魔女と少年の5年間(仮題)
なんかタイトルとかタグとかあらすじとか思いついたら教えてください。
今のだと胸がときめかないので。
近所のおばさんに頼まれて神社にお供え物を届けに行ったら、足を滑らせて階段から落ちた。
気がついたら森の中にいた。
見渡す限りの木々。地面は舗装もされておらずそこらじゅうから草が生えている。そのとき、僕はただ驚いて目をぱちくりさせるだけだった。
5分くらいは何の根拠もなく、大丈夫だと思っていた。きっと誰かが探しに来てくれると。
15分程経って少し不安に思い始めた。それは自分の居場所がわからないからだと思った。
30分経過してかなり心細くなってきた。移動した方が良いんじゃないか、そんな考えが頭に浮かんだ。
1時間が経っても僕はそこにいた。入れ違ってしまったらどうしようと思い辺りをウロウロするだけ。そんなことをしていても時間はドンドン過ぎて行く。
頭上にある太陽もどんどん傾いていく。両親の、友達の名前を呼んでも返事はなかった。
それでも時は過ぎて行く。
太陽がその姿の半分近くを地平線に沈める。
気温は下がり、冷たい風が肌を撫でる。遠くから獣の声が聞こえる。
僕は、一人で、心細くて、寂しくて、怖くて、お腹も空いて。
うずくまり、寒さに震え、泣きながら、目を閉じた。
私はその少年を家への帰り道で見つけた。珍しい黒い髪の少年は泣きながら木の下で眠っていた。
この森には魔獣が多い。こんな年齢の少年が一人でこんな奥まで辿り着ける訳がない。何らかの事件に巻き込まれたのかと不憫に思って家に連れて帰った。
あとから思えば犯罪すれすれの行為だったかもしれない。
目を覚ますと少年は家の近くを歩いていて階段から落ち、気がついたらここにいたと言った。椅子にちょこんと座って少し、おどおどしていた。
やはり私が魔女だからだろうか、そうそのときの私は思ったが彼は追い出されないかどうかを怖れていただけらしい。
まったく。
拾ったらそれには責任を持たねばならない。そのくらいは常識なのだからそうそう追い出すわけはない。
そう言ったら少年は少しムスッとしていた。イヌネコ扱いが気に入らなかったようだ。何というか可愛らしくて何年経ってもその様子を忘れることはなかった。
森でうずくまっていた僕はこの森に住んでいる女の人に拾われた。
彼女ーーメイアさんは僕が帰る術を見つけるまでは家に置いてくれると言った。また、帰る術を探すのを手伝うとも。
本当に親切な人だ。
だけど僕は知り合いが一人もいない心細さから毎日泣いてばかりいた。
あとから思えばメイアさんには良い迷惑だっただろう。働くどころか手伝いもせず、泣いて枕を濡らすだけの子供なんて無駄飯ぐらい以外の何者でもなかったというのに。
しかしメイアさんはそんな僕を怒るどころか毎日のように慰めてくれた。本当にこのときの僕はメイアさんに甘えていた。
どう考えても恥ずかしい限りである。
拾った少年は自らをヨウと名乗った。話を聞く限り彼は別な世界からこの世界に迷い込んできたようだった。
ヨウは始め、泣いてばかりいた。隠そうとしていたのか私が近づくとぎゅっと唇をひん曲げて涙を堪えていた。
見た目から判断するに少年の年齢は二桁になったばかりだ。仕方あるまいと思って私は時折彼を慰めてやった。
あとで思っていたよりふたつも歳が上だと知って驚いたものだ。
彼は抱きしめると暫くは拒絶しようとするのだが、すぐにくっついてわんわんと泣き出す。その姿には何というか母性本能がくすぐられた。
何日か経つと少年は何か手伝いをすると言いだした。必要はないと言ったのだが何もしないのは申し訳ないと言うので皿洗いや洗濯など家事をやってもらうことにした。
彼は経験の少ない料理以外はだいたいのことを十分にこなしてくれた。
メイアさんは魔女なのだそうだ。とてもそんな風には見えなかったので驚いた。
メイアさんの見た目はとても若い。どう見ても20代にしか見えない。僕のイメージする魔女はしわくちゃの老婆だったからイメージの違いで驚いた。
