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3/10

レッドアラート

 圧倒されていた。

 大音量のBGM、複雑に照らされる数々のライティング。

 歓声があまりにもすごくて、となりの柚葉と会話するのも大変だ。

 テレビではこんなのは伝わらない。

 ライブじゃなきゃこんなに体は震えない。

 これがショービジネスの力なんだ、日本中の人が熱狂する力がこれなんだ。


 突然、ピタリと音が沈黙し、ライトも消えて視界が闇に変わった。

 歓声がざわめきへと変わる。

 なに?なにが起きるんだ?



ザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワ

ザワワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワ 

ザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワザワ 

 緊張が空間を支配する。                             

 痛いほどに空気が張り詰める。                          

 もうダメだ、叫びそうにったその時。                       

 フィールドに一本のスポットライトが突き刺さった!                

 赤く燃えるようなローダーと輝く髪をなびかせる女王、そして黒い従者が立っていた。 



ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!

 地面が割れるほどの歓声が上がる。

 大音量のハードロックがかき消されている。

 チャンピオンだ! チャンピオンのレイカの入場だ!!

 フィールドが一気に熱気で包まれたのは華やかな衣装の力だけでないはずだ。

 彼女だけが持つスターのオーラが場を熱くヒートアップさせるからだ。

 200m四方のフィールドで、168cmばかりの女の子が存在感を誇示していた。 

 

 歓声のシャワーを充分に満喫した彼女は不意に体をくねらせだす。          

 合わせて流れる音楽がR&Bへと変更される。                   

 フィールドパフォーマンスの時間になったのだ。                  

 テレビではダイジェストしか流れない、ライブでしか全てが見れないとっておき。   

 彼女のダンスはとても洗練されていた。                      

 生半可なトレーニング量では獲得できない、プロにも引けを取らぬキレがあった。   

 最先端のライティングにセンスあるBGM、容姿のアピール力を熟知し、それを最大限

に利用するダンスの振り付け。                           

 ショービジネスの集大成が、今、眼の前で繰り広げられている。

 

 観客はすでに虜だ。                               

 シウもエナメルブラックの同じデザインを着ていた。                

 幼い雰囲気の彼女がセクシーなコスに身を包むと、とてもイケナイ気持ちになる。   

 はじめのうちはバックダンサー風に背後で踊っていた彼女も、BGMがサビに入って最

高潮に達すると、前面に歩みを進めレイカと絡み始める。               

 激しく切り替わるビームのライティングに、反射するエナメルの輝きが暗闇にラインア

ートを描く、跳ねる汗のしずくが光の粒となって宙を舞う、黄金の髪が揺れて流れて観客

席まで余韻を運ぶ。                                

 二人のステップワークのキレはいよいよ増し、16ビートが遅くなるまで昇華される。 

 セクシーさも、ここまで徹底されるともはや別物で言葉を失ってしまう。       

 これは間違いなく超一級のショーステージだ。                   

 世界はもう彼女たちのものだ。 


 気がつけばもう一本のスポットライトも点いていた。

 そこには挑戦者と緑のローダーが立っていた。

 でも俺が見失っていたように、誰もがその存在を忘れていた。

 すでに世界はレイカのものだから、すべてはレイカのものだから。

 挑戦者も飲まれていた。

 かなり距離があるのに、緊張で震えてるのがわかった。



 パフォーマンスの出来に満足したのか、レイカとシウはしばらく仁王立ちしていた。

 喝采のほどを充分に確認した後、トップアイドルはやおら髪をかきあげ、後ろを振り向

きローダーに登っていく。                             

 合わせるかのよう、観客たちは水を打ったの如く一斉に沈黙した。         

 なんだ、なにが起きるんだ?                           

 エンジン脇の高い位置まで辿り着いたレイカは、その長い足を高く掲げると強く蹴りお

ろした!                       


パァァン! パァァァァン!!  パァァァァーーーーーーーーンン!!!!!!!

