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マイトゥルーカラー

 市街地のはずれの新興住宅街につく。

 岡山中心部からバスで1時間もかかる、空き地だらけの辺鄙な場所だ。        

 土ばかりのこの地はどこか京都が重なって、それが俺には好ましかった。       

 バス停からさらに歩いて10分、我が家に到着となる。               

 木造2階建て、何の変哲もない建売り住宅。                    

 こんな安普請でも1階をローダー用ガレージに改築してもらったから、それなりの金額

になってしまった。                                

 支払いはライダー共済組合に頼み込んでの長期ローン。               

 これまでに稼いだギャラのほとんどを頭金につぎ込んで、何とか通してもらった。   

 借家で済ますことも考えたけど、覚悟の意味で家を買うことにした。        

 身の程をわきまえない行いなのはわかっているつもり。               

 すべてを再スタートする場所だ。                         

 気を引き締めて門をくぐった。 


「ただいま~、柚葉いるか?」

 返事がない。

 そういやガレージ奥のエンジンルームに来いって行ってたな。

 あそこは防音だから聞こえないのか。


コンコン

「渡だけど、柚葉、入っていいか?」

「どうぞ、入って」

 エンジンルームの中に進む。

 ここは柚葉の城。

 もうすでに設備や工具が収められだしている。

 几帳面な柚葉だけあって整理整頓が行き届いてるのが好ましい。

「さっそくだけど、これを見て」

 ん?

「これは……」


 エンジンパーツの類が作業台の上に広げてある。

 かなりの数がある。

 大物から小物まで、見覚えのない部品ばかりだ。

 いや形状自体は知っている物が多い、だがどれもピカピカに磨き抜かれてあるんだ。


「ゴールドラッシュのエンジン部品だよ。一式揃ってる」

「どうしたんだこれ? 簡単に手に入るものじゃないだろ」

「…………鉱山で地震が起きた時に穴からオートカーとか引き上げたでしょ、その中にた

くさんパーツが混じってたじゃない、それだよ」                   

 憶えている、結構な量だったはずだ。それがここにあるなんて。          

「よくあの中から見つけたよなぁ」                        

「ううん、ちがう。全部買ったの。私の貯金で全部買っておいたの」          

 全部って…………どういうことだよ?                      

「あの時はまだエンジンのことなんて何も知らなかったから、選別なんて出来なかった。

でも、もしかしたら使えるパーツが混じってるかもしれない。そう思ったからパパに頼み

込んで全部買わせてもらったの。それは正解だった、ちゃんと入ってたのよ。あのときの

私を褒めてあげたい。躊躇しなかった私を褒めてあげたい」             

「なんでそんなことをしたんだよ、大金だろ! 簡単に使っていい金じゃないだろ!!」

「私の10年間は今日、このためにあった」                    

 

 なにも言えなかった。                              

 言葉が見つからなかった。                            

 どう言えばいいのか、わからなかった。                      

 なんて俺は馬鹿な人間なのだろう。                        

 こんなにも思ってくれる人に対して言葉の一つも掛けられないなんて。


「そして残りの人生は渡と生きるためにある」


 抱きしめた。

 きつく抱きしめた。

 この手はゆるめてはいけない。

 絶対に離してはいけない。

 そう悟って、きつくきつく抱きしめた。

 



「おはよ」

「ああ、おはよう」

 柚葉の顔が朝日を受けて輝いていた。

「なんか、ちょっと恥ずかしいね」

 彼女の表情一つ一つをつい見つめてしまう。

 指で触れてみたくなった、まぶたに目尻、頬に唇その細い顔。

「もう…………だめ。聞いて欲しい話があるの、とても大切なこと」

 するりとかわされてしまった。

 まだ何もないリビング。

 広い空間だが、俺には満ち足りているように見えた。


「昨日のエンジンパーツだけど、重要な事があるの。心して聞いて」

「うん」

「あの部品を取付けると計算上は排気量が680ccになるわ、パワーも倍近くになる」

 

 680cc!


  岡山最大クラスだ。それより単気筒でこの排気量、いったいどれ程の爆発力なんだ!  