僕はメイアさんが魔法を使っているところを見たことがない。いつも取ってきた薬草で薬を作っている。実は魔女だなんて嘘なんじゃないだろうか。
そのことをメイアさんに言ったら翌日お茶に薬を混ぜられた。犬の耳と尻尾の生えた僕を見てメイアさんは顔を真っ赤にしていた。
……そんなに面白かったのだろうか。
少し泣きそうになった僕の頭をメイアさんは撫でてくれた。犬の耳が生えた影響なのかとても心地良かった。
ヨウはかなり優秀だ。
私が採取した薬草を丁寧に整理してくれる。家も前と比べて綺麗になったし、料理の腕もどんどん上達している。
夜中に少し泣くのは……まあ仕方がないだろう。まだ彼は幼いのだから。
そしてヨウの一番良いところは私が魔女と知っても距離を取らなかったことだ。本当に良い子だと思う。
そう思っていたら彼は私が魔女であることを信じていなかったようだ。少し悔しかったので紅茶に半獣化の薬を混ぜてみた。
……やらなければよかった。
イヌミミの生えたヨウの破壊力は普通ではなかった。生えてきたイヌミミに大慌てする姿や、それに触れてビクッとする姿が可愛らしかった。
私に幼少年趣味の気は無かったはずだが胸にグッとくるものがあった。
メイアさんは時折街に出かける。森に住む魔獣をどうにもできない僕は家で留守番だ。
何もしないでいるとメイアさんが何処かへ行ってそのまま帰ってこないのではないかと不安になってしまう。
だから常に何か仕事をする。埃なんか一欠片も残さないように、すみからすみ掃除して。メイアさんが採ってきた薬草や何かの尻尾やらを整理する。ご飯も少し豪華なものにする。
それでも時間が余った時はメイアさんの蔵書を読ませてもらう。本を読むのはそこまで嫌いでは無かった。お陰で大分この世界の知識も増えた。
……僕もいつか魔法か使えるようになるのだろうか。魔法が使えるようになったら元の世界に帰れるだろうか。
初めて魔法を見た時は驚いた。メイアさんが粉をかけた人形がひとりでに動き出し、踊ったのだ。
でも、それよりもメイアさんの誇らしげな顔の方がより記憶に残っている。
森で採れないものや食料品の関係で街へ出ることがある。森は危険だからヨウは家に置いていく。
一人にされるのが不安なのか寂しげにこちらを見る姿は胸をざわつかせる。
以前は街で何泊かしてから帰っていたが最近は日帰りだ。魔女仲間との集会にも余り顔を出していない。
……その所為か男が出来たのかと勘ぐられているようだ。私を見つけると根掘り葉掘り聞こうとする。正直鬱陶しい。もちろんそんな事実はないのだけれど、ふとヨウの顔が頭に浮かんだ。
結界は張っているから魔獣に襲われたりするといったことはないはずだが、不安に思ったので急いで帰った。
……家に帰ると本が出しっ放しになっていて、ヨウは机に突っ伏して眠っていた。出されていた本は空間魔法に関するものだった。まだヨウに理解できるような内容ではないのだが、それだけ帰りたいのだろう。私も頑張らねば。
暫くの間、ヨウの寝顔に癒されてから2人でヨウの作った夕飯を食べた。ヨウの料理は凄く上達していて、いつか味わえなくなると思うと少し哀しくなった。
…………ヨウが熱を出した。
いわゆる魔力熱というもので、この熱が出たということをヨウにも魔力があるということになる。
ヨウの世界には魔法が無かったそうだからおそらく魔力も無かったのだろう。それがこの世界に来て、魔力に触れて魔力回路が活性化したのではないだろうか。
本来は3〜6歳頃に発症するようなものだ。私も魔力熱を出したのは5つの頃だったか。もう記憶の奥底に消えようとしていたが、あれはとても苦しかった。
この熱は生命に関わることはない。だが身体中が焼けるように熱くなり本当に辛い。
起きることもなくただ魘されているだけのヨウを見ているのは本当に辛い。だが魔力熱に関しては私の薬でもどうにもならない。本人の成長の反動で発生しているものだからか下手に手を出すと本人に悪影響を及ぼしてしまう。
薬仙などと呼ばれていても彼を助けることはできない。彼を帰す方法についても手詰まりだ。本当に、情け無い。
