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補正5:龍守の村

「ハッ」


 目を開くと、知らない天井が見えた。


「…?」


 あれ? ここどこだ?

 なんかばーちゃんちの天井に似てるけど、ちょっと違う気がする…。

 どこだ? ここ。なんだか頭がふわふわして考えるのが億劫だ。


 よくわからないけれど、身体にかけられた布団はあたたかくて、どこからか差し込む光はやわらかくて、とてもきもちがいい。 


 しばらくぼーっと板張り天井の木目を眺めていたら、控えめな足音が聞こえた。

 それに誘われて首を巡らしたところで、目が合う。


「あら、気がついた?」

「あ」


 そこに居たのは、見たことの無い、女の人だった。


「あ??」


 え?

 だれ?


「よかった。ケガはなさそうだけど、衰弱が酷かったから、心配したのよ?」

「へ? あ、あの…?」


 混乱にクエスチョンマークを飛ばしながら身体を起こしたところで、ようやく脳味噌が動き出した。


 そうだった。

 ここは、俺の知ってる世界じゃないんだった。


「気分はどう? 自分のことわかる?」

「は、はい、大丈夫です」

「ならよかった」


 そう言ってにっこりと笑ったのは、優しそうな女の人。


 歳は、二十代に入ったぐらいかな。若々しいけど、幼さはあんまり見られない。

 たっぷりと長い真っ直ぐな黒い髪を、緩く結わえて一つにまとめている。

 服装は、カケルさんと同じように和装だ。山吹色の着物を着ている。

 目を見張るような美貌、ってワケじゃないけど、見ていてあったかくなるような、ホッとするカンジのするきれいな人だ。


「あ、あの…」

「ん? なぁに? おなかすいたの?」

「い、いえ、そうじゃなくて」

「?」


 ニコニコとあったかい笑顔を浮かべてこっちを窺ってくれるのは嬉しいんだけど。どうやらこの方は少々天然が入っていらっしゃるご様子。


 いや、確かにお腹はすいてるんだけど。

 俺が今欲しいのはごはんではない。


「俺、どうしてここに? カケルさんは…」


 あのあと。

 気を失った俺がここに居るということは、カケルさんが運んでくれたということだろう。…いくら未知のもの見たからって、まさか気絶するとは思わなかった。


 …それにあの人のことだから、飛竜を見て気を失うような軟弱者など助ける価値も無い、とか言われて見捨てられるかと思ってた。さすがにそこまで非情な人ではなかったらしい。なんか申し訳ないから会ったら最初に謝っとこう。

 

「ああ、そうだった。ごめんなさい、気がつかなくて」


 本当に今気がついたご様子でぽふとてのひらを合わせるおねえさん。

 なんだか気の抜ける人だ。


「今呼んで来るから、ちょっと待っててね。えーっと…」


 きょと、と首をかたむけるおねえさん。

 ん? と一緒に首を傾けたところで、おねえさんの言いたいことを察した。


「あ、俺、那守夏って言います。介抱してくださったみたいで、ありがとうございました」


 そう言って頭をちょっと下げたら、おねえさんがぱぁっと表情を明るくする。

 …イチイチほんわりする人だな…。


「まぁ! そんなそんな、ご丁寧に。うふふ、いいのよぉ、こう言うことには慣れてるから。あのヒトったら、何でもかんでも拾ってきちゃうんだから」

「は、はぁ…」


 幼稚さは感じないけど、なんかこう、なんだろうな。

 肩肘張ってるのが馬鹿らしくなってくるな。


 にしても、「あの人」ってカケルさんのことだよな?

 もしかしてここ、カケルさんの家? おねえさんはもしかしてご家族――年齢から見て妹さんとかかな?


「ふふっ。じゃあナスカちゃん、もうちょっとここで待っててね。たぶんセスナちゃんと一緒に居るだろうから、ちょっと呼んでくるね」

「あ!」


 悩んでいたらおねえさんを呼び止める期を逸してしまった。

 不覚。おねえさんの名前訊きそびれた。

 まぁ、どうせ後で会うだろうしその時に訊こう。


 それにしても、不思議な場所だな、ここ。

 いや、家の造形とかそう言うのではなく。あ、家の造りも関係するのか?


