願い出るは旅路の共。
茂みから姿を現したのは、一般的な男性の中でも身長が高いはずのオスカーよりも大きな人物だった。
その大きな人物が持っているからこそ余計に小さく見えるカゴ一杯に木の実を入れ、片手で軽々と大きな猪の魔物を抱えている。
「アンジェさん! 何時にも増して、すごく大きな獲物ですね!!」
「「………………」」
驚愕の表情を浮かべたオスカーとノエルの横を素通りし、笑顔でランスはアンジェへと駆け寄った。
「おう! ランスはもっと喰わねえと、まだまだ痩せっぽっちだからな! 冒険者になるにしても、身体が資本だ。 この俺が一緒にいるのに、飢えさせる訳にはいかねえだろっ!
それに、そっちの嬢ちゃんと兄ちゃんの分も有るからしっかりと……」
「……ひっ……人食いグリズリぃぃぃぃっっ!!!」
「少年っ、今すぐ離れろっっ!! 喰われるぞっっ!!!」
ランスの嬉しそうな表情に笑って応えるアンジェの言葉を遮るように上げられた悲鳴。
「……ランスに引き続き魔物扱い、か……。」
「ちょ、あ、ああああ、アンジェさんっっ! 落ち込まないで下さいっす!! 本気であの時は申し訳なかったっすから!! 反省してやすし、今はそんなこと微塵も思っていやせんっっ!!!」
木の実も、狩ってきた猪も地面へと落として、どんよりとした雰囲気を纏うアンジェへと、ランスは必死で声を掛け続ける。
「お二人もっ悲鳴を上げるのを止めて下さいっす! アンジェさんは一見すれば盗賊の親玉や悪の権化だとか、凶悪な魔物に見えるかもしれないっすけど、内面は傷つきやすい繊細な方なんすよっっ!!!」
地面に三角座りして地面に“の”の字を書き始めたアンジェへと必死で声を掛けながら、ランスは未だに警戒を続けて怯えた表情を浮かべる二人へと声を張り上げる。
「……あの……ランス、さん?」
「なんすか?」
ランスの言葉と落ち込んだ様子のアンジェを見比べて、ノエルが恐る恐る言い辛そうに声を出す。
「……お前の言葉に益々落ち込んでいるんだが……。」
「……へ?」
言い辛そうなノエルの言葉を引き継ぐように目元が長い前髪に覆われて見えないが、微妙な表情を浮かべたオスカーがランスへと告げる。
「……ふ……ふふ……どうせ、俺は盗賊の親玉や悪の権化で、凶悪な魔物だよ……俺だって、俺だってなっ……! 好きでこんな容姿じゃねえんだよ、ちくしょー……」
ランスがオスカーとノエルへと向けていた視線をアンジェへと戻せば、益々どんよりと暗雲を背負ったアンジェの姿が有った。
「……はわっっ?!……す、すみやせんっ、アンジェさん! ぼ、僕は悪い意味で言った訳じゃなくて……アンジェさんが優しくて、一本筋の通った立派な方だって言いたかっただけで…………アンジェさあぁぁんっっ、戻ってきて下さいっす!!!」
どうせ……と呟きながら落ち込んでいるアンジェへと必死な面持ちで弁明を図るランスの姿に、蚊帳の外になってしまったオスカーとノエルは顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべるのだった。
「……悪りぃな、見苦しい所を見せちまって。」
そっぽを向きながら、ボリボリと気まずそうに頭を掻くアンジェの言葉にオスカーは無表情を貫き、ノエルは笑顔を浮かべるが、その笑顔は引き攣っていた。
「い、いえ……私も初対面の命の恩人へと悲鳴を上げるなど失礼な事をしてしまいましたわ。 こ、この度は助けて頂き本当にあ、ありがとうございました。」
「……すまん、礼を言う。」
アンジェへと謝罪と感謝の言葉を伝えながらも、ノエルはアンジェから目線を反らし、その声は震えていた。
護衛対象であるノエルの隣りにいるオスカーも無表情に感謝の言葉を呟いているが、その手は剣の柄の辺りにしっかりと添えられていた。
「……お二人とも、僕の時とは対応が違いすぎやしませんか?」
