表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/45

補正6:ドキドキ☆実力テスト

「時に、ナスカ」

「はい?」


 一瞬前まで浮かべていた憂いの表情を消したカケルさんに、首を傾ける。


 うん? なんか心なし表情が黒いぞ?

 なんだ? 何されるんだ?


 ちょっと構えてカケルさんの出方を窺う。

 さっきまでのしんみりした雰囲気がウソみたいだ。いや、いいんだけど。


「お前、武術の類いは使えるか?」

「え?」


 武術?


 思ってもいなかったカケルさんの言葉に、面喰らう。

 武術ってアレだよな、剣術とか拳術とかの、相手を倒すことに重きを置いてる。

 剣道とか柔道とかみたいに「精神鍛錬」に重きを置いた術じゃなくて、相手を倒すこと一辺倒な、アレ。


「はぁ。まぁ、かじった程度ですけど、使えないことは無いです」


 カケルさんの意図がわからず、とりあえず曖昧に頷いておく。


「かじった?」

「はい。親父が道場やってたんで、それで」


 一応、「武術」と名のつくものは、地球にいる時にある程度習っている。

 なにせ家が「神舞(しんぶ)流」の道場なのだ。んで、親父が師範。


 神舞流ってのは、まぁ名前から想像つく通り、俺の祖先が開いた流派だ。

 神道流の流れを汲んだ流派で、大体は神道流と同じなんだが、細部がちょっと違う。らしい。俺も詳しいことはまだ聞いてない。


 流儀はどちらかと言えば護身術系。開祖は俺のひいじいちゃんで、重火器を用いた戦争を見て「このままではいかん」と一念発起したらしい。

 神道流を祖としているから、剣術棒術薙刀柔術、果ては手裏剣なんかの投擲術までオールマイティーに網羅している。正直、やる方としてはしんどい。


 基本的に「生き残る」ことに重きを置いていて、「殺す」ことは視野に無い。

 まぁひいじいちゃんが現代に合わせて作った実戦剣術だし、殺生を忌避するのは当然なんだけど、数年前の厨二病真っ盛りな俺はそれが気に食わなかったりした。

 今となっては黒歴史だ。触れないでいてもらえると嬉しい。


 閑話休題。


「道場か。それは頼もしいな」

「いや、たぶん、カケルさんが思ってる『武術』と俺の言ってる『武術』って結構隔たりありますよ?」

「うん? そうか?」

「断言できます」


 一応真剣は持ったことあるけど、あくまでも「持ったことがある」だけなのだ。

 カケルさんが今も腰に佩いてる、白木で(こしら)えた剣みたいな「使い込まれた真剣」なんかは見たことが無い。


 あ。一回親父に大山祇神社(瀬戸内海にある神社。宝物殿(有料)で奉納された刀とか甲冑を見ることができる。国宝級のがゴロゴロある上に歴史の教科書に出てきた偉人の名前が大量にあってビビる。)に行った時に見たんだっけ。

 アレは凄かった。機会があったらもう一回行きたい。


 おっと話が逸れた。


 ともかく、使い込まれたような真剣なんかガラスケースの向こう側でしか見たことが無いのだ。そんな現代日本でぬくぬく育った俺と、「銃刀法? なんだそれ食えるのか?」的なことを言いそうなこの世界で生きてきたカケルさんとでは、「武術」という言葉一つとっても大きな齟齬が生じているような気がしてならない。


 まだ確かめてないが、「リュウ」に対する認識の相違の件がある。

 命に関わりそうな部分で齟齬が生じるのは御免だ。


「というか、なんだってまたそんなことを?」

「なに、蒼龍公に会いにいくにあたって、ナスカの実力を知っておこうと思ってな。公のおわす辺りは魔素の濃度が高く、魔獣(まじゅう)なんかの姿もたまに見る。ナスカが自分の身は自分で守れるのか否かで、俺の対応が変わってくるのだよ」

「おぅふ…」


 おお…やっぱいるのか、「魔獣」。

 まぁあの「黒いの」がいる時点でなんとなく察してたけど。


 さらっと言われたけど、つまり命の危険があるんですよね?

