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ハム ア チューン

第3回の投稿です。

予定を変更しまして、明日の第4回にて完結とさせて頂きます。

ご面倒をお掛けします。

 暴砂注意報が出てないので、今日は洗濯物を外干しにする。

 瀬戸内に面していて海風が吹く岡山は砂の影響が少ない。

 週の半分は外干しが出来る。

 これは大きな地域アドバンテージに思う。

 洗濯乾燥機は楽だけど服が傷みやすい。

 あとなんか服への愛着が薄れる。

 やはり陽の光に当ててふっくらさせてこそ、人は衣服のありがたみを実感できる。

 そういう感情スイッチが、神経のどれかに割り振られてる気がする。


 <渡の洗濯講座>

 レイカ邸での洗濯は、意外と神経を使うハードワークだ。

 まず高い服が多い。

 良い服というのは立体に出来てるから雑に干すと形が崩れる。

 男と違い、女はこれに敏感だ。

 一部に通常と異なる張りが存在すると苦しかったりするのだ。

 柚葉は特に敏感である。

 注意が必要だ。


 次、目と脳機能を切り離さなくてはならない。

 見たものを認識する間もなく、淡々と吊るしていく。

 非常に重要なポイントである。

 俺はマシーンになったのだ。

 そう胸に刻み、ルーチンワークで黙々と作業をこなす。

 これは思春期の男子においては生死すら分かつと思われる。

 かつて俺は赤いヒモ状のものを直視してしまったことがある。

 そのダメージはとても大きく、しばらく立ち上がることが出来なかった。

 極めて注意が必要だ。

 以上。



「今日も何ごともなく終わった」

 つい言葉がこぼれてしまった。

 よし洗濯物が乾くのを眺めて心を癒やすか。


 デロンギのコーヒーメーカーをセットする。

 カップを温め、豆を用意していると小さな影が横切った。

「シウ、コーヒーいる?」

「お願い」

「いつものでいいか?」

「(コクン)」

 多めに豆を掬っておく。

 彼女は濃い目のブラックが好みというダンディな少女だからだ。


「はい、おまっとさん…………あ、俺のコスチュームを手入れしてくれてるのか」

 小さな体に担ぎ上げ、懸命に重そうな革洋品を運んでいる。

 抱えきれずに時々こぼしては拾うその仕草は、とても保護欲がそそられる。

サワサワサワ 

「なに?」 

 咎める…………というより邪魔しないでと言いたげな口調で返された。

 ホワホワの柔らかな髪につい手が出てしまったのだ。

「ありがとう、手間を掛けるね」  

「レザーは新品だとツヤが出にくいから、時々は磨かないといけない」

 シウはうつむき加減で答える。照れてるのかな?

「変わるよ」

「この衣装は私が選んだ。だから責任もある、半分はやる」

 

