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補正4:ナスカ、拾われる

「ぐぇほっ、げほっ、かはっ」


 あー、死ぬかと思った。


 冥月に肉体を構築してもらったはいいものの、場所が場所だったせいで危うく昇天するところだった。

 まぁ、アレは水の中で口を開いた俺が悪い。


 え? やだなぁ肉体をくれた冥月を恨めるワケないだろ?

 場所考えろやチクショウとかどうせなら水中呼吸が出来るオプション付けろよとか次会ったら一発殴るとか思ってないよ?


 ないよ?


「あ゛ー…」


 咳しまくって喉が痛い。


 ちゃんと、痛い。


 どんな原理かは知らんが、ともかく俺は肉体を手に入れることができたらしい。

 さっきと違って、水の中でもがいたらちゃんと移動した。水は冷たかったし、肺の中に水が入ったら死ぬほど痛かったし、水面に顔が出た時は世界に感謝した。

 死に物狂いで岸まで到達した時は全身がダルかったし、重力に引っ張られた身体は死ぬほど重いし、素肌に触れる草はなんかチクチクするし。


 そう、素肌。


「…さっみぃ」


 俺は今、何故か、全裸だった。


「…けほっ」


 いや、うん、贅沢は言わないけども。


 冥月が自分の消滅(?)と引き換えにくれた身体だし?

 もともと死んでたらしいけど、その原因は間接的とはいえ俺とも言えるし?

 最期は何かエエカンジだったし?

 これ以上何か望むとか、そんなんおこがましすぎるやん?


「…次会ったら、ぜったい、殴る……」


 …ああ。うん。ほら、アレだ。

 …パンツぐらいくれてもよかったやん?


 まぁ、それは冗談にしても実際問題全裸はマズい。

 今俺が居る場所はそこそこ大きな湖の湖岸。葦っぽい植物が群生してる場所だ。

 岸にたどり着いたことで力を使い果たしてしまって、今はその葦っぽい草の上に力無く転がってる状態なのである。

 すごく、チクチクする。


 見た感じ、湖の周囲にあるのは山と森。

 人がいる気配は全くない。


 由々しき事態である。


 さっき判明したけど、どうもここは俺の知ってる世界じゃないらしい。

 どんな場所なのか詳しくは分からないけど、少なくとも「魔法」が存在しているのは分かってる。

 ゲームとか小説の場合だと、十中八九、地球には居ない生物――簡単に言えば魔獣とかそういうのが存在しているだろう場所。

 仮にそう言った生物がいなかったとしても、ここは山の中にある湖。野生の動物は何かしら存在してると思われる。


 そんな大自然のまっただ中に、生まれたまんまの姿で、ひとり。

 明確な死亡フラグだ。


「………」


 …由々しき事態である。


 せめてこんな葦の生い茂る視界の悪い場所じゃなくて、もっと開けた視界のいい場所に移動したいのだけど、水中からの脱出で持てる体力全てを使い切ってしまった俺はまだ動けそうにない。


 葦の生え方からして、この辺りを縄張りにしている大きな動物は居ないみたいだけど、かといって安全だとは言えない。


 どうする。


 ともかく体力を回復せねばと、出来るだけ地面との接地面積を減らそうと身体を丸めたところで――


 ガサッ


「!!」


 すぐ近くで物音がした。


 本能的に、身体を固くして息を殺す。


 何だ。

 何がいる?

 大きさは? 数は? 敵意は?


 ガサガサッ


「…」


 さっきよりも音が近くなった。

 断続的に聞こえてくる音からして、数は一匹。大きさはそれほど大きくはなさそうだ。せいぜいヒトの大きさか、それよりも小さい程度。

 蹄の音とかはしない。いや、足下が草で覆われているから足音がしないのか?


 出来るだけ音を立てないように身体を丸める。

 このまま俺に気付かず通り過ぎてくれればいいんだけど。


 ガサッ

 ガササッ

 ガサササッ

 ………


「…ん?」


 急に、音が止まった。

 葦の群生地帯から抜けたのか?

