夢を見る人
長編処女作です。
数回に分けての投稿を予定しています。
単行本換算ですと200ページを超えます。
お付き合いいただけると嬉しく思います。
磨きぬかれた石造りの舞台に歌声が響く。
澄みきった青空を思わせる、どこまでも高く伸びる美しいテノールに満員の観客たちは
完全に魅了されていた。
テナーはノドの限界を探るように何度も何度も高音域をくり返し発する。
くり返すたびにその歌声は磨かれツヤを帯び、管共鳴を増していく。
そうテナーの正体は人ではなく楽器だったのだ、いや正確には楽器ですらなかった。
発していたのは水冷250cc4気筒。
テノールの正体はエンジンの咆哮。
機械じかけのヒトガタ”ローダー”のエンジンが放つエキゾーストノートであった。
観客が美しいノートを満喫しているうち、共演者の準備も整いだしたようだ。
そう今日の演目はソロではなくデュエット。
いやそれも違った、演じられるのは”マッチ”。
観客はホールへ上品なコンサートを鑑賞しに来たのでなない、彼らの目当てはフィール
ドと呼ばれる格闘技場で行われる巨大なヒトガタの野蛮な殴り合いだ。
パリーン! パリーーン! パリーーーーーーーン!
テノールをぶち破り、ひどく耳さわりな金切り声がフィールドを突き抜けた。
それは鼓膜を直撃し、おまけとばかりに三半規管まで容赦なく揺さぶる。
耐えがたい音波の暴力に観客たちはど肝を抜かれ、思わず耳をふさいでしまう。
突然みまわれた無体な仕打ちに、5万の非難の目は一斉に対面に立つ者へと向かう。
本当の主役である真紅の巨人がそこには立っていた。
粘性のある樹脂がしたたるまま固体化したような流線型を描くカウリング。
頭腕胴体足、幾つものアールとアールをつむぎあわせた複雑な造形。
強い太陽光線を浴び、炎の煌めきのように輝きを放つ機体こそ本日のメインキャスト、
タイトル防衛記録を更新し続ける無敵のチャンピオン。
奪いとった観客たちの注目に満足したか、赤のヒトガタは一層の猛りを吐き出す。
チャンピオンが絶対の勝者である理由、その力の源は特異なエンジンにあると言っても
過言ではない。
2ストロークエンジンを心臓に備えているのだ。
ストロークとはエンジンの作動回数を指す言葉である。
一般的な4ストロークより数字が少ない、つまりよりシンプルであるこの方式はロスも
少ない。だが多くの機構を兼ね合わせ引換えに得たシンプルさ故に性質がデリケートだ。
コンディション維持の煩わしさ、負担面から今ではほとんど使われることはない。
もちろん代えがたい利点もある。軽量で高出力、そして圧倒的な瞬発力を備えるのだ。
さらにもう一つ重要なことがある、それは
<音> だ。
一般的な4ストロークエンジンが放つ、心地よい楽器の音色の排気音とは異なり、2ス
トロークのそれは本能に恐れを抱かす音の刃。
ウォームアップが進むにつれチャンピオンは長く尖った犬歯を露わにする。
放つ排気音はどんどんと甲高く鋭さを増し、聞くに耐えない凶器となっていく。
そして観客から羨望を集めていた美声のテナーは、気圧され色を失っていく。
無理もない話である。2ストロークの排気音など、そうは耳にできるものではない。
はじめて抜き身の刃に晒された者は例外なく驚き、おののき、自分を見失う。
今回も飲まれてしまったのか、対戦者は棒立ち状態になっていた。
もう勝敗は決した? テナーは飲まれたように動かない。
いや足がすくんで動けないのだ。
観客はヒートする一方だが、フィールドの空気は凍っていく。挑戦者を凍りつかせる。
反してチャンピオンの心臓は音の凶器をまき散らしながら温まっていく。
もう直ぐだ。
あと数分もすれば完全にウォームアップが終了する。
きっと2ストロークの嵐がフィールドに油の雨を降らせるだろう。
そして歓喜の怒涛がわきおこるだろう。
このままでは無残に食い散らかされる。
悟った挑戦者は勇気をふり絞り、シフトを蹴り降ろすと大蛇に向かって突進した!