 シウからより重量のある側のジャケットを受け取る。

 渡しされる瞬間、彼女の爪に目が行った。

 メカニックの爪だった。

「2ストロークって大変なんだな」

「あの子は私たちが苦労の末に育て上げた。今は喜びしかない」

「そうか、特別な存在なんだな」

「(コクン)」


 天気が良いからウッドデッキで作業する。

 穏やかな日差しが頬を撫でる。

 四季はもうないけど、これぐらいの気温が春って言うんだろうな。

 使い古しのストッキングでレザーを撫でると深いツヤが生まれる。

 何度も何度も繰り返すと、顔がうつるのではないかと思うほど平滑になっていく。

 嬉しくて楽しくて無心でくりかえす。

 肩に力がこもると伸びをする。

 シャツと背中の間を涼風が拭ってくれた。


「コーヒーをまた淹れるから、カップ」

「お願い」

 よし日差しに感謝して、とっておきのマンデリンを淹れよう。

 酸味がない豆だから、きっとアレとよく合うはずだし。

 …………

 デロンギが湯気を放ち始める。

 特等席で存分に満喫する。あ~~いい香り。

 この瞬間ために俺は積極的に面倒を買ってでるのだ。

 せっかくなのでマグカップにたっぷり注いでしまえ。

 冷めにくいから、ずっと美味しいままだしね。


「はい」

「あ、ありがとう」

 まさか大盛りで渡されるとは考えてなかったのだろう、シウは目を丸くする。

 そして更に彼女を驚かせたのは

「このクッキー!」

「レイカから聞いたんだ、ケーニヒスのがお気に入りなんだろ? TENNENYAに再 

挑戦した時に買っといたんだよ。ここぞという時に出そうと思って」         

 シウは話の途中にもかかわらず包装紙を破き始めていた。              

 恐るべき手際の良さで缶にまで解体すると、あっという間に一つ目が口に消えた。   

 普段クールな幼顔がフニャフニャと崩れていくのを見て、俺は満足だった。      

 ほれ俺の分までお食べ。


「あの子はずっと倉庫に押しやられていた」

「えっ」

「ごめん、邪魔したみたい」

 気がつけばクッキーの缶は空になっていた。

 ものすごい早食いじゃないか? この娘。

 お腹が膨れてごきげんなのかもしれない、今日のシウは多弁だ。

「いいよ、続けて」

「2ストロークは生き物。部品をマニュアル通りに取付けただけでは治らない」

「うん」

「機嫌を損ねてると、あやしてやらないと調子が戻らない」

「ぶっ」

 思わず吹いてしまった。

「なにがおかしいの?」

 彼女は気分を害した様子だ。

 でもあまり怖くないのが申し訳ない。

 眉間にしわが寄るというレアな表情ゲット。


「お母さんの苦労話ってこんなだろうなって」

「…………」

「…………」

「もういい」

「ごめん、からかったわけではないんだ。本当に子供のように考えてるんだと知ると、か

わいいなって思ってしまったんだ」                         

 しまった、謝罪のつもりがこれでは口説いてるみたいだ。              

 案の定、うつむかれてしまう。                         


サワサワサワ

「…………」                                  

サワサワサワ                                  

「レイカと二人でいろいろ試してみた」                       

 再開してくれた。よかった。                          

「それで?」                                  

「あるとき勘どころがつかめた気がした」                     

「うん」                                    

「ブッダは中道と言った」                            

 ブッダ……                                  

「なにごともやりすぎてはいけない。ほどほどで抑えなくてはいけない」       

「…………」                                  

「結果が出る前に変えてしまっては正しかったかもわからない」           

「…………」                                  

「もし結果が出なくても、またやり直せばいい」                  

「…………」                                  

「あの子がどう変化したのかを汲んでやって、それを助けるだけ」          

「…………」                                  

「今がんばってるのは、もともとがんばれたから」                 

「…………」                                  

「だから一緒にいられるだけで幸せ」                       

「…………」                                  

「ごめん、話しすぎた」                             

「泣きそうになった」                              

「えっ」                                    

「私事だけど俺は拾われっ子だからね。育ての親の鉱山の棟梁を思い出したんだ」   

 しまった。感傷的になって、つい重い私事を話してしまった。           

 唐突にこんなことを教えられても、シウだって困るだろう。             

 後悔し始めた時、彼女は優しい口調で言葉を紡ぎだした。


「私もレイカも親がいない。それは珍しいことじゃない。だからそんな顔しなくていい」

「ありがとう。…………棟梁も同じように思ってくれてたんだろうか」       

「……」                                   

「……」                                   

「渡がエッチなのは、もともとエッチだったから」


 その締めはないだろう。




   x    x    x

 

 一次リーグ戦が始まった。

 年末の全国トーナメントへ向けた道のりの始まりだ。

 岡山所属のライダーが8名ごとのグループに別れ総当り戦を行う。

 そして各グループ上位4名が本戦リーグに向かうこととなる。

 グループの構成はクジで決まる。

 強敵が集中すると不利じゃないか?

 対策は講じてある、順位は勝率で決まるのだ。

 また神のイタズラで有名ライダーが落ちた場合もファン投票で救済の可能性がある。

 ローダーバトルはショービジネスだし、まぁこの辺はね。

 重要な点が一つある。

 勝率ということは全ライダーで比較できるということだ。

 つまりこのリーグ戦の成績によってはランキングが変動するのだ。

 皆の目標は上位10番以内、そう<ランカー>だ。




グァギィーーーーーン


 金属が押し潰される鈍い音がフィールドに響く。

 際立つ体躯の巨人のわき腹深く、カウリングを突きやぶって鉄の拳が刺さっている。  

 あたりにはカーボン片が散乱し、顔をしかめたくなる蒸せた油の臭いが漂ってた。   

 金のローダーの放ったカウンターが決まったのだ。                 

 二機が接近戦で絡むなか、黒い巨人のフックを紙一重に沈んで避けて、伸びあがる勢い

のままアッパーをえぐり込んだ結果である。                    

 

