プライマル
第4回の投稿です。
今回で締めとなります。
今しばらくお付き合い下さい。
「俺は本戦リーグで全勝を守っている、このまま続けば次の勝利で順位が大きく入れ替わ
る予定だ。計算上では9位、ランカーだ」
先ほどまでの喧騒とはうって変わり、静まり返ったリビングに俺の声だけが響く。
レイカとシウは俯いてしまい表情がわからない。
激しい口調で反対されるかとばかり思っていたので意外だったが、聡い彼女たちにはこ
の未来は予想がついてたのかもしれない。
「チャンピオンとランカーが共同生活をしていると不正を疑われる可能性がある。悲しい
ことだけど、もう一緒に住むことはできない」
くり返しになるがランキング、順位は勝率で決まる。
勝ち抜きで決まっていくのでないから、そこにはわずかだが戦略が存在する。
苦手な相手に負けても、ほかの相手から勝ち数を拾っていけば上位に行けるという単純
なものだが…………
つまり言い換えれば、ある程度は順位のコントロールが可能ということだ。
これは下位だとあまり問題にはならない、もともと勝てる見込みが少ないからだ。
でも上位陣では話がガラッと変わる。
もし互いの勝ち数、負け数を融通し合うような連中が存在すれば、順位争いが不正の温
床になりかねない。万が一、勝ちに余裕があるランカー同士が結託するような事態になれ
ばランキングシステムそのものが崩壊してしまう。
だからこそ上位陣には、いっそうの清廉が求められる。
師弟関係終了の目処が弟子のランカー入りだとされるのも、それが理由だ。
「新居は岡山市のはずれだけど、レイカのオートカーなら30分もかからないよ。いつで
も遊びに来ていいから、ううん、遊びに来てね」
「柚葉も渡について行くの?」
「私はペアだから」
柚葉とレイカの視線が絡み合う。
そこには様々な色があるようで、俺ごときには理解が及ばなかった。
それでも友好的でないものも混じっていたくらいはわかった。
「出て行くのはいつなのよ?」
「…………明日になる」
「…………明日?」
息を呑んだ。
最も辛いところに話が及んだから。
「アンタふざけるんじゃないわよ! なんでそんなに急な話なのよ!! 今日は私の本戦
トーナメント進出が決まったの日なのよ? どうして嬉しいお祝いの次に、出て行くなん
て嫌な話を言おうとするのよ!?」
「すまない、これは本当に謝る。たまたま俺のバトルが、レイカの本戦進出が決まる次の
日なんだ、めぐり合わせが悪かったんだ」
「それでも前もって相談するとかはできなかったわけ? 大切なことは伝え合うのが、家
族ならするべき事じゃないの!?」
口ごもってしまった。彼女の言葉があまりに的を射ていたから。
自分の決断が間違っていたのだろうか? 最善でないのは当然だ、でも次善を選んだは
ずなんだ。
柚葉も苦しそうに話す。
「今日まで黙っておこうと提案したのは私なの。メンタル面で負担にならないようにと気
を使ったつもり、それが怒らせる結果となることもわかってたの」
「俺のマッチが伝えられてから、レイカのバトルまで3日しかなかったんだ。報告が今日
にズレこんだのは、次善だと考えての判断なんだよ」
「そんな気の使われ方をして、どこの誰がよろこぶっていうのよ!!」
ついにレイカの怒りが頂点に達した。
涼しげな美貌が、激しい感情によって熱く染まる。
彼女は椅子から立ち上がり、厳しい言葉を次々と発する。
俺たちは反論ができなかった。どう取り繕っても、それは言い訳だと気付いたから。
でも俯く権利は俺にはない、見上げるレイカの瞳に光るものが現れ出した。
それは高ぶった気持ちから溢れただけではないのかもしれない。
気丈な彼女をここまで追い詰めた責任は、とてつもなく大きいものだろう。
「やめてっ…………! お願い…………喧嘩はやめてっ…………」
喧騒にまみれたリビングに、一滴の雫のような小さな音が響いた。
その一言で水を打ったように空間は静まり返った。
泣きはらしたシウが絞りだすようなその声は、俺たちの諍いを制したのだ。
常に穏やかな彼女が初めて見せた露わな心に、煮えた空気が急速に清浄化されていく。
「こんなタイミングでの報告になったのは申し訳なかった。前もって相談すべきだったか
もしれない、そのことに関してもう言い訳はしない」
「ごめん、私も言い訳はしない」
レイカは黙っていた。
こんな謝罪で、わだかまりが溶けたとは思えない。
まだ怒りは収まっていないのだろうけど、彼女の整った顔は心情を読ませなかった。
「俺たちは家族だ、これからも深い付き合いは続くだろう。でも不正を一度でも疑われる
と、もう今までのように近い距離でいられなくなる」
「私たちが一旦、自分らの判断で距離をとるような態度を示せば、きっと他の人たちも家
族づきあいを大目に見てくれるよ」