ファァァァァァァーーーーーーン!
高回転まで一気にエンジンを回したロケットダッシュ。
完璧なクラッチワークに勢いづいたヒトガタは、マフラーエンドから火を吐き出す。
スプロケットが唸りをあげてドライブチェーンを巻き上げる、スリックタイヤがブラッ
クマークをフロアに延々と刻みつける。
うまい。
挑戦者は気難しい250cc4気筒をみごとに手懐けていた。
極限まで澄み切った歌声がフィールドにこだまする。クライマックスを歌い上げる美声
に観客は酔いしれる。
ヒトガタは駆ける、スピードはドンドンと増していく。
やがて互いの距離は一息までとなる。
突進の勢いそのままに挑戦者は拳を強く握りしめた。
パリーン! パリーン! パーーーーーーン!!
歌声を打ち破る大音量が轟くや、質量ある青煙のかたまりが上がった!
チャンピオンのリップが不敵に歪む。
長い指をもって銀食器のごときクラッチレバーをそっと放し、細い右手でティーカップ
をすくい上げるようアクセルをひねると、給仕はユッタリと腰のギアを回し始める。
連動するチェーンがサラサラと流れだし、伝えたヒザを跪くよう折り曲げて、姿勢を深
くかがめた。何とも洗練された所作で無駄がなく、ただ戦場においては無造作だった。
が、その瞬間、真っ赤な巨体はバネじかけのようにはじけ跳んだ!!
パァァァン!パァァァーーーーーーーーン!!
青い煙をたなびかせ高周波をまき散らし、2ストロークパワーが炸裂する。
稲妻の鋭さを持った一筋の矢が、相手の腹をめがけ放たれる。
その爆発的モーションに、慌てる挑戦者はブレーキが追いつかない。
勢い殺せず飛び込んでくる獲物の腹に、ショルダーの一撃が深くねじりこまれた。
グアァァン
重金属が押しつぶされる鈍い音がした。
カウンターで入ったタックルに挑戦者がふっ飛ばされたのだ。
アアアアァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
2ストロークがいっそう高く吠える。
疾風怒濤の勢いでチャンピオンがダッシュをかける。
外科医のごとき指さばきでアクセルを完全にコントロールし、その力のすべてを微塵も
余すことなくフロアに伝える。
一瞬で10メートルを消化した。
大気の壁すら見える高速で、なんと爆ぜた挑戦者に追いついてしまった。
ヒジを張り出し、相手の急所めがけて突き入れる。
チャンピオンは続けざまにシフトアップ、レッドゾーンまでエンジンを回しきる。
2ストロークがこの日、もっとも高い雄叫びを上げた!
ズガァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーン
コーナーウォールが爆発した。
いやあまりの土煙がそう錯覚させただけ。
立ち上る粉塵とクーラントの水蒸気、甘く青く重い2ストロークの排煙。
それらがフィールドを覆い隠し、惨状を一時だけ観客の目から隠している。
大声援がフィールドを洗い上げると、そこには紅玉の輝きを纏う女神が立っていた。
x x x
「かっけぇぇぇぇ! やっぱ最高だよローダーバトル」
「なに?またテレビ見てるの。ほんと飽きないわね」
詰め所のテントでテレビを観ていたら、同僚の柚葉がやってきた。
性格そのまま、クセのない黒髪ポニーテールが目印の彼女とは幼なじみの関係になる。
俺の育ての親である棟梁の一人娘であり、5歳の時から10年以上、腐れ縁よろしく行
動を常に共にしてきた。
「渡のローダーの調整やっといたわよ、モーターが焼け気味だから、もう少し
テンション下げて作業して」
「サンキュ柚葉。いつもバッチリだから、ついギリギリまで追い込んじゃうんだ」