 胸がおどってきた、これはすごいぞ。                      

「よく聞いて。あれはね旧時代の競技に使われた部品だと思うの、とても繊細にできてい

る。だから取付けてしまうと、ものすごくデリケートなエンジンになってしまうわ」   

 えっ、それは…………                             

「寿命がものすごく短くなるのよ。もってバトル3回、下手をすれば1回でダメになって

しまうかもしれない」                              

「1回って」                                  

「そして一度付けると、もう元には戻せない」                    

 つまり                                     

 喉がカラカラに乾く。                              

 恐ろしい事実が目の前にある。                         

「あのエンジンは壊れてしまうの。必ず、近い将来、間違いなく」           

 壊れてしまう…………                             

「よく考えて渡。これは片道切符、破滅へ向かう片道切符よ」            

 …………うん                                 

「よし、付けよう」                               

「えっ、もっとよく考えて渡。二度と戻れないのよ」                

「考えた。レイカのほうが大事だ。たとえエンジンが壊れるとしても、レイカを取り戻す

ほうがずっと大事なんだ」                            

「…………」                                  

「…………」

「バカ…………」                                

「うん、俺はバカだ」                              

「ふっ、恋人の前で他の女の話を熱くするほどのバカよ」



 レイカの家で睡眠をとった後は新居で決戦に備える。

 これが俺たちの日々となった。

 レイカやシウと顔を合わす機会も減った。

 家で鉢合わせしても気まずさで反応できなかったりする。

 美しい女王が落ち込み陰る姿を見るのがつらかった。

 シウと目が合うと訴えかけてくるようで、視線を外してしまう俺が情けなかった。

 何とかしなくてはならない。でも焦ってはいけない。

 誓いを胸に決戦の日まで、持てるすべてを勝利へ注ぐ。




     x    x    x

  

 事務局へ住所の変更登録に行ったある日、ディープスロートの大三郎さんと出会った。

「大変なことになってるな」                           

「…………もうそんなに広まってますか」                     

 覚悟はしていたつもりでも、さすがに気分が落ち込んでくる。           

 責任は自分にあるから抱えるしかないのが、情けないけど重い。


「立ち話もなんだ飯でも食いに行こうか。晩には早いけど若いから入るだろ」


 連れて行かれたのはウェスタンスタイルというのか、西部劇に出てくる酒場そのままの

カフェバーだった。お酒も出る店に入るのは初めてなので緊張する。          

 キーキーときしむ観音開きの木戸を押し、カントリーミュージックの流れる店内に進む

と、まだ日は高いのに客の入りは結構なものだった。 

 

 俺がカウガールのコスプレをしたウェイトレスさんに驚いてると、大二郎さんは手慣れ

た感じで、オーダーを入れていく。あ、メニューは見ないんですね。          

 やがて目の前に料理が運ばれてきた。                       

 Tボーンステーキというやつだ。                        

「デカい」                                    

 度肝を抜かれた俺を、大二郎さんは満足げな表情で眺めていた。           

 1キロ近くはあるかも、そういや2ポンドとかオーダーの時に言ってた気もする。

 こんな巨大な肉の塊なんて見たことがない。                       

 テーブルの向かいに並ぶのはチーズケーキと真っ黒なコーヒー。        

 サクサクしたタルト生地にクリームチーズがたっぷり盛られた、専門店が提供しそうな

とても本格的なものだった。                           

「僕はここのチーズケーキが大好物でね。さすがに男一人で食べる勇気はないから、手頃

な人間を見つけては連れ込むようにしてるんだ」                   

 大二郎さんは慣れた手つきでフォークを差入れ、大胆に切り分けたケーキを口に運ぶ。 

 そして甘さが残っているだろうタイミングで、まだ湯気の立つコーヒーを流し込む。  

 ノド仏がゴクリと動き、浮かべた表情はとても満足そうだった。           

 この人なら女の子がたくさんいる喫茶店でパフェを食べても、変に思われない気がする

んだけどなぁ。                                  

 たしかにチーズケーキは美味しさが伝わってくるシロモノではあった。        

 あったのですけど、大三郎さんは500円のケーキのために、何千円もするステーキを

後輩におごってしまうのですか? …………ありがとうございます。  

                                                