 ともかく、だ。

 この世界――いや、世界と言うかこの場所だけかもしれないけど、とにかく古き良き日本の特色を色濃く持っているようなのだ。


 カケルさんの服装も、さっきのおねえさんの服装も、どっちもれっきとした「和装」だった。俺が今着せてもらってる服も、浴衣みたいな形状をしている。

 あ、裾はさっき着せてもらってた単衣よりも長い。念のため。

 異世界だってのに、気分的には旅館か民宿に来たみたいだ。


 そんなことを考えながら、のっそりと身体を起こす。

 せっかくカケルさんが来てくれるのに横になったままなのもアレだし。


 と、そこではっと気がついた。


 アッ、この感覚、もしかして俺いま、履いてない・・・?

 い、いや、和服の下にはパンツ履かないって聞いた事あるし別におかしくはない…のか? でもふんどしとかあったよな…いや、付けたいとは思わないけど。男のノーパンとか誰特だよ。誰も得しねーよ。

 アッ、でもそうだとしたらさっきのおねえさんものーぱ……。

 …なぜかここで澄麗(すみれ)さんの凄んだ笑顔が脳裏をちらついたので、俺はそれ以上考えるのをやめた。俺だって命は惜しい。


 ノーパンに若干の心細さを覚えつつも、板の間に座った。何となく正座だ。 

 そうして改めて、俺が今居る場所を見渡してみる。


 俺が寝かされていた場所は、どうやら出入口の上がり端だったらしい。

 さっきおねえさんが出て行った暖簾の向こうに外が見えるし、間違いない。

 だからって部屋がここしかないワケじゃなく、部屋の左右は襖で区切られてて、少なくとも3部屋はあるのが窺える。結構広い。


 今俺が居る部屋にあるのは、土間と板の間。土間には竃や調理器具、板の間には囲炉裏やらついたてやらが置いてある。

 竃の近くには薪やら根菜っぽいものやらも積んであって、いかにも「使ってます」といったカンジ。


 さすがに時代までは分からないけど、昔の日本の家そのものと言ったところ。

 冥月みたいなヤツや「黒いの」、セスナとかいう名前の緑色をした飛竜なんかが居るから、「日本」じゃないのはわかるんだけど。

 知ってるものがあったら、やっぱり、ホッとする。


 ここに居るだけなら、「異世界に来た」って感じはしない。

 どっちかって言うと、過去にタイムスリップしたって感覚だ。

 いや、過去の日本にあんな緑色の飛竜は居なかっただろうけども。


 そう考えたところで、暖簾がめくられた。


「ああ、ナスカ。起きたのか」

「カケルさん」


 入ってきたのは、さっきよりも随分ラフな恰好になったカケルさんだ。

 あのズボンみたいなのは脱いで、抹茶色の着流しを着ている。さっきまでの恰好が作業着なら、今着てるのは家着かな。それでも様になってるのはさすがだ。


「顔色はだいぶ回復したか。まだ寝ていてもいいぞ。覚えてるか? ナスカ。お前、急にぶっ倒れたんだぞ。余程疲れていたんだろう、無理はしなくとも良い」

「あ、ははは……」


 あ、カケルさんの中でアレはそういう風に処理されたんですかそうですか。

 実際は飛竜のデカさに圧倒されただけだなんて言えない雰囲気だなこれ…。急に出てきたモンスターチックなヤツにビビって気を失いましたーとか言ったらこの場所から放り出されそうな…。