少しでもヨウが楽になるようにと冷やした布を額に当ててやる。ヨウの表情が僅かにでも楽になったような気がした。
……固形物は食べにくいだろう。ヨウが起きてきたときのためにスープでも作ってやろう。そう思って向かった台所はとても綺麗に掃除されていた。
熱を出して眠り、目を覚ますとメイアさんがベッドに寄りかかって眠っていた。
額の布と氷水の入ったタライを見るに何度も変えてくれていたのだろう。本当にいつも迷惑をかけてばかりで申し訳ない。
横に置いてあったスープを飲むと爽やかな香りが口の中に広がる。おそらく貯蓄していたブルーハーブを入れてくれたのだろう。ブルーハーブはこの森では採れなかったはずだけれど……
顔を伏せたメイアさんの長い金の髪から長い耳が顔を覗かせている。メイアさんはエルフ、という種族らしい。だから人間である僕と違い年齢と見た目が余り一致していないのだとか。
メイアさんの紫の瞳が開かれる気配は感じない。
……そういえばメイアさんの寝顔をこんなに近くで見たのは初めてかもしれない。
聞こえないとはわかっているが顔を近づけありがとうと呟いてみる。
出会ったときから美人だなとは思っていたが窓から差し込む光を受けて眠る姿はひとつの芸術品のようだ。
突然、寝言で名前を呼ばれた。
なんだか、顔が赤くなった気がした。
ヨウを拾ってから3年の月日が流れた。3年前は少年だったヨウも最近は青年の片鱗を見せている。背も伸びてきていて、あと2、3年で抜かれてしまうかもしれない。
最近の楽しみはヨウと街へ出かけることだ。それなりに魔法も使えるようになったヨウであれば森で魔獣に襲われてもなんとかなる。
初めて異世界の街を見たヨウは色んなものに興味津々だった。鍛冶屋に置いてあった剣を振る姿はなかなか格好良かった。
魔女仲間のクズハに会わせたら、その狐の耳と九つの尻尾に驚いていた。意気投合して仲良くするのは良いが距離が近すぎがしないでもない。
クズハがヨウを持ち帰ろうとするので遮ったら何故かニヤニヤされた。
メイアさんの友達のクズハさんに会った日、メイアさんは何故か少し不機嫌だ。何か失敗してしまったのだろうか。
街に行くたび、新しい発見がありつい気分が高揚してしまっているから何か良くないことをしている可能性がある。
少し暗くなっているとメイアさんに謝られた。
……未だ元の世界に帰る方法を見つけられていない、と。
帰る。……そう、僕がここに居るのは帰る道が見つかるまでだ。いつかは帰らなくてはならない。
最近、帰ることが意識の外だった気がする。何か……僕に帰ることよりも優先されることが、大事に思えることがあったということか。
メイアさんも僕を帰す方法についてなにやら悩んでいるようだった。
……メイアさんは僕に帰って欲しいのだろうか。なんだかモヤモヤする。
◆◇◆◇◆◇
「本当なんだな⁉︎別な世界に渡る方法があると言うのは⁉︎」
私はその男に詰め寄る。ヘラヘラとした笑いが気に入らない男だが、ヨウのためだ……ヨウのためだ。
「えぇ、ありますとも。私の持つ魔道具の中に異世界へと旅立つための道具一式が……」
結局、私はヨウを元の世界に戻す方法を見つけることはできなかった。不甲斐ないことだが私個人の力ではどうにもならなかったのだ。
……そもそも私の専門は魔法薬の調合なのだ。時空間への干渉など門外漢である……というのは言い訳にしからならないか。
ともかく、私の力は足りなかったのだ。その事実がヨウをこの世界にとどまらせている。
「こちらがお求めの〈次元の羅針盤〉と〈次元渡航鍵〉で御座います」
慇懃にお辞儀をすると男は上着の内側から二つの魔道具をとりだす。
銀のコンパスと黒の鍵は、確かに私が見たことのある魔道具の中でも上位に食い込む魔力量を誇っている。……本物だろう。
…………これで、ヨウを、元の世界に……
「おや?長年探していたものを見つけたにしては、なにやら残念そうですねぇ?」
「……そんなことはない」
私が残念そうだと?そんなわけはない。そんなことが、絶対にあるはずがない……!
