ゴーウェスト
第二部です。
メインキャラが出揃います。
快調に山陽道をとばす。
荒涼とした礫砂漠が続いたが、海へ近づくと砂浜や草原が広がりだした。
瀬戸内は海風のお陰で、ずいぶんと自然が戻りつつあるようだ。
ローダーには移動用のタイヤも付いている。
バッテリーの時は、すぐに電池がなくなるから緊急用にしか使わなかった。
その無用の長物が今は感動を与えてくれる。
鼓動に包まれ、排気音を響かせ、路面を蹴りだしコーナーを駆け抜ける。
最高だった。
これほど楽しいことが世界にあるとは思いもよらなかった。
いつまでも走っていたかった。
そして走ることができた。
ガソリンさえあれば、エンジンは力尽きる事などないのだから。
浜国道に進路を変えて二時間ほどだろうか、周囲に変化が訪れる。
砂利道は石畳へと姿を変え、二車線三車線と道幅が広くなっていく。
サボテンの街路樹が植わり、道路脇には大きなローダーバトルの立て看板。
ついに都市部に入ったのだ。
彼方に巨大な建造物が見えはじめた。岡山の象徴、レインボータワーだ。
そびえ立つ圧倒的な存在に、目的地が西日本の中心なのだと思い知らされる。
全国にはいくつかのローダーバトル用フィールドがある。
だけどランキング制度が備わり賞金が出て、そして世界への挑戦権が獲得できるものは
3つしかない。
うちひとつが岡山国際フィールド。
その名が全国に響き渡るにつれ、人が物が企業が集まりだす。
ミリオンシティが誕生した理由だ。
俺たちも吸い寄せられるように、ここに来た。
今日より青春をこの街に捧げるのだろう。集まる多くの人々と同じように。
X X X
岡山シティのメインストリート、桃太郎大通りを東に進む。
片側4車線に加え路面電車まで走る、驚きの規模だ。
高さを揃えたガラス張りのビルディングが隙間なくびっしり並び、オーロラビジョンと
ショーウインドウがきらびやかに装飾する。
道行く人々もどこか洗練されてる。
京都みたいにヒョウ柄を着た紫髪のオバちゃんなどいない。
そんな中を俺たちが乗るのは土木用のローダー。
どう見ても場違いだ。
むさ苦しい俺が運転してるのは似合うかもだが、田舎者のくせに目立つ容姿の柚葉が乗
っているものだから、正体不明な雰囲気が倍増している。
「ねぇねぇ渡! お店がいっぱいあるよ。○オンの中みたいだよイ○ン。ちょっとロー
ダー停めて見ていこうよ。オシャレな服とかきっといっぱいあるよ」
だめだ、完全に柚葉はオノボリさんになってる。
それで口をついて出るのがイオ○だとは悲しい。
いや俺も好きだけどね、フードコートのラーメンは学生時代の生命線だったし。
だけどもうダメだ恥ずかしい、何が恥ずかしいって空気読めてないのが恥ずかしい。
「おい柚葉。とりあえずフィールドに行って選手登録する。だいたいこんな場所に駐機で
きないだろ? あとでちゃんと連れて行ってあげるから買い物は我慢しなさい」
「……なにその言い方。私のがおねえちゃんなんだよ?」
あれ、なんでいきなり怒りだすの? この人。
懸命にご機嫌をとっているうち、あっさり目的地についてしまった。
眼前に広がる光景に柚葉も怒りを忘れたようだ。
俺も無駄な努力を忘れたようだ。
岡山城から北へ約2キロ。そこに岡山国際フィールドがある。
有名デザイナーの作と聞くその外観は一見クラシカル。
石を積み重ねた高い外壁はローマのコロッセオのイメージだろう。
そこを鳥の巣のごとき猥雑さで、縦横無尽に巡らせた鉄骨の照明ドームで覆う。
見事なゴシックを成立させていた。
巨大な現代アートオブジェ。
はじめて訪れた人々を圧倒的なインパクトで出会い頭に頬を張る。
これがローダーバトルの力なのかもしれない。
「すごいね」
柚葉が感極まった声でつぶやいた。
まったくだ。 まだ人類はこういうものを作ることができるんだ。
まだ人類は繁栄の道を歩くことができるんだ。
ここは集う人々もドレスコードがあるのか一段と華やかだ。
ハイソサエティな文化発信地という雰囲気がプンプンする。
さぁ怖いので脇の小さな建物に急ごう。
脇に隣接する地味でこじんまりとした建物、事務局に向かう。
ここはバトル参加者<ライダー>の管理から福利厚生まで一手に扱う、言わば俺たちの
根城となるべき場所だ。
ライダーは月貸しのピットにローダーを置いておくものだが、未登録の俺らは端っこの
スペースに駐めておくことにした。怒られないかな?