「褒めても何も出ないわよ」
尋常学校を卒業し、棟梁の鉱山に就職してからもずっと一緒。
俺が掘り手で柚葉はメンテナンス担当、今では仕事上のペアまで組んでいる。
こういうガテン系の職場では「あ・うん」で理解してくれる存在は、とてもありがたい
ものだ。俺は口には出さず、いつも心のなかで感謝することにしてる。
…………だって今さら恥ずかしいじゃん。
労いを態度でしめすために、俺は彼女の飲み物を用意しにキッチンセットに向かう。
柚葉は紅茶にはちょっとうるさい。
でも俺は、そのお眼鏡に叶う紅茶を淹れる努力が嫌いではない。
潤いが少ない鉱山生活では、慰みのつもりか何かにコダワリを持つ人が多いように思え
る。他人のそれに付き合うのも、娯楽とみれば割りと楽しいことなのだ。
柚葉専用のうさぎの絵が描かれた京焼きティーカップを先に温め、茶受けに滋賀で買っ
たバームクーヘンを切り分ける。気分がいいから新しい紅茶の缶も開けてしまおう。
これならきっとお茶の一杯分くらいは、無駄話にも付き合ってくれるはず。
ローダーバトルは日本で一番人気のあるスポーツだ。
華やかなライティングに魅力的なBGM、考えぬかれたブック。
操縦者である”ライダー”各個人にもストーリーがあるから、マッチングが決まる度に
ワクワク感も増す。
そして戦うのは、俺たち労働者に馴染み深いローダーときてる。
これで熱狂しないわけがない。
みんな誰しもローダーバトルに出たいと思ってる。
あの舞台に立ちたいと思ってる。
そんな憧れの存在なんだ。
「ってことなんだけど、どう思う?」
「10年も同じ話ばかりしてよく飽きないなぁと思う」
「…………」
涙目になる。
柚葉の俺イジリは、最近トゲが立ちすぎてないか?
確かに10年も同じ話をすることに問題があるのはわかる。
相当に鬱陶しいことくらいは、頭の良くない俺にもわかる。
でも…………親しき中にも何とやらって言葉もあるじゃんか。気の置けない間柄でも、
多少の容赦はあってもいいと思うんだ。
「でもミルクティーが美味しかったから我慢してあげるわよ。おかわりを淹れてくれたら
明日も聞いてあげる気が起きるかもね」
よし、もう一杯ごちそう致しましょう。
約50年前、ユーラシア大陸の中央部に巨大隕石が落下した。
その衝撃は大量の粉塵をまき上げ、大地のほとんどを厚く覆い尽くしてしまった。
地球は大ピンチである。
ところがどっこい人類はしぶとかった。
助けあい努めあい、あっという間に復興を成しとげてしまったのである。
もちろん失ったものも多かった。
あまり触れないでおくが、その一つが内燃機技術。
具体的にはエンジンを作れなくなってしまったのである。
かつて繁栄の礎となったその機械たちは、今や地中奥深くに埋もれていた。
今、人間たちは、過去のおこぼれに与ろうと土を掘り返す日々を送っている。
その助けとなっているのが、作業用のヒトガタ重機<ローダー>だ。
電気とモーターで動くこの機械は、土木用途なのでそれほど大きくはない。
いいとこ3m。
ハンドルとステップで機体を操作し、スロットルとレバーでパワーを制御する。
腕や足にはドライブチェーン、胴体からはスプロケットギアで動力を伝える。
誰でも扱える直感的なインターフェイスに、整備しやすい簡単な構造。
力は馬よりマシってレベルなんだけど、こいつにはウラ技がある。
エンジンを積めるんだ。
エンジンは凄い。
小さなものでも馬数十頭もの力がある。
その上、捨てるほど埋もれて出てくるガソリンを入れてやれば、ずっと動く。
30分でなくなる鉛バッテリーごときとは大違いだ。
だからみんな欲しがる。
掘り当てようものなら一攫千金だ。