 …黙ってりゃわかんないよな。よし。


「セスナに乗ってる間も目を覚まさないし、心配したんだぞ」

「あははは…何から何まで、ほんとご迷惑をおかけして。すみませんでした」


 とりあえず謝っておく。

 え? いいんだよこれで。文脈的に違和感無いし。

 カケルさんなんも知らないんだからこの程度でいいんだよ。


「む。そのように頭など下げずとも良い」


 カケルさんは何も知らないけどいいんだよ。俺が納得するから。


 にしてもカケルさん、相変わらずいい筋肉をしている。着流しの合わせの隙間から見える胸筋が素晴らしいね。

 いいよなー、筋肉。俺はまだ身体が出来上がってないからここまでの筋肉は手に入らないんだよな。筋トレやりすぎたら身体壊すし。


 腰に剣()いてるのに歩く時に軸がぶれないのもすごい。上がり(かまち)に座る姿一つとってもカッコイイ。これぞ「武人」ってカンジだ。


「ん? どうした?」

「いえ、なんでも」


 見とれてたとは言えない。


「そうよー? ナスカちゃん、子供はもっと大人に頼っていいのよー?」

「え? あ…」


 カケルさんから顔を逸らしたら、おねえさんの声が聞こえてきたので、そっちの方に顔を向けた。丁度暖簾をくぐるところだったらしい。


 …うん? なんか、おねえさんが子供をだっこしてるのが見えるぞ?

 近所の子か?


「ああ、アサギ。丁度良かった、今呼ぼうと思っていたところだ」

「あら? わたしもナスカちゃんに紹介してもらえるの?」


 おお。おねえさんは「アサギさん」って言うのか。

 カケルさんといい、日本風な名前だな。やっぱ「(かける)」さんに「浅葱(あさぎ)」さんなのかな。というか漢字とかあるのか?

 まぁ、いいか。


 カケルさんに呼ばれて、アサギさんがいそいそと板の間に上がってきた。子供はだっこしたままだ。いいのかな?


 そんなことを思いつつ、アサギさんに軽く会釈する。

 そのついでに、アサギさんの腕の中に居る子供にも目を向けてみた。


「う?」


 あ、かわいい。

 ちっちゃいなぁ。まだ一歳にならないくらいかな? もう立つんだろうか。

 男の子かな? 女の子かな? なんか女の子っぽい気がするなぁ。


 だが俺のほわんとした気分は、次の瞬間に発せられたカケルさんの一言により、粉々に砕けて霧散することとなる。


「紹介しよう、ナスカ。妻のアサギと、子のサンゴだ」


 …。

 ……?


「………え?」


 つま? つまって、あの刺身の下に敷いてる大根とかのこと?


 こ? こって、一個とか二個とかの「こ」?


「アサギです。この子はサンゴ。実は、この子の上にあとふたぁり居るのよー」


 え?


「今は遊びに行ってるけど、もうちょっとしたら帰ってくると思うから、その時は遊んでくれたらうれしいな」


 うん?


「…カケルさん」

「うん?」


 あっ、イケメンスマイルやめてください。目が潰れる。


「ご年齢、お訊きしてもよろしいですか?」

「うん? 数えで27になるが、どうかしたか?」

「ああ、うん、そうですね。差し支えなければアサギさんのご年齢は…」

「23だったかしら。うん? 4だったかしら? やぁねぇ、おばちゃんの歳なんか訊いて、ナスカちゃんどうする気?」

「ああ、うん、いえ、ハハッ」


 うん。

 …うん。


 知ってた。世の中そんなに甘くないって。


 そうだよな。

 そりゃそうだよな。

 だってアサギさん、「あの人」とか言ってたもんな。

 その時点で察するべきだったよな。

 自分のアニキのこと「あの人」なんて呼ばないわな。

 知ってた。


 …イケメン爆発しろ。


「どうした? ナスカ、顔色が悪いぞ?」

「やっぱりまだ本調子じゃないのよ。ほら、横になった方がいいんじゃない?」

「うー、あ?」


 あっ、カケルさんご家族の優しさが痛い。


「いえ…うん…ハハっ…なんでもないんで…気にしないでいただけたら…」


 …泣いてないぞ!


