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その者、音に聞く益荒男の如き乙女なり。  作者: ぶるどっく
第三章 神に仕えし乙女と予言の英雄。
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悪夢より目覚めし者。


 深い、深い森の中でオスカーはアラクネ達に追われ続けていた。


 護衛していたはずのお嬢様は己の逃げろ、という言葉に一目散に従い、既にこの場を離れている。


「……はっ、っっ……くそっ……」


 どれ程走り続けているのだろうか……? 息も切れ、荒い呼吸を繰り返すオスカーは生き延びるために必死で走り続ける。


 押しては返す波のように、攻撃を繰り返してくる夥しい数の蜘蛛の魔物を前にオスカーの体力は限界だった。


「……っっ?!……ぐっっ!!!」


 体力の低下した足は、普段であれば容易に避けることが出来たであろう木の根に躓き、体勢を崩してしまう。


 倒れた身体を急いで起こした時には既に遅く、アラクネの率いる蜘蛛の魔物達に取り囲まれてしまっていた。


「…………っっ!」


 オスカーは此処までか、と悔しそうに唇を噛みしめる。


「(……思えば碌でもない人生だったな……。 こんな色の眼をして産まれたばかりに罵られ続けるし……呪われているのだと、どんなに努力しても騎士になることも許されず、主家の馬鹿女のお守りをして最期は魔物の餌か……。)」


 今更振り返ってみても、本当に碌でもない人生だったと自嘲するオスカーは一匹でも多くの魔物を道連れに果てる覚悟を決めていた。


 業物とは言えないが、主家のお嬢様を確実に守るためにと与えられた其れなりの代物の剣を構えて死を覚悟したオスカー。


 しかし、死を受け入れたオスカーの覚悟を改めさせるように漆黒の光が眼前に現れる。


「……君は……?」


 オスカーが漆黒の光と認識したのは、艶やかな黒髪を(なび)かせた一人の燐光を纏った少女だった。 


「……もう大丈夫……後は私に任せてゆっくりと休んで下さいね。」


 戸惑った声を上げるオスカーへと少女は優しさに満ちた微笑みを向ける。


「(……誰だ……?)」


 オスカーが母にさえも向けられたことが無い穏やかで優しい笑みを浮かべた漆黒の少女。


 思わず初めて己へと向けられた誰よりも優しいその笑みに惹かれて手を伸ばそうとするが、何故か石のように重くなっていく身体は動かず、声を出そうにもオスカーの意思に反して固く閉じてしまう。


