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その者、音に聞く益荒男の如き乙女なり。  作者: ぶるどっく
第三章 神に仕えし乙女と予言の英雄。
16/42

黄金の少女は涙を流す。

 いつも読んで下さりありがとうございます。

 今回の話しは多少の戦闘描写を含みますので、苦手な方はご注意下さいませ。

 どうぞよろしくお願いします。



「この調子でいけば、今日中に森を抜けることが出来るっすかねえ?」


 昼食を食べ終えて、再び歩き出した二人。

 今日中に森を抜けることが出来るかもしれないと明るい笑顔を浮かべるランスに、アンジェは小さく笑みを溢す。


「抜けるんじぇねえか? だが、森を抜けても二、三日は歩かんとエルネオアには着かないんだよなあ。」

「うっ……そうでした。 まだまだ、遠いっすねえ。」


 ファモリットの森を抜けた先に広がる平野を歩き続けなければ目的の街には着かないというアンジェの言葉に、ランスはがっくりと肩を落としてしまう。


 その姿に益々込み上げてくる笑いを噛み殺したアンジェだったが、風に乗って流れてきた鉄臭い臭いに気付いた。


「……アンジェさん、どうかしたっすか?」


 突如足を止めて、前方に鋭い視線を走らせるアンジェの姿に恐る恐ると言った様子でランスが声を掛ける。


「……ランス、ちっと面倒ごとに巻き込まれに行っても良いか?」


 アンジェ一人ならばため息を付いて多少迷ってもすぐに駆け出したかもしれないが、今は一人で十分に身を守れるとは言い難いランスがいる。


「誰かが危ない目に有っているんっすね! 僕のことは構わなくて良いっす! アンジェさんの好きなように行動して下さい!!」


 自分と同じように誰かが危険な目に有っているんだと理解したランスは、躊躇うことなく真っ直ぐにアンジェを見詰めて声を発した。


「ありがとよ、ランス!……飛ばすからしっかりと俺に捕まっときな!!」

「うひゃっ?!」


 ランスの返事を受けてニイッと笑みを浮かべたアンジェは、ランスの身体を俵担ぎにして駆け出していくのだった。



 ※※※※※※※※※※



 アンジェが風に混じった血の臭いに気が付く少し前まで時間は遡る。


「くっ……お嬢様、お逃げ下さいっっ!」


 己へと向かってきた幼子ほどの大きさの蜘蛛の魔物を切り伏せながら、漆黒の髪を顔に掛かる程度に伸ばした、抜き身の刃を思わせる硬質な美貌を持った青年が叫ぶ。


「オスカーっっ!」


 青年に庇われるようにしていた神官服に身を包んだ黄金の髪に、碧眼の美しくも可愛らしい少女が悲痛な声を上げる。


 オスカーと呼ばれた青年は唇を噛みしめて、目の前にいる魔物の群れを統率している蜘蛛の魔物であるアラクネを睨み付ける。


「(……だから無謀だと言ったんだっ……!)」


 命の危機に立たされている二人、全ての始まりはオスカーの一族が先祖代々使える主家の娘であるノエルに神託が下ったことだった。


 多くの国々で信仰されている宗教であるウェヌス教の敬虔なる信者であり、治癒魔法の適正もあったことで神官となったノエル。


 元々貴族の家に生まれたこともあり、大切に育てられたノエルは良く言えば純粋無垢、悪く言えば世間知らずな部分のある少女だった。


 そんなノエルは己が受けた神託を信じ、神の導きのままに行動を開始したのである。


「(……魔物も、盗賊もいるファモリットの森に俺達だけで行くなど、自殺行為でしかあるまいにっっ!!)」


 主家の意向により血族の中でも腕が立ち、余計な感情を挟まないということでオスカーがノエルのお守りがか……ではなく、護衛に選ばれてしまったのだ。


 さっさと逃げろ、と言っているのに、いつまで経っても逃げようとしないノエルにオスカーは苛立ちながらも剣を振るい続ける。


 オスカーの動きを絡め取ろうと粘着性の高い糸を発射しようとする物、鋭い牙と爪を向いて跳びかかってくる物……。


 四方より責め立ててくる蜘蛛の魔物を魔法で牽制し、剣を振るい、飛び散る魔物の体液を避ける余裕もなく戦い続けるオスカーは既に肩で大きく息を繰り返し、体力が限界に達しようとしていた。