噂では明石のあたりには、エンジン成金もいると聞く。
欲しいなぁエンジン。
「掘ってたらエンジンが出てくるとか起きない?」
「むりむり、京都鉱山はセラミックとコンデンサーしか出てこないわよ」
興味が無いとばかりにカップを弄ぶ柚葉の態度にカチンときた。
知ってるぞ、これはシラケってやつだ。テレビでやってたんだ。気の強そうなオバサン
評論家も「最近の若者は~」ってすごく批判してた。
これは幼なじみとして、ちょっと説教の時間だな。
「夢がないなぁ柚葉は、ずっと土掘り生活でいいのか?」
「あら私はこの生活が気に入ってるのよ? 家族がいて仲間がいて、そして毎日お風呂に
入れる。こんな贅沢をしていて不満を言ったら世間さまに怒られちゃうわよ」
ごめんなさい、俺が間違っていました。
この詰め所を兼ねた居住テントには水道も通ってる。
俺たち穴掘り屋は家には住めない。
通いの人もいるけど、通勤が面倒だから住み込みがほとんどになる。
地面を掘り進めていくと、住まいも低く移動せざるを得ない。崩れてしまうからね。
家なんかを建ててしまうと、ひと月ごとに建て直しだ。
それはさすがに無茶なのでテント暮らし。
テントとは言ってもキャンプ用の簡素なものではなく、大陸の遊牧民族とかが使うガッ
チリとした据え置きタイプだ。
だから快適性もかなり優秀だ。風通しがいいから昼は涼しく、夜はストーブで温かい。
それになんてったって電気水道ガス完備。
8年ほど前に棟梁が私財を叩いて敷いてくれたのだ。ここまで設備の良い鉱山は滅多に
ないだろう。
手の込んだ食事だろうが、その気になればなんでもできる、町と遜色ないレベルにまで
なってきてる。でもプロパンガスだけは月料金が高くて悩みです。
「おう、そろそろ午後の作業を始めてくれ」
その棟梁がやってきた。
筋肉質の体躯に磨き上げられた頭皮。とても鉱山の主らしい人だ。
棟梁は柚葉のパパであり俺の父親代わり。
両親を失った俺を引き取りここまで育ててくれた大恩人。
だから俺はそれを返すために頑張る、主に精神面で。
「棟梁、今日あたりノルマの100m/ 月を突破しそうなんだけど、ちゃんとボーナス用
意してくれてる?」
「気が早いな。言っとくが掘っただけではボーナスも安いぞ、バッテリーくらいは掘り出
してきたら奮発してやるよ。あとガソリン缶は見つけても要らんからな」
「もしエンジンを掘り当てたら?」
「京都鉱山はそんなもの出ねぇよ。まあ出たら出た時の話だ。夢を持つのは若者の特権だ
からな」
親子で同じこと言ってらぁ。
さて午後の作業のためにローダーに乗り込むとしますか。
x x x
持ち場についた。
すり鉢状の穴の底だ。
まるでアリジゴクになった気がする。
獲物は上でなく、足もと地中深くにあるんだけどね。
土を掘る。
ハンドルとスロットルを駆使してツルハシを突き入れる。
これにはコツがある。
馬よりマシのローダーで力ずくなんてのはムダだ。
メリハリのある動きで反発をつけ、スムーズな操作で切っ先まで逃さず伝える。
電池を長く保たせることができ、関節も傷まないから柚葉にも怒られない。
良いことずくめの作業術。
俺は小さな頃からツルハシを振ってた。もちろん素手で。
棟梁はどうあろうと飯を食わせてくれるけど、やっぱ遊んでばかりだと気まずい。
先のテクは子供なりに考えたカイゼンの成果だ。
それがローダーでも使えると気づいた時はうれしかったね。
このために頑張ってきたんだと思ったよ。
だから今度はローダー操作技術を他に使えないか考えてる。
機械を動かす勘働きは、自慢じゃないが大人にも負けない。
どうだろう、土掘り以外でも負けないじゃないか? さすがにそれは調子に乗りすぎ?