大人の社会は常識と立場で成り立ってるのだと思う。
各人が常識をわきまえ、それに則った立場で居続けさえすれば、少しはみ出しても許し
てもらえる。でも常識をわきまえず、勝手な立場で振る舞う人間がいれば、それを律する
ために社会的なペナルティを課せざるをえない。
感情のままに生きることができないのは窮屈かもしれないが、最低限のラインだけはみ
出さずにいれば、逆に世間は常識と立場で守ってくれるとも言えるのだ。
チャンピオンとランカーが近い関係を保つ、そういうはみ出しを許してもらう事の引き
換えに、共同生活はやめるという常識とランカーの立場をわきまえる姿勢を見えるのだ。
拙い話し方だったと思うが、自分の考えは示した。
レイカとシウを裏切るつもりでないことだけは、わかってもらえたと思う。
俺たちの関係を今後も維持していくためには、必要な行動なんだと彼女たちにもわかっ
てもらえたはずだ。
「わからないわよ…………」
「なっ」
「そんなのわかるわけないわよ!!!!!!」
レイカの体から炎が吹き出した。
「ゆるさないわよ、この家から出て行くなんて絶対に許さないから!」
「俺の話を聞いてくれたんだろ? 一緒に住み続けるのは許されないことなんだよ」
「黙っていれば、誰にもわからないわよ!」
彼女の考えが読めなくなった。
どうして、クレバーなレイカが支離滅裂なことを言いだすのだ。
道理が通らないのは絶対にわかっているはずなのに、どうしてこんな無茶を通そうとす
るんだ。
「そんな言い方は、いつものお前ならしないだろ? 頼むもうすこし考えてくれ」
「冷静になってレイカ、そんな態度は貴女らしくないよ」
柚葉も焦って止めにかかる。
でも、こういう展開は予想してなかったから、俺たちは発する言葉を誤っていることに
も気づけなかった。
「フザケてんじゃないわよ!!!!!!! アンタたちはこの家に住み続けるの。もうこ
れは決めたことよ。誰にも覆せないわ、絶対なのよ!」
「なんで決められるんだよ、家族といえども行動を一方的に押し付けることはできない」
「決められるわ。だって私は…………私は……………」
…………チャンピオンだからよ…………
なんだ、その理屈は。
おかしい、今のレイカは絶対におかしい。
そしてこの方向に行くのはまずい気がする。
「チャンピオンは最も偉いのよ、誰よりも強いのだからみんなは私に従うの、これは決ま
りなのよ。不正? そんことを言う奴は私が叩き潰してやればいいのよ、だって私は誰よ
り強いのだから!」
「そんな理屈はムチャクチャだ、誰が従うんだ」
「従わないなら、従うようにするまでよ。私は強いのだからなんだって出来るわ」
いけない、これはいけない、絶対にいけない。
「レイカ、俺は従わないぞ」
「ダメよ、ゆるさないわ。私はチャンピオンなのだから口答えは許さないわ」
「そんな権利はチャンピオンにない」
「なくても通すの、私は強いからどんな無茶だって通してみせるわ」
理性の制御が狂い始めている。
感情がコントロールを失って、常識を侵食し始めている。
レイカがオーラを伴わせ矢継ぎばやにくり出す厳しい指弾は、俺の心を折りにくる。
でもここで折れてしまうと、もう正常な人間関係は保てなくなるだろう。
俺もレイカも引き際を大幅に超えてしまったから。
「強いほうの言うことを聞くのか?」
「そうよ、アンタもようやくわかったきたじゃない」
つばを飲む。
覚悟を決めた。
「もし俺のほうが強かったら、レイカは言うことを聞くのか?」
「へぇ…………」
レイカのリップが歪む、ひどく醜悪に。
美貌の女王が醜く歪んでいく。
「本戦リーグのバトルで決めよう。俺が勝ったら俺の方が強いのだから言うことを聞け。
レイカが勝てばレイカの言うことを聞こう」
「はっアンタ、私に勝つつもりなの」
「そのつもりだが」
「笑わせるわ、勝てるわけないじゃない! 半年やそこらバトルしただけのひよっこが、
最強のチャンピオンである私に勝てるわけないじゃないの!!」
「勝負は結果が出るまでわからない」
「…………いいわ、その条件を飲んであげる。ちゃんと守りなさいよ、アンタが負けたら
私のものになるんだから」
次の朝、起きてきてもリビングはもぬけの殻だった。
いつも漂っていたコーヒーと目玉焼きの香りがしない。
部屋がやけに広く感じる。
肌寒く感じる。
ここって、こんなに寂しい場所だったかな…………
柚葉が先に起きていた。
「渡、今日のバトルが終わったら新居のエンジンルームに来て、見せたいものがあるの」
バトルの時間が来た。
相手は俺より上位のライダーだ。
気落ちしていては全てが水の泡。
気持ちを奮い起こし挑む。
スポットライトの光が妙に温かい。
今はこの興奮の中が落ち着く。
それは柚葉も同じなようで、表情が少し明るい。
さぁやってやるぜ。