「(行くなっっ……!!)」


 オスカーへと笑みを向けていた漆黒の少女が背を向けて、魔物の群れへと歩き出す。


 己へと初めて温かな笑みを向けてくれた漆黒の少女の華奢な肢体が、魔物達に蹂躙される様など見たくはないとオスカーは必死に手を伸ばそうとする。


 ……だが、どう足掻いてもオスカーの身体は動くことは無く、声を発する事も出来はしない。


 アラクネ達の放つような粘着性の高い糸に絡め取られた心持ちのオスカーは、己の身が傷つくことなど厭わずに全身全霊で抗い続け、必死で叫んだ。


「行くなっっ!!!」


 ……そして、世界は暗転し己の叫びに導かれるようにオスカーは眼を醒ましたのである。



※※※※※※※※※※



「うわあっっ?! ご、ごめんなさいっす!!!」


 大きな叫び声を上げ、勢いよくガバリと身を起こしたオスカーの姿に驚いて何故か謝罪の言葉を口にする少年。


「……お、れは……?」


 今まで深い森の中を全力でアラクネ達から逃げ続け、漆黒の少女が……と考えた辺りで、オスカーは夢だったのかと肺の中の空気を全て吐き出すように大きく息を吐く。


「だ、大丈夫っすか?」


 そんな己の顔色を伺うようにオドオドとした様子の真っ直ぐな亜麻色の髪に、浅葱色の眼を持つ可愛らしい顔立ちの少年がいることにオスカーは気が付く。


「……誰だ……?」


 声を掛けて来た初めて見る少年を見詰め、オスカーは首を傾げてしまう。


 継ぎ接ぎだらけの服の上に、ぶかぶかの青い外套を羽織った少年は笑顔で自己紹介をした。


「えっと、僕はランスと言うっすよ! お兄さんは痛いところは無いっすか?」 


 痛いところ……と、オウム返しに呟き、寝起きのオスカーは意識を失う前に何が有ったのかを思い出そうと努力する。


「……っっ?! 魔物がっっ!!」


 片手で頭を覆い、眼を細めて考え込んでいたオスカーだったが、気絶する直前の出来事を思い出して勢いよく顔を上げ叫ぶ。


「お、おお、落ち着いて下さいっす! 魔物なら大丈夫っすよ! 全部アンジェさんが倒しやしたし、お兄さんの連れの子も怪我は無いっすから!!」

「……倒した?……連れ?……ああ、お嬢様のことか……。」


 あの強力な魔物共が既に倒されたことに微かにオスカーは安堵する。


 だが、続けてランスが口にした“連れ”と言う言葉に首を傾げるが、最後まで己の忠告を無視した人物のことだと思い当たり苦虫を噛み潰したような表情をオスカーは浮かべてしまう。 


「……ん……?……ここは……オスカーっっ?!」


 まるで期を謀ったかのように己の名を叫びながら起き上がった、全く持ってその存在に気が付かなかった人物の声にオスカーは眉を寄せる。


「オスカーっ! 私の所為で本当にごめんなさいっ!! すぐに治癒魔法を……」

「その必要は有りません。 私の怪我は既に癒えておりますので。」


 全く持ってその通りだと内心思いながらも、表情に浮かべること無く感情の籠もらない声で突き放すようにオスカーは声の持ち主であるノエルに応える。


「癒えている……?」

「ええ、どうやら私達は通りすがりの彼に助けられたようですね。」


 既にオスカーの傷が癒えていると言う返事に呆然とした表情を浮かべるノエルの顔に益々苛立ちを募らせながらも、身を乗り出すように近付いてきたノエルと距離を取った。


「あの危ないところを助けてくれて、本当にありがとうございました。……貴方が助けてくれたのですよね?……では、私が最後に見た凶悪な魔物も……」


 無表情、無感情と言った己に向けられるオスカーの言動に傷ついた顔を一瞬浮かべたノエルだったが、すぐに気持ちを切り替えて二人の会話を気まずそうに見守っていたランスへと視線を向ける。


 どう好意的に見ても、ノエルには目の前にいる小柄な少年がオスカーより強いとは思えなかったが、人は見かけに依らない物だと心を戒めて、素直に頭を下げた。


「ふへっ?! うえぇぇぇぇっっ?! ちょっ、良いところのお嬢さんが僕なんかに頭下げちゃ駄目っすよ!!」


 それに驚いたのは素直に感謝の言葉を言われたランスの方だった。


 ランスの中ではノエルの外見はどう見ても良いところのお嬢様で、特権階級の人達の考えなどよく分からないが何かを学ぶためにと神官になっているのかな、と想像していたからである。

 

 ……もっと言うならば、貴族や金持ちな家の人間はランスのような人間へと簡単に頭を下げるとは思っていなかったからだ。


「それは違うと思いますわ。 だって、助けて頂いたのに感謝の言葉すら伝えることが出来ぬなど貴族や平民など関係なく恥ずかしいことですもの。」


 ノエルは微笑を浮かべてランスを見詰めて、もう一度はっきりと感謝の言葉を口にする。


「この度は誠にありがとうございました。 貴方のお陰で命拾い致しましたわ。」

「あ、いや……こ、此方こそありがとうございやす?」


 慌てた様子のランスはお嬢様相手にどうすれば良いかなど分からないと、内心アンジェへと助けを求める。


 しかし、脳裏に浮かんだアンジェの姿にノエルの勘違いに気が付く。


「あ……ち、違うっすよ! お二人を助けて、魔物を蹴散らしたのは僕じゃないっす!!」

「え……?」

「…………?」


 ランスの言葉にノエルと、静観していたオスカーの頭上に疑問符が浮かぶ。


「お二人を助けたのは……」


「ランス、木の実も集まったんだが、予想外にちっとでかい獲物が捕れたぜ……って、そいつら眼を醒ましたんだな。」


 疑問符を浮かべた二人へとランスが説明するために口を開けるよりも速く、ガサリと音を立てて小川の反対にある茂みから姿を現した者がいたのだった。


 


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