惑いし黄金の少女は思考を巡らせる。
アンジェの言葉を受けてノエルはぐるぐると思考を巡らせ続ける。
「(……英ゆ、ではなく、あの方の助けなくしてはオスカーを救うことが出来ません……でも、私は嫌われているから私のお願いを聞きたくはない……私は私である以上、どうしろと言うのでしょう……)」
嫌われているからアンジェへとお願いしても聞いては貰えない。
でも、お願いしなければオスカーを助けに行っては貰えない。
ノエルは本気でどうすれば良いのか分からなかった。
「……僕がアンジェさんの側に置いて貰っているのは、それが交換条件として交わして頂いたからっすよ。」
「え?」
ほとほと困り果てた様子のノエルに対し、このままでは本気でオスカーの命が危ないと考えたランスが呟く。
「僕は最初っからアンジェさんの側にいたわけでは有りやせん。 アンジェさんが僕の奪われた大切な形見を取り戻してくれる代わりに、エルネオアまで話し相手を務めるという約束で側に置いて頂いてやす。……ただ、僕とお嬢さんは違うから話し相手程度の事ではアンジェさんは動かないと思うっすよ。」
アンジェの嫌がることばかりをした相手に対して塩を贈ることが嫌なのか、ランスはむうっとした表情を浮かべている。
「……交換条件……」
ランスの言葉に青天の霹靂とばかりの表情を浮かべたノエルは、再び何かを考え始めて一つの提案を口にする。
「アンジェさん、私のお願い事は嫌でも交換条件ならば動いて下さいますか?」
「あんたの提示した条件に、俺が動いても良いと思ったならばな。 だが先に言って置くが、俺はあんたが汗水流して貯めた金ならば兎も角、あんたの家族が所有する金では動かねえ。 そんな言葉を出した瞬間に、あんたを気絶させて無理矢理でもエルネオアに向けて移動を開始するぜ。」
親の金を当てにする奴は気に食わん、と吐き捨てるアンジェへと、ノエルは出鼻をくじかれてしまう。
「(……金銭ならばお父様に頼めば払ってくれるでしょう。 でも、そんなお金では納得しない……つまり、私自身の持つ何かでなければ駄目ということ……私の持つ物の中で、あの方が動いても良いと納得し、欲しそうな価値のある何か……はっ?! ま、まさか……)」
他者の金では駄目なのだと言われたノエルは、己の持つ物の中でアンジェが納得しそうな物を考え続けて一つの結論を導き出す。
「……アンジェさんが何を求めているのか、分かりました。」
「……一応、聞こう。」
ノエルの悲壮な覚悟を決めた眼差しに、何故か嫌な予感を感じて眼を細めてしまうアンジェ。
「お、オスカーを助けてくれるならば、私の身体を……」
「よしっ! 今すぐに出発するぞ、ランスっっ!! そのアホを縄で蓑虫にして引きずっていこうぜ。」
額に青筋を浮かべたアンジェが、ランスへと向かって荷物の中から縄を持ってこい、と叫ぶ。
「いにゃあぁぁぁぁっっ?!」
分かったっすよ、と良い笑顔でアンジェのお願いを二つ返事で引き受けたランスが本気で走り出そうとしている事に気がつき、ノエルは必死でランスへと叫びながらしがみつく。
「な、なななな、何故なのですかっ?! だって、盗賊とか山賊とかといった輩は年頃の娘を売り飛ばしたりするって聞きましたわっっ!!」
「誰が盗賊や山賊っすか! アンジェさんがそんなことをする訳が無いっす!!」
顔を真っ赤にして怒るランスは、腰にしがみついて狼狽した様子で叫ぶノエルを引きずりながら、地面へと下ろしていた荷物へと向かって無理矢理歩いて行こうとする。
「(……なんだか、最近のランスを見ていると忠誠心の強い子犬みたいで可愛いって思っちゃうんですよねえ……。 エルネオアに到着するまでの約束なのに……ね。)」
己のために怒ってくれているランスの姿に、ノエルへの怒りは何処へやらアンジェは眩しそうに眼を細めて心の中でふんわりと微笑んでしまう。
「ランス、怒ってくれてありがとな。 でも、本当に実行しなくて良いぞ。
あと、嬢ちゃん。 俺はあんたみたいな見るからに未成熟な奴に興味は無いからな。 金を積まれて頼まれたって、お断りだ。」
「……むぅ……本当に蓑虫にしちゃえば良いのに……でも、アンジェさんが止めるなら仕方無いっすね。」