 それにしては音が近かったように思うけど…。


「…誰かいるのか?」

「!?」


 声が、した。


「っ、けほっ」

「いるのか!?」

「っ!」


 びっくりした拍子に咳が漏れた。

 その音に反応して、声の主がこっちに接近してくる。


 いや、

 いやいやいや、待て、待ってくれ。


 不測の事態とはいえ、俺は今全裸だ。

 仕方なかったとはいえ、こんな場所で、全裸だ。


 …嫌な予感がする。


「ま、て…」


 制止の声を掛けようとしたのに、こんな時に痰が絡んで声が出ない。

 それでなくともまだ息があがったままなのだ。

 こんなところで、全裸で、息があがっている。


 …非常に、嫌な予感がする。


 だが非情にも、音の主は驚異的な早さで葦をかき分けやってきて。


「おい! だいじょうぶ……か………」


 俺と目が合うなり、無表情になった。


「…スマン、ジャマしたな」


 やっぱりな!!


「ちがう!!」


 言うなり踵を返しかけたその人に、慌てて声をかける。

 急に叫んだせいで、まだ本調子じゃない気管がつっかえて、また咳き込んでしまったけど今はそんなこと気にしてる場合じゃない。


「げほっ、ごふっ」

「……大丈夫か?」


 一応気遣わしげな声は掛けてくれたけど、やっぱりどこか警戒する色を含んでいる。いや、そりゃ湖畔に全裸の男がいたらそうなるけど。俺だってそうするけど。


 だが俺はここでこの人を失うワケにはいかないのだ。

 俺の生死はこの人にかかっていると言っても過言ではない。


「た、すけて、ください」


 そう言えば、その人の俺を見る目が少し、かわった。


「…詳しく聞こうか」


 そうして俺は、カケル青年に拾われることとなったのである。



     ◇・◆・◇



「…で、力つきてあそこでうずくまってたんです」

「なるほど」


 葦の群生地から少し離れた、開けた場所。

 俺はそこで、カケルさんに今までの出来事を説明していた。


「俄には信じられんが、しかし…」


 そう言って唸り始めたカケルさんにひっそりと同情の念を送りつつ、湯気を立てるマグカップに口を付ける。


 ありがたいことに、俺はカケルさんの上着をお借りして、更にあたたかい飲み物までごちそうになっていた。たき火まで起こしてくれて至れり尽くせり。


 初めは胡散臭そうな目で俺のことを見ていたカケルさんだったが、俺が冥月の話をした途端に、目付きが変わった。

 どうやら冥月、この辺ではそれなりに有名だったらしいのだ。


「黒龍公の気が消えたのは確かだが…いやしかしまさか公が消滅されたなど…しかしナスカの話からすれば…うーむ……」


 さっきからずっとこれだ。

 まぁ急に「俺、異世界から来たんです」とか言われてはいそうですかと信じられたら苦労はしない。普通ならまず頭を疑う。相手の。


「公なれば肉体の創造も可能やもしれんが…。ナスカ、本当に狭間で肉体を盗られたのだな? それを黒龍公に復元してもらったのだな?」

「はい。そりゃもう、ばっちし」

「うーむ…」


 ともかくカケルさんの混乱が治まるまで待とう。


 ということで、俺は改めて、カケルさんの観察を開始した。

 さっきまで俺が喋っていたのもあり、落ち着いて見ることが出来なかったのだ。

 自己紹介だけは先に終わらせたけど。


 まず目につくのが、腰を下ろしたカケルさんの傍に置かれた剣だ。

 そう、剣である。全長80センチ強の剣である。

 見るからに重そうで、使い込まれた感のある剣である。

 鞘になんか赤黒い染み(深く考えたくない)とかが付着してる剣である。


 …わかっちゃいたが、どうやら俺はとんでもない場所に来てしまったらしい。

 澄麗、大丈夫かな…。


 で、次に特質すべきはカケルさんの見た目。

 …とんでもなくイケメンだった。


 え? 他に言うべきことあるだろって?

 バカ言え、イケメンだぞ? 俺らの敵だぞ?

 そのイケメンに窮地を救われたんだぞ?

 俺が女だったら確実に惚れてるレベルのイケメンだぞ?

 俺より年上っぽいから、たぶん二十代のイケメンだぞ?