 …なんか凄く嫌な予感がしてきた。

 こっちの世界に来てからずっと、なんだかんだでエンカウント率が上昇してるような気がするし。大丈夫かな、俺…。


「そんな顔をするな。一応これでも、俺はこの村の用心棒的なことをしている。ナスカのような頑是無い()()一人を守る程度、どうということは無い」

「ハハハ…それは頼もしいですね…」


 あ、駄目だこれ。

 今の一言でフラグが立った気がする。


「頑是無いって言いますけど、俺、コレでも16なんですよ?」

「ハハハ、16などまだまだヒヨッコではないか」

「ハハハハハハ、そうですか」


 カケルさんに他意が無いのが余計にツラい。


「あなた。蒼龍さまのところまで行かれるの?」

「うん? ああ、そういえば伝えていなかったな。ナスカの実力を見た後に出立しようと思っている」

「まぁ、そうなの?」


 ここでアサギさんが、お盆にお茶を持って登場。サンゴちゃんはいないから、家の中でお留守番のようだ。

 ああ…アサギさん…こんなにお若いのに3人の子持ちなんだよな…。

 昔は18で行き遅れだったらしいし、不思議じゃ無いのかもしれないけど。この世の不条理を恨まずにはいられない。


「今日のうちに出られるの? 昼餉はどうされます? 夕餉は?」

「昼は食べる。夕餉までには帰る予定だ。余裕があったら何か狩ってこよう」

「ほんとう!? それは楽しみですね!」

「夕餉には間に合いそうにないから、漬けておいた猪肉でも料っておいてくれ」

「はい! では、わたしは昼餉の用意をしてまいりますね」

「ああ、頼む」


 アサギさんは登場して3分もせずに退場していった。


 ほよほよとまぁ、お熱いことで。

 あー、お茶がウマい。


 そういえば、俺がこの世界に来てからどの程度の時間が経ってるんだろうか。

 湖岸でカケルさんと話してた時は既に明るかったけど、太陽の位置とか確認してないから時間まではわからない。そもそも一日は24時間なのか?

 山一つ越えるのだって、いくら空を飛んでいるとはいえ結構かかるだろうし。俺が気を失っていた時間ってどのくらいだったんだ?


「あの、カケルさん」

「ん?」


 話しかけて後悔した。カケルさんの表情が、すごく、甘ったるい。


「俺、どのくらい気を失ってたんですか?」


 反射的にイラッとしたのを気力で押さえつけて、訊く。

 この程度にイラついてたら俺の身が保たない、気がする。


「そうだな。大体一刻ほどだな。ナスカを見つけたのが辰の初刻で、今が巳の正刻だから、そんなものだろう」


 …えーっと?


 刻ってのはたしか、一日を12分割して考える時間の数え方だったよな?

 一刻が2時間で、「子の刻」から始まって「亥の刻」で終わるんだから…。


 初刻とか正刻とかはイマイチわかんないけど、要するに「8時頃に俺を見つけて、今の時間が10時頃」ってことか?

 んで、俺は2時間ほど気を失っていた、と。

 …計算が合わない気がする。初刻とか正刻とか言うヤツのせいか?

 まぁ誤差があると仮定して、つまり俺がこの世界に来て2時間から4時間が経過している、と。

 そんなもんか。もっと時間経ってるような気がしたんだけど。


 …ん?

 そうなると、カケルさんはそんな短時間であの距離を移動したってことか?


