陽のあたる道
一筋のスポットライトが闇を切りさき突き刺さる。
金の鏡が眩く弾き、返す斜光の雨がスタンドめがけて降り注ぐ!
ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!
歓声がすごい。ライダーの俺が完全に脇役だ。
柚葉を飾るはゴールドのビキニ。
大胆なカットとメタリックな質感が、彼女のイメージを180°覆す。
覆うはブラックレザーのジャケットにチャップスのみ。
イメージはカウガールピンナップ。もう倫理規定ギリギリだ。
目いっぱいに高くしたピンヒールは存在感をフィールドで際立たせる。
キラキラとした金色のプリズムが宙に浮かぶ。
打たれる無数のフラッシュを目が眩むハレーションで闇間に散らす。
その身に受けたビームをエネルギーを何倍にもリフレクトして放つ。
いや彼女の存在そのものが輝きを放っていた。
柚葉はトレードマークだったポニーテールを右手で解いた。
ヘビーなラップミュージックにあわせ、腰まであるロングヘヤーをなびかせながら、彼
女はローダー回りを一周ぐるっとねり歩く。
パイプフレームに腕を絡ませ脚をかけ、ポールダンスを思わせるウォーキングは、観客
たちの視線を釘付けにする。
笑みすら浮かべた表情は、アイドルとしての自信を伺わせた。
存分にもったいつけたパフォーマンスも終わりに近づき定位置にまで戻ると、柚葉は俺
の顔を掌でひと撫で、そしてしなだれかかってくると腰に手を回してきた。
ウオオオオォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!
ウオオオオォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!
ウオオオオォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!
おおぅ、ブーイングで地面が揺れるんじゃないか?
ここまで強烈なのはビンタ以来かもしれない。
いい感じだ。
レイカとのバトルは、やっぱこれくらいの舞台じゃないとダメだよな。
BGMが切り替わりハードロックが流れだすと、対面にスポットライトが照らされる。
いよいよチャンピオンのお出ましだ。
だけども、まだブーイングがやんでない。
これではレイカ様が怒っちゃうよ?
みんな大好き、あの美しいレイカ様が怒ってしまうよ?
ウオオオオォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!
ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!
レイカは憮然とした表情を浮かべ、ロングヘヤーをかき上げる。
淡い栗色の髪は、流れる音がここまで聞こえてくるようだ。
刺激的なエナメルレッドのコスが、強い照明の下では尚のこと魅力的だった。
柚葉を見たあとでも、レイカの魅力に観客たちはため息をつく。
女王の異名は伊達ではない。
ひと通り視線を観客席に投げたあと、彼女は切り替わったR&Bに合わせ舞い始める。
艷やかでキレのあるルーティーンに正確無比なステップ。惚れ惚れとする完成度だ。
浮かぶ笑顔もかわらず輝いていたけど、幾分、表情が硬い気もする。
昨夜を引きずってるのだろう、本日の踊る女王様はご機嫌斜めのようだ。
それでもシウが加わり始めると、より複雑さが増したダンスのクオリティは圧倒的で、
観客たちの興奮によりフィールドの空気がチャンピオンへと傾くのがわかった。
曲はいよいよサビへと突入し、クライマックスに呼応するべく二人は縦横無尽に跳ねま
わる。バックフリップなどの大技まで躊躇なくアドリブで入れてくる。
収集つかなくなると思い始めたそのダンスは、しかし約6分のピリオドを迎えると、驚
くことに元の定位置に舞い戻り、正対する形でラストステップに収まったのだった。
「どう? これが本物のパフォーマンスよ」腰に手を当て胸を張るレイカの顔が雄弁に
語る。後ろに手を組み隣に立つシウの表情も満足げだ。
そして美しい姉妹の背後には、真紅の巨人が控えていた。
虚飾はなくとも強い照明がボディに濃い陰影を刻みつけ、流線型は優美さを主張する。
もちろん、贅の限りを尽くしたオーダー品のみ成せる技。
だが後方より張り出す肥大化した醜いステンレスの肉塊は、芸術的な調和を粉砕する。
それは2ストロークエンジンの象徴「エキゾーストチャンバー」。
近衛の騎士を思われる華やかな装いと、歴戦の強者たるを証明する武のリアリティ。
紅蓮に彩られたそのローダーの名は…………
<マジェスティ・マジェンタ>
由来は違いなくカラーリングからだろう。
だがイタリア王国統一戦争、決戦の地マジェンタと同じなのは偶然だろうか?