 重要事項だろ常考。


 しかも服装が渋い。

 若草色、って言うのか。なんか渋い黄緑色の着物みたいな上着に、濃い茶色の――なんて言うんだっけ。忍者が履いてるズボンみたいなヤツ。袴の裾絞ったような――カルサン、って言うんだっけ。そんなの履いてる。

 そして足下は草鞋。いつの時代だっての。


 しかも上着は俺に貸してくれてるから、上半身裸。

 すげぇ筋肉。めっちゃきれいな筋肉。

 筋骨隆々とかそういうんじゃなくて、機能美溢れる筋肉。


 手入れなんてしてません、みたいにざんばらな髪の毛も、黒々としててなんかつやっとしてる。日に焼けて脱色されてるとか全くない。


 男が嫉妬するぐらいイイ男。いやほんとに。ヘンな意味じゃなくて。

 顔とか直視できない。目がつぶれる。


「証拠は、あるのか」

「へ?」


 カケルさん観察に精を出していたせいで反応が遅れた。

 ようやっとカケルさんの混乱が治まったらしい。


「証拠、ですか」

「そうだ」


 重々しく頷くカケルさん。

 どうもこの御人はさっきから堅っ苦しい。真面目な人なんだろう。


 にしても、証拠か。

 確かに、それがあれば分かりやすいよな。


「証拠、と言われても、すぐにポンと出てくるようなものはありませんよ。黒龍公、でしたっけ。あの人も俺に身体くれてすぐ消えちゃいましたし」


 そうなのだ。

 死体でもあれば分かりやすいのに、冥月のヤツ、それすらも見当たらないのだ。

 思念体であれだけの大きさがあったのだから、肉体もアレと同じくらいの大きさがあってもいいようなものを。


 だから、ってワケじゃないが、俺は未だにアイツがひょっこり姿を現すような気がしてならない。

 消滅した、とか言われても実感がわかないのだ。


 ちなみにだが、カケルさんに冥月の話をする時、冥月のことを「あいつ」と言ったら睨まれる。どうやら冥月とカケルさんには浅からぬ繋がりがあるらしい。

 冥月を「あの人」と呼ぶのは結構違和感があるのだけれども、仕方がないのでそう呼んでいる。イケメンが凄むと迫力があるのだ。


「うーむ…龍は死した後結晶となると言われているからな…。公ほどの強者なれば、結晶の大きさもかなりのものだと思うのだが…」

「結晶、ですか」


 そんなものは見当たらなかったな。

 冥月の思念体が消えた場所にもそんなもんは見えなかったし。


「ナスカに身体を与えたのなら、もしかしたらその時に結晶を使い切るほどの魔力を用いたのか…?」

「魔力…」


 それなら、なんとなく思い当たる節がある。


 あの、俺を取り巻いていた黒く綺麗な力の奔流。

 アレがカケルさんの言う「魔力」なんだとすれば、確かにかなりの量があった。


「それに、ナスカが他の世界から来たというのなら、何故言葉が通ずるのだ?」

「あ、それは俺も不思議に思ってました」


 そう。そうなのだ。

 ちゃんと通じていたから取り立てて指摘したりはしなかったが、実は、俺が今喋っているこの言葉、日本語じゃなかったりする。


 なんか、知らない間に、脳内に未知の言語がインプットされていたのだ。

 残念ながら異世界モノでよくある自動翻訳とかそう言うのではない。


 思考言語は日本語なんけど。なんて言えば分かりやすいか。

 流暢に英会話してる気分? 今喋ってるのは英語じゃないが。

 俺もともとバイリンガルじゃないから表現しにくいんだけど、たぶん、バイリンガルの人ってこんなカンジなんじゃないかと思う。


 あ、そうか。わかった。

 アレだ。

 方言と標準語使い分けてる感覚。アレが一番近い。


「…考えられるとすれば、冥月――あ、スミマセン、冥月って黒龍公のことなんですけど、あの人がカラダ作った時になんかやったってぐらいですかね」

「は?」

「え?」


 とりあえず予想を告げたら、何故かカケルさんが目を剥いていた。


 え? なんだ? もしかして名前呼んだらマズかったのか?

 脳内ではずっと冥月って呼んでたからつい出ちゃったんだけど。

 いや、でもたかが名前だしな。


「…俺なんかヘンなこと言いました?」

「いや、そうじゃない。…冥月とは、もしや、公の名か?」

「へ? あ、はい」


 …どうやら名前が原因だったらしい。


「公に名があるという話は聞いたことがなかったが…」

「ああ」


 ナルホドな。そういや今まで名前らしい名前はなかったとか言ってたか。

 そりゃ、ぽっと出のヤツが自分の知らなかった親しい人の名前知ってたら、びっくりするわな。


「なりゆきで俺が付けました」

「なんだと!?」

「ひっ!?」


 ありのままを告げたら、何故かカケルさんが過剰反応を示した。

 え? なに? 俺なんかした??


「公の名を!? ナスカが!?」

「アッハイ」


 やだ近い!! カケルさん顔が近いです!!

 あとイケメンの凄んだ顔が恐いですやめてください!!