 ご好意を無にしないように、さっそくステーキをいただくことにした。        

 ナイフを刺すと意外やスルッと刃が通っていく。                  

 驚きのまま、大きな肉塊を口に放り込むと舌の上に肉汁が溢れだす。あわてて歯を当て

てやると何とも小気味よい弾力が返ってきて、自然と頬が緩んでくるのがわかる。    

 口中に動物性脂と濃厚なバーベキューソースが広がるのを充分に満喫したあと飲み込む

と、俺もノド仏がゴクリと動いたように錯覚した。                  

 こんな直球で容赦ない肉料理は初体験だ。                     

 とくに最近は女性陣の割合いが多くて、家の食事はコジャレたものばかりになっていた

から、こういうダイレクトな肉のうま味を忘れてしまっていたのかもしれない。


「ここのチーズケーキはホールで買えば、木箱を模した良い雰囲気の箱に入れてくれるん

だ。ーーーーーーーーーーーで、女王ちゃんにそれを渡して頭下げちゃえ」      

「…………そんな細かなことまで知れていますか」                 

「だいたいはな。君らは思うより有名人だよ」                   

 顔から火が出た、とっさに頭を抱えそうになる。                  

 私生活の醜聞が広まるというのは、ここまで恥ずかしいものだとは知らなかった。   

 オモテを歩けないというのは、こういう時に使う表現だろう。            

 でも知れ渡ってる割には、穏やかな生活が送れているのは不思議だ。パパラッチ? と

かいう奴らに追い回されても仕方がない気もするのに。 


「メディアのほうはナツキさんが抑えてくれている。あとでお礼を言いに行くんだぞ」  

 ナツキさんの優しくて凛々しい顔が浮かんだ。                   

 やっぱカッコイイなぁ、大人の女性って感じだもの。                

 俺が惚けているのを見た大三郎さんは、ニヤニヤしながら言い放った。       

「あの人の親切は高くつくからな、覚悟しとけよ」                 

 ええっ!! 



「女の子が怒る時ってのはな、昔から男が悪いって決まってるんだ。だからプレゼントで

も何でも渡して、先に謝っちゃうのが正解なんだ」                  

 そういうものなんですか? そんな攻略方法みたいなので対応しちゃっていいものなの

ですか?                                    

「謝ってプレゼント渡して機嫌をとって、なんとか怒りを収めてくれたら、ようやくそれ 

から話が始まるんだよ」                              

 柚葉とケンカした時もそうだったと昔の記憶が蘇ってきた。             

 女の子はすごくデリケートな部分があって、友だちになったばかりの頃は思いやりの足

りない言葉を使ってよく怒らせてしまった。                     

 尋常学校の男友達になら平気の軽口でさえ涙を浮かべる新しい友人には、最初はとても

困ったんだ。でも俺がほんのちょっとだけ考えて行動すれば、彼女は笑ってくれることを

知って、それが嬉しかったんだよな。                       

「わかりました、まず謝ることからはじめてみます」                 

 大三郎さんはそれでいいんだとウインクをし、ケーキのおかわりと俺の食後のコーヒー

のオーダーをウェイトレスさんにしてくれた。  


 この世界は、俺が思っているより少しだけ優しいのかもしれない。

 ………… 

 とても濃くて苦く、そして香りの強いコーヒーを飲みながら決意した。        

 腹をくくって大三郎さんに全てを話す。問題のあらましから私事のすべてを。     

 そして進むべき道を相談に乗っていただけないか、お願いしてみる。                      



「…………実は」




      X         X          X


「はははははははははははっ」

 大三郎さんは大爆笑だった。

 バンバン膝を叩いて、全身でそのウケた度合いを表現する。

 あげく、隣の席に移動してきて俺の肩に手まで回してきた。

 くそぅ、ちょっとお兄さんぽくて憧れてたのに、俺の気持ちを返してくれよ!