「おつかれさ~ん」
「おつかれさまです」
同僚のおっちゃん連中が上がっていく。
夜間照明が乏しい鉱山では日没がきたら仕事は終了だ。
「クソ、今日はあんまり掘れなかった」
泥まみれのローダーを洗車しながら、つい悪態が口をついて出た。
よくわからないけど、みょうに固い岩盤があってツルハシがはじかれる。
刺さる場所がないかと探ってみたけどダメだった。
そして時間切れ。ノルマ未達成。絶対に棟梁にイヤミを言われる。
昼に調子に乗らなければよかった。
因果応報。舐めたマネをしても結局は自分が痛い目に会う。ううっ勉強になった。
「おう渡、おつかれさん。ノルマ未達成おめでとう」
「……」
「ローダーの達人のお前さんでも失敗することはあるんだ。気を落とすな? な?」
棟梁が見回りにやってきた。
メチャクチャ笑顔だ。腹が立つ。
でも調子に乗ったのは俺の方。キレては駄目だ、恥の上塗りになる。
「すいませんでした、大きな口を叩いて反省してます」
「おっ殊勝な態度だ」
「仕事の順序をもっと考えて作業します。今日は無駄なことに時間を割きすぎました」
「…………固い岩盤にずっと構っていただろ。あれなんだ?」
「わかりません、地層ではないと思いますが、平たく硬い物が面で広がってるようです」
二人して腕を組み、脳を働かせる。
あ、同じ格好になってる。かぶって恥ずかしいぞ。
「よし、お前、しばらくあの岩盤を突っついとけ。良い物が埋まってる予感がする」
「それではノルマが」
「お前のは自己目標だろ。共通ノルマはとっくに達成してるはずだ。だから今月は心配す
る必要はない、まぁ来月は別の話だがな」
岩盤と向き合う日々が始まった。
どうやっても鉄のツルハシが刺さらないのだ。
試行錯誤する。
穴掘りの基本は土の様子を読み切ることだ。
少しでも柔らかい部分がないか、探りもって細かく打ち込んでいく。
ローダーは精密作業には向かないんだけど、経験と技術の総動員でどうにかする。
20cm刻みで叩いてたのを10cmに、そして苦労の末5cmまで詰めてやった。
…………でもダメだった。
「パワーが足りないのかなぁ、どうしたもんだか」
昼ごはんにスモークチキンのサンドイッチを食べる。
スパイスたっぷりで保存に適しているから、鉱山では定番メニューだ。
「おつかれさま、どうしたの? めずらしく頭使って」
柚葉も昼休みのようだ。そして憎まれ口の方はお仕事再開。
「岩盤を叩いてるんだけど硬くてね。色々考えてるんだけど煮詰まり気味」
「渡でも割れない岩ってあるんだね、なんか新鮮」
嬉しそうな顔で柚葉は俺の皿からプチトマトを摘む。
ああ、貴重な生野菜を。
「笑うなよ、イジワルだなぁ。なんかアイデアない? 細かく突つくのは無理だった」
「細かくって、どれくらいの間隔なの?」
「5cm刻み」
「なにそれ、スペック超えてるでしょ。そんなことできるの?」
腕を振り下ろす時に修正を加えたら出来ることに気づいたんだ。
たぶん俺だけのテクです。
褒められたようで嬉しくなり、ちょっと柚葉に解説をしてみることにした。
「あっきれたぁ。もうローダーオタクだね、君」
「……」
二人で相談し、もうこの岩盤はローダー一台では割れないだろうと結論を出した。
そうなれば、次に打つ手は二台でかかるしかない。
「午後の作業につきあってくれる?」
「うん、試運転しなきゃならないのが一台あるから、それを使うよ」
「サンキュ、恩に着る」
「では先払いでギャラをもらっとこうかな、残りのプチトマトちょうだいね」
全部食われた。
連絡道の土壁に二台のモーター音が反響する。
俺が先行して足場を定めていく。
柚葉は整備は一流だがローダー操作はイマイチなのだ。