独立は許さない、お前は我が領土の一部なのだ。
向かう女王の視線には、強い強い意志が込められていた。
ゴクリとつばを飲む。
気がつけば、極度の緊張により喉がカラカラに乾いていた。
抱きつく柚葉の肌もひどく冷たい。
対戦者というのはここまで圧倒されながら、チャンピオンと戦火を交えなくてはいけな
かったのか。
拳を交える前に、既に勝負は始まっている。
勝つため、己が有利とするべく状況を手中に引きずり込む。
基本的なバトルにおける戦術を、レイカはもうはじめていたのだ。
以前の俺なら、この時点で勝負は決していたかもしれない。
大きな波に翻弄されて力が発揮できず、もろく敗れ去っていたかもしれない。
しかし、今は違う。
柚葉がいる。愛する人がいる。支えが俺にはある。
一人では対処できないことでも、二人なら乗り越えることだって出来る。
大切なパートナーに目をやる。
彼女はきつく抱きついたままだ。かすかに震えてもいる。
きっとレイカのオーラに当てられたんだな。かわいそうに。
このままにしておけない。
腰を折る。
瞳を覗く。
なにを望んでいるかはすぐにわかった。
でもやってやらない。俺は悪いヒールだからな。
立ち上がろうとすると「あっ」と弱い声がした。
柚葉はきっと絶望したに違いない。
そこで素早く額にキス。
純情を弄ぶのだ。俺は悪いヒールだからな。
30メートルの先に視線をやる。
灼熱の渦が発生していた。
烈火の炎をまとう美しい少女は似つかわしくない憤慨の表情で立っていた。
今、レイカの胸にあるのは純粋な怒りだ。
ひどく原始的で強い感情の迸りだ。
もう彼女はかつての慎み深い処女ではない、人の悪意を知る羅刹となった。
この世界には誠意を踏みにじる、畜生の屑というものが存在すると知ったのだ。
シウの顔からも優しさが抜け落ちていた。
親の仇に向ける目とは正にこのことだろう。
唾棄すべき下衆野郎、そういった感情が彼女の胸に渦巻いてるのかもしれない。
「ふっ」
無意識に息が漏れた。
作戦は見事にハマった。ハマりすぎるほどだった。
考えてみれば目前にいるはチャンピオンなのだ。
皆が憧れる、トップアイドルなのだ。
そんな人が俺なんかにここまで執着してくれる。
殺すほどの怒りを抱いてくれる、なんと幸せなことなのだろう。
こんなチャンスは二度と訪れない。本気のローダーバトルが味わえるのだ。
これは堪らない。現金なものだ、俄然、力がみなぎってきた。
早くバトルしたくてたまらない。
すぐに乗り込もう、今すぐ一秒でも早く乗り込もう。
そして全力でチャンピオンを殴ってしまおう。
コックピットへよじ登りエンジンに火を入れる。
大切な人が、積み上げてきたもの全てを注いで組み上げてくれたスペシャルだ。
ちゃんとブーイングを続けろよ。
エキゾーストノートにかき消されるようでは、ヒール役を楽しめないからな。
ドガァウ!ドガァァウ!!ドガァァァァァァァァァーーーーーーーウン!!!!!!
フィールドに爆弾が落ちた。
本物のビッグシングルが吠えたのだ。
掛け値なしのレーシングエンジン、旧時代のテクノロジーの結晶が目を覚ましたのだ。
大気が震える。排気音圧で風がたつ。局振動により砂が舞う。
アリーナ席の観客は耳を抑えているも血色が悪い。
いつの間にかブーイングが消えていた。
誰しも息を呑んで微動だにできない。声を発そうものなら胃液が逆流しかねない。
レイカに視線をやる。
心なしか目ヂカラが薄れているようにみえる。
睨む。睨む。睨む。
睨み続ける。
あまりに不躾な態度に再び怒りが首をもたげてきたのだろう。
剣呑なオーラが戻ってきた。
ブーツでフロアをキツく段駄。
大きく髪を一掻きすると、背後の巨人を登り始めた。
x x x
ドガァァァァァァァァァーーーーーーーウン!!!!!!