 勘と反射神経だけを頼りに賭けに出た。

 手にした報酬はリスクに見合ったものだった、見合うものだったわけだが…………  

「落ちねぇ、まだ立ってやがる」                         

 オイルの残滓をこびりつかせ、目の前に立つ相手は今までとは一味違った。      

 リーグ初戦となる今回の相手は400cc4気筒。水冷DOHCに4バルブと贅の限り

を尽くした堂々のハイスペック。                          

 西洋の鎧を思わせる丸くなめらかなボディー、頭部にツノのごときエキゾーストパイプ

が突き出す特徴的なフォルムはカブト虫のイメージか?                

 漆黒に濡れる巨体の持ち主の名は>アトラス<。                  

 誇らしげに機体へ印されたナンバーは7、そうランカーとの初対戦だ。 

 

 今なら押し切れる。

 確信した俺は打撃戦へ勝負をかける。

 無遠慮に大胆に歩みをすすめ、互いの距離を縮める。

 挑発と受け取ったか、格上としてアトラスは誘いに応じてくれた。         

ガン!                                      

 2体の巨人は頭部を激しくぶつけあった。ギリギリと額が擦りあい、きしみ合う。   

 1メートルとない距離に相手ライダーの顔が迫る。                 

 睨む、睨む、睨む、交わす視線が焼け焦げる。目線は絶対はずさない。  


 引き際、格下からの挨拶とばかり俺は鉄拳を見舞うことにする。

 果たしてそれは吸い込まれるようにアトラスの顎フレームにヒットした。

 避けなかった、避けようとすらしなかった。

 鈍い音がとどろき、大きくバランスを崩した黒い巨体は下肢を踏ん張り持ち直す。

 ランカーは上体を軽く振り不具合がないことを確かめると、お返しとばかりに豪腕をう

ならせ、焼き直しの如く寸分違わぬ位置に叩き込んできた。              

 当然に俺も避けない。                              

 200キロの機重を61馬力にありったけ乗せて打ち出す一撃は大地すら揺らす。   

 鉄パイプが歪む衝撃の中、脳震盪もかくやの揺動を腹に収め、強い意志だけでフットブ

レーキを踏み抜き機体の姿勢を保持し続けた。                    

 揺れて定まらぬ眼球に、相手ライダーの口角が上がるのが見えた気がした。  

                                            

 それが開戦の狼煙だったのだろう、二人の巨人はフィールド中央で殴り合いを始めた。 

 小刻みなハンドルさばきとスロットル操作。                    

 マフラーが吠えるギアが鳴くチェーンがうなる金属音が鳴りひびく。         

 風をうならせ迫る豪腕をよけずモロに食らってみせる。シャーシがしなり揺れるも気に

留めず、最高のタイミングで殴りかえす。                      

 ゴールドラッシュの頑丈さは比類ない。そう簡単にはぶっ壊れない。壊れないなら避け

たりしない。                                   

 ワン・ツー・フックストレート。息を押し込めラッシュをくり出す。         

 テクニックなんてものはない、そんなものは知らない。通用するとも思えない。    

 かけ引きなんかもない、しない、そんなことなど考えない。             

 スペックの差は埋まらない、だから人間の差を埋める。               

 アクセル操作の無駄をなくすステップ入力は必要量しか行わない、姿勢制御は最小限に

動作はすべて打撃につながるように。                 

                                               

 2機のエンジンは猛り狂い、持てるパワーをトルクを吐きだす。           

 わずかでも相手より早く長く強く、ほんのわずかでも打ち勝つために。        

 どれだけ殴られようとも相手より多く殴る、1発殴られたら2発殴り返す。      

 とにかく殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。 

 

 殴り殴られ続くうち、わずか意識にこびり付く恐怖心がこそげ落ちていった。

 感受性が鈍くなっていく、反するように感覚は研ぎ澄まされていく先鋭化されていく。 

 神経が筋肉のみとつながり、さらにはエンジンと直結するような錯覚に陥る。     

 シンプルな行動原理があまりにも気持ちよかった。快感だった。           

 幸福感に満たされる。俺は今、完全に満たされていた。              

 

 フィールドに火花が散る、鉄片が飛びかう、はぜたパーツがキャノピーにあたる、やが

て注意が上に向く。                               

「今だ!」                                    

 俺は素早く頭とギアを切り替え、鋭いフットワークで奴の懐に滑りこんだ。      

 ガラ空きの腰に巻きつきスープレックスを決めてやる!              