不整地は、うかつに踏み入れると盛土が崩れて危ない。
一歩一歩確実に進め、いつもの倍の時間をかけて作業場についた。
「ふっかーーい、なにここ。こんな場所まで掘ってるわけ?」
そろそろ深度が300mに届くかというこの場所に、さすがの柚葉も面食らっている。
「この辺は俺しか担当してないよ、怖がって誰もこの深さまでは降りてこないんだ」
「これはちょっと掘り過ぎだと思う、何かあったら生き埋めになりそう」
スリ鉢状に掘ってるから大丈夫だと思うけど…………
そうだな、この仕事が終わったら場所を変えるとするか…………
二人で穴掘り作業を始める
共同で突っつくのは初めてなので、なかなかタイミングが合わない。
途中でひらめいて柚葉に合わせ、俺が後から重ねて打ち込む方法に変えた。
これ以降はキレイにツルハシが入りだす。
やがてガツガツから、ガチンガチンと音が変化しはじめた。
「どう? うまくいきそう?」
「音はいい感じだね。澄んだ音色に変わってくると打ち抜けるのがパターン」
「あと少しってことか」
「たぶんね」
「よーーし、紅茶が飲み終わったら、いっちょやっちゃいますか」
「…………」
「どうしたの?」
胸騒ぎがする。
こういうイヤな予感は当たるんだ。
頭に何かがよぎった。
「柚葉! 地震がくる!! ローダーから離れて伏せろ」
「えっ」
意表を突かれたのか柚葉は固まっている。
とっさに彼女を抱きかかえ、近くの空き地に飛び込む。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
鉱山が揺れた。法面が盛土が崩れていく。
見ればローダーも倒れている。座ったままだったら下敷きだったかもしれない。
モヤで視界が霞んでいく。土煙があたり一面を覆い尽くす。
揺れたのは30秒ほどだろうか?
幸い、地震は大きなものではなかった。
でも鉱山は、それですら命取りになりかねない。
俺らは大丈夫だったが、棟梁たちはどうだろうか?
無線を使って連絡を取る。
「もしもし渡です。本部応答願います、本部応答願います」
「こちら本部。渡、大丈夫だったか? こちらは大丈夫だ。今のところケガ人の連絡もな
い。今日の作業は緊急事態により終了とする、安全を確認でき次第、帰投せよ。以上」
よかった、本部は無事だったようだ。ケガ人も出ていないのは幸運だろう。
思わず胸を撫で下ろす。
「渡! すごいよ!! こっち来て」
周囲の状況確認をしていた柚葉が、ポニーテールを振り回し大声を上げている。
あそこは岩盤のあった場所じゃないか。
みごとに大穴が開いていた。
岩盤が崩れさった下には空間があったのだ。
そして
「オートカーがイチニイ……4台! あっオートバイまであるぞ」
「うっわぁぁ! こんなにいっぱい車があるの、はじめて見た」
本部に戻ってみると、そこは変わり果てた姿となっていた。
地盤が緩んでしまい、居住テントがことごとく倒れていたのだ。
「棟梁……」
「再開まで時間が要るな。テントは立てれば済むが地面が緩んでローダーが歩けない。し
ばらくは掘るよりも整地作業がメインになっちまう」
空気が重かった。
人的被害がなかったのは幸いだが、採掘ができなければ収入がなくなる。
「でもお前たちのおかげで立ち直ることが出来るんだ、あのオートカーがあれば再開資金
と、みんなの休業手当までまかなえる。ほんとうに助かった」
翌日からは回収作業に従事した。
残念なことにオートカーの幾つかが落石で潰れてしまい動かせず、それらはエンジンだ
けを取り出して持ち帰ることになった。
他にも部品が収められた紙箱がたくさんあり、それも収入の一部となった。
そして一台、押し潰されてはいるがエンジンは無傷のオートバイが!