 しかし、そんなオスカーを嘲笑うかのように次々と森から湧き出る蜘蛛の大群を前に、オスカーは徐々に防戦一方となっていく。


 荒い息を繰り返し、体力の低下と長期の戦闘に伴い集中力が散漫になってしまったオスカーが数匹の敵を纏めて切り裂いた時、ノエルの声が響き渡った。


「私がお相手して差し上げます! オスカーばかり狙わず、私を狙いなさい!!」

「なっ?!」


 いつの間にか移動していたノエルが震える手でロットを構え、蜘蛛たちの注意を引くために叫んだのだ。


「(オスカー! 私の所為で巻き込んでごめんなさい。 どうか、貴方だけでも逃げて下さい……!)」


 ノエルは怯える心を叱咤して、少しでもオスカーが逃げる時間を稼ぐために覚悟を決める。


「やあっ!」


 近付いてきた一匹の蜘蛛にロットを振るうが、ノエルの一撃は余裕のある動きで避けられ、逆に他の蜘蛛の糸がロットに巻き付いてしまう。


「そんな……あっ!」


 ロットが蜘蛛の糸に絡め取られたことに気を取られたノエルの四肢にも、蜘蛛の糸が絡みつく。


 動けば動くほどに粘着性の高い蜘蛛の糸はノエルの動きを奪っていく。


「……あ……いや……こないでっ……!」


 泣かないと覚悟を決めていたはずなのに、目の前に己を喰い殺そうと集まってくる魔物の群れを前にノエルの瞳に恐怖の色が浮かぶ。


 勝手に唇が戦慄き、助けを求める言葉を誰とも無しに呟くノエルへと魔物達が、その柔らかな肢体に牙を立てようと跳びかかった。


「……ひっ?!」


 己に跳びかかる蜘蛛の魔物を直視できなくて、恐怖に引き攣った喉は悲鳴を上げることも出来ず、ノエルは固く眼を閉じる。


 ……しかし、いつまで経ってもノエルの身体に牙の感触が届くことは無く、恐る恐る眼を開けてみれば其処には予想外の光景が広がっていた。


「……どうして……?」

「ぐっ……」


 眼を開けたノエルが見た物は、己を蜘蛛の魔物から庇うように敵に背中を向けて立つ苦悶の表情を浮かべるオスカーの姿だった。


 ノエルに蜘蛛の魔物が跳びかかろうとした時、力を振り絞って身体強化した身体で駆けだしたオスカー。


 何とかノエルに牙が届く前に庇うことが出来たが、その代償としてオスカー自身の身体で敵の攻撃を受ける事になってしまったのだ。


 肩に噛みついた蜘蛛の魔物を引き剥がし、振り向き様に周囲に蠢く敵を最後の力を籠めた風の魔法で切り刻むオスカー。


 しかし、蜘蛛の牙の麻痺毒が身体を蝕み、流れ出る鮮血と魔力が底を突きかけていることでオスカーは酷い眩暈と吐き気に襲われる。 


 それでも、残された僅かな魔力で小さな火種を作ってノエルを捕らえる蜘蛛の糸を焼き切ったオスカーは、とうとう魔物の血で穢れた大地に膝を付き荒い息を繰り返す。


「オスカーっっ! しっかりして下さい!! 今治癒魔法を……」

「私のことなど……いい、から……さっさと……逃げ、ぐっっ?!」


 ノエルの手から発せられる淡い光がオスカーの傷を癒そうとするが、焼け石に水とばかりに身体に蜘蛛の毒が巡っていく。


「オスカー、ごめ……ごめんなさい……」


 嗚咽を漏らしながら敵に囲まれた状態で治癒魔法をかけ続けるノエル。


 確実に獲物が弱ったことを確認したアラクネが残忍な笑みを浮かべて、二つのご馳走を堪能するために動き出す。


 毒で霞んでいくオスカーの視界の中で、いつまで経っても消えない黄金の色に命を懸けてまで逃げる隙を作ったのに、逃げようともしない黄金の色の持ち主であるノエルに罵声を浴びせたくなる。


「(……魔物の餌になって死ぬ……か。 呪われた紅眼(あかめ)には……似合いの、最期か……)」


 オスカーの眼に掛かる程度に伸びている黒髪の隙間から覗く紅い双眸から生きる力が失われ、諦念の情に支配されていく。


 ……だが、そんな諦念と絶望に支配されそうになったオスカーの霞んだ視界の中で、漆黒が舞ったのだった。



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