「そこまで笑わなくてもいいじゃないですか…………」

 恨みがこもったのか、拗ねた口調になってしまった。

「いやゴメン。君がいつもやってるガチのドツキ合いを見て不正と言いだす奴は、まさか

にもいないだろうって考えたら、斜め上方向への真面目さがツボに入ってしまったんだ」 

 バカにされてるのか違うのか、解釈に困るような言葉が返ってきた。         

 でも、これって俺の決心が無駄だったということになるんじゃないか?       

「レイカと喧嘩したのは無意味だったのでしょうか?」               

「今必要かと言われたら首をひねるけど判断は正しいと思うよ。くり返すけど君のムチャ

な戦いっぷりを見て不正を働いてると思う奴は、まぁいないだろう。どうせ悪巧みをする

なら、もっとスマートに勝とうとするからね」                   

 判断は正しい。                                 

 その一言だけで涙腺が緩む。                           

 誰かに間違ってないと言ってもらえるだけでも、俺はありがたかったんだ。      

 だから肯定の言葉が心にしみた。                        

「君たちはまだ若いから共同生活で助け合う必要性もわかる。だからランカーとチャンピ

オンの間柄でも、そうは疑惑の目は向けられない。でも自主的にそれを断ったことは評価

に値する。ライダーや運営も高印象を抱くはずだよ。僕みたいにね」         

「ありがとうございます…………」                        

 お礼を言うことしかできなかった。                    


「女王ちゃんはちょっとワガママがすぎるかな」

「でも気持ちは理解できるのです」

 理解できるから否定できなかった。否定できないから乗ってしまったんだ。

「まぁワガママはいい女の特権だ、そして許すのはいい男の役目だ。今回はワガママを受

け入れた上で、君が女王ちゃんを乗りこなすしかないな」              

「そのためには勝つしかありません」                       

「勝てないよ」                                 

 …………ダメじゃん。                             

「まともにやって君が女王ちゃんに勝てるなんてありえない。もう知ってるだろう? そ

ういう時は勝てる状況に相手を陥れるんだ」                     

 デビュー戦の光景が鮮やかに脳裏によみがえった。                 

 まばゆい照明、大音量のBGM、そしてブーイング。               

「今回の相手はチャンピオンだしな、少しくらい酷いことをしたって許されるさ」 

 

 大三郎さんと作戦を練った。

 他方面からの意見というのは、とても興味深いもので対策抜きに勉強になった。    

 ただ提案されるアイデアはレイカの急所をこれでもかと突く非道なものばかりで、どこ

までが冗談か判断できずに俺は混乱した。                  

 やがて倫理的にセーフと思われる落とし所を見つけ、採用することにした。      

 人間関係的にはアウトっぽいけど、感覚が麻痺してたから気づけなかったことを後悔。


「ここまでやるなんて、大三郎さんはレイカと何かあったんですか?」        

「なに、大きく羽ばたいてる弟子へのちょっとした喝さ」


      

 おみやげにと、チーズケーキを冷蔵庫に入れておく。                

 夕食後にみんなで食べて少しは雰囲気が好転すればと思っていたけど、数時間後にはな

くなっていた。きっとレイカとシウが食べちゃったのだろう。             

 はじめは酷いと腹が立ったたけど、目を白黒させた二人が懸命に特大サイズのホールケ

ーキにかぶりついてる姿を想像すると、どうにも笑みが浮かぶのを止められず、もうそれ

で良いかという気持ちになった。 





          x    x    x 

 

 大詰めを迎えたある日、俺は柚葉に提案を持ちかけた。

「明日のバトルを棄権するの?」                         

「うん、そのつもりだ」                              

 解せないと表情をしかめる彼女。                         

 気持はよくわかる。                               

 今の俺達にはスポットライトの暖かさが癒やしだから。              

「今は出場しないほうが得策だ」                         

「なぜ?」                                  

 柚葉に説明する。                              

 自分の中でまとめた考えに誤りがないか確認する意味でも。      

                                  

 まずはハード面。明日をやめればオーバーホール一回分の時間を稼げる。       

 その時間でエンジンをより完成度が高いものにするほうが大事だ。          

 次にコンディション面。柚葉はオーバーワーク気味なのだ。             

 少しでも休める時間を確保する方が重要だ。                    

 最後はレイカ。明日をとばせばもう決戦までバトルはない。             

 頭のいい彼女は気づくはずだ、俺たちが決戦のためにすべてを注ぎ込んでることを。  

 お世辞にも今のレイカはマトモとは言えない。                   

 これでは勝てても、気持ちよく元どおりの関係とはならないだろう。         

 今一度レイカに俺たちが戦う意味を思い返してもらいたいのだ。          

 