「体調の方はもう大丈夫なんで。ここがどこなのかって言うのと、さっき言ってた『会わせたい人』って言うのを、詳しく教えていただきたいなって」


 ひとしきり現実逃避したところで、本題を切り出す。

 アサギさん人妻事件に心を痛めている場合ではないのだ。


「お前がそう言うんなら良いが…。無理はするなよ?」

「はい、大丈夫です。お願いします」


 気持ちキリッとした顔で頭を下げたら、カケルさんも表情を引き締めた。

 さっきまでのほんわかしていた雰囲気が、少しだけ引き締まる。


「まずこの場所だが、そうだな、国の名から言った方がいいか?」

「お願いします」

「わかった」


 本当は「世界の名前」とか「星の名前」からお願いしたいところだが、そう言うワケにもいかないだろう。もしかしたら創造神がいる世界かもしれないし。

 仮に地球と同じような星だとして、天動説とか地動説とかその辺の話がネックになる可能性もある。

 なら、齟齬の生じない部分から話を聞いた方が早い。


「この国は、名を『灯龍(ひのたつ)皇国』という。大小合わせて五つの島から成る国で、『灯皇(とうおう)』と呼ばれる王が国を治めている。王は世襲制で、その血を辿れば『神龍』にたどり着くと言う。神龍とは、この国を作ったとされている神の一柱であり、太陽の化身であるとされている。まぁ、神話だな」


 なるほど。

 つまり日本の天皇家みたいなもんか。

 というか、呼び方とか細部がちょっと違うだけでまるっきり日本と一緒だな。


「詳しくは知らんが、外つ国からは『極東の島』とも呼ばれているらしい」


 この辺もまんま日本だ。島の数は違うけど。

 地図とかあるのかな。あるなら見てみたい。


「国は、主に島によって五つの区画に分けられている。まず俺たちの居る『西島(にしじま)』。ここは主に外つ国との外交を行う島だな。商業が発達していて、商人や鍛冶屋なんかが多い。鉱山なんかもいくつかある」


 カケルさんが板の間を指でなぞりながら説明してくれる。

 紙とか無いのかな。


「次に、『北島(きたじま)』。ここは農業が盛んだな。土が肥沃で、河川も多い」


 カケルさんが、西島を示していた部分の右上をなぞる。

 位置関係は、何となく分かる。


「そして『東島(ひがしじま)』。ここは土地が痩せていて農業には向かん。だが質のいい鉱石が取れるな。東島の下に『南島(みなみじま)』がある。ここは住みやすい島だと聞く」


 西、北ときて東と南。何の捻りも無いな。シンプルで覚えやすい。

 カケルさんが示す図から鑑みるに、島はハッキリ東西南北で十文字に分かれているわけではないようだ。ちょっと歪んでいる。だから何だって話だけど。


「最後に『中島(なかじま)』。ここは政治の中枢だ。先ほど言った灯皇陛下もこちらにおわす。貴族樣方もほとんどここに集まっていらっしゃるな」


 四つの島の中心辺りを指で示して、カケルさんが顔を上げた。


「ここまではいいか?」

「はい、問題ないです」

「よし」


 それだけ言ってまた視線を手元に落とした。


 正直ついていくのにやっとだけど、つまり「東西南北+中央」に島があって、政治の中央が「中島」ってところ、今俺らが居るのが「西島」ってことだよな。

 島の形は日本とは全く違うんだな。

 一部の特権階級が政治に関与してるっぽいのは、どこの国も似たような構造をしているらしい。


「で、俺たちの村は、西島の中央付近に位置する『黒龍(こくりゅう)連山』にある」

「え?」


 こくりゅう?

 …ちょっと待てよ。どっかで聞いた事あるぞその名前。


「黒龍って、もしかして」

「なんだ、察しがいいな。そうだ、黒龍公のことだ」


 マジかよ。

 アイツ何やってんの。


「黒龍公の統括する土地であるから、黒龍連山と名がついた。それだけのこと」


 いや、全然「それだけ」ってスケールの話じゃないと思うんですけど。

 というか、え?

 冥月って、そんな立場のヤツだったの?

 要するに、冥月って土地神だったワケ?

