えて見せろ”という交換条件で動いてくれやしたけど、他のどんな親切な人間だって恐ろしい魔物を相手にあんな条件で立ち向かってくれる人はいないっすよ。

 それも、自分の嫌いな人を助けようとは思いやせんよ。 お嬢さん達も、僕も、運が良いんです。 だって、助けてくれた人がアンジェさんだったんっすから!」


 ランスは心の底から嬉しそうに満面の笑みを浮かべて告げる。


「本当に、ランスさんはアンジェさんがお好きなのですね。」


 その憧憬と敬愛の入り交じった晴れやかな笑顔に一瞬だけノエルは言葉を失ってしまう。


 ここまで、誰かに尊敬されて慕われる人物をノエルは他には思い付かなかったのだ。


「はいっす! アンジェさんは僕の命の恩人で、いつか必ず受けた恩を返したいと思っている人っすから! でも、アンジェさんは僕が言うのもあれですけど……お人好しすぎるから心配っすよ。」


 ノエルはランスの言葉に思考を巡らせる。


 アンジェのノエルに向けた言葉の数々は確かにノエルに考えることの大切さを、そして己の行動の浅はかさを自覚させる切っ掛けとなっていた。


 今まで生きてきた中で早くに亡くした母と、多忙であるがゆえにあまり接する事の無かった父以外に、ノエルへと厳しく接してくれる者達は誰もいなかったことに思い至る。


 そして、耳に痛い言葉がどれ程に大切なものなのかを、注意や警告を発してくれる者達はノエルを大切に思っているからこそ、告げてくれるのだと言うことを深く感じ取った。


「私は優しさと言うものを履き違えていたのかもしれません……一見すれば厳しい、意地悪だと感じる言葉も、相手の成長を思うからこそ告げられることもあるのですね。

 ……今まで関わってきた者達はおそらく私の機嫌を損ね、父の怒りを買いたくは無いがために何も告げてはくれなかった……。」


 だが、ノエルは同時に考える。


 権力者である父の娘である己に、他者の言葉になかなか耳を傾けることもない己に、父の怒りを買うかもしれないという可能性を考えればアンジェのように告げようと思ってくれる人間は少ないのだと言うことを。


 決して、娘可愛さの余りに忠告をしてくれた者へ怒りを向けるような父ではないが、そんなことは他者には分からないものである。


「……全ては、私自身不明が招いたこと。 その結果を粛々と受け止め、二度と同じ過ちを犯さないように……そして、私はオスカーにも、今まで迷惑を掛けてしまった皆様にも謝罪せねばなりません。 何よりも、私の愚かさを教えてくれたアンジェさんへ本気で謝りたい……」


 ノエルは手を握り締め、心より願う。


 オスカーと共に、アンジェが一刻も早く無事に帰ってきてくれることをひたすらに祈るのだった。




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