パァァァァァァァーーーーン!!
怒涛の波が押し寄せる。
ブラックマークが4本描かれ、対の燃焼パルスは音の壁をも刺し通す。
奇しくも両者は開幕早々、相手を叩き潰すべく飛び出した。
爆ぜる視線のその先まで、大気を打ち抜き加速する。
吐き出される大量の排ガスは熱量を抱えきれずに炎を帯びる。
30mは一瞬で食い破られた。
ガヂィィィィィン
鈍い音がフィールドに鳴り響いた。
両者のタックルが中央でつばぜりあったのだ。
10メートルは飛ばされた。金も赤も。
間髪入れず再びダッシュするローダーが一機、ゴールドラッシュだ。
それをレイカは鋭いサイドステップで横に逃げた。
逃げた、逃げたのだ。
チャンピオンが逃げたのだ。
彼女は動揺を抑えきれない。
タックルを止められた動揺が抑えきれない。
タックルを止められる、こんな展開は今までなかった。
はじめてだった、はじめてのことだった。
はじめてのことに、へたり込んでイヤイヤしそうになる。
泣いてわめいて許しを乞いそうになる。
どうすればいいの?
助けて、助けて、お願い誰か助けて。
助けて…………………………………………………………………………シウ
パートナーの顔が浮かんだ。
油まみれで整備する顔が浮かんだ。
グズってるエンジンを二人で直した日が浮かんだ。
完調をたぐりよせエグゾーストノートを響かせた日が浮かんだ。
勝利したあの日の笑顔が浮かんだ。
グッ。
スロットルを強く握り直す。
アゴを引き締める。
歯を食いしばる。
目線を高く保つ。
今からアイツをブチのめす。
再びタックルが交えた。
ドガァァァァァァァァァーーーーーーーウン!!!!!!
パァァァァァァァーーーーン!!
ガヂィィィィィン
数百キロの鉄塊同士が、勢いそのまま真正面から額を潰す。
鈍く響いた重金属音は地鳴りを生み出し、フィールドの空気さえ揺らす。
大質量が生み出す反作用は、激しく双方を吹き飛ばした。
先刻と同じように10メートルは飛ばされたローダー。
しかし今度は両機とも間髪入れず起き上がり、再びダッシュを仕掛けた。
ゼロ距離打では仕留め切れないとわかれば助走を更につけ。
今より大きなダメージを与えるために、這いずるほどの低い姿勢で。
視神経が焼けつくまでに精度を高め、ピンポイントで急所を狙う。
エンジンパワーを振り絞り、レブメーターの指す先はレッドゾーン。
幾度もの衝撃波。
耳を塞ぎたくなる金属音。
しかし耐えなく鳴り響く。
どれほど重ねたのだろう。
壊れたシステムのように二機は体当たりを続けた。
フィールドは静まり返っている。
異様な光景に観客は声も出せない。
目を伏せ、震えてる人も見受ける。
逃げればいい、見るのが嫌なら帰っちゃえばいい。
でもそれはできなかった。
このあまりに愚かな意地の張り合いは、あまりにも純粋で美しかったから。
「どうしたチャンピオン! 顔がひきつってるぜ」
「あん? 大層な口を利くなぁ色男、女に慰めてもらっておっ立てたか?」
「言うじゃねぇかサイコーだ! 女にしとくがモッタイねぇ」
「アンタが女だったら柚葉から寝とってやったさ、残念だよ!」
二機がはじける。
もうダッシュもできなくなった巨人たちは接触の時間が長くなる。
それでも肢位に力を込め挑みかかる。
わずかでも飛べるなら相手に食いかかる。
エンジンのすべてを、持てるすべてを跳躍にかける。
ガゴォォォン
崩れ落ちた。
どちらが先かはわからない。
だが二人の巨人は恋人のようにもつれて抱き合い重なりあった。
ギッギギギギギギギギギギギギギギッ
軋む音がした。
おぞましい音だ。
聞きたくない音だ。
一機のローダーが立ち上がっていた。
褪せた金色だった。
イヤャャャァァァァァ!!!
悲鳴が上がる。
結末を予感した観客が哭いたのだ。
巨人は想い人の腰に手をやる。そして高く抱き上げ、後ろに反り返った。
グチャ