「ウゲッ」                                    

 全力で両ステップを蹴り抜いた。                         

 握力の限りブレーキレバーを握りしめ死にもの狂いで右手を回す。          

 屈もうとする慣性にエンジンフルパワーで対抗し、伝達チェーンを引きちぎらんばかり

の勢いでバックジャンプ。                             

 なんとか飛び退くことができた。

 

 懐めがけて飛び込んだら、アトラスが待っていたと膝を合わせてきたのだ。      

 仕掛けていたつもりだったのに、仕掛け”られ”ていた。              

 やはりランカーの尊称はダテじゃない。                      

 格下が行う生半可な読みなど、たやすく見破られ、逆に利用されてしまう。      

 まだまだ俺は甘かった。 

 

 Gに逆らったせいで胃が悲鳴を上げる。

 口にあふれる唾液が苦い。

 血流が阻害されて目の前が暗くなっていく。

 手足の感覚を落としそうになる。

 頭を強く振り、どうにか意識を持ち直す。

 ここが正念場だ。相棒はまだ行ける、俺のほうが音を上げてどうする。

 口元が緩んでくるのが止められない。

 背筋がゾクゾクする。

 興奮が止まらない。

 

 状況をよく見るんだ。

 アトラスは排気ダクトからの熱で陽炎が立つほどだ。背後から上がる白い煙は漏れだし

たクーラントの水蒸気だろう。                           

 間違いなくオーバーヒートの兆候だ。                       

 カウンターでフレームがイッて潤滑オイルがうまく回らない中、あれだけの打ち合いを

続けたんだ。もうヤツの心臓は限界寸前だ。                     

 時間は俺の味方だ、奴のエンジンが息の根を止めるは間もなくだろう。        

 一方、ゴールドラッシュにはまだ余裕がある。                   

 作業用ローダー特有の太いスチールパイプフレームが打撃に耐えぬいてくれた。    

 あと10分、10分も俺が逃げ回っていればアトラスは焼き付いて動かなくなる。

                                           

 …………だがそんなことはしない。そんなことで勝ちを拾うマネなどしない。     

 それではバトルで勝っても、勝負では負けたも同然だ。               

 アトラスは最後の賭けにでるはずだ…………狙ってくるだろう、デカいのが決まればパ

ワーの差で逆転できるから。                            

 対する戦法は真っ向勝負あるのみ。一歩たりとも俺は引いたりしない。        

 それがチャレンジャーのあるべき姿だ。

   


 睨み合う。

 スロットルを断続的に回し、エンジンを吹かす。

 いつの間にかフィールドは静まり返り、エクゾーストノートしか聞こえなくなった。


ドルゥーーン!ドルゥゥゥーーーーーーン!

ファォォーン!ブァァァァァーーーーーー!

 ほぼ同時だった。

 金と黒の嵐が互いを押しつぶそうと吹き荒れる。

 フルスロットルだ!

 レッドゾーンまでぶち回してやる。

 ビッグシングルの爆発を甘く見るな、踏み込みなら負けやしない!!


 黒い機体が低い姿勢で突っ込んでる。

 甲高い咆哮を上げ、うねる風を身にまとい巨体が押し寄せてくる。

 タックルを決めるつもりだ。パワーの差で俺を弾き出すつもりだ。

 うおおぉぉぉぉぉおおお!!!

 全開フルスロットルから突如として急閉、ローダーは制動につんのめる。

 押し寄せるGに歯を食いしばり、すぐさま再びフルスロットル。

 血熱のほとばしりを眼球に感じ、沸きたつアドレナリンの命じるままに、倒れこむ勢い

で相手の下半身めがけて体躯を投げ出す。                      

 いや下半身より低い!                              

 奴のスネめがけてブチかましてやる!! 


ズガァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!

 黒い機体が吹っ飛んでいく。

 勢いそのまま、足元にタックルを食ったのだ。

 浮かぶローダーは己がパワーを殺せず物理法則にしたがい宙を舞う。

 どれだけの距離を飛んだのだろう、やがて巨人はコーナーウォールに遮られると、油煙

をまき上げ粉々に砕け散った。



「タックルなら負けねぇよ、俺はチャンピオン相手にトレーニングしてるんだぜ」


 エンジンを一吹かしして停める、ヒート気味だからか体がやけに熱い。

 さて降りてキメセリフで締めるか、ちょっと疲れたな。

「アイ・アム・ナ……」

ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!

ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!

ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!

 フィールドを揺るがす大声援にセリフがかき消された。

 なんだこれは?

 俺はヒールだぞ?

 悪役が勝ったのに、なんでこんなことになってるんだ?

 戸惑ってると、実況のアナウンサーが走り寄ってきた。

 興奮冷めやらぬのか目が血走ってる。

 ちょっと怖いよ。


 その後はいつもと違う質問が浴びせられた。ギャラの使い道や女の話は振ってこない。 

 カウンターは狙っていたか相手のパンチは速かったか、タックルで勝負を決めるといつ腹を

くくったか。                                 

 バトルの話ばかりされる。脳みそまで熱くなってたから上手く答えた自信がない。   

 ヒール失格だ、これはレイカに怒られるぞ。まるでベビーフェイスの対応じゃないか。

 

 ピットに戻ると皆の目が潤んでいた。

 頭を下げると割れんばかりの拍手に包まれる。

 どうも勝手が違う。

 足もとがフワフワしてる。

 どうも本調子じゃないみたいだ、バトルの時は体が動いたんだが。

 涙を流して柚葉が抱きついてきた。

 頭をなでてやると、冷やかしの口笛が飛び交う。


 今日はなんだかおかしな日だったな。




   x    x    x 


 レイカシウ邸は白亜の豪邸という名にふさわしい立派な作りだけど、中でも素晴らしい

のはトレーニングルームとバスルームだと思う。                   

 特にトレーニングルームの設備の充実には目を見張る。               

 凝り性なレイカの趣味が反映され、畳敷きの武道場があることに当初は驚いたものだけ

ど、本当のすごいものは別にあった。                        

 最高級のトレーニングマシーンが完備されているのである。             

 個人でありながら、会員制ジム顔負けのあらゆる機材が揃えてあるのだ。       

 もちろんブル○ーカーだってあった。

 

 駆け出しライダーの俺が、成績で上位に行くためには筋肉しかないと思う。

 戦術、戦法でベテランを上回るのは難しい。

 だったら、もう筋肉しかないでしょ。

 筋肉はいい、筋肉ラブ。

 そういう言い訳で理論武装して、今日もせっせとウェイトトレーニングに励む。

 実際、ある程度の筋量がないと衝撃を受けたときにケガしちゃうからね。


 オーディオのスイッチをオンにし、有名なボクシング映画のテーマソングを流す。

 気分が乗り出したところで、腰に手を当てアミノ酸を一気飲み(とてもまずい)。

 気分が沈んだところをメニュー表に沿って運動を始める。              

 まんべんなく偏りが無いよう、キッチリ管理するのが重要だ。            

 腹筋とチカラコブばかり鍛えてはいけない、それはキモくなる魔道だ。        

 汗をかく。                                  

 汗をかく。                                   

 とても汗をかく。水分をとる。そしてまた汗をかく。                

 やがて体がいい感じに発熱してくるので、ダメ押しの後半戦スタート。        

 アミノ酸を追加で摂り(とても酸っぱい)、軽く落ち込みながらラストスパート。   

 ラスト15分、この15分に俺はすべてを掛ける! ただし今日のカロリー分だけだ! 

 こうして1時間のトレーニングノルマは終了。                   

 あとは入念にストレッチを行い体をほぐす。                    

 さぁマシーンの掃除をしたら、ご褒美の冷水シャワーだ。 

 

 体を拭き拭き廊下を歩き、プロテインを飲むためリビングキッチンに向かう。

 アメリカ製に美味しい銘柄を見つけて以来、これも運動後の楽しみとなっている。   

 トレーニング、冷水シャワー、そしてプロテイン。このコンボは病み付きになる。 


「あっ」

 まっ白なインテリアの中、キャミソールとショートパンツというひどく薄着のレイカが

赤いヤコブセン(椅子)でくつろいでいた。                     

 俺は青春まっ盛りの16歳男子である。健康そのものの男子である。         

 さぁ踵を返し、さも用事を思いついた素振りで戻ろう。 


「ちょっと渡、こっち来なさい」


 見つかってしまった。

 くそ、女王の目ざとさは一流だ。

「なんだよ…………」

「ネイルを直さなきゃならないからアンタも手伝いなさい」

 ほら、どう?

