言葉を交わせしは同じ旅路を行く者なり。
アンジェとランスは特に魔物に襲われることも、盗賊達の餌食となることもなく順調に旅路を進めていた。
晴天の空の下で適当な獲物を狩り、食べることが出来る木の実を採集し、昼飯代わりにしているアンジェとランスの姿がファモリットの森の出口付近に流れる小さな川の近くに有った。
「ランス、お前は剣よりも弓の方が得意なんじゃねえか?」
さっさと昼食を終えたアンジェは懸命に肉にかぶりつく、多少は血色の良くなったランスの姿にふと思い付いたことを口にしてみる。
「……弓っすか?」
口の中一杯に含んでいた肉を呑み込んだランスは、突然のアンジェの言葉に眼を瞬かせ問い返す。
「おう、何となくだけどな。」
「確かに弓なら少しだけっすけど、兄ちゃんに教わったことがありやす。」
アンジェの言葉にランスは今は亡き兄との思い出を思い出し、懐かしそうに笑う。
「兄ちゃんに教わったのが小さい頃のことっすから上手かどうかはわからないっす。 家にあった奴もボロボロで、本格的に練習する前に壊れちまいましたし……」
「そうか……俺が思うに、お前は体格が小せえ上に力もあんまりねえ。 だけど、身軽に素早く動けて頭の回転も悪く無い。 だからよ、前衛よりも後方支援の遠距離系統の武器の方が合っているんじゃねえかと思ったんだよ。」
死んだ兄のことを思い出させてしまったことにバツが悪そうな表情を浮かべたアンジェは、早口で考えていたことをランスへと告げる。
「頭の回転が速いかは分かんないっすけど、確かに今のままだと力負けするっすよね。 遠距離っていうと一番に思い付くのは武器なら確かに弓ですけど、魔法とかも適正が有れば嬉しいっす!」
アンジェと出会った当初の全てを諦めきったランスで有れば、叶うはずもない有り得ない夢物語だと断じたかもしれない。
だが、アンジェと出会い、共に旅をすることになった今のランスは未来を考えることが出来るようになっていた。
遠距離武器の初心者ですし最初は弓を、そしてお金を稼げるようになったり、魔力が少しでもあれば魔弓か魔銃を装備してみたいと将来の姿を想像するランスの姿に、アンジェは口角を上げる。
「ま、俺は魔法関係に関しちゃ全く持って分からんから、そこら辺は分かる奴に聞くしかねえだろうな。」
「えっっ?! アンジェさんは魔法が使え無いんすかっっ!!!」
アンジェの魔法が分からないと言う言葉に、ランスは心の底から驚いてしまう。
「おいおい、目玉が落ちちまいそうな程に驚かなくても良いだろうが。」
「お、驚くっすよ!! 目にも留まらない速さや、あの拳の威力は魔法か何かを駆使しているって思ってやしたから!!!」
驚きにより大きな声を上げてしまうランスに、アンジェは苦笑する。
「本当に魔法は使ってねえよ。 なんつーか……相性がワリィのか、親父に少しだけ教えて貰ったんだが上手くいかねえんだよ。」
アンジェは脳裏にマークから魔法を習った時のことを思い出す。
剣士として冒険者をしていた頃のマークは多少魔力が有ったため、簡単な肉体強化などの魔法を使うことが出来た。
それを自分の子で有るから魔力もあるだろう、と十にも満たない幼いアンジェに教えてみたところ、魔法は発動するのだが威力の調整が本気で下手だったのだ。
最初に発動させた魔法が肉体強化だったお陰か、マークに言われるがままにマークよりも巨大な大岩を拳で軽く殴ったアンジェの眼前で、大岩は木っ端微塵になってしまった。
さらさらと舞う砂を呆然と見詰め、幼子の拳に宿った予想外の威力に驚き、凍り付いたように固まったマークと、微妙に予測していたがゆえに遠い目をしてしまった幼子のアンジェ。
再び動き出したマークが一番最初にしたことは、己の教えた魔法に関することは大人になるまで絶対に使ってはいけないとアンジェにその危険性を懇々と言い聞かせることだった。
それ以降、元々魔法にあまり興味の無かった、と言うよりはこれ以上強くなりたいと思っていなかったアンジェが魔法に興味を示すことは無かったのである。
「はへえぇぇ……アンジェさんにも苦手なことって有ったんすねえ……」
しみじみと呟くランスへとアンジェは苦笑してしまう。
「俺にだって苦手なことくらい有る。 何でもかんでも出来る訳じゃねえよ。……それよりも、話を振った俺が言うのもなんだが、早く喰わねえと置いてくぜ。」
ニイッと笑って告げたアンジェの言葉に、ランスは残っていた肉に慌ててかぶりつき始める。
急いで食べようとして咽せてしまうランスの姿に、小さく笑いながら水を差し出すアンジェは己を恐れることなく話すことが出来る相手がいる事に喜びを覚えるのだった。
笑顔を浮かべ、穏やかな時間を過ごすアンジェとランス。
しかし、数刻も経たぬうちに目的地に向けて歩き続ける二人に、新たな出会いが待ち受けていることを今はまだ知る由は無かったのである。