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補正8:魔法と魔術と空中戦


 なにこれ?

 なにこれ!?

 ナニコレ?!


「うん? ナスカ?」


 ジェットコースターなんか目じゃないよ!?

 なんなのあのスピード!? なんなのあの風圧!?

 風圧に至っては飛び上がってるのに下から感じたよ!? どういうことなの!?


 てかなんであの巨体がこんなスピード出るの!?

 というかあの巨体で助走無しに飛び立てるもんなのか!? なんか垂直に飛び上がった気がしたけどそんなこと可能なの!?


 なんなの?! 飛竜ってそう言う生き物なの!?


「おい、ナスカ? 大丈夫か?」


 なんかカケルさんの声が聞こえる気がする。

 この風圧の中で喋れるの? おかしくね?


 …ん? 風圧?


 …なくね?

 今気付いたけどこれ風圧なくね?

 

 え? なんで?

 フツウこういう時って顔面崩壊するような風圧かかるんじゃないの…?



 と、ここでやっと理性が戻ってきた。


「ナスカ?」

「…はい」


 とりあえず、心配そうなカケルさんに返事をしておく。

 カラダがガッチガチに固まるほど力を込めていたので、声を出すのにちょっとだけ手間取ってしまった。


 声が出たことで、緊張も少しだけマシになる。

 硬くなっていた身体から、力が抜けていくのがわかった。

 いつの間にか閉じてしまっていた目も、恐る恐る、開く。


「大丈夫か?」

「…なん、とか」


 そこに見えたのは、パノラマに広がった森と空だ。

 空の青と、雲の白。森の緑と、太陽の金。

 山は(けぶ)って霞み、グラデーションを伴って連なっている。


「―――すげぇ」


 その景色に、一瞬、恐怖を忘れた。


「見惚れたか?」

「はい」


 言葉も無い、ってのを、初めて体感した。

 これは、確かに、言葉に表すのが勿体ない。


 足の下で、竜の筋肉が動いているのを感じる。

 耳元で、龍の翼が風を打つ音が聞こえる。

 力強い音だ。何故か安心感を与えてくれる音だ。


「――空って、こんなに綺麗なものだったんですね」


 さっき気を失っていたのが、心底、勿体ないと思った。


「そうだろう。だからヒトは、空に憧れて止まないんだ」


 カケルさんの声が嬉しそう。

 きっとこの人も、空に心奪われた一人なんだろう。


 風が、髪を巻き上げる。


「思ってたより風圧がかからなくて、びっくりしました」

「ふうあつ?」

「あー…。思ってたより当たる風が弱くて」

「ああ」


 俺の言葉に、カケルさんが納得した声を出す。

 真後ろに密着してるから、表情までは見えないのだ。


「セスナが守ってくれてるからな」

「?」


 言葉の意味が分からず首を傾げる。

 それを感じたのか、カケルさんがおかしそうに笑った。


「竜は魔法が使えるんだよ」

「え!?」

「おっと」


 その言葉に驚いて思わず振り向こうとして、カケルさんの胸板に押さえつけられるに終わった。そうでした、ホールドされてるんでした。


「急に動くな。落ちても知らんぞ」

「スミマセン…」


 振り向こうとした拍子に真下を見てしまった。

 …ここから落ちたらひとたまりも無いだろうなぁ。村の屋根がめっちゃ小さい。


「こうした時に、ナスカがこの世界の住人ではないと言った言葉を実感するなぁ」

「申し開きもないです…」

「いや、責めているわけではない」


 下を見てしまったことで、また恐怖心が戻ってくる。

 それを紛らわせようと縮こまって小さくなったら、それを萎縮したと勘違いしたらしいカケルさんに気を遣われてしまった。…なんか申し訳ない。


 しかし、考えてみれば当たり前か。

 冥月だって「黒龍」とか呼ばれてたワケだし、俺の身体は冥月の魔力によって形作られているらしいし。「リュウ」が魔法を扱えたってなんら不思議ではない。