「そうですか?まあ、取引にさえ応じてくれるのならばどうでもよいのですが?」
そう言うとヘラヘラ笑いの男は大仰な身振りで手を挙げる。妙に芝居がかっていて気に入らない。
そもそも此奴は後ろ暗い噂の多いやつだ。きちんと対価さえ払えば取引を行うらしいが信用は出来ない。
「では、対価の方を」
対価……か。この魔力量なら金貨800枚ほどか?いや、希少性も考えると……4倍……5倍?喪失魔導である可能性の方が高いのだから更に上か?
「金貨6000枚でどうだ?」
これなら手持ちの魔道具を全て売り払い、クズハたちから借金をすればなんとか工面できなくもない。
「いえいえ、この魔道具は金で買えるようなものではございません。異界へと渡る道具なのです、無論のこと喪失魔導。私も手に入れるのに苦労しましたから」
やはり喪失魔導か。私でもそんな貴重な品なら金では手放さん。おそらくやつが求めているのは同格の魔道具との交換ーー喪失魔導の魔道具二つとの交換か。
「……お前が欲しがっているのは〈清炎毒消の匙〉と〈陽光の天衣〉か?」
「おお!やはり貴女がお持ちでしたか!」
さも驚いたといった様子で男は掌を合わせる。どうせ知っていたろうに……
しかし、まあ良い。これであの二つの魔道具を手に入れられる。
「では、交換しようか」
「……いえ」
男はヘラヘラ笑いをニヤニヤ笑いに……いや、下卑た笑いへと変える。
「私が求めているのはその二つの魔道具ではありません」
被っていた帽子で顔を隠し、男はクツクツと笑う。
……その姿になにか、身の毛のよだつようなものを感じた。
「……私が求めているものは……!そう、私が求めているものは貴女ですよ!白虹森の薬仙、メイア・レリギオーサ!」
「な⁉︎」
「その美しさは雨上がりの虹に例えられ、しかも長命種族たるエルフ故にいつまでも保たれたまま!あらゆる薬に通じるその知識!誰にも靡かぬその貴女を売り飛ばせば、どんなものでも手に入るんですよぉ!」
そう言うと奴はこちらに〈次元渡航鍵〉を放り投げる。
もしアレに何かあったらヨウが元の世界に帰れなくなる!
そう思うと私の身体は一瞬の間をおいて〈次元渡航鍵〉を掴んだ。
「ハハッ!かかりましたねぇ⁉︎」
途端鍵からイバラのようなものが現れ私の身体を取り囲む。
私はイバラを振り払おうと魔力を身体に込めるが一向に魔力は生まれず、むしろイバラの数が増えていく。
「無駄ですよぉ⁉︎そのイバラは対象の魔力を糧にして増え!育つのですからぁ!」
「……ぐっ⁉︎」
それが真実なら私に打てる手はもうない。魔力の使えぬエルフなどそこらの人間と同レベルだ。この男の手に堕ちる以外の未来が無い。
手に堕ちれば最後、私の魔道具も、薬も、何もかもも全て奪われるだろう……もちろん私自身も。
それよりもだ。
ヨウを……ヨウを帰す手段も失ってしまった。
「これでッ……わたしも貴族……それも上位貴族にッ……!」
喜色満面の男は顔を紅潮させて帽子を放り投げた。その目には私は既に映っておらず栄光の未来を見つめていた。
ふと地面に目を落とすと、なぜか私の足元だけだが僅かに濡れている。
それを見てようやく私は自身が泣いていることに気がついた。
……私は、いつも力不足だ。ヨウに熱が出たときも、何もしてやれなかった。そして今も。役不足だ。私ではないもっと力ある者に拾われていればヨウはもっと早くに帰れたはずだ……!