 自慢げな表情をうかべ、シミひとつない白磁の肢体を俺に見せつける。

…………………………

「嫌だよ、そんなの。お前一人でやれよ」

「明日、マスコミのエライさんに会うのよ、リーグ戦テレビ中継の件で。最近、ピンヒー

ルは履いてなかったから爪も直さなきゃなんないわけ。ついでに手の指もマニュキュア塗

っとくからアンタは足担当」                           

「だから嫌だって、そんなの男にやらすなよ」                   

「ふ~~~~ん?」                                

 うわぁ、憎ったらしい顔。                           

 

 レイカは組んだ足をほどくと俺の眼前に突き出してくる。              

 ホントやめろってそういうの。                          

 俺も男なんだって、一応、その、いろいろ頑張ってるんだから………………………………

……………………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………足なっが~~~  



 爪やすりって厚紙で出来てるんだな。

 結構サクサク削れるんだ。

「レイカ。ペディキュアがポロポロ剥がれるけど、これ問題ないの?」

「足も塗り直すから気にしないで」

「オッケー」

サクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサク

サクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサク

サクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサクサク 

 こういうのって男でも商売にできるのかな。                   

 あーーーお客さんが全員レイカってことはないよな。                

 ということは、今の青春を大切に生きろってことだな。               

 やっぱ青春は大事だな。


 

「アンタと柚葉ってどういう関係なの?」

「幼なじみだよ、10年以上はいっしょにいる」

「そうなんだ」

 思案顔のレイカ。

 柳眉が寄ってる絵が色気たっぷりで同い歳とは思えない。

 ああいうのは自分で整えるのかな?

 シウと二人で互いのメイクを直しあってたりして。

 なんか姉妹みたいでかわいいな。

「渡」

「な、なに?」

 ヤバ、心を読まれたかと思った。

 だってご機嫌斜めな表情をしてるから、女王様が。

「柚葉を好きになったりしないわけ? あんなに美人な娘なのよ」

 えっ、そういうことを聞くの?

 柚葉を好きになる、幼なじみを好きになるってどういう感情を言うのだろう。

 美人…………確かにすごいきれいになったんだよな。もともと鉱山ではオッチャン人気

が高かったけど。                                 

 でも容姿というより、これまでの関係がずっと気に入ってたんだよ。         

 それが変わる事ってあるのだろうか、俺が異性として柚葉を見る時が来るのだろうか?

「柚葉とは気の置けない友達として付き合ってきたから、好きとかわからないんだ。たぶ

ん俺がまだ子供なんだと思う。レイカみたいに大人にはなれてないんだよ」      

「そう」                                     

 これまた意味深な反応をよこすんだな女王様は。                  

 だけど高飛車な時のレイカは好きだと、はっきり思えるんだけどなぁ俺。


「ところで渡」

「なんだ?」

 また爪磨きを再開し始める。

 結構、楽しくなってきたんだよね、これ。                  

「アンタ、ロングブーツフェチでしょ」                      

「ぶっ」                                    

「女はすぐわかるの男の視線で。はじめて会った時ジロジロ見てたじゃない」

                                              

 ちょっと、なに言ってるんでしょうね?この人。                  

 嫌いな男なんているわけないでしょ。                       

 ロングブーツですよ! しかもエナメルですよ!                 


「残念ねぇ、コスチュームはピットに置いてるから持って帰らないの。楽しんだりできな

いからがっかりしたでしょ?」                          

「…………………………………………はい」                    

「柚葉のコス決めたの私なのよ、あれもロングブーツにしといたの。嬉しかった?」  

「…………………………………………はい」                    

「知ってる? 柚葉は自分の部屋に持って帰ってるのよ」              

「…………………………………………まじですか」                 

「土下座して頼み込んでみたら? ちょっと触らせてくださいって」         

「………………………………………………」                    

「ん~~~、返事はどうしたの?」                        

「………………………………………………」                    

「柚葉に言っちゃいなさいよ、俺はブーツフェチだからお前のコスで戯れたいって」  

「………………………………………………」                    

「………………………………………………」                    

「………………………………………………」                    

「………………………………………………」                   

 

 くっ!                                   

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ                


「あっ逃げるな!」

「渡、なんか泣きながら走っていったけど、なにかあったの?」

「さぁ? 柚葉、爪削るの手伝ってくれない?」

「うん、いいわよ」


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