「…騎竜って、速いんですね…」

「お? そうだな。騎獣の中では一二を争うほどの速さだからな」


 何故かカケルさんが胸を張る。愛竜を褒められたのが嬉しかったらしい。


 しかし、本当に速い。もしかしたら車より速いかもしれない。

 目的地まで文字通り一直線だからそりゃそうかもしれないけど。


 そんな速さのものに、生身で掴まって飛ぶのか。

 …気を失っていてよかったかもしれない。


「蒼龍公の元へ向かう時も途中まで乗っていくから、楽しみにしているといい」

「あ、はい」


 ですよねー。知ってた。

 俺ジェットコースターとか絶叫系苦手なのにな。大丈夫かな…。


 だがそんなことカケルさんには関係ない。きっと乗る時になって嫌がってもイケメンスマイルで丸め込まれるんだろう。

 今から腹括っとくか…。


「この村に住む者は皆騎竜で移動するが、本来騎竜とはごく一部の者にのみ乗ることを許されたものなのだ。滅多に乗れるモノではないのだぞ?」


 まぁ、でしょうね。なんたって竜だしな。

 この村には視界にあの飛竜が入らないことは無いほどに沢山居るけど、本来ならこんなに竜がいる場所ってのはなかなか無いんだろう。

 だから「騎竜を育てて生計を立てる」なんて芸当が村を支える程度に出来るんだろうし。フツウに考えたら、「馬を育てて生計を立てる」なんて村全体を賄える規模で出来ないだろう。竜一頭一頭の単価がそれだけ高いのだ。


「この村の騎竜は、よっぽど評判がいいんでしょうね」

「うん? 何を当たり前のことを言っているんだ? この村の騎竜が素晴らしいのは周知の事実だろう?」


 あ、ダメだ。カケルさんの頭上に「?」が浮かんでいる。

 これはカケルさん、商売に全く関与してないな?

 そういや用心棒やってるんだっけか。こんなヒトが商売やってたら、どれだけ商品の価値が高くても巧くいくハズ無いし、他にやり手の方がいるんだろう。

 その人がいれば村は安泰だろうな。


「にーに! にーに!!」

「え? あ!」


 うん? なんだ?

 嬉しそうな声につられて顔を向ければ、そこに居たのは、2人の幼児だった。


 大きい子は五つぐらいか? 日に焼けたのか色が抜けて、光の加減によっては茶色にも見える髪の毛をした男の子だ。

 その子が、三つぐらいの、真っ黒い頭の子の手を引いて、とたとたとかわいらしい音を立てて走ってきている。


 あー、かわいい。まんまるほっぺが愛らしい。

 子供ってなんでこんなに可愛いんだろうな。子供の可愛さは万国共通だと思う。

 ちったいは正義だ。


 しかし、大きい子、小さい子のペースに合わせられていない。

 手を引くスピードが速すぎて、小さい子の方が転びそう…。


 ぺしゃっ


「あ」


 言わんこっちゃない。


「あーあ。やっちゃった」


 思わず声が出てしまう。

 その声で、騎竜の素晴らしさについて語っていたカケルさんが正気に戻った。

 …アレからずっと語ってたのか。気付かなかった。


「うん? どうした?」

「いや、あれ」


 首を傾げたカケルさんに、視線でちびっ子を示す。


「…ふえ」


 丁度、小さい子の方が泣く寸前のように顔をしかめたところだった。

 大きい子がわたわたと焦っているのが見える。


「ん? ああ、なんだ」


 そんなちびっ子に目を向けたカケルさんが、やわらかく破顔していた。

 あ。この流れ、なんか見たことあるような気がする。


 俺が何かに気がついたのとほぼ同時に、カケルさんが縁側から立ち上がった。


「コハク、マツバ」

「とーとぉ」

「うあああああああああ!!」


 ですよねー(数分ぶり3回目)。


 案の定泣き始めた小さい子(推定マツバちゃん)と、それを見て半泣きになった大きい子(推定コハクくん)が、カケルさんに向かって腕を伸ばしている。

 カケルさんはその2人を軽々と両腕で抱き上げると、推定マツバちゃんをあやしながらこっちの方に帰ってきた。


「ナスカ、これがさっき言っていた残りの子だ。上がコハク、下がマツバだ」

「うあああああああああ!!」

「うぇ…」


 あ、あの、お子さんギャン泣きですけど大丈夫ですか?


 カケルさんがにこやかなだけに、ギャン泣きの子供たちとの差異がヤバい。

 マツバちゃんに至っては、カケルさんが揺すり上げてあやしてるのに泣き止む気配が一向にない。


「めっちゃ泣いてますね…」

「ああ。マツバは何をするにも全力なんだ」


 いや、なんでそこで嬉しそうになるんですか。俺には理解しかねる。

 しかし、やっぱり泣き方が尋常じゃないのでカケルさんも気になったらしい。

 縋り付くマツバちゃんの顔を覗き込んで、様子を確認している。


「うん? なんだ、ケガでもしたのか? ナスカ、すまんがコハクを預かっていてくれ」

「えっ」


 えっ。

 その展開は予想してなかった。


 というか、この年頃の子供だったら人見知りするんじゃないか?

