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その者、音に聞く益荒男の如き乙女なり。  作者: ぶるどっく
第三章 神に仕えし乙女と予言の英雄。

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乙女は怒りを迸らせる。


 深く頭を下げているノエルを見詰めて、アンジェはため息を付きながら片手で頭を掻く。


「今度は何があったんだよ。」


「魔物にっ! それもグラウ・グリズリーに襲われたんですっっ!! オスカーが私を逃がすために囮になってくれて、だからっお願いですっっ!! 助けて下さいっっ!!!」


 このままではオスカーが死んでしまう、と叫ぶノエルをジッと見つめて黙り込むアンジェ。


 焦った様子で助けて、と言葉を繰り返すノエルと、黙っているアンジェを交互に見詰め、闘う力を持たないランスはアンジェの選択を静かに待つ。


「助けに行くことは断る。 俺も死にたくないんでね。」


「なっ?! そ、そんなっっ!! どうしてですか、英雄様っっ!!!」


 深々と吐かれたため息と共に告げられた言葉に、ノエルは大きく眼を見開き動揺する。


 下げていた頭を上げて駆け寄り、縋り付くかのように己の服を掴むノエルの狼狽した姿に、アンジェは心底呆れたような眼差しを送った。


「あのなあ……お嬢ちゃんは全く持って分かってないみたいだから、はっきりと教えてやるが……俺達とあんた達は別に仲間って訳じゃない。 言うなれば、通りすがりの赤の他人だろう?」


「そ、それは、そうかもしれませんが……ですがっ! 英雄であるならば誰か困っている人がいれば助けるのが当然……」


 眉を寄せ、不機嫌そうに告げるアンジェの言葉にノエルは瞳を揺らし、信じられないとばかりに言葉を重ねていく。


「……馬鹿か、てめえは。」


 ノエルが言葉を重ねれば、重ねるほどにアンジェの瞳から熱が失われていき、冷たい輝きを放ち始める。


「……え?……きゃっ、きゃあっっ?!」


 とうとう耐えきれなくなったのか、アンジェはノエルの言葉を遮るように低く呟き声を漏らし、戸惑った声を上げたノエルの身体を乱暴に振り払った。


「な、何をっ……」

 

 振り払われたことで体勢を崩し、地面へと倒れてしまったノエルは驚いた表情でアンジェを見上げる。


「英雄、英雄って馬鹿の一つ覚えみたいにあんたは言い続けるが、俺は違うと言っているだろうっっ! あんたの下らん神託とやらを俺に押しつけるんじゃないっっ!!」


 全身で怒りを迸らせるアンジェの姿にノエルは表情を青ざめさせて、ガタガタと震え始めてしまう。


「第一、もし万が一、億が一、俺が英雄であったとしても、俺の行動は俺が決める。 お前の身勝手な英雄像を俺に押しつけるんじゃないっ!」


「……ひうっっ」


 ガンッと側にあった大きな岩へと怒りに突き動かされるようにアンジェが腕を振るえば、その拳を受け止めることになった大きな岩は粉々に砕けてしまった。


 生まれてから一度も向けられたことはない、苛烈な怒りの波動にノエルは自分の身体を強く抱きしめて唯々怯えてしまう。


「……それに、俺達はすでにあの兄ちゃんから依頼を受けてるから、別に助けに行く必要は無いんだよ。」


 怒りに覆い尽くされそうになった心を落ち着かせるように一度深呼吸をしたアンジェ。


 少しだけ心が落ち着いたことを感じたアンジェは懐から、オスカーが去り際に投げて寄こした物を取り出してノエルへと見せ付ける。


「それは……オスカーの……」


 アンジェが見せた通貨が入った皮袋は、ノエルにとっても見覚えが有る物だった。


「あの兄ちゃんからの依頼の内容は“一人で戻ってきた嬢ちゃんを保護してエルネオアへと連れて行くこと”だ。」

 

「……何を……」


 大きな手の中でアンジェは通貨の入った皮袋を弄びながら、ノエルへと真実を伝える。


「あの兄ちゃんは最初っから助かる気なんか無い。 あんたを逃がせりゃそれで良かったんだよ。」


「うそ……嘘よっ! だって、助けをって……」


 己の言葉を何とか否定しようと叫ぶノエルを冷たく見下ろしながら、アンジェは現実を突きつけた。


「アラクネの時に悟ったんだろ。 そうでも言わなきゃ、てめえは逃げねえってな。 あの兄ちゃんとあんたの関係性に興味なんざ欠片もねえ。 だが、あんたに死なれたら、あの兄ちゃんに取って都合が悪いんじゃねえのか?」


「あ……そ、んな……いや、嫌よ、オスカーっっ!!」


 アンジェの言葉に思い当たることが有ったのか、愕然とした表情を浮かべたノエル。


 だが、すぐに泣きそうな表情を浮かべてオスカーのいるであろう方向へと戻るために、立ち上がろうと痛む足に力を込める。


 嫌だ、嫌だと駄々っ子のようにその言葉だけを繰り返し、痛むと同時に力の入らない足で立ち上がろうとノエルは藻掻き続ける。


「……あの兄ちゃんは一体誰の所為で死んじまうんだろうな?」


「っっ?!」


 足掻き続けるノエルを冷たく見下ろしながらアンジェが静かな声で告げれば、ノエルの肩がビクリと動く。


「……沢山の魔物が蠢くファモリットの森にどうして来なければならなくなったんだろうな?……俺達と一緒に居れば死ぬことなど無かったのに、どうして一人で危険な森の中に行かなければならなくなったんだろうな?」