嬉しそうに笑いながらアンジェはランスを制止し、ランスもアンジェの言葉ならばと唇を尖らせながらもノエルを蓑虫にしようとしていた手を止める。
「……み、未成熟……即ち、子供体型……」
ガーンッといった様子で暗雲を背負い始めたノエルの“今から大きくなるんです”、“どうせツルペタですよ”等と、ぶつぶつと呟く姿にアンジェとランスは退いてしまう。
「おい、誰もあんたの体型のことなんざ言ってねえだろうが……あんたの場合は身体よりもまず精神的なモンの方がだいぶ未成熟だろうに。」
「……か、身体のことを言っていない……?……お、おほほ、大丈夫です! ちゃんと分かってましたから! そうですよね、出会ってそんなに時間の経っていない女性に対して身体的なことを言ったりされませんよね!」
「「…………」」
背負っていた暗雲を消し去り、誤魔化すようにオホホ笑いをするノエルへと、アンジェとランスは深々とため息を付く。
「……そろそろ何とかしないと、あの兄ちゃんの気配がだいぶ弱まって来てるんだが……」
「はにゃっ?! ど、どど、どうしましょうっっ!!……うっうぅぅ……」
呆れた様子でため息混じりで告げるアンジェの言葉に、ノエルは慌ててうなり声を上げながら再び考え始める。
どうすれば、どうすれば、と思考を空回りさせるだけのノエルへと、アンジェはガリガリと頭を掻いてボソリと呟く。
「……あんたは、あの兄ちゃんが大切か?」
「へ? そ、そんなの当たり前では有りませんか! そうでなければ、こんなにも考えたり……置いて逃げてしまったことを後悔など致しません……!!」
ぎゅうっと服に皺が出来ることも気にせずに、ノエルはアンジェへと叫び返す。
「それは何でだ? あの兄ちゃんは、あんたの事を只の護衛対象だから護ってたに過ぎないってはっきりと言ってたよな?」
「……私は……私は全部ちゃんと分かってる訳ではないけれど、あんな風に言われても仕方無いくらい沢山の迷惑をオスカーに掛けてしまった……ううん、今も掛けちゃっているんです。」
ノエルの脳裏に浮かぶのは不機嫌そうに眉を寄せながらも、最後は何時だってノエルへと手を差し出してくれた仏頂面のオスカーの姿だった。
そんな何度もノエルを護ってくれたオスカーを助けるためになら、どんなことだってしたいと思うのに、アンジェはノエルが持っている……いや、ノエルが自分の交渉に使うことを許されていると無意識に思っていた、父親の地位や金銭では決して動かないのだと突きつけられた。
そして、その時になってやっとノエルは自分の物だと、価値があるのだと言える物を何一つとして持ってい無いことに気が付かされたのだ。
「……沢山迷惑を掛けてしまった大切な人を助けるために私が誰かに渡せる物なんて、私自身しか無いではありませんか……!」
項垂れて悔しげに語るノエルの言葉にアンジェは頷きながらも、考えることを止めさせないように言葉を続けていく。
「そうだな、あんたが周囲の人間の気持ちや忠告を省みずに動き続けた結果だな。 身勝手なあんたが引き起こしたことの尻ぬぐいを、今もあの兄ちゃんが一人で請け負っている。
それなのに、あんたは助けたくても自分の物だと言える物を何一つ持っちゃいない。 どうすれば良いのかも、今まで考えたことも無いから分かりゃしねえ。……そんなあんたでも出来ることと言やあ、助けを求める相手の心を動かすほどの覚悟を示すことくらいか?」
「……覚悟……?……私の、覚悟……?」
唯々アンジェの言葉を繰り返すだけのノエルの姿に、アンジェもそろそろ潮時かと思い始めていた。
「(……覚悟……そういえば……お父様も、神官になるように仰った際にそんなことを言ってました……。 その時は、あまり深く考えてはおりませんでしたけれど……私の覚悟……)」
神官になる際に父親にも言われたと思い返していたノエルの視界に、一房の黄金の輝きが掠める。
「(私はっ……例え嫌われていたとしても、オスカーを助けたいっ!!)」
その黄金の輝き、己の腰まで伸びている髪を見てノエルの心は定まり、決意の炎の燃える瞳でしっかりとアンジェ達を見据えるのだった。