 冥月から受けた感覚と、セスナを代表とする飛竜から受ける感覚がまるっきり違ったから混乱した。


 冥月はいろいろと喋ってたけど、セスナが喋る気配もないし。

 種類が違うんだろうか。種類だけでそんな違いが出るんだろうか。

 竜ってのはよくわからない。地面に降りたら詳しく訊いてみることにしよう。


「しかし、竜種が存在しない世界などあるのだな」

「え? ああ、まぁ」


 カケルさんの言葉に、曖昧に頷く。


「竜どころか魔法も存在しないんで、びっくりしましたよ」

「え?」

「え?」


 何故か俺の言葉でカケルさんが固まった。

 うん? 何か今変なこと言ったか?


「…冗談だろう?」

「へ? 何がですか?」


 カケルさんの声が硬い。


「魔法が、存在しない?」

「はい。言ってませんでしたっけ?」


 そう言えば、一番始めに説明したのは「この世界に来ることになった切っ掛け」だけだ。俺の世界がどう言う世界だったかは説明していない。


「だが、魔法で移動できるのかどうか訊いていただろう」

「ああ」


 そう言えば、カケルさんに移動方法を問われた時にそんなこと言ったな。

 どうやら俺の口から「魔法」という単語が出てきたので勘違いしていたらしい。


「概念はあるんですよ。ただ、空想上のチカラ、現実には存在しないモノとして捉えられていたので、実在してたワケじゃないですね。カケルさんと会う前にめいげ――黒龍公と会っていたので、この世界に魔法があるってのは知ってましたけど」


 冥月っつったら睨むんだよな、カケルさん。


 俺の言葉に、カケルさんが唸る。


「…俄には信じられんな」

「俺からしてみれば魔法がある方が信じられませんよ」


 ところ変われば常識も変わる。そういうことだ。


「では、もしや、魔法と魔術の違いも知らないのか」

「なんですかそれ」


 何か違いがあるのか?


「…魔法とは、自然界に存在する魔素(まそ)に直接干渉する能力(ちから)。これは扱うのに相応の資質とセンスが必要とされる。魔術とは、自然界にある魔素に、魔力石(まりょくいし)などの媒体を通して干渉する能力(ちから)。こちらは扱う力の大小は有れ、誰にでも扱える能力なんだが…」

「…まそって、なんですか」

「……」


 カケルさんが黙ってしまった。

 いや、だって、知らないもんは知らないし、しょうがないと思う。


「ナスカ」

「はい」


 しばらく様子を窺っていたら、カケルさんの身体にグッと力が籠った。


「え」

「急ぐぞ。掴まっていろ」

「え?」


 言うなり、俺の身体にかかる圧が増した。カケルさんに押しつぶされたのだ。

 ほぼ鞍と密着する体勢になった、かと思えばカケルさんの足が竜の身体を軽く叩いたのを感じ取る。


 何する気だ、と思った瞬間。

 また身体が浮いた――ような錯覚を覚えた。


「えっ」


 慣性の法則に従って、身体が後ろに引っ張られる。

 耳元で風を切り裂く音がする。

 さっきまでゆったりと流れていた景色が、引っ張られるように流れていく。


 セスナの飛行速度が爆発的に上がったのだ、と気付いた瞬間、俺は迷わず、力一杯息を吸い込んだ。


「ぃひゃあああぁぁぁあああぁあぁぁああああ!!」


 上空数百メートル地点に、俺の情けない悲鳴が尾を引く。


 …ジェットコースターって、声出したら恐怖心まぎれるじゃん?


「耳元で叫ぶな!」

「だって! だって!!」

「だってもクソもない!!」


 轟々と鳴る風の音に負けじと声を張り上げる。

 だってこわいんだもん!! 仕方ねぇじゃん!!


「なんで急に加速するんですか!!」

「オマエが俺の手に余るとたった今発覚したからだ!!」


 カケルさんも必死だ。俺の呼び方が崩れてる。

 だが俺だって必死だ。恐怖に身体が仰け反りそうになるのをカケルさんの身体が押さえつけているせいで、余計に恐怖心が増してくる。


 コワイ!! 男ならビビんなとか言われてもコワいもんはコワい!!