 嫌ですよ俺。抱き上げただけで泣かれるの。


 だがやっぱり俺のそんな心情なんか知ったこっちゃないカケルさんは、俺の方にコハクくんを差し出してくる。

 ぷらーんとカケルさんの逞しい腕にぶら下がってるコハクくん。えらいぞんざいだけどいいのか。世の父親ってこんなんなのか? 俺には理解しかねる。カケルさんだけだと信じたい。


 しかし、まぁ、差し出されたら受け取るしかない。猫の仔みたいにぶら下がってるコハクくんが不憫だし。


「だいじょうぶ? にーちゃんの方くる?」


 幼児に話しかける時は、目線を同じか、幼児の目線より低くするのがコツだ。

 これでも下に2人、妹がいる。幼児の扱いには慣れているつもりだ。

 十年近く前の記憶だから掘り起こすのに時間がかかりそうだけど。


「…ん」


 お。なかなか素直。


 涙目ながらも、俺の方に向かって両手を伸ばしてくるコハクくん。そうだよな、お兄ちゃんだもんな。お父さんの言うことはちゃんと聞かなきゃな。


 危なげなくコハクくんを受け取って――予想外に重くてちょっとびっくりした。

 見た目よりも重い。こんな山の中飛び回って遊んでるんなら、筋肉とかついててもおかしくはないし、そのせいだろう。

 ナルホド、カケルさんの美筋はそうやって作られたんだな。納得。


「ほらほら、泣かない。びっくりしたんだよなー? だいじょーぶだから、あとでちゃんとごめんなさいしような?」

「…ん」


 きゅっと着流しの合わせを掴んでくるコハクくん。

 素直だなぁ。人見知りとかしないのかな。


 縋り付かれて悪い気はしない。

 背中を軽く叩いてやれば、泣きかけていたせいか、じっとりと湿っていた。

 あー、子供ってこんなカンジだったよなぁ。あったけぇ。


「ほぅ、珍しいな。コハクがそこまで懐くとは」

「え」


 カケルさんが本気で驚いている。

 人見知りする子だったのか…。そんな子見ず知らずのヤツに渡すなよ…。


「カケルさん、ちょっと俺のこと信用し過ぎじゃないですか?」

「そうか? お前は信用に足る人物だと思ってるぞ?」

「いや、俺まだ身の潔白証明し終わってないですし」

「なんだ、細かいことを言うなぁ」


 細かくはないと思うんですけどね。

 ずっと思ってたけど、カケルさん、いろいろと雑だな。


 ちなみに、マツバちゃんはぐずぐずうなうなと言葉になってない音を発するまでにおちついていた。さすが父親。


「ほら、コハクくん」


 だいぶ落ち着いたようなので、マツバちゃんの方までコハクくんを連れて行く。

 しばらくうじうじしていたけれど、マツバちゃんが振り向いたことで決意を固められたようだ。


「まつ、ごめんね?」


 そう言って、マツバちゃんの丸い頭をいいこいいこするコハクくん。

 おお。ちっちゃくてもお兄ちゃん。


「いーよ!」


 マツバちゃんの方は、たぶんこれ既になんで泣いていたか忘れている。

 ごめんに対して条件反射でいいよを返しただけのような…。

 …まあいい。


「うむ、えらいぞコハク。それでこそ男だ」

「うひひっ」


 カケルさんの大きなてのひらで撫でられて、コハクくんもご満悦だ。

 笑い声がなんかちょっとイメージと違うけどたぶんこっちがコハクくん本来の性格なんだろう。おとなしい系じゃなかったんだな。


 どうやらその予測は間違っていなかったようで、すっかり機嫌の治ったコハクくんは、俺の腕の中で元気に身じろぎ始める。おお、活発活発。


「にーに、おれ、コハクっていうんだ! にーには、おなまえ、なんていうの?」

「んー? にーにはなぁ、ナスカっての。な、す、か」

「なすか?」

「そうそう」


 ああ、癒されるなぁ。

 視界の端に緑の巨大生物がちらつかなかったらたぶんもっと癒されるのになぁ。


 さっきから心臓に悪いんだよ、飛竜。

 リ○レイアの棘をおとなしくしました、みたいなデザインしたやからがチラッチラこっち窺ってるのがホント心臓に悪い。襲われそうで怖い。


 いや、わかるよ? 泣いてるこの子らが心配だったのはなんとなくわかるよ?

