補正7:飛竜
お昼ごはんは玄米と葉物の味噌汁っぽいもの、あと魚の干物だった。
子供たちの様子を見るに、どうやら俺のために豪勢なものを作ってくださったらしい。ありがたいことだ。
「よし。行くか」
「はい…」
やっぱり軽装のカケルさん。足下はカルサンもどき(たっつけと言うらしい)が再登場している。俺も借りた。案外動きやすくてびっくり。
にしても、気が重い。
だってあの「飛竜」に乗るのだ。
軽く見積もって時速百キロで空を飛ぶような生き物に乗るのだ。
冗談じゃない。
「にーに、お出かけするの?」
「うん? ああ、そうなんだよ…」
ああ、俺の癒しコハクくん。袖をちょっと握ってくれるのが嬉しい。
思わずひしっと抱きしめたくなるけど、我慢。あんまり構いすぎるとカケルさんの視線が怖いのだ。どうも甘やかすなと言いたいらしい。
でもやっぱり可愛いので頭だけ撫でる。ああ、サラッサラの黒髪が気持ちいい。
「出来るだけ早く帰るが、あの辺りは何が起こるか分からん。もしもの時は後を頼んだぞ」
「はい、しかと」
なんか不穏な会話してるし、この世界は本当に物騒だ。
いや、まだ体感してないけど。でも今までの流れからして確実に何かにエンカウントする、気がする。杞憂で終わってくれたらいいんだけどな。
そんなことを思っていたら、アサギさんとの会話が一段落したカケルさんが立ち上がったので、慌ててそのあとを追った。履き慣れない草鞋がちょっと違和感あるけど、誤差の範囲内だな。
「ああ、そうだった。ナスカ」
「はい? っと」
呼ばれて顔を上げたら、無雑作に木の棒っぽいものを投げ寄越されたので、ちょっともたつきつつも取り落とす事無く受け取る。
手に取ったら、予想外に重かった。
まさか、と思ってよくよく見てみれば、予想通り継ぎ目が見える。
「…なんですか、これ」
さすがに抜かなくても分かる。
全長50センチ程度の、白木拵えの小太刀だ。
「持っていろ。無いよりは良い」
それだけ言って、カケルさんは暖簾をくぐった。
一応、鞘から抜いて中身を確認する。
さっき見た直刃の刀と同じような刀身をした刀だった。心なしか、さっきの刀よりも刀身の色が濃い気がする。
鈍く光る刀身に、思わず、唾を飲み込んだ。
俺は今から、コレを持っていなければ危ないかもしれない場所に、行くのか。
「おい」
「あ、はい!」
ちょっと不機嫌そうなカケルさんの声にハッとする。
慌てて、カケルさんの背を追って外に出た。
「では、行ってくる」
「いってきます」
「はい、いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃい!」
「たっしゃー!」
元気よくお見送りされて、俺はカケルさんの背後に立った。
ついでに渡された小太刀を腰に差す。袴に刀を差す方法は親父に嫌という程叩き込まれたから知ってる。ちゃんとしないと刀が痛むんだよな。
そうして、いつかしたようにカケルさんが指を組むのを、静かに見守る。
カケルさん曰く、各々の騎竜は基本的には放し飼いなのだそうだ。
厳密に言えば「飼っていない」らしいけど。あくまでも騎竜とヒトの立場は対等なのだそうだ。この辺の感覚は、俺にはよくわからない。
ともかく、騎手が騎竜に乗りたい時は、笛で呼ぶのが当たり前ならしい。
竜は耳がいいらしく、数十キロ離れたところからでもその音を正確に拾うことが出来るのだそうだ。
カケルさんは指笛の一種を使って呼んでいるけれど、木の笛とか鉄の笛、口笛とかでもいいらしい。竜一緒にどれがいいのか決めるのだそうだ。
そんなことを考えていたら、数分もしないうちに、さっき実力テストを受けた辺りの広場へ一騎の竜が舞い降りた。
さすがにもう、近くで見ただけで腰を抜かして気絶するような失態はしない。
…さっきのは疲れがピークに達してただけだ。そうに違いない。
「セスナ、宜しく頼む」
「ガゥ」
気安く竜の首を叩くカケルさん。心なしかセスナの顔も嬉しそうだ。
「うわぁ……」
それにしても、やっぱり近くで見たら迫力が違う。
緑水晶みたいな鱗と、金色の目、それから鋭い牙と爪に、乳白色の角もある。
身体の造りは、古代の翼竜のとはちょっと違っていて、たぶんだけど骨格的にはコウモリ系の方が近いんじゃなかろうか。鱗に覆われてるけど。
なんて言うか、固そう。
某狩猟ゲーとかだったら良い装備が作れそうなカンジだ。ここでそんなこと口に出したら袋叩きにされた挙げ句竜の餌にされそうだから死んでも口にしないけど。
「どうだ、綺麗だろう? 綺麗すぎて言葉もないか?」
「あはは…」
どっちかと言うと八つ裂きにされそうでヘタに口を開けません。
そしてやっぱりそんな俺の心境は気付いてくれないカケルさん。
もう良いです、諦めてますその辺は。
にしても、どうやって竜の背に乗るんだろうか。
どう控えめに見ても、竜の背中の高さは三メートル近くある。
踏み台でも持ってくるのか?
と思っていたら、セスナが首を下げてくれた。
カケルさんは、当たり前のように翼の付け根を手がかりにして、首の付け根に身体を引き上げている。丁度その辺りに鞍のようなものがあるから、そこが定位置なんだろう。体勢的には肩車されてるカンジか。
「ほら、ナスカ」
「うっ…」
やっぱり乗らなきゃダメですよね…。
カケルさんに手を差し伸べられて、恐る恐る近ついていく。
たぶん傍から見てたら凄く滑稽なんだろうな。だがそんなことを気にしている余裕は俺に無い。コハクくんが見てるだろうけど、知らんな。
へっぴり腰でビクビクしながら、竜の身体に手を触れてみる。
予想に反して暖かかった。爬虫類みたいな見た目をしているくせに、どうやら竜とは恒温動物ならしい。鱗も、思っていたよりしなやかで、皮膚を傷つけることはなさそう。これなら軽装で乗っても大丈夫そうだ。
「ほら、しっかりしろ」
「あうっ」
どこに掴まろうかもたもたしていたら、しびれを切らせたカケルさんに、右腕を掴まれて引っ張り上げられてしまった。ち、力強え…。
そのまま、カケルさんの前に乗せられてしまう。
「ま、前ですか」
「風圧に負けない自信があるなら後ろに行くか?」
「イエ、結構デス」
「なら掴まっていろ。振り落とされても助けんからな」
肝に銘じておきます。
とりあえず、鞍の前部分についている持ち手っぽい部分を握っておく。フツウの鞍よりも縦に長い形状をしているから、ちょっと手を伸ばさなきゃ届かない。
鐙はあるのに手綱はない。どうやって方向とかを指示するんだろうか。
「しっかり脚を絞めておけよ」
「へ?」
しめる?
と思ったところで、カケルさんが身体を密着させてきて思考が飛んだ。
え? なに? 近いよ!?
ほっぺたに息がかかってるんですけど?! どれだけ密着してるの?!
あと上から押さえつけられるように抱え込まれてるから苦しいんですけど!?
だが混乱に身を硬くする俺のことなんか知ったこっちゃないカケルさんは、鐙でセスナの肩を叩いて合図を送った。
「ハッ!」
カケルさんの短いかけ声が聞こえた直後。
俺の身体が、宙に浮いた。