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6/10

スタンディング

 今日は俺が朝食当番。

 最近、新たな趣味に目覚めた。自家製パンである。

 と言っても市販のパンミックス粉を焼くだけの簡単なものだけどね。         

 前日の晩に練っておいた種を翌朝に軽く仕上げ、オーブンに入れたら出来上がり。   

 だけどこれが思いのほか好評だった。                       

 湯気の立つ熱々のパンにジャムやバターをたっぷり塗り、口の中へ放り込むと得も言わ

れぬ幸福感に満たされる。                             

 特にレイカとシウのハマりようはただ事ではなく、俺が支度を始めるとチラチラと覗き

に来るのが微笑ましかった。微笑ましかったのだが…………             


「ねぇまだパン焼けないの? ねぇねぇまだなの?」                


 _______うるせえ!                             

 うちの朝ごはんは7時と決まっている、なのに、なのにだ、今では30分も前からテー

ブルに座って催促をはじめるようになったのだ。                   

 いらだたしい。早起きして準備してる最中に急かされるのは本当にいらだたしい。   

 文句を言ってやろうにも、レイカとシウが肩を並べて待ってるのが小さい娘みたいで可

愛らしく、ためらってしまう俺がもっといらだたしい。 



「渡、この雑誌は読んだ? アンタの連載を始めたいってオファーが来てるらしいわよ」 

 山と盛った大皿のパンが半分ほどになり、幼児退行していたレイカがようやく元に戻り

始めたころ、彼女は行儀悪く口をモゴモゴしながら俺に話を振ってきた。       

「受けるかどうか、ちょっと迷ってる」                       

 ローダーバトル専門誌から、中期の連載記事を組みたいとのオファーが事務局に入った

のだ。                                      

 柚葉とのコンビ(正確には柚葉の引き立て役)として特集が載ることは何度もあったの

だけど、俺のみ単独、しかも連載物は初めての事になる。              

「ヒールなのにプライベートの話題も入ってるのよね。確かに悩むわ」        

「どうして悩むの? 受けちゃえばいいじゃない。雑誌をパパに送ってあげたら喜ぶよ」 

 柚葉は首を傾げる。                               

 誌面を飾らない月がないほどの売れっ子となった彼女には、ただの日常業務である取材

をためらう意味が理解できないのだ。                                                                


 最近になってヒールというキャラのことが理解できた事もあるので、復習を兼ねて、役

作りとプライベートを公表することの難しさを説明してみた。             

 要はコワモテ俳優がヘタレだとバレちゃうと、演技しにくくなって困るってだけなんだ

けどね。                                    

「あ、そういう事もあるんだ。渡ぜんぜん違うもんね、お金のことは」        

「…………」                                  

「…………」                        


 あれ?空気が変になったよ、なんで。



「受けちゃいなさい。プライベートに関しては知り合いの記者に頼んで、うまいこと調整

して貰えるようにするから」                          

「いいのか?」                                 

「アンタ、最近ヒールと呼べなくなってきてるじゃない、子供にサインねだられるでしょ

、そろそろ御役ごめんかもしれないわね」                      

 そうなんだ、困ったことに子供たちから妙に懐かれるようになってきてる。      

 フィールドの通路を歩いてると、足にしがみつかれたりする。            

 振り払うのは危ないから論外だし、だからといって親御さんの元へ抱きかかえて渡しに

行くのも、ヒールの衣装のままだと変だしで参ってるんだ。 


「渡の試合は、観客の心を打つ」                          

 いつの間にか、パンの残りを腹に収めたシウが語りだす。             

「観客はバカではない。ヒールだろうと良いバトルをすれば感動するし、キャラが悪役で

も正々堂々と戦えばライダーの人柄を察する。もう渡はただのヒールとは思われてない」 

 静かだけど、心に染み入るような言葉だった。                   

 頑張ってきたつもりだったけど、家族に認めてもらえたことに目頭が熱くなった。   

 やっぱ見てくれている人はいるんだな。                     

「ファンレターもらってるでしょ」                         

 えっ、いや……うん。                              

 もらったら読むよね、普通。                           

 ていうか、なんでそんなところまで見てるんだよ柚葉!              