 でも慣れてない俺からしてみたら、明らか肉食系爬虫類な見た目の巨大生物に視線向けられたら、本能的な恐怖をですね、感じてしまうワケでして。


 目の前に愛くるしい癒し生物がいたら、そっちに飛びつきたくなるワケですよ。

 別に俺が変態性癖持ってるワケじゃないんで。そこんとこヨロシク。


「にーに?」

「んー? なんでもないよー?」


 ああ、小さいは正義。


「さて。マツバに怪我も無かったし、そろそろナスカの実力を見に行かなければ昼餉を食いっ逸れてしまう」


 ご機嫌になったマツバちゃんを地面に下ろして、カケルさんが俺を振り返った。

 それに倣って、俺もコハクくんを地面に下ろす。


「おりるの?」


 ぐっ。

 やめろ、そんな捨てられた仔犬みたいな目で俺を見るんじゃない。


 なんとか、心を鬼にして誘惑を断ち切った。

 のに、コハクくんが俺の腿辺りの布を掴んで離さない。マツバちゃんが真似して足下にまとわりついてくるからやめてほしいんだけど。


「ハハハ、懐かれたなぁ」


 笑い事ではない。


「コハク、マツバ。とーととにーにはやることがあるから、2人でかーかのところへ行っておいで」

「や」

「やぁ?」


 カケルさんの言葉にもコレである。

 いや、マツバちゃんのはコハクくんのを真似しただけだろうけど。

 しかし、なんでこんなに懐かれたんだ。思い当たる節が全くないのだが。


「コハクは兄を欲しがっていたからなぁ。すまんがナスカよ、ここにいる間だけでも、コハクの兄代わりをしてやってくれんか」


 ああ、ナルホド。そういうことですか。

 俺にも経験がある。下がいると、上に兄弟が欲しくなるんだよな。俺の場合はやさしいお姉ちゃんが欲しかったな。・・・アサギさんみたいな。


「!」

「どうした?」

「いえ、何故か悪寒が…」


 …風邪かな?