圧倒的な絶望。無力感。
「ハハハハハハハッ!ハハハハハハハハハハッ!アハハハハハハハハハハハハハハハハッ‼︎」
男は気でも狂ったかのように笑っていた。
「………………ヨウ」
私は無力だ。お前に何もしてやれていない。約束を守れていない。いつだったかお前は亀の甲より年の功という言葉を教えてくれたが、どうやら私のコウは亀のそれだったようだ。
すまない。
「呼びました?」
謝罪の言葉が私の口から漏れる前に。
この5年間毎日聴いた声が聴こえて。
何かが空を裂く音がしたかと思うと黒い鍵が破壊され、イバラが消失して。
顔を上げるとそこには。
18になり、すっかり青年へと姿を変えた彼の姿があった。
「全く、メイアさんも人が悪いですよ?俺に黙ってこんな取引をするなんて。随分探したんですからね?」
いつも騙されるじゃないですか。
街に行くたびに変な壺は買ってくるし。
そもそも俺にゲームで勝ったこと殆どないじゃないですか。
そんな声が聴こえて。
「どうやって……」
どうやって、ここを突き止めた。
どうやって、ここにやって来た。
そんな疑問が頭の中を、ぐるぐる廻る。
そんな私に微笑みかけながら彼は、
「……貴女が俺を、呼んだから」
そんな恥ずかしいことを宣った。
……私の顔は確実に、今リンゴよりも真っ赤だろう。そのことだけはわかった。
やべえ。本気で恥ずかしい。
俺の内心はその思いでいっぱいだった。だが、ここで退く訳にはいかない。
ここで退けば俺はいつまでたってもメイアさんから弟子か子供としてしか見てもらえない。
それに、メイアさんを泣かせた、こいつは許せない。
「さぁて?俺の師に束縛系魔法なんかかけて何をする気だったんですか?」
突然蜃気楼が実体化でもするように現れた俺に驚く男に問いかける。
……なるほど、ここら一帯に『メイア・レリギオーサ』を対象にした判断力を鈍らせる結界を張ってるのか。色々考えてたみたいだな。あの魔道具といい用意周到なこった。
「なんなんだよお前は!突然現れて私の邪魔をしやがって!もう少しで、もう少しだったんだぞ⁉︎」
顔を真っ赤にして怒鳴る男。見ているだけでイライラしてくる。わめくなよ、底が知れるぞ?
これならメイアさんの泣き顔の方が100倍見たい。笑い顔か照れ顔なら1000倍。
散々怒鳴り散らすと男は何か思いついたようで。
「……そうだ。私はメイア・レリギオーサと取引をしていたんだ。お前は関係ないんだよ!引っ込めよ!」
「……そうだな。確かにそうだ。それは認めざるを得ない」
魔法使いか魔女同士の取引に第三者が介入するのは例えそれが魔法使いや魔女であっても御法度だ。
明文化されているわけではない、所謂暗黙のルールってヤツだがそれは事実だ。
「さあ!メイア・レリギオーサ!今すぐ私の〈次元の羅針盤〉と釣り合うモノを渡せ!」
〈次元の羅針盤〉……⁉︎
メイアさん……貴女って人は……本当に……!
「ぅ……」
「まぁさぁかぁ、取引を止めるなんて言わないでくださいよねぇ⁉︎」
欲望に目を輝かせ、醜悪に顔を歪め男はこちらににじり寄って来る。〈次元の羅針盤〉に釣り合うものなんて今この場には、メイアさんくらいしかいないだろう。
……もしアレがホンモノならば、だが。というか、もういい加減面倒だ。
「なあ」
「なんだ!まだいたのか⁉︎お前は関係ないんだなら早く消えろよッ!」
あらあら口調崩れてますよ?
「良い夢見ろよ」
「は⁉︎何をーーー」
俺が指を鳴らすと同時に足元に仕掛けておいた魔法陣が展開される。
淡い紫の光が立ち昇り、男を包み込むと男は力が抜けたように地面に崩れ落ちた。
「おやすみなさい、ってな。魔力の高まりに気がつかないとかどんだけ頭に血が上ってたんだ?」
男の手から零れ落ち、こちらに転がってきた〈次元の羅針盤〉を踏み砕く。
足元から小気味の良い音がした。
「ふぅ……これで、一件落着と」
「…………え?おい?ヨウ?」
「どうかしましたか?」
尋ねるとメイアさんは震えながら俺の足元を指差した。
「今、お前、踏んで、壊れ、それ、え?」
言いたいことが全ていっぺんに口に上ってきたのか口をパクパクさせながらもメイアさんは何も言うことができない。
「落ち着いてください」