 彼女は静かにうなずいてくれた。                       

 言葉で気持ちを理解する”あ・うん”の俺たちにはそれができた。          

 そして当然に気づく疑問を口にする。


「でもそれではランクが…………」                        

「神は味方をしてくれている。今日のバトルで11位が負けた」           

「えっ」                                    

「明日を棄権しても10位以内には踏みとどまることが出来る。ランカーのままだ」     




   x    x    x


 レイカとの決戦が目前となった日、嬉しい来客があった。              

 棟梁、そう柚葉のパパが岡山に来たのだ。 


「テレビ見たぞ、バンバンCMが流れてる。もう柚葉は有名人だ。パパは鼻が高い」


 デレデレじゃないか、このオッサン。

 仮にも荒くれ者を束ねる鉱山のボスだぞ。

 パパなんて呼ばせ方させてるあたりで感づいてたんだ、ちょっと娘に愛着しすぎ。


「おとうさん、娘さんと結婚を前提に付きあわせて頂いてます。よろしくお願いします」

「あ? 渡。オメー今なんて言った?」                     

「…………」                                

「…………」


「ちょっと殺すからそこで待ってろ。京都にツルハシ取りに戻ってくる」

「パパ!」

「おとうさん!」

「オメーのおとうさんじゃねぇよ!」

「それは酷い! パパ、渡のことをそんなふうに考えてたの?」

「あっ……それはだなぁ、言葉の綾というか……」

「おとうさん酷い! 俺のことをそんなふうに考えてたの?」

「オメー、マジで殺すからそこで待ってろ!」


 まだ復興の仕事があるという事で、日帰りの棟梁とは昼食だけしか一緒できなかった。 

 バラ寿司が京都と違って面白いので食べに行こうと提案したら、柚葉に作って欲しいと

言い出した。                                  

 おいおい、どれだけ具が入ってると思ってるんだ。メチャクチャ大変なんだぞ。   

 殴ってやろうと身構えたら、柚葉がうれしそうに頷いた。              

 クソ、手伝わなきゃならないじゃないか。                    

 俺、和食はそんなに上手くないのに。  

                                                             