「うん? 大丈夫か?」

「はい」

「ならいい。お前たち、とーとの邪魔せずに、おとなしくしていられるか?」

「うん!」

「あい!」

「いい返事だ」


 しかしカケルさんが自分のことを「とーと」とか言うと破壊力がヤバいな…。


「ではナスカよ。遅くなったがお前の実力が見たい」

「はい」


 子供たちに向ける顔とは一変して、カケルさんの表情が引き締まった。

 つられるように俺の背筋も伸びる。


「獲物は何がいい」

「なんでも。そうあるように叩き込まれました」

「強いては?」

「そうですね…。俺は小太刀が一番好きなんですが、親父からは太刀…剣の筋がいいと言われました。次いで棒術」

「ならこれを使え。俺は御前の実力が見たい」

「は…」


 投げ寄越されたのは、カケルさんが腰に佩いていた剣だった。


 手に持つと、ずっしりと重い。

 そりゃそうだ、だって鉄の棒なのだから。


 白木の拵えが手に馴染む。余程使い込まれたモノなんだろう。

 ゆっくりと、恐る恐る鞘から抜けば、陽光に照らされて刃が光る。


 細身の剣だと思っていたのは、直刀の刀であった。

 陽に透けるような刀身。わずかに波打つ波紋。反りの無い刀身は、愚直な印象を与えながらも、しなやかさを失っていない。

 紛う事なき、「日本刀」。


 俺は三分の一ほど刀身を引き出してそのことを確認した後、それ以上刃を引き抜く事無く刀を納めた。

 カケルさんの視線が、強い。


「…真剣ですか」

「それ以外にどう実力を見る」

「こんな大切なもの、俺に渡していいんですか」

「くどい。俺は御前がその刀に足る力を持っていると評した。従え」


 刀特有の「気」にあてられて尻込んだ俺を、カケルさんは許さない。


「…わかりました」

「にーに?」

「ごめん、コハクくん。マツバちゃん連れてちょっと離れててくれる?」

「…ん」


 コハクくんが安全圏まで離れたのを見届けてから、気を切り替える。

 左手に持った刀が、重い。


「そちらは?」

「うん? そうだな。これにでもするか」


 そう言ってカケルさんが拾い上げたのは、手頃な太さの木切れ。

 なるほど。俺如きそれで充分だ、と。


 …上等じゃねぇか。


 俺だって、これでも道場の息子だ。

 剣術を倣う者としてのプライドも、吹いて飛ぶようなモノだが、持っている。


 今まで真剣を用いたことはなかったが、それがなんだ。

 俺が今まで修めてきたのは、確かに、真剣を扱う(すべ)なのだ。

 だのに「木刀は使えるのに真剣は使えない」など、口が裂けても言えん。


「怪我した時の言い訳にしないでくださいよ」

「ほう? 俺が御前に後れを取ると?」


 挑発的に笑うカケルさん。

 …にゃろう。そのキレイな顔面に傷がついたって知らねーからな。


「では」

「いざ」


 双方同時に、構える。


 カケルさんは、木切れを中段で。

 俺は、抜かずに左手に持ったまま、自然体で。


 これが、俺の倣った構えだ。


 そのまま、止まる。


「…とーと?」


 マツバちゃんが不思議そうに呟いた瞬間、動いた。


 カケルさんが、ワザと作った隙に飛び込む。無論、誘いと分かって、だ。

 左手に持った刀に右手を添えて走る。まだ抜かない。

 カケルさんの間合いに入った瞬間、右手めがけて木切れが来る。

 それを鞘で受けつつ、刀を抜き放つ。


「…」

「…」


 そして、無音。


「…御前、腕を捨てたな?」

所詮(しょせん)木切れです。切り落とされやしません」 


 俺の答えに、カケルさんが笑って肩の力を抜いた。


「成る程。それもそうだな」


 そう言って、俺の左腕にあてがっていた木切れを引く。

 それを受けて、俺も半ばまで引き抜かれていた刃を鞘に戻した。

 カケルさんが、薄皮一枚の距離まで柄が肉薄していた喉を撫でる。


「しかし、柄で喉を狙ってくるとは思わなかった。奇抜な戦法をとるな」

「流儀が『不殺』を掲げるものでしたので。本来は喉笛を搔っ切る技だったんですけど、曾祖父が型を変えたんです」

「ほう? なぜだ?」

「時代が殺生を許さなくなったので」


 そう言って、借りていた刀を差し出す。


「そういう、世界だったんです」

「成る程な」


 刀を受け取ったカケルさんは、そのまま流れるような仕草で腰に佩いた。


「とーと!」

「うん? ああ、すまんすまん。退屈だったな」


 駆け寄ってきたマツバちゃんの頭を撫でるカケルさん。もうさっきまで纏っていたさすような雰囲気は無い。


「にーに?」

「あ、うん。大丈夫」


 不思議そうに首を傾げたコハクくんに、とりあえず笑いかけておく。


「御前の実力はある程度わかった。この分なら自分の身は自分で守れるだろう」

「ありがとうございます」

「ただし」


 頭を下げたら、後頭部に固い声が当たった。

 顔を上げれば、厳しさを湛えた瞳と、目が合う。


「この世界は、御前のいた世界とは違う。それを、肝に銘じておけ」

「…はい」


 重く受け止めて、頷いた。


「昼餉までまだ時間がある。その間、悪いがこれらの面倒を見てやってくれ」

「わかりました」


 カケルさんが、マツバちゃんを抱き上げて俺に差し出してきたので、逆らわず受け取る。本人はちょっと不思議そうな顔をしていたけれど、泣くことは無かった。


「……違う、か」

「にーに?」


 見上げてきたマツバちゃんに、なんでもないと笑いかける。

 ちょっと笑顔がぎこちなかったような気がしたけど、見逃してほしい。


「……」


 この世界は、俺がいた世界よりもずっと、命が軽い。

 それを再認識して、俺は腹の底の方に、鉛にも似た思いがわだかまる。


 この世界で、生きて、澄麗と再会して、家に帰る。

 ただそれだけのことが、ここでは、とても難しいのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