 音の暴力がフィールドを襲う。

 鼓膜が、目が、そして脳が揺すられる。

「うがぁ……」

 思わずうめき声がでた。

 アリーナ席なのでエクゾーストノートをモロに被ってしまった。

 経験したことのない衝撃に、胃からものが込み上げる。

 うう、なんだこれは……

 隣を見ると柚葉も青い顔をしてる。

 周囲の観客も気圧されて顔がひきつってる。

 圧倒的な力、圧倒的な暴力、そして圧倒的な支配力。

 これがチャンピオンのエンジン。

 これが究極のロストテクノロジー、2ストロークエンジン。



 その後はレイカのローダーショーを見てるようだった。

 反応神経の限界超えたかのようなスピードに挑戦者は手も足も出ない。

 タックルで吹き飛ばされ、キックで打ち上げられ、バックブローで叩きのめされる。

 甘い排ガスがフィールドを包む頃には、挑戦者のローダーはスクラップと化していた。 



 

   x    x    x

 

「お疲れさまでした」 

 ピットで出迎える。

 どうしてもお礼が言いたかった。

「はいお疲れ、まぁまぁだったわね」

 レイカさんは言葉とは裏腹に充足した表情を浮かべていた。

「で、どうだった? 楽しかった?」

「素晴らしかったです。レイカさんがショービジネスに拘ってる理由がわかりました」 

「そうよ。ローダーバトルは単に殴り合いをお客が見に来てるんじゃないの。エンターテ

イメントを求めて来てるのよ」                         

 

 興奮がさめないのか、彼女は饒舌に語り始める。                 

「私達のギャラはどこから出てるのか知ってる? 入場料と放送料の半分が取り分なのよ

。つまりたくさんの人が見ることで私達のギャラも増えるの。お客を呼べないライダーは

駄目。そんなのは対戦相手の邪魔にもなる。私たちは常にアピール力を備えないといけな

いわけ。単に強いってだけでなく、外見、演出、そして魅せる戦い方。すべてで洗練され

ないといけないの」                           


 あの華やかさにはそういう意味もあったのか……                  



「いいわ、せっかくの機会だし、私があなた達のプロデュースもしてあげる。若いライダ

ーは珍しいから、アピールできれば岡山フィールド全体の活性化にもつながるわ」    

 偶々居合わせただけの人間なのに、そこまでしてもらうは気が引ける。       

 ここは辞退すべきかもしれない、御好意に甘えるのも限度はある。          

 口にしようとしたその時、シウさんが言った。                  

「レイカは友だちができそうで嬉しくなってる。どうか受けてやって欲しい」     

「シウ、なに言ってるのよ!」                          

「図星をつかれたから怒るの?」                         

「…………」                                  

 レイカさんは顔が真っ赤だ。                           

 見かけよりずっと素直で可愛い人なんだ。                    

「プロデュース、ぜひともよろしくお願いします」                 

「フン。わかったわよ。…………あと<さん>づけは耳障りだからしなくていいわよ」 



 こうしてレイカたちと友だちになった。                  



 ピットにあるテーブルセットでミーティングを行う。

 テンションが高い今だと、脳もよく回るということで急遽レイカが決めたのだ。

 俺もコスチューム姿を見続けられるので賛成した。

 バルセロナチェアなんて触れるのも初めてなので、それもワクワク。

 