 3人仲良く輪になって食卓を囲む。とても楽しい時間だった。         

 でも5人で食べたかったのも事実だ。                       

 ときどき柚葉の笑顔が陰るのも、きっと同じ思いなんだと思う。           

 頑張らないといけない。                             

 どんなに険しい道だろうと、あの楽しかった日々を取り戻さなくてはいけない。



 棟梁がオートバスに乗り込むのを手を振って見送る。

 さみしげな柚葉の肩を抱く。

 この人から悲しみを消し去ってあげたい。

 優しい彼女に幸せなものだけ見せてあげたい。

 それは俺の役目なんだと思う。

 絶対に譲れない俺だけの役目なんだと思う。




 空が茜色に染まりだした。

 コンコン

「柚葉、お茶淹れるから休憩にしないか? 入るぞ」

「あっちょっと待って、私がそっち行くから」

「おう」


すこし待つ。


「おまたせ」

 エプロン姿にバンダナで髪をまとめた柚葉が出てきた。

 顔には疲労の影が見える。

 ずいぶんと無理をしているようだ。

「そんなに大変なのか?」

「ああ、ちがうちがう。もう最終段階に入ってるからね。あまりホコリを部屋に入れたく

ないのよ。それくらい大丈夫だと思うけど、後悔したくないから」           

 …………涙が出そうになった。                          

 最近の俺は感情の起伏が激しい。                         

 震えそうになる声をふりしぼった。                       

「ありがとう」                                 

「じゃあお茶もらおうかな」                           

 彼女の笑顔が滲んで見えた。                          

「ここだと寒いだろ、リビング行こうぜ」                    

「私、油で汚れてるから」                           

「俺があとで掃除するから気にしなくていいよ」                 

「…………うん」



「あたたかい」

 ことさら丁寧にいれたシッキムの葉を味わう。

 せめてもと茶葉だけは惜しまない。

 こんなことで感謝を示せるとは思っていないけど。

「レモンはクエン酸の効果で疲れをとってくれるんだって」

 良い紅茶だから、もったいないけど一枚浮かべた。

 贅沢なことをしているんだという気分だけでも癒しになればと。

 わかってくれたのか、柚葉はいけないことをする共犯者の表情で言った。      

「こんな薄っぺらいの一枚じゃ無理だよ」                      

 声を上げて笑いあう。                              

 そうだ、とっておきのクッキーを出してしまおう。                

「ありがとう……でもこれ、シウが好きなやつじゃないの」             

「来客用だけど、少しくらいならバレないだろ?」                 

「ふふ、わかっちゃうかもよ。メカニックは鋭いんだから」



 紅茶を二人ですする。

 きっとこういうほのかな苦味が幸せなのだろう。

「あと4日か」

「あっという間だったね」

 柚葉はその細い人差し指でカップのウサギの絵を撫でる。

 彼女がリラックスしてる時にする癖だ。

「レイカの調子はどう?」

「力が戻ってきてる。今日は事務局で打ち合わせだったんだけど、隙を見ておもいっきり

足を踏んづけられた」                              

「ふふ、らしい」                               

「踏まれた方はたまったもんじゃないぞ、ブーツだったし」             

 急に柚葉が冷ややかな目をした。                        

「あら、渡はうれしかったんじゃないの? ブーツフェチとして」         

 なんで知ってるの、この人!                          

「女の子ネットワークを甘く見ないことね。なんでもお見通しよ。あーあ、おねえちゃん

の知らない間に弟くんは変態になっちゃいました」                

「おねえちゃんとか言うなよ、2ヶ月早く生まれただけじゃないか!」        

 

 ひとしきり思い出話に花を咲かせたあと、最後の一杯を注ぐ。

 楽しい時間も終りが近づいたのだ。

 さみしいが、仕方がない。

「そうだ、コスチュームを新作しちゃおうか」                    

 えっ、俺は今のが好きなんですけど?                       

 私事は置いておいても、もう間に合わないんじゃないだろうか?          

「オーダーじゃなくても既成品で固めればいいのよ」                

 それでは華やかさが足りないと思うんだ。                    

「そこは渡が頑張ればいいのよ、得意のフェチをもって」              

「ぐっ」                                    

「んぅ、どうしたの?」                             

 くそ、こいつイジワルな表情させたら世界一だな。                

「わかった、後悔するなよ。恥ずかしいから着ないとか言ったら高笑いしてやるからな」

「はーーい。弟くん、頑張りましょうねぇ」




   x    x    x


 夜中に目が覚めた。

 明日の命運をかけたバトルを思うと、どうにも寝付きが悪い。

 頭を冷やそうと庭へ行ってみることにした。


 明るい夜だった。

 昼に吹いた強い海風が大気の砂塵を洗い流してくれたようだ。

 月明かりが夜空を照らすが、4つの恒星が十字にならぶのだけは見えた。

 京都と同じだ。

 少しだけ鼻奥に熱が生まれる。

 離れてどれくらいになるのだろう、8ヶ月ほどか?

 土と遊んだ日々が遠い昔のことのようだ。


 思い返す。

 両親を流行病で亡くした。

 ウロウロしてる所を父の知人だった棟梁に拾ってもらった。

 友達ができた。

 ひさびさに腹いっぱいご飯を食べた。

 風呂で洗いっこをした。

 3人ならんで川の字で寝た。

 ツルハシで豆ができて泣いた。

 危ないことをして大人の人から叱られた。

 みんなで輪になり焚き火で温めた弁当を食った。

 はじめて岩を砕き褒められた。

 ローダーに乗った。

 柚葉とペアを組んだ。

 壊さなくなった。

 誰もが届かない深さまで掘れるようになった。

 そして大地が揺れた。

 因果が絡み交じりあい、今、遠く西方の岡山にいる。


 ふと芝生を踏みしめる音が聞こえたかと思うと、背後に人の立つ気配を感じた。

 かすかな息遣いと逡巡するような動作が繰り返され、俺が振り返ろうとしたその時、気

配の主であったレイカが隣に歩いてきた。 

 