俺がそう笑いかけるとメイアさんは大きく息を吸って、吐いて。
「ヨウお前は何をやっているんだ⁉︎わかっているのか今壊したものが何か⁉︎〈次元の羅針盤〉だぞ⁉︎お前が帰るために必要なんだぞ⁉︎それをお前が、他ならぬ、誰でもない、お前が!何をやっているんだ‼︎」
少しだけ、少しだけ紫の瞳を涙で潤ませながらメイアさんが俺に詰め寄る。
「お前は帰りたくないのか⁉︎どれだけ私があの魔道具を探したと思っている⁉︎お前のためなんだぞヨウ⁉︎私がどんな……どんな思いでアレは探したかわかっていないよお前はッ‼︎」
ああ、この人は。
本当に僕のことを大切してくれている。それが僕にはとても嬉しくて……俺には少し……
「メイアさん。あの魔道具は〈次元の羅針盤〉なんかじゃありませんよ?」
「……え?」
「落ち着いて考えてください。あの魔道具の魔力量を。あれでは世界の壁に触れるのでも精一杯です」
勇者召喚陣なんて街一つ魔法陣にして、龍脈をそれに組み込んで、精鋭の魔法使いを何十人と集めてそれで成功率が五割だ。
そこまでやらなくては世界の壁に風穴を開けられないのだ。
「本当にアレが本物だったら今までで一番の魔力量でなければおかしいんですよ。それこそ、魔力が知覚できるレベルの魔力量でなければ、世界の壁にすら触れられません」
「……」
そうでしょう?と俺が締めくくるとメイアさんが目を見開いた。
あんなレベルの魔道具では確実に魔力が足りない。そんな当たり前のことを私に思い出させるとヨウは続けた。
「それに、例えあの〈次元の羅針盤〉が本物だったとしても俺は壊していましたよ?メイアさんを失ってまで元の世界に帰りたくはありませんから」
最後は少し気恥ずかしそうで、頬をポリポリと掻く。
こういった面はまだ子供っぽい。
だが、その子供っぽさで帰る機会を失わせるわけにはいかない。
「しかしーーーッ⁉︎」
お前を帰すのが約束だ、約束は守らなければならない。そう告げようとした私の口を彼が手で抑えた。
見るといつもの何処かに笑みを残したような柔らかな顔ではなく獲物を狙う猛禽のような顔だ。
そんな大人っぽいヨウの表情になんだかゾクゾクする。
「俺は、貴女のことが好きだ」
伸びた背丈で上から覆い被さるようになりながら彼はそう言った。
その台詞の中に甘さはない。あるのはただ獲物を捕らえようとする狩人の鋭さだった。
直向きに、真剣に。
彼は私に愛の告白をーーーッ⁉︎
「いやなななななな何を言っているっ!?」
「俺は、貴女のことが好きなんです、メイアさん」
「……」
驚きで、頭の中が真っ白になる。
「自分でもおかしく思うくらいに俺は貴女を愛している。だから」
ーー俺は、メイア・レリギオーサ。貴女を残して元の世界には帰らない。
目をしっかりと合わせながら。
その言葉が聴こえた瞬間、もう現実の何もかもが遠くなった。自分だって自分じゃないみたいで。
彼のダークブラウンの瞳に私が映っている。
ヨウはいつの間にか手を離していたけれど何も言うことはできなかった。
「……」
何も言わない私を見て不安になってきたのかヨウは目を伏せた。
「……ダメ……です……か?」
僅かに震えた声でそんなことを尋ねる。
そんな風に聴かれたら、もう。私だって。
「……ダメ、じゃ……ない」
ダメじゃない。それこそ、むしろ、
「私も望んでいたことだ……」
……そのあとのことは特に語らなくても良いだろう。
一人の少年が最高のパートナーを手に入れた……ただそれだけのことだ。
お互いに相手を好いていたのだから問題があるはずもない。
薬仙であるメイアさんがいればお金に困ることはないし、家事はだいたい俺がこなせる。
男である俺がお金を稼ぎたいと言う気持ちもあるのだが、まあそれについてはまた今度だ。
ああ、忘れていた。問題はふたつあった。
「おーい、ヨウ!」
「なんですか、メイアさん!」
ぼんやりと釣りをしていた俺に対岸から手を振り声をかけるメイアさん。
しかし、俺が返事をすると途端に頬を膨らませる。
「さんをつけるなと言っただろう!」
ひとつめがこれだ。
5年間で染み付いてしまったためについ俺はメイアさん……おっと、メイアを『さん』付けで呼んでしまう。