 シウからコーヒーを受け取る。  

 渋さがほとんどない、挽きたての新しい豆の味がする。  

 いいものを飲んでるし家具も一流、なんかトップスターの生活ってカンジがするな。  

 やっぱ都会はすごい。   だから柚葉も我慢して飲んじゃいなさい。       

 俺たちの落ち着かない様子にレイカは軽く吹き出すと、気を取り直して話を始めた。


「さて、渡。今日のバトルを見てなにを一番強く感じた?」

「とても華やかだった」

 答えに彼女は満足げにウインクした。

 うわ、まつ毛なっがぁ。

「そう、これはエンターテイメントなの。高いチケットを買ってまでフィールドにお客が

足を運ぶのは、そこでしか味わえない魅力があるからなの」              

 とても良くわかった。                

 欠かさずテレビ放送を見ていた俺でさえ、ライブ感には面食らったもの。     

「だから私たちはその期待に応えられるものを提供しなくてはならない」        

 強くうなずいた。    

 招待してもらった、あのアリーナ席はとても高額だ。 

 その金額以上の興奮を提供しないと、誰も見に来ない。              

「まずはあなたのローダーね。土木用だから地味でダサい。だから塗り替えるわ。そうね

、金色にしなさいゴールド。ぱっと見でもゴージャスな感じにしないと」        

 即断だ。                    

 もとがイエローだから違和感は少ないけど、ゴールドはちょっと派手だなぁ。  

 でも見た目のアピールが大切なのは思い知ったので了解した。            

 満足したレイカは続ける。                           

「それとね、キャラはヒール(悪役)でいきなさい。無骨なローダーにはきっと似合う。

ヒールは対決ブックが作れるからマッチも組みやすいし、ギャラもよく入るわ」

 ヒールっすか……憎まれ役って出来るかなぁ。                   

 俺の不安が表情に現れたのかフォローが入った。                 

「大丈夫よ強かったら勝手にキャラが立っていくから。あとローダーの名前ね。う~ん、

そう<ゴールドラッシュ>で決まりよ。いかにもカネ目当てって感じがヒールぽいわ」  

 どんどんと進んでいく、俺はまだなにも意見出せてないよ。             

 でもワクワクするね。                             

 男ならヒーローはもちろん好きだけど悪役の魅力も捨てがたい。           

 妄想が膨らむ。                           

 暴れまわってると、残虐行為手当とかもらえたりするのかな。


「柚葉」                                    

「はっはい!」       

苦手なコーヒーと格闘していた柚葉は、突然に話を振られ慌てたようだ。      

「あなたはキャンギャルやりなさい、衣装は用意しておくから。その容姿を武器にしない

手はないわ」                                  

「それはちょっと恥ずかしいのですけど…………」                 

「ダメよ、これは決定事項。イヤならモデルでも雇って渡に絡ませるわよ」      

「私がやります!」                              

 レイカがニヤリと笑みを浮かべる。うわぁ悪い顔だ…………            

「渡、あなたは格闘技経験はあるの?」                      

「柔道を尋常学校の授業でやっただけ、ほぼ素人だと思う」             

「むしろそれでいいわ、やりこんでると変にクセがついてるからね。足りない分は、これ

からのトレーニングで身につけていけばいい」                    

 さっそく、ジムの手配を始めるか。                        

 紹介を甘えてもいいのかな? そこまではさすがに図々しいか?          

 その事を話をしてみるが、どうも咬み合わない。                 

「私が教えるのよ」                               

 それは…………ありなのか?   

 だって男女だと相当な体力差があるぞ。体格でも俺とレイカはかなり違うし。  

「考えてることが顔に出てるわよ」                      

 レイカはニヤリと笑う。                           

「明日も同じことを考えてられてるか楽しみにしとくわ。では、解散! 残りは夕食後」

「夕食後って、どういう意味すか!」

 

 それからは怒涛だった。

 係員がやってきてあっという間にリフトでローダーがトレーラーに載せられた。

 泡を食ってる俺たちはレイカに腕を引かれてタクシーに放り込まれる。

 右も左もわからぬまま着いた先は白亜の豪邸。

 度肝を抜かれる俺たちを後から着いた主人は脱衣場へ叩きこむ。

 仕方なく湯船は柚葉、シャワールームは俺と使い分けた。

 大きなバスルームでよかった、いろいろよかった。


 ようやく人心地がつくとみんなで夕食を囲んだ。

 二人分を追加できないからとケータリングで賄った。               

 一流店のものらしく、とても美味しかったので俺たちは満足した。          

 だが就寝だけは困った、部屋を柚葉と共用だというのだ。  

 14畳はある洋室にキングサイズベッドが鎮座する。    

 さすがにこれは駄目だ。倫理に反する。この作品はライトノベルだ。        

 俺が立ちすくんでいると、柚葉はさも自然な動作で布団に入っていく。        

 そしてあっという間に寝息を立て始めやがった。       

 …………   

 …………

 

 ちょっとだけ具合を見てみようかな? 