 お互い言葉は発しようとしなかった。

 空があまりに静かだったから、諍いでそれを乱したくなかったからかもしれない。

 黙って肩を並べることが、とても心地良かったからかもしれない。


 袂を分かって以降、こうして同じ時間を過ごすのはいつ以来だろう。         

 考えてみればレイカと二人のときは、いつも騒いでばかりだった気がする。      

 苦笑が浮かんだ。今はとても貴重なひと時かもしれない。              

 あとちょっとだけ、このままで居させてもらおう。

 

 気がつくと夜の色がずっと濃くなっていた。 

 そしてレイカの口が動いた。

「今日は月がきれいね」

 振り向き彼女の横顔に目をやると、思わず息を呑んだ。

 潮風に流れる金糸の髪、翡翠の瞳は月明かりに濡れて光っていた。

 少しはにかむ口元は柔らかで、凛としたいつもの彼女とは違う表情を見せる。  

 目が覚めるような美人という言葉は、比喩でなく実際を表した物だと初めて知った。

 

 ひりつく喉を懸命に動かし、どうにか言葉を引きずり出した。

「星があると、もっと良かったんだけどな。十字の形のアレしか見えない」

 その言葉がお気に召さなかったのか、レイカはため息をついた。

 俺の頭は疑問符でいっぱいになる。

 そんなに気の利かないことを言っちゃったのかな…………


 正面を向いたレイカは会話を投げる。

「調子はどう?」

「問題ない、完全にコントロールできてる」

「準備は整ったの?」

「恥をかかせないレベルにまで仕上がってる」

「そう…………」

 いくつかのキャッチボールを繰り返したあと、彼女はまた黙りこくってしまった。

 先ほどまでとは違い、この沈黙はあまり心地よいものではなかった。

 空気が停止し、俺の腕時計の刻む音が聞こえ出すほどの静寂があたりを支配し始めたこ

ろ、遂にレイカは口を開いた。


「…………私と婚約しなさい」

「それはできない」

 時が凍った。

 レイカが震えている。

 気丈な彼女の肩が震えている。

 寒いからではないはずなのに。


「なんでよ!」

「俺には柚葉がいる」

「私も負けないわ」

「だめだ」

「婚約すれば一緒に住む名目が立つわ」

「だめだ」

「私はお金を持ってる、なんだって叶えてあげられる」

「柚葉だけでいい」

「私はトップアイドルよ、トップアイドルを好きにできるのよ! ……………………………

…………………………………………………………………初めてになれるのよ」    

「ごめん」                                   

「くっ」                                    

 離れていても震えが伝わる。                          

 レイカはこらえている。                            

 こらえる、男の意地でこらえる。                         

 …………なんでこんないい女が俺なんだよ。                    

 お前、男を見る目がなさすぎだろ。男運なさすぎだろ。               

 俺なんかに必死すぎるだろ………… 


パーンッ!

「うっ……………………うぐっ」

ドガッ!!