「女の子からだと嬉しそうにしてるのを知ってるんだからね、ホントいやらしい」   

「プライベートをそのまま記事にしてもヒールを続けられんじゃない?」       

「むしろその方が憎悪を抱いてもらえる。ナイスアイディア」            

 

 味方が誰もいない家って、すごく居心地悪いです……                

 

 

 俺はそそくさとキッチンに逃げ、食後の飲み物を用意することにした。

 全員が違うものを好むので時間がかかる。

 しかし今回だけはありがたい。

「レイカは今日のメインイベントに出るんだよね」                 

「そうよ。勝てば負けなしでの本戦進出よ、ちゃんと見に来なさいね」        

 あっ、この話題になった。                           

「今日はダメなんだ」                              

「えっ、どうして? 節目の大事なバトルよ」                   

「すまない、どうしても外せない用事があるんだ」                 

 せめての場つなぎにレイカの前へカフェオレを置く。               

「…………柚葉は、柚葉は来てくれるわよね?」                  

「私もダメなの、外せない用事があるの」                     

「シウ、この薄情者たちになんか言って」                     

「来てくれないの?」                              

 ひどく悲しそうな目でこっちを見てくる。罪悪感にいたたまれない気持ちになる。   

 思わず柚葉とアイコンタクトをとる。                       

 よし。                                    

「今日じゃないと意味が無いんだ」                        

「うん、ごめんね。埋め合わせはするから」                     

二人、最高の演技によって全身で謝意を表現する。                 

全力でリビングに許さざるをえない空気を醸成する。               

「…………」                                  

「…………」                                  

「いいわよわかったわよ! 来なくていいわ。すっごいバトルでニュース見てからライブ

じゃなかったことを後悔しても遅いんだから! シウ行こう、薄情者なんかほっといて」 

 温かい飲み物と、空気読め攻撃は通用しなかった。                 

 レイカはプンプンと湯気を立てながらリビングから出て行った。           

 シウも寂しそうについていく。                      


「悪いことをしたなぁ」

「でもしょうがないよ、今まで準備してきたんだし」

「じゃあ、いっちょ頑張りますか」




 夕刻になった。

 レイカのバトルの話はすでに耳にも届いている。鬼神のごとき戦いだったらしい。

 いつもの華麗な女王の戦いとは明らかに違う、大胆で豪快な攻撃の数々に観客たちは魅了

されたと聞く。                                 

 …………ものすごく怒ってるよね。                       

「もうすこし言い方を考えるべきだったかも…………」


「ただいまぁ~ 今日のバトルはすごかったわよ、残念だっ……」

パンパンパアアァァァ~~~~~~~~ン                     

「本戦出場、おめでとーーーーー」                        

「本戦出場、おめでとーーーーー」

 

 出鼻をくじかれたのだろう、レイカは豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 シウは腰が抜けたのか、リビングでへたりこんでしまう。

 涙をにじませる彼女たちを見てると、なんというか…………美人を脅かすのってちょっ

と楽しいなぁ。                                  

 ホクホクしていると隣の柚葉が睨んでいた。ヤバ、心を読まれてるよ。


「アンタらは何日も前からこれ作ってたわけ? 私のバトルよりこんなのが大事なの?」 

 プリプリしながらレイカは折り紙チェーンと花看板をつっつく。           

 あなた口元がゆるんでるのが丸わかりですよ。ぜんぜん怖くないです。        

 シウはあきれ返っているのか、腰が立つとそそくさ自分の席に座ってしまった。   

「本命は料理なんだけどな。レイカがいつもケータリングでゴメンゴメンって言うから、

二人で相談して作ってみることにしたんだ、自信作だぞ」              

「ローストビーフは渡が作ったから気をつけてね、ほかは私だから味は保証するよ」  

「確かに肉の味がうすいわイマイチ。こんなの出したら店が潰れるわよ」        

 おい、カンパイもまだなのに、勝手に食うなよ……




 料理を囲み今日一日のできごとを話す。

 レイカは自慢ばかりだ。

 身振り手振りで、いつもよりずっと饒舌にバトルを話す。

 こんなにも楽しかった、こんなにも嬉しかった、そしてこんなにも満足だった。

 俺がウンウン言ってると、急に怒りだすから困ってしまった。            

 だって幼児の発表会を視聴してるようで微笑ましかったんだ。 

 

 シウは無言で料理にかぶりついている。

 柚葉もまんざらではない顔で幸せそうな視線を送っていたが、シュリンプサラダをおか

ずにケーキをかじり始めた時は、さすがに慌てて止め出した。

 

 このメンバーでパーティーをすると雰囲気だけで酔ってしまえる。

 いつの間にかほっこり気持ちよくなってくる。

 言葉を話さなくとも空気が優しい。

 幸せだ、こんなにも幸せな世界をくれた彼女らに感謝しなくてはならない。

 いつまでも話し続けた。

 料理もたくさん作っておいてよかった。

 楽しい時間が愛おしい。

 優しい空気がとても愛おしい。

 だからこそ、俺は今ここで言う。

「レイカ、話があるんだ」

「なに?今日は気分がいいからなんだって聞いてあげるわよ」

「…………」

「…………」




「俺と柚葉はこの家を出ていこうと思う」

第3回投稿を終わります。

章ごとの文章配分がおかしいようです。

もう少し整理するべきだったと反省。


アトラス戦はとても書くのが楽しかったです。

このバトルを描写できただけでも創作をして良かったと思えるほどでした。


第4回は明日の昼前には致します。

それでは。

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