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神喰らう者の化身  作者: wani
第1章 - 追うもの、追われるもの
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記憶喪失、行商通りを歩く

 

 

 噴水広場を中心に置いて、アブリスを南北に貫く大通り。

 舞踏会でも開けそうな幅の大道を、行商人たちの露店が埋め尽くしていた。布を張っただけの簡単な日除けの下に、色とりどりの宝石や指輪、艶めく陶磁器の数々が所狭しと敷き詰められている。

 販売用に飾りの付いた荷車の姿も見える。どうやら市場から出張してきた食材販売車らしい。港で獲れてすぐに届いた新鮮な魚介類や、大都市に向かう出来のいい果実が山のように積み込まれ、どれも太陽の光に輝いている。


 クロはそうした品々について時折店主と言葉を交わしつつ、何を買うでもなく通りをぶらついていた。

 冷やかし目的というわけではない。自分の記憶と照らし合わせるためだ。


「指輪とネックレス、これはピアスかな?」

「壺に、皿。銀食器もあるな」

「……魚、だけどこんな種類見たことないなあ。あとエビか。いやロブスター?」

「ジャガイモとニンジン、この小さいのは……トマトか? ニンニクもあるな」


 道具や宝石、食材などの名前、その使い方や調理法などについては、クロの記憶はそこまでずれてもいないようだった。


 もちろん、単体で見れば見慣れないもの自体は多い。

 特に食材はそれが顕著だった。へちゃむくれで牙の生えた魚アバッタ。水面に跳ねたところを網で捕らえるというパッツィラ貝。丸いというより細長く、シシトウのような形をしたアビゴントマト。どれも聞いたことがない代物だ。

 とはいえ、どれも地域差の範疇におさまりそうでもあった。


 それよりも問題なのは、地名に全くと言っていいほど聞き覚えがないことだ。

 良質の宝石類を産出するというバトゥ鉱山。貴金属の加工や装飾で屈指のベセルゲネフト。他とは趣の違う青白磁の食器はユーラァという東国のものらしい。

 他にも近場の街から最果ての国まで名前が出てきたが、どれも記憶の片隅にすら残っていない名前ばかりだった。


 地名については、ミスハと試した時も結果は同じだったが、世界を旅する行商人に聞いてもかすりすらしないとなると、さすがに話は深刻だ。記憶を辿るあてがないどころか、本当に自分がこの世界に住んでいたのかすら疑いたくなってくる。


 これからどうしたものかと頭を悩ませながら歩いているうちに、妙な看板が一つだけ置かれた露店が目にとまった。


 看板には一言だけこうある。『紋章器の注文、承り(マス)

 値段は下限だけ示してあるが、それでもべらぼうに桁が多い。よその屋台なら丸ごと買い占めてもほとんど釣り銭で返ってくるほどの額だ。


「…………なんだこれ」

 店の前で立ち止まったクロに、露天商が声をかけてきた。


「紋章器を探してるのかい、兄ちゃん。悪いけど、うちは誂えしかやってねえんだ。旅の御守りが欲しいなら、よそを当たってくんな」

「……どういう意味?」

「そのままの意味さ。うちは紋章刻印式の本格的な戦闘用が専門でね。心持ち逃げ足が速くなるなり、火打ち石代わりの魔法でも使えるような、安い符牒式の紋章器は用意してねえのよ」

「ふーん……」


 紋章器。何となく聞き覚えだけはある言葉だ。いや、少し違ったか? 神承器……いや、やっぱり紋章器? どちらもついさっき聞いた気がする。


「あんたの言うその……えーと、神承器? それって武器なのか?」

「おいおい、そこからかよ。つうか神承器なんて売ってるわけねえだろう。お貴族様の象徴だぜ、あれは。紋章器だ紋章器。祖神から受け継いで人それぞれが宿す、紋章痕の力を借りてだな——」

「祖神? 紋章痕?」

「…………兄ちゃん、からかってんのか?」


 売られた喧嘩は買うぞとばかり、露天商が凄んでくる。

 しかし聞き覚えのない単語を連発されて、不満が溜まっているのはこちらの方だ。ナニがナニしてドーユーコトなのか、舐め飽きた飴のようにバリバリ噛み砕いて話してもらいたい。


「おい。そこの店主、ちょっといいか」


 無駄に睨み合って険悪になった空気の中に、一つ声がかかった。


 振り向いた先には、これ見よがしな兜と鎖かたびらの男が二人。剣も帯びて兵士なのは一目で分かるが、街の衛兵さんにしては装備に付いた細かな傷が真新しい。戦場帰りと言われた方が納得しそうな風体だ。


「おっと、これはこれは。ずいぶん物々しい雰囲気の騎士様ですが、お国の監査……じゃあねえですよね?」

「安心しろ。許可なく紋章器を取り扱っていることを追求しに来たわけではない」

 さりげなく脅しをかけて続ける。

「一つ聞きたいことがあってな。その看板、掲げてるからには紋章器には目聡いだろう。白銀の剣の紋章器を提げた女を見なかったか。長い金髪をした若い娘なんだが」

「うう~ん、白銀の剣ですか。見てないですがねえ……」


 ちら、とウィンクのようにして、露天商は意味深な目配せを兵士に送る。

 兵士は舌打ちすると銀貨を一枚弾いて渡し、「見つけたら教えろ」とだけ言った。


「へへ、まいど」


 兵士は横にいたクロにようやく気付くと、もののついでとばかりこちらにも話しかけてきた。


「お前はどうだ? 知らないか?」

「さっぱり」


 当然の如く記憶になかったので、そのまま正直に答えた。


「そうか。どこかで見かけたら教えてくれ。礼は弾む」


 似たような恰好をした仲間なら誰に伝えてくれてもいい、と兵士は付け足した。どうやら結構な数で追っているらしい。明らかに尋常な話ではないが、何があったのやら。

 まあ何となく、想像はつくが。


「ああ、それと。一応聞いておくが、銀髪で赤い瞳の子供も探してるんだ。見てないか」


 露天商が首を振る。


「そうか。まあいい」


 こちらは元々期待していなかった様子だった。

 改めて見つけ次第伝えろと露天商に念だけ押すと、兵士たちは早足に人混みの中へと去って行った。


 考えていた言い訳を心の中のゴミ箱に捨てながら、クロは小さく呟く。

「どうも、面倒なことになりそうだな」


 ミスハに伝えてやった方がいいか。いや、どこにいるか分からないのだから、どだい無理な話か。何をやったか知らないが、無事だけ祈っておいてやろう。


 ともかく今は、自分のことだ。紋章器だか紋章痕だか知らないが、腹が膨れないのなら優先順位は低の底。まずは旅支度を調(ととの)えなくてはならない。


 決意新たに露店を後にすると、クロは通りを見渡した。

 果たしてどこから手を付けたものか。まずは食糧か、あるいは便利に使えそうなナイフや火種か。何しろ旅商人の街だ、揃えるのは容易だろう。

 しかしぼったくられないようには注意しなければならない。これまで見てきた露店の価格からして、ミスハから恵んで貰った路銀は、余裕こそあれど豪遊できるほどのものではないのだ。


 そんなことを考えている途中、ちらと目端にこちらを窺う人影が映ったような気がした。

 とっさに振り向く。

 ——が、姿はない。気のせいだったかと思い直して頭を振る。


「……とりあえず、それらしいものを揃えてみるかな」


 そう独りごちると、クロは真昼の喧噪へと再び足を踏み出した。

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