それが彼女はお気に召さないようだ。ちゃんと敬称抜きで呼んでくれ……夫婦なのだから……と言われた日はとりあえず押し倒した。俺は悪くない。
というか惚れた女の上目遣いの頼みごとを断れるやつがいるのだろうか。しかも何年も連れ添ったわけじゃないんだぞ?誰ができるというのか。
もう一つの問題は……俺の寿命なのだが……まあ、愛と魔力と薬品でゴリ押せばなんとかなるだろう。
「ヨウ、今日はクズハたちとお前の作ったケーキを食べる約束だ。いつまで油を売っている」
「はいはい。今行きますから待ってくださいね」
「……できれば独り占めしたかったのだが……」
「言えばいくらでも作りますよ?メイアのためならね」
「っ……!」
まだまだ俺はこの世界のことを知らないし、問題は今ある問題だけではないだろう。
だが、今は。
とりあえずこう締めくくるとしよう。異世界に飛ばされた少年は幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
クリスマスが近いからやった。後悔はしていない。
登場人物紹介
ヨウ/渡良瀬陽
関東圏の田舎に住んでいた少年。神社の階段から落ち、異世界へと飛ばされてしまった。黒い髪にダークブラウンの瞳。飛ばされたときは13歳であったため背丈も低かったものの5年の歳月を経て青年へと成長した。
メイアの唯一の弟子であり、薬品に対しては相当の知識を持つ。また師に代わり家事を行っていたため。生活スキルも高い。魔法属性は【願いと夢】。直接的な効果はなく、燃費も悪いが魔力さえ確保できれば世界最強クラスの能力。作中でも魔力とメイアさんに会うという願いで無理やり転移してきた。
実は一番最後にキャラクターを決めたため特にメイアに都合が良いキャラクターになっている。最初は現地人の予定だった。好物はコーヒー。
メイア・レリギオーサ
ラインセトルの森に住むエルフの女性。【白虹森の薬仙】と呼ばれている。卓越した薬品製造能力を持つため世間から身を隠すために一人危険地帯に身を置いていた。金色の髪に紫の瞳。いつも茶色いボロのローブを着ているためわかりにくいがプロポーションはヤバイ。
弟子であるヨウの保護者として振舞おうとするものの成長したヨウに勝てなかったようだ。家事の全てをヨウに投げているため洗濯の時成長したヨウは物凄く困っていた。魔法属性は【変質と精製】。魔法薬や魔道具を作ることに長けているが戦闘面はからきしである。
最初に設定したキャラクター。森に住まう隠者の女性がテーマだった。最初はもっと女性らしい喋り方だったが変えたのは作者の好みだ文句あるか。好物はトマトパスタ。
クズハ・ソージュ
ラインセトルの街……の隣の街リクストに住む狐人族の魔女。メイアの魔女仲間。もちろん女性。いわゆる九尾っていうやつである。一応【潜街浸透の九幻炎】とかいう二つ名があるけど出なかった。白の髪に黒蒼の瞳。何時もは村人Aのような服装だが美女だから結局目立つ。一応浴衣っぽい何かが正装。脚線美が危険領域。胸は無い。
メイアの昔からの友人。メイアをからかうのが趣味。というか人を翻弄するのが好き。狐っぽいだろう?しかし本質が世話焼きの姉御なため最後には自分が苦労する。メイアとヨウを見てそろそろイイ人が欲しくなってきた様子。魔法属性は【陽炎と魅惑】。コンスタントに強い。
結構気に入って作ったわりには出番の無いキャラクターになってしまった。ゴメンね。好物はあぶらあげ……ではなくマカロン。
ニヤニヤ笑いの男
本名、ラスコー・シーケンカー。実は女だった……とかはない。二つ名とかはない。後ろ暗い取引を行っている普通の人間。なんだかんだ目鼻の効くやつだったが運がなかったようだ。赤い髪に灰の瞳。いつでもニヤニヤ。なんか紳士っぽい服を着ているのは貴族への憧れ。背は高いのでヨウはそこも気に入らなかった。
魔法使いというより商人。しかも悪徳商人。 帽子がトレードマーク。しかし趣味はサボテン擬きを育てることだったりするので人は見かけによらない。結構早くに夢から覚めていたが空気を読んで気絶したふりをしていた。魔法属性は【限定と束縛】。
悪役なのに割と嫌いじゃないキャラクター。とりあえず踏み台。下衆っぽい感じでわかりやすく悪役なキャラクターなので書いてて楽だった。もちろんボコるが。