 アンジェの冷たい言葉が紡がれるたびにノエルの身体の震えは大きくなり、顔色が青を通り越して白くなっていく。


「……どうして、無謀にも危険なグラウ・グリズリーを一人で相手取り……喰い殺されることになったんだろうな?」


「いやあぁぁぁぁっっっ!!!」


 なあ、ノエルお嬢様?、と嗤いながら告げられたアンジェの言葉にノエルは悲鳴を上げる。


 血の気を失い、オスカーを死地に追いやったのは他ならぬ自分なのだと、眼を背けていた事実とアンジェの言葉で強制的に向き合うこととなったノエル。


 ごめんなさい、ごめんなさい、と淡い恋心を抱いていた相手の命を奪ったのは他ならぬ己なのだ、と大きな瞳から滂沱の涙を流すノエルの姿を淡々とした様子でアンジェは見詰め続ける。


「……っ!」


 自業自得とは言え、あまりアンジェらしくない他者を追い込むような言葉の数々に、身勝手なノエルの心配をするより先に、ランスはアンジェが傷ついていないかが心配だった。 


「……アンジェさん……」


 小さな足音を立てて近寄ってきたランスの己を見上げる瞳に、流石に女の子を泣かしたし責めるような色が浮かんでいるだろうな、と思ったアンジェ。


 だが、その瞳に浮かんでいたのは唯々アンジェを心配している感情だけだった。


「……ランス……お前……あー、うん。 ありがとな。」


 照れくさそうに笑ったアンジェは誤魔化すようにランスの頭をわしゃわしゃと撫で回し、再び厳しい視線をオスカーへと謝りながら泣くだけのノエルへと向ける。


「そんで、おじょーさま? あんたは、あんたを助けるために命を懸けた野郎のために泣くだけなら、さっさと出発しても良いか? あの兄ちゃんが喰われた後に狙われる可能性も有るから、さっさとこの場所を離れてえんだよ。」


 オスカーの命など己には関係ないとばかりに告げられたアンジェの言葉に、ノエルは涙を流しながら唇を噛みしめる。


「……私のことなどっ!……放っておけば良いではありませんかっっ!!」


 涙に濡れた瞳で己を睨み、嗚咽の合間に震える声で叫ぶノエルの言葉をアンジェは鼻で嗤う。


「どうやら、あんたは本当に物わかりが悪いみてえだな。 あの兄ちゃんに依頼されたって言っただろうが。」


「……っ……」


 好きこのんで助ける訳ではない、とアンジェの冷たい言葉にノエルは俯き、無力感に苛まれる。


 このままでは、目の前にいる英雄と己が思っていた男にノエルは荷物のように抱えられて運ばれていくことになるだろう。


 もしも、アンジェの手をかいくぐり、オスカーの元へと駆け戻ったとしても闘う術もなく、低級の回復魔法しか持たぬノエルでは共に戦い死地を脱することも、既に重症を負っているかもしれないオスカーを癒すことも出来はしない。


 ……身勝手なノエルに出来ることは己の愚かさを呪い、オスカーのことを想い涙することしかなかった。


 ノエルはそんな己の身勝手な言動が招いた最悪の結末に、そして口先だけで一人では何も出来はしない無力さに血が出るほどに唇を噛みしめ、綺麗に整えられた爪に土が入ることも構わずに握り締める。


 しかし、無力さと絶望に心が苛まれ、嘆き続けるノエルの頭上で大きなため息と共に、小さな希望とも言えぬかもしれない道が示される。


「……お前ねえ……何処まで手が掛かるんだよ……。

 いいか、嬢ちゃん。 嘆こうが、喚こうがやってしまったことは変わらねえ。 けどな、あの兄ちゃんは未だ生きてる。 まだ、間に合うんだよ。」


「……いきてる……?」


 幾筋もの涙の跡が残る顔を勢いよく上げたノエルの瞳をしっかりと見つめながら、アンジェは言葉を続ける。


「おう、今なら未だ間に合う。 だが、俺は動く気は無い。 俺の意志を無視して英雄に祭り上げようとする嬢ちゃんなんざ、大っ嫌いだからな。 あんたのために動く気はさらさらねえ。」


「うっ……」


 真っ正面から否定の言葉を吐かれたノエルは怯んでしまう。


 目の前にいる男はノエルに何を求めているのかも分からなかったのだ。


「おいこら、思考を止めるんじゃねえ。 足りない頭をもっと使って考えてみろ。 あんたは、あの兄ちゃんを助けるために俺の意志を動かす必要が有る。 だが、生半可な言葉じゃあ駄目だ。 あんたには嫌な思いをさせられたし、大っ嫌いな奴のために俺は交換条件も無く動きたくねえ。」


 アンジェの何かを仄めかす言葉を受けて、ノエルは生まれて初めてと言って良いほどに思考を巡らせ始めるのだった。




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