「何故!?」

「な、なりゆきでとしか…。名前訊いたら、無いからお前がつけろって…」


 正直に答えたら、やっとカケルさんの顔が離れていった。

 気が動転したら詰め寄ってくるのホントやめてほしい。


「ナスカが名付けた…? 公が死した後に? となると…」


 なんか一人の世界に入っちゃったけど俺これどうすればいいの?

 イケメンってばしかめっ面でもカッコイイとか思ってればいいの?


 まだ心臓がドキドキしてる。

 至近距離のイケメン顔は凶器に匹敵する破壊力持ってるから。俺の中のいろいろなものがズタボロだから。自重してくださいマジで。


「おい、ナスカ」

「はひっ」


 心臓をなだめつつ、ビクビクしながらカケルさんの出方を窺っていたら、カケルさんに力強く肩を掴まれてしまった。

 痛い。痛いです。

 そして近いです。すごく。近いです。


「何故もっと早くそれを言わなかった」

「えっ」


 いやそんなこと言われましても。

 俺、単に頼まれて名前付けただけですよ?

 しかもポンと浮かんできたヤツそのまま言っただけですよ?

 ひねりもクソもないんですよ?


「そんな重要なことだと思わなかったんで…」


 カケルさん、「あの人」とか「黒龍公」って呼ばないと睨むし。


 さり気なく距離を取りながら目を逸らしたら、顔を掴まれて真っ正面から視線をぶつけられてしまった。

 だから近いって言ってんだろ!! その凶器こっち向けんな!!


「ヒトの身でありながら龍種に名を付ける栄誉を賜っておいて、その言い草は頂けんな」

「いやそんなこと言われましても」


 掴まれたほっぺたが痛い。

 そしてカケルさんの目が怖い。

 ガチだ。この人ガチだ。目が真面目だ。本気で言ってる。


「俺異世界から来たんで。龍とか知らなかったんで」

「む。そうだったな、すまん」


 あ、あっさり解放してはくれるんだ…。

 でも俺が心に負った傷は深い。

 至近距離のイケメン、コワイ。


「俺の言ったこと信じてくれたんですか?」


 ヒリヒリするほっぺたを両手で押さえて、努めて恨みがましい視線をカケルさんに送る。本気で痛かったんだからな!!


「そうだな。四割方はな」


 四割ですか、そうですか。


 今のやり取りのどこに信憑性が生じたのかはわかんないけど、信じてくれたんならそれでいい。たとえ半信半疑に満たなくても、だ。ここで信じてもらえず不埒者扱いされてほっぽり出されたりしら俺に未来はないのだから。

 どれだけ突拍子もなくても事実だし。妙に勘の鋭いカケルさん相手に変な誤摩化しを入れたら自分の首絞めることになりそうだし。


「それを十割にするために、会ってもらいお方がいるのだが、良いか?」

「へ?」


 思ってもいなかった申し出に、思わずマヌケな声が出た。

 人に会う?

 それならむしろ願ったりだ。


「いいですよ。むしろ、こっちからお願いしたいくらいです」


 人に会うだけで俺の身を証明できるんなら、是非共お願いしたい。

 俺自身、まだこの身体について何も分かっていないのだから。

 この世界についてだって何も知らない。言わば赤子同然の状態だ。


「今から行くんですか?」


 広げていたものを仕舞ったり、焚き火を消したりし始めたカケルさんに、空になったマグカップを渡しながら訊く。

 さっきの今で、行動が早い。


「ああ。だがその前に」


 そう言って立ち上がったカケルさんは、ひと呼吸ためてから、俺の頭の天辺からつま先までをざっと見渡した。


「村へ行って着替えを貰おう」

「……」


 現在の俺の装備。

・若草色の単衣(ひとえ)(麻製)

・深緑色の帯


 以上。

 しかも単衣は裾が短いから、その、なんというか、…見えそう。


 …うん。なんていうかさ。


「何から何まで申し訳ないです…」

「気にするな。困ったときはお互い様とも言う」


 裏のないカケルさんの笑顔が、目に沁みた。


「村って、この近くですか?」

「ん? ああ」


 焚き火に土を掛けていたカケルさんにそう訊いてみたら、そびえ立つ山の方を指差された。

 …嫌な予感がする。


「あの山を越えた場所にある」


 何のこともなさげに、のたまった。


 …マジかぁ。


「ハハっ、そんな顔をするな」


 一気に死にそうな顔をした俺に気がついたカケルさんが、イタズラが成功した子