 タマヒュンどころの騒ぎじゃねぇぞこれ!! キン○マ縮み上がって身体ん中のめり込んでんじゃないかこれ!? 世の絶叫マシン好きはどんな神経してんだ!! 俺には絶対に無理だ!! 断言する!! 軟弱男のレッテル貼られても良い!!


 だから早く降ろして!!!!


「身体の力を抜け!! 振り落とされたいのか!!」

「イヤです!! でもムリです!!」


 上空数百メートル地点にいるハズなのに、景色が飛ぶように流れていく。

 そんな速度で飛んでるのに無理無く喋れているのは、さっき言ってたセスナの魔法のおかげなんだろう。

 だが風は避けられても、加速に伴う重力移動の力は消せないようだ。

 さっきから真横に落ちてるような感覚がしてコワイ。


「これいつまで続くんですか!?」

「蒼龍公の住処につくまでだ!」

「いつ着くんですか!?」

「この速度で飛んで半刻!」


 半刻って…一時間!?


「ムリです!!」

「無理だろうが釣りだろうが我慢しろ!! 男だろう!!」

「ムリでsんぐっ!?」


 叫ぼうとしたらムリヤリ口を塞がれた。


「黙ってろ!」

んぐぅ(ひでえ)!!」


 しばらくモガモガと声にならない抗議の言葉を並べ立てていたのだが、途中でカケルさんが低い声で


「落とすぞ」


 と脅してきたので、口をつぐんだ。こえぇ…。



 そのまま、カケルさんの拘束は、目的地に到着するまで続けられることとなる。

 俺ってそんなに信用ねぇのかな?

 え? 胸に手をあてて考えろ? ムリ。だって手ぇ動かせないもん。


 そんなこんなで30分程度たった頃。ようやく俺の恐怖心と混乱もだいぶ落ち着いてきて、カケルさんの言葉を反芻する余裕も出てきた。

 相変わらず口は拘束されたままなので喋るも出来ないから、考え事に時間を費やすしか暇を潰す方法がないのだ。

 え? 景色? 見えるワケ無いだろコワい。


 で、だ。


 どうやらこの世界には、「魔素」というモノが存在しているらしい。

 さっきのカケルさんの話から推測するに、それが「魔法」を使うために必要な存在なようなのだが…。

 気になるのが、魔素を扱う方法が2種類存在しているということ。


 一つ目は「魔法」。セスナが今使っているのがこれらしい。

 曰く「自然界に存在する魔素に直接干渉する能力」。扱うには資質とセンスが必要とか言ってたけど、詳しくはどう言うことなのかよくわからない。けど、少なくともセスナが何か能力を使ったような様子はなかったから、発動に呪文が要るとか言うワケでは無いようだ。