 溢れる感情の一部を俺にぶつけると、レイカは家に戻っていった。



「痛ってぇ、ちょっとは加減しろよなぁ」

 苦し紛れの軽口をつぶやき、頬とすねを撫でながら家に戻る。

 大理石で清められた玄関にはシウが佇んでいた。

 パジャマ姿の彼女は儚げで、穢れを知らない様だった。

 レイカの思いを知りながら、明日には策でそれを踏みにじる俺が酷く穢れて見えた。  

 既にきれいな人間でないのは自覚していたが、暴かれるようで逃げ出したかった。   

 もうこれ以上、彼女の瞳に写ることに耐えられなくて、足早で横切ろうとする。 


ツン


 袖を指で摘まれた。

 それだけで足が床に張りつき動けなくなった。

 顔を上げて彼女を見る。

 シウが涙に濡れていた。雄弁に思いを語っていた。

 察しの悪い俺でさえ、何も応えずいることの不義理さを咎められていると悟った。

 重くなった唇から言葉をどうにか吐き出す。

「明日、明日…………すべてに決着がつく」

「それだと渡の心は帰ってこない」

「…………」

「私は一緒に暮らしたい、この家でレイカと柚葉と…………渡と一緒になりたい」

「それは俺も同じだよ」


 みんな同じなんだ。


「それなら」

「でも出来ないことなんだ、人生は思ったとおりに生きるだけでは成り立たないんだ。大

切なこと、大切なもの、そして本当に大切な人たちを守りぬくためには何かを犠牲にしな

きゃならない時もあるんだ」                           

 涙混じりの声だったかもしれない。                       

「俺はみんなとの絆を守りたい、これだけはどんなことをしてでも守りたい。たとえ一時

的に裏切ることになってもだ」                           

 震えてうまく話せていないのはわかった、でもためらわず続ける。         

「そして信じているんだ、こんなことで俺たちの8ヶ月は揺るがないって。ちょっと仲違

いする日があっても、また心は一つになれるって信じてるんだ」            

 最後までちゃんと言えたか自信がない、でも思いを伝えようという努力だけはした。  

 俯いたままの彼女の髪に掌を伸ばす。                       

 心の繊細さが現れたかのような絹糸の手触りだった。                

 シウは顔を上げじっと俺を見つめた。                       

 やがて体を捻って頭に置かれた掌を避けると、ゆっくりとした足取りで自室に戻ってい

った。




   x    x    x


 決戦当日、岡山国際フィールドは超満員。

 チケットは発売直後にソールドアウト。特設の立ち見席券まで売りさばかれた。

 だがそれでもまったく足りておらず、パブリックビューイングまで設置されたと聞く。 

 突貫作業で設えたライトの数はいつもの5割増し、巨大なカメラクレーンも蠢いてる。 

 なんと今日は全国放送、しかもライブ中継なのだ。                 

 トーナメント本戦とはいえ、たかが地方選手権、しかも緒戦にあたるバトルでここまで

の体制が敷かれることは史上初かもしれない。         

 美貌と強さを兼ね備える空前の人気チャンピオン、一方は参戦歴は浅くともキャラクタ

ー性で抜群の注目度を誇るヒールライダー。                     

 確かに魅力的なマッチだろうけど、どう考えてもここまでの盛り上がり異常だ。    

 これにはナツキさんの暗躍があった。

 

 彼女はこのマッチングに早くから注目をしていた。

 …………ぶっちゃけると、カネの臭いを嗅ぎとっていた。

 俺たちの醜聞を抑える見返りにとバトルの日程をメディアへ情報を流し、相当前の時期

から準備をしていたようなのだ。                          

 結託した新聞雑誌はガンガン広告をうち、ラジオやテレビもCMまで流してしまう。  

 町に貼られる無数の宣伝ポスターに看板、もちろん俺は超ワル顔に加工されている。  

 煽って煽って煽りまくり、自分たちで点けた火をキャンプファイヤーどころか爆発炎上

レベルにまでしやがった。                             

 ギャラもすごい額になっているのでありがたいのですが、ナツキさん、これはさすがに

ちょっと引きます …………きたないな、さすが大人きたない。


「緊張するね」

 顔を火照らせた柚葉が言う。

「俺はお前を見てるほうが緊張するよ」

「なによ、渡が考えたんじゃないの」

 そう、約束どおり今日のバトルに合わせて新しいコスチュームを用意したのだ。

 すごいやつを、ものすごいやつを。

「正直なところオッケーしてくれると思わなかった」

「もうやぶれかぶれよ、こういうのはモジモジすると逆に恥ずかしくなるってデビュー戦

の時に知っちゃったからね」                           

「やっぱ女って強いわ、俺なんかずっとウイッグかぶってるチキンだよ」       

「チキンはあんなエッチじゃないから、きっと渡は違うよ」             

「…………さぁ行こうか!」


 暗いフィールドをコンベアに乗って進む。

 俺たちは挑戦者側となるからテーマソングは紹介の間しか流れない。

 一発で観客の心をつかむアピールを見せなくちゃならない。

 柚葉たのむぜ。



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