x x x
「お疲れさま、これで終わりになっちゃったね」
「お疲れ、手掘りからはじめて10年以上だけど、こんな形で終わるとはなぁ」
二人無言になる。
同僚のおっちゃん連中に聞いて回ったけど、出て行く人が大半だった。
穴掘り屋は穴しか掘れない。
土を穿つことしか知らない人間は、前にしか進めないのだ。
「渡は出て行っちゃうの?」
「オートバイが一台出てきたろ? あれのエンジンは単気筒だったんだ。業者に売却して
もそんなに値段はつかない。だから棟梁に譲ってもらえないか相談するんだ。貯金を叩け
ば業者より高い金額を付けられると思うから」
「それでどうするの? ローダーバトルに出るの?」
「うん、夢だからね。行こうと思うんだ岡山に」
「……」
柚葉は何も喋らなくなった。
瞬きもせず俺を見つめてくる。
出て行ってほしくないのだろう、家族が別れるのは寂しいことだ。
でも兄弟だっていつか離ればなれになる。
柚葉も美人だから、近い将来、誰かに求婚されて出て行くだろう。
早いか遅いか、その違いだけだ。
俺らは血こそ繋がってないけど家族のようなものだから、きっとどこかでまた会える。
「いつ行くの?」
「今晩中に荷物をまとめて、明日の昼には発つつもり」
「えっ早いよ! なんでそんなに急ぐの? まだ時間はあるでしょ?」
「俺だって本当は寂しいんだ、だからこそすぐに発つ。決心が鈍らないように」
柚葉が離れていった、震えてるのが後ろ姿からもわかる。
泣いてるのかもしれない。彼女は気丈に見えて意外と弱いから。
声をかけそうになるが、ぐっとこらえる。
湿っぽいのは嫌だ、最後はきれいに終わりたい。
「うっ…………うぐっ」
「柚葉」
「うっ」
「渡は明日出て行く。お前はどうしたいんだ?」
「…………一緒にいきたい」
「なぜそう伝えない」
「パパを置いていけない」
「はっ」
「なんで笑うの!? 人が悩んでるのに、なんで笑うのよ!」
「お前みたいな小娘に心配されるとは、俺も耄碌したものだな」
「違う! 違うけど、私達は家族よ! 助け合うのが当然じゃない」
「渡も家族だろ? 娘に負ぶさる親など情けないものだ。そういうのはジャリっ子どうし
でやるんだな」
「なっ」
「今夜中に退職金の計算をしといてやる。明日の昼までには用意しておくから、それを持
ってとっとと出て行け。このバカ娘」
「…………ありがとうパパ」
子供の顔は見せに来いよ」
「バカっ!!」
太陽が正中に登る。雲ひとつない青空だ。
退職金の一部でローダーも譲ってもらえた。
徹夜作業になったけどエンジンもうまく収まり、何もかもが上手く進んで怖いほどだ。
もともと私物は少ない鉱山生活だから、荷物はドラムバッグ一つで収まった。
ヘッドライトの上にロープで括りつけると旅の雰囲気が一気に増す。
目指すは岡山。
中日本で最大規模のフィールドがある百万都市だ。
大都会へ行くことに胸が踊る。
「よし、出発だ!」
「待ちなさいよ」
あれ柚葉がいる。大きなスーツケースまで携えて。
「柚葉も出て行くの? それなら駅まで送ろうか?」
「私も一緒にいくのよ」
え、なんで? なに訳わからないこと言ってるの? この人。
「ローダーのメンテどうするのよ? 渡って点検くらいしかできないでしょ?」
いや、それくらい覚えるから…………
「はいはい、もういいからさっさと乗せて、今日中に着かなきゃダメなんでしょ」
ローダーによじ登り、運転席横のエマージェンシーシートに尻をねじり込んできた。
…………まぁいいか、柚葉だし。
エンジンに火を入れる。こいつはキックスタート式なんだ。
ペダルに足を乗せ、何度か軽く踏みこむ。
これでピストンを動かし、始動位置へと調整する。
そして上死点に達したところで全力で蹴り抜く!
ドルン!ドルゥン!ドルゥゥゥーン!
よし一発でかかった。
シングルエンジン特有の振動がローダーを揺さぶる。
燃焼室が400ccもあるから、爆発パルスが体にビンビン伝わってくる。
スロットルを軽くあおり暖機運転をはじめる。
エンジンが振れる。
興奮で手足が震える。
モーターでは味わえない鼓動感に泣きそうになる。
「柚葉行くよ? ちゃんと掴まってて」
「うん!」
柚葉の笑顔が眩しい。
俺たちの冒険ははじまったばかりだ。
第一部の終了です。
明日に第二部の投稿をします。
いよいよ渡と柚葉が岡山にてライダーとして歩みを始めます。