 ただ、わからないことがある。

 あの「黒いの」が使っていたのも確か「魔法」だったハズなのだ。本人(?)がそう言っていたし、間違いないと思う。

 でも、思い出してほしい。

 あの「黒いの」が、呪文を唱えていたことを。

 なんだっけ。でぃざーなんちゃらってヤツ。よく覚えてないけど。出来れば忘れ去りたい記憶だけど。


 黒いのが単なる厨二病患者だっただけかもしれないが、ここは異世界。そうとも言い切れないのが辛いところだ。

 何か発動条件があるのだろうか。わからない。

 カケルさんは前に「魔法は使えない」って言ってたし。口振りからして、魔法を使える人はそんなに多くいないみたいだ。


 そこで出てきたのが、2つ目の「魔術」とか言う存在。

 曰く「媒体を介して魔素に干渉する能力」。


 出た、媒体。魔力石とかいう単語も出てきたし、カケルさんの口振りからしてこっちの方が主体で使われている能力なんだろう。誰にでも扱えるとか言ってたし。

 てことはもしかして、俺にも扱えるんだろうか。あとで訊いてみよう。

 っと、それは置いといて。


 こっちの能力はよくわからない。見たことが無いからだ。

 だって、アサギさんは薪で煮炊きを行っていたし、火をおこす時は火打石のようなものを用いていた。

 水瓶の水は井戸から汲んできたものだと言うし、ちらっと見た畑では鍬を振るう人が見えたし。あの村で「魔術」が存在していたようには見えない。

 誰にでも扱えるって言うんなら、誰か一人くらい使っているのを見かけてもいいと思うのだが。それとも「媒体」ってヤツがネックになってるのか。


 なら魔法道具の1つや2つくらい存在しててもいいのに。カケルさんの言い方だったら、媒体さえあればいいみたいだったし。

 あそこにはそれすらも見られなかった。


 なんにせよ、魔法も魔術も影が薄い。

 俺が知ってる「魔法」ってヤツは、何も無いところに火をおこしたり、水を出したり、風を巻き起こしたりとなかなかにトンデモ能力なのだが。

 黒いのにしろセスナにしろ、風を起こすことが出来るのは確認済み。風が起こせて火が出せないってのは考え辛いのだけれども。

 そんな便利な能力、日常生活に還元しないんだろうか。

 それとも、単に俺の知らない制限があるのか。


「……」


 わかっちゃいたけど、知らないことばっかりで嫌になる。

 溜め息を吐こうとして——口が塞がれているのを思い出してげんなりした。


「そろそろか」

「んぅ?」


 囁かれた声に、手元に落としていた視線をあげる。


 見える地形がかわっていた。

 いつの間にか山を越えていたらしい。全然気付かなかった。


んん(もう)?」


 眼前に見えるのは、切り立った崖。

 それでもだいぶ距離があるように見えるのだが。


「んんーぅ」

「ん? ああ、すまん。忘れていた」

「ぷはっ」


 とりあえず、口にあてられていた手を叩いて撤去を頼む。

 数十分ぶりに自由になった口をはくはくと開閉して、具合を確認する。

 よし、問題無し。


「あの崖れすか?」


 噛んだ。


「そうだ。あの辺りにある洞窟に、蒼龍公がいる」


 よかった。カケルさん気にしてない。


「ふぅん…」


 ナルホド。確かに何か居そうな気配だ。

 近く…つっても何キロかは離れてそうだけど、そこに滝と川も見えるし。

 背後が崖になってればそっから敵が襲ってくることも無いだろうし。

 洞窟なら敵が来ても一方向からだけだから対処しやすいだろうし。

 定住するには案外といい立地だろう。


 それにどうせ、あの冥月の知り合いなんだったら、十中八九土地神クラスだ。

 大きさは知らねぇけど、どうせデカいんだろ?

 セスナ——飛竜は精々が10メートル程度の大きさだけど、冥月はもっとずっと大きかった。呼ばれ方も似てるし、同じような種類だろう。

 やっと、「リュウ」の違いがわかりそうだ。


「くれぐれも粗相の無いようにな」

「わかってますって」


 カケルさんの言葉に、頷く。

 俺の身の潔白(?)を証明してくれるってお方に、ぞんざいな対応が出来るハズがない。それに、冥月と同じ「龍」なら、俺が一体「何」なのかも教えてくれるかもしれないし。


「よし。降りるぞ」

「はい」


 カケルさんが、セスナの首元を軽く叩いて、鞍の取っ手に両手を添えた。

 どうも、セスナへの指示はこの取っ手にかかる圧と、鐙によって行われているらしい。だから手綱がなかったのか。


 カケルさんが取っ手を軽く押すと、それに合わせてセスナが翼を小さく畳んだ。


「…ん?」


 翼を、小さく、畳んだ。


 ……嫌な予感がしてきた。


「舌を噛むなよ!」

「ひっ」


 言われる前に唇に力を込める。


 一瞬の浮遊感の後、内蔵を手で掬われたような気がした。


 風を捉えることをやめた竜の身体が、重力に従って急降下している。

 その後のことは、まぁ、お察しの通り。


「—————————————ッッ!!!!」


 龍の住む山に、本日何度目かも分からない俺の悲鳴が木霊した。


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