 そりゃ、「名前付けた」って言った時にカケルさんが取り乱すハズだわ。自分のとこの神さんに、見ず知らずの輩が名前付けたとか言われたら、俺だったらキレる自信がある。

 まぁ、「黒いの」に負けたらしいけど。


 …ん? よくよく考えたらそれって、ヤバくね?


 ……今は深く考えないでおこう。ドツボに嵌りそうで怖い。


「この辺りは山深く、ヒトは滅多に立ち入らんが、竜種が多く居る。俺たちはこの場所で、竜と共に暮らし、『騎竜』を育てて生計を立てている」

「へ? きりゅう?」


 龍に乗るの?

 神様なのに?


「ああ。訓練を積んだ、ヒトが乗るための竜だ。竜種は総じて知能が高いからな。無理強いなどはしないが、そうやって手を貸してもらったりするのだ」


 ああ、ナルホド。持ちつ持たれつ的な考え方なのか。

 ゲームにも竜騎士とか居るもんな。おかしくはない…のか?


 にしても、やっぱアレ、迫力あったな。セスナ、とか言ったっけ。 

 見た目がモロに某狩りゲーの雌火竜だったし、(そう)だろうとは思ってたが。

 いや、そりゃアレよりだいぶ可愛げあったけど。鱗とかだいぶおとなしかったし。リオ○イアみたいに刺々しくはなかった。


 しかし、俺はアレに乗ったのか。覚えてないけど。

 凄く大きかった。軽く10メートルはあったと思う。

 アレの背中にしがみついて空を飛ぶのか…。

 気を失っててよかったような残念だったような…。


「ナスカに会ってもらうのは、この辺りを拠点にしている龍種、蒼龍(そうりゅう)公だ」

「は?」


 考え事をしていて反応が遅れた。


「え? 蒼龍って?」

「この辺りを(ねぐら)にしている龍種だ。黒龍公とも馴染みが深いお方だから、ナスカのこともきっと的確に判じてくださるだろう」

「は」


 待て。

 ちょっと待ってくれ。


 そういえば冥月も「黒龍」って呼ばれてたんだよな。

 アレとさっき見たセスナとか言う飛竜とは、だいぶ見た目が違った。受ける印象もまるで違う。それに、国興しの神も「神龍」だったハズ。

 おかしい。同じ「リュウ」なのに、この差は何だ。


 もしかして、根本的な部分で齟齬があるんじゃないか、これ。

 しかも致命的な齟齬が。


「この村は、黒龍公のご加護の元に、生活を営んでいた」


 だがカケルさんの話はどんどん先へ進んでいく。

 上がり框から立ち上がって、俺を外へと誘うような視線を投げ掛けてくる。


 外に行けば、何か分かるってのか。


「村の名はない。俺たちは単に、黒龍公の住処を借りているに過ぎんからな。だが、外に住むヒトらは、この山深い村を、畏怖を込めてこう呼んでいる」


 暖簾をくぐる。


 暗がりに慣れていた目が陽の光に眩んで、視界が真っ白に染まった。


「龍の守る場所――龍守の村、と」

「―――う、わ」


 光に慣れた目に飛び込んできたのは、空を悠然と舞う王の姿。

 陽の光に翡翠の鱗をきらめかせて飛ぶ、うつくしい獣の姿だ。


 霞む山と、悠然とした大空を背景に、天を舞う竜がいる。

 温かな家の傍らで、遊ぶ子供の姿を眺めて目を細める竜がいる。


 目をやれば、そこかしこに、ヒトと過ごす竜がいる。


「俺たちは、ずぅっと昔から、この場所で、黒龍公に見守られて過ごしてきた」


 圧倒される俺に、カケルさんの静かな声が染み入る。


 これが、この生き物が、竜。


「だから、ナスカよ」


 カケルさんの声が、固くなる。


「どうか俺たちに、真実を、教えてくれ」


 鼓膜を揺らした音は、隣に立つ武人が発したとは思えない程、小さな声だった。


「…あの雄々しい黒龍が死したなど、俺には到底、信じられんのだ」


 そう、懺悔するように呟いたカケルさんの気持ちが、俺は痛いほどに、分かる気がした。


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