アンジェに命を助けられてから共に旅路を歩むこととなり、外見とは違ったその内面を多々見る事が出来たランス。
継ぎ接ぎだらけの服では寒かろうと、自分の着替えの一部を躊躇うことなくランスへと渡したばかりか、アンジェは一晩も掛からずに丈を縫い直してしまった。
それでも、元がアンジェの服である以上調度良いとは言い難かったが、冷え込むこともある夜の森の野宿でもランスは体調を崩すことなく旅を続けられている。
共に過ごす時間が長ければ、長いほどに、アンジェの優しさに気が付いて、ランスはすっかりとアンジェに懐き、尊敬していた。
「しょうがねえよ、ランス。 昔っから初対面の奴には似たような反応をされているから、気にしなくて良い。」
頬を膨らませ、ムスッとした表情を浮かべるランスへとアンジェは苦笑を浮かべてしまう。
「でもっっ……分かったっす。 僕はアンジェさんを困らせたい訳では有りやせんから。」
己のために不機嫌な様子となり、不承不承と言った様子で矛先を収めてくれたランスの頭を、弟にするように思わず撫で回してしまったアンジェ。
「あ、悪い。」
「……えへへ、別に良いっすよ。 なんか、兄ちゃんに褒められた時のことを思い出してアンジェさんに頭を撫でて貰うのは好きっすから!」
ランスより遥かに背の高い己を見上げて、嬉しそうに頬を赤らめて笑う様子は子犬のようで可愛らしかった。
「(……なんですか、この可愛らしい生き物は。)」
出会った時は痩せ細り、髪の毛も伸びて全体的に薄汚れていたランス。
だが、しっかりと食事をさせ、伸びていた髪を切り、汚れた身体を水浴びをさせて身綺麗に整えさせれば、ランスは女顔の可愛らしい容姿の少年だったのである。
「(……ランスに可愛らしい笑顔で見上げられていると、時々何故か犯罪を犯している気分になるのは何故でしょう? 別に後ろ暗いところなど無いはずなのに……。)」
心の中ではそんなことを考えつつ、嬉しそうに笑うランスの望み通りに頭を撫で続けるアンジェだった。
「あ、あのっ! お二人は冒険者なのですか?」
ランスを撫でることを優先していたアンジェの思考に割り込むように、ノエルの声が響く。
「……ああん? 俺達は冒険者じゃねえよ。 ただの旅人だ。 これから、冒険者になるためにギルドのある街に向かって旅を続けてるんだよ。」
「……ここから一番近いギルドがある街と言えば……お嬢様。」
アンジェの返答にオスカーがノエルへと何かを促すように視線を向ける。
「……出会ったばかりな上に、貴方へと沢山礼を失する言葉を吐いてしまった私達が願うなど烏滸がましい事は承知しております。 剰え、冒険者でもない貴方達へと依頼することも可笑しいことだと理解しております。
ですが、どうか私達を貴方達の旅路に加えては頂けませんでしょうか?」
オスカーの言葉を受けて、何が言いたいのかを理解したノエルはアンジェへと向かって恐る恐る口を開く。
「……今までの非礼を心より詫びる、申し訳なかった。 旅人であるという貴殿に依頼するというのは可笑しいことだとも百も承知。 だが、俺一人ではお嬢様を守りながら、この森を抜け、平野を超えることは不可能だ。」
未だに声は震えているノエルの言葉に続くようにオスカーも頭を下げる。
「謝罪は別に要らん。 いつものことだからな。 けどな、そっちの兄ちゃんの剣は既にボロボロだろ。 その上、そっちの嬢ちゃんは戦闘では役に立ちそうにもない。……要するに、あんた達二人も一緒に行くってなると、前線で戦えるのは俺一人ってことにならねえか?
……戦闘に関しちゃ特に何かを言うつもりはねえ。 だが、背中を預けて戦う以上はあんた達の事情と、身元も分かった上で、が最低限の条件になると思うんだがな。」
厳しい眼差しをアンジェは二人へと向け、オスカーとノエルは緊張に身体を硬くして今までの経緯を説明するためにゆっくりと口を開くのだった。