「え~っと、ライダー登録と住居の斡旋受け付け、あとは銀行口座の開設もできるって書
いてある。柚葉、仕事を割り振ろう。俺は登録をやっとくから、そっちは家の方を聞いと
いて」
「家って不動産屋さんでアパートを借りるんじゃないの?」
「ローダーの盗難が怖いから、高くてもガレージ付きの一軒家が必須なんだ」
「それは家賃が大変だね」
そこなんだよね。
残り少ない退職金のやり繰りで、しばらく凌がないといけないのが問題。
「できるだけ早くバトルに出て賞金を稼げるようにするよ、なんならアルバイトとか」
「…………わかった、一緒に住もう!」
おいちょっとまて。
それは大問題だろ。
「それじゃあ行ってくるね。30分後に玄関に集まろう」
言うと彼女はあっという間に走り去っていった。
ここにきて柚葉とのペアに不安を感じるようになりだした。
主に倫理観について。
事務局で難関にぶつかった。
ものすごく申請書類が多い。
契約書、保険申し込み、前職の源泉徴収関係、ギャラの振込先etc……
それだけしっかりした組織なんだろうけど、脳筋の俺には拷問だ。
大げさでなく泣きそうになりながら、見本を参考に書類を作る。
「はーい、いらっしゃいませ。書き物苦手のようね? お助けが必要かな?」
声をかけられ頭をあげると、カウンターの向かいに女性が立っていた。
ショートカットでパンツスーツをバッチリ着こなす、出来る人オーラ満載のビジネスウ
ーマンさんだ。
ニコニコと朗らかな笑顔を浮かべ、親近感を抱かせる。
歳は…………触れない方が良いことくらいは俺でも分かる。
「ライダーとして登録を申請にきました。本日からお世話になる渡といいます」
「あら若い。10代のライダーなんて珍しいから大歓迎よ、このナツキさんがバッチリ教
えてあげるから安心して」
ナツキと自らを呼んだ事務員さんは、元気に胸を叩いてアピールする。
大人の魅力に俺の心も揺れた。
ちなみにネームホルダーには<総括>と役職が書いてあった。
やば、超エライ人かもしれない。
その後は嘘のようにスイスイと手続きが進んだ。
何しろ、ナツキさんが出してくれる助け舟が素晴らしく的確なのだ。
まるで俺が困る部分を先読みしてるかのように指示が飛ぶ。
言われるままに項目を埋めていくだけだから、迷いの入る余地がない。
さっきまでとは大違い、流れる勢いで書類の山が消えていくのは胸がすく思いだった。
「ありがとうございました、書類が多くて途方に暮れていたのです。書き仕事は苦手なも
ので、もしナツキさんが居なければ大変なことになっていました」
「いいのよ、ナツキさんも久しぶりに若い子と触れ合えて楽しかったから。男ライダーは
オッサンばかりで、もうウンザリなのよ」
この人もハンパないな…………
x x x
「誰よ、玄関脇にローダー駐めてるの!」
その時、事務会館に非難の声が響いた。
あ、ヤバい。やっぱマズい場所だったんだ。
すぐに移動しなきゃ、メチャクチャ怒ってるよ。
「すいませんでした、すぐに移動します!」
「あなたねぇわかってんの? ライダーは人に見られる商売なのよ? こんなことして
たら示しがつかないでしょ」
正論だ。
ライダーとして身を立てようと上京したのに、心構えがぜんぜん成ってなかった。
土を掘ってればよかった以前とは違う、人様相手の商売だという事を忘れていた。
「申し訳ありませんでした、以後は気をつけます。心構えが成ってませんでした」
「あら、けっこう素直なのね」
空気がすこし緩んだ。
そして気づいた、この人はもしや?
切れ長な青い瞳にサラサラ流れる腰丈の栗色の髪、スラっと長い手足。
「レイカさん! チャンピオンのレイカさんじゃないですか!!」
「フッ」
誰もが知ってる、お決まりの髪をかき上げるポーズだ!