 おっマットレスがふわふわだな羽毛布団は初めてだシーツが洗いたてで良い香りスポン

ジの枕って具合がいいな…………今日はサンキュ。レイカ、シウ。




   x    x    x


 次の日以降、鬼教官による渡底的なトレーニングが始まった。

 朝は組手による格闘技練習。

 昼食の後はモーター式ローダーを使っての模擬対戦。

 3時に軽食をとった後はミーティングによる反省と、また組手での再現練習。

 そして夜には動画による座学授業。

 みっちりと毎日12時間以上を費やした。


 柚葉もシウにメンテナンスを学んでる。

 モーターとは勝手が違うエンジンに苦戦してるのがわかる。

 自然、互いのコンディションを気づかうようになる。

 ケータリングメインで偏る栄養をフォローするため割り勘でサプリを用意。

 家事を分け合い、わずかでも自由時間を確保しメンタル面の負荷を減らす。

 就寝前には必ず入念にマッサージしあう。

 それぞれが思いやり、快適に確実に日々をこなせるよう気を回し合う。

 無意識だってそれが出来る、俺たちは兄弟だから。


 一度レイカに対し、あまりに念入りに教示してもらえることへ、対価はどう処理すれば

いいか尋ねたことがある。答えはデビュー戦のギャラを渡せばいいとの事だった。    

 これはローダーバトルの伝統らしい。           

新人の育成は先輩ライダーの役目報酬はギャラ一回分。             

 一見、大損に思えるが初心を思い返すきっかけにもなり、プロデュース力を培えれば自

分の糧ともなる。業界が発展しパイの大きさが広がればマッチングが富み、いずれ自分の

ギャラとして反映される。

 そうしてローダーバトルは回っていくのだと。      



「渡って、男のくせにチマチマ小技を挟むの好きね」

「まともに攻めても、レイカが速すぎて届かないんだよ…………」

 格闘技練習中に指摘を受けた。

 レイカ邸にはなんとトレーニングルームが設えてあるのだ。

 彼女の完璧主義が反映されて、設備はすべて最新鋭。

 武道場まであるのだから驚いてしまった。

 俺はその恩恵を十分に受けていた。

 おもにその身を持って。

 超痛い。


「とりあえず、渡。そこに正座」

「……はい」

 レイカ先生はとても厳しいことを知りました。

「そういうの止めなさい、つまらないわ」

「うっ」

「あなたヒール役なのよ、そんなセコい事を観客は求めてないの」

 セコいですか……

「チマチマとはじいたり、先手を争う駆け引きを見て誰が面白いの?」

 クリーンヒットが出ないから、流れだけでも制したかったのです。

「いい?勝ちを拾いに行くくらいなら、大胆に攻めて負けなさい。ヒット&ウェイよりド

ーンとあたってバーンとやられなさい。そういう内容なら面白いから観客はまた見に来る

わ。観客を呼べるなら次のバトルもマッチングしてもらえるの」            

 たしかにこちらのほうが面白そうだ。                       

 イチかバチかに掛けるって、ちょっと男臭くてカッコいい。            

「負けてもギャラの二割はもらえるから修理費の心配はしなくていい。だから思いきって

負けてきなさい。いいライダーは勝つライダーでなく、客を呼べるライダーよ!」    

 よし!やるぞ。燃えてきた。

 練習再開。

 礼をし、俺たちはふたたび向かい合う。

 確かに彼女の言うことは正しい。

 攻撃をいなしてばかりの悪役なんてつまらない。

 負けるにしても、スカッと胸がすく負け方だってある。

 よし変なスケベ根性はなしにしよう。小細工はやめだ、がむしゃらに当たってやる。

 

 足指に力を入れ、畳の目をつかむように踏ん張る。

 腰だめに体を沈め、縮めたその筋力を開放する。

 駆ける。

 一足飛びに距離を詰め肩に掴みかかる。

 奥襟めがけて腕を伸ばす。

 甘いとばかりにレイカは屈み込み、ガラ空きの腹へ拳を叩き込んできた。

「ガフッ」

 嗚咽が漏れた。

 体から力が抜けていく、足を折りそうになる。

 でもわかってた、こうなることはわかっていたさ。

 奥歯が砕けるほど食いしばり、そのまま道着を握りしめた!

 腰を強くひねり、右足で跳ね上げる。

 がああああああああああぁぁぁぁぁ!!


ドスーーーーーン

 道場に鈍い音が鳴り響いた。

 天井が見える。

 あー蛍光灯が回っておもしろい。

 ものの見事に内股をすかされた、ビックリする勢いで体が回転した。

 慣性の力って凄いね。だって俺、朝ごはんを吐きそうだもん。


「鬼」

 ほとほと見下げたとキツい視線で睨んだレイカがただす。

「身長が10センチ、体重20キロは違う相手に投げ技しかける? 普通」

「いやドーンと行ってバーンかなと」

 口角がはね上がった。

 あ、これ知ってる。ドSの人が良くする顔だ。

「よく言った、よーーく言った、あなたの性根がわかったわ。もう容赦しない。ヒーヒー 

言うまでしごきまくってあげるわ!」                       

 仁王立ちのレイカが叫ぶ。                            

 俺は現実逃避し始め、美人のハカマ姿もありだなと関係ないことを考えていた。



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