うわぁテレビそのままだよ。メチャクチャ美人だ。
アイドルオーラで、事務局前なのにステージみたいな空気になってるし。
おまけに男子憧れのバトルコスチューム姿だ。
刺激的なホットレッドのエナメルショートジャケットに、大胆に腰が開いたチューブト
ップ。タイトスカートは心配になるほど丈が短く、ロングブーツは濡れて光っている。
身長が高くてスタイル抜群だから、セクシーなデザインが見事に様になってる。
「お目にかかれて光栄です、渡といいます。今日からライダーとして参戦します」
よし噛まずに言えた。
「頑張りなさいね。ランカーまで登れる日が来るといいわね」
手を差し出すと躊躇なく握手してもらえた。
なんて気さくな方だ、トップアイドルなのに!
「若いわね、歳はいくつ? ローダー歴は何年?」
興味を持ってもらえたことが嬉しくて、ついハイテンションに自己紹介を始めた。
レイカさんと同い歳なのはちょっとしたマニアネタだったので、話してみたら興味を持
ってもらえて嬉しかった。
「あら私と16歳なのね、珍しい。それと何年も乗ってるにしては手の平が柔らかいわ、
そのローダーは土掘り用じゃないの?」
「あー、力ずくでやると直ぐに壊れてメカニックに怒られちゃうんですよ。だから反動を
使ってポンポン作業するように変えたらマメもできなくなりました」
レイカさんは意味深な笑みを浮かべると、品定めするように俺をジロジロと眺める。
「あなた、ちょっと面白いわ」
「? ありがとうございます」
「渡、集合場所にいてよ。探しちゃったじゃないの。って、あっ!」
柚葉は怒り心頭の顔で駆け寄ってきたが、予想外の人物のに膠着した様子だった。
「パートナーのお出ましかしら? 可愛い子じゃないの」
「お目にかかれて光栄です、私、柚葉といいます。渡とペアを組みます」
レイカさんは唐突に柚葉のあごに指を伸ばすと、そのまま顔を上下左右と振り始めた。
「なにするんですか!」
さすがの柚葉も怒った。
レイカさんと言えども、この仕打ちは許されるものではないだろう。
「あなた、きれいな顔立ちしてるわね」
想定外だった言葉に柚葉は堪忍袋がしぼんだ様子。
「でも化粧がヘタ、それじゃあダメよ。あとファッションも最低。岡山を舐めてるの?」
「なっ」
「まぁいいわ、もう少し話がしたいけど、私これからバトルなの。あなたたちもせっかく
だから見て行きなさい、ローダーは私のピットに回しといて」
「レイカ、点検が終わった」
気が付くとすぐ隣に少女が立っている。
音もなく現れたものだからビックリした。
「この子はシウ、私のメカよ。同い歳だけど腕は一流だから」
「よろしく」
シウさんと挨拶を交わす。
小柄で幼い雰囲気のかわいい感じの人だ。
ショートカットの銀髪がとても柔らかで、手が伸びそうになる。
こんな人が、あの気難しい2ストロークエンジンを手懐けてるとは驚く。
「じゃあ私は招集に行ってくるから、シウは渡たちをピットに案内してあげて」
「わかった」
シウさんに連れられピットに向かう。
エンジンを掛けるのは迷惑だろうから、緊急モーターでローダーを動かす。
「レイカは浮かれていた」
「はい?」
「若いライダーは珍しい、しかも今回は同い歳。勝手に盛り上がって押し付けがましくな
ってたのは許して欲しい」
「いえ、通りすがりなのに、ここまで配慮いただいて恐縮してるくらいです」
「それと私もレイカも、もっと気さくな口調で話してくれたほうが嬉しい」
「はい、いやわかった。これからはそうする」
さっきから柚葉が黙ったままなので、目を向けてみるとみごとに凹んでいた。
容姿へダメ出しされたことが、相当に堪えているようだ。
ピットにつく、床に大きく1がマーキングされている。
栄光のチャンピオンナンバーだ。
「これがチケット、アリーナ席だからスられないよう気をつけて」
「何から何までありがとう」
「じゃあ、私も行くから」
シウさんが奥の扉から出て行った。
彼女もこれから仕事があるのだろうか?
「柚葉、そろそろ戻ってこい」
「もう戻ってるわよ、それよりここすごいね」
「ああフィールドのピットともなると、そのへんの整備工場とはモノが違うな」
総石張りの空間が広がる。
しかも表面がつるつるに磨かれた鏡石だ。
高価な素材なので、ホコリ対策にモーター工場では床の一部分にだけ使われてるのは知
っていたけど、これほどふんだんに、ましてや壁や天井にまで使われてるとは。
これがフィールドのピットなんだ…………
二人して、ほうけてはいられない。
もうすぐレイカさんのバトルが始まる。
いそいでアリーナ席に向かうとしよう。
完成している作品ですので、予定を変更して毎日投稿します。
時間はまちまちとなりますが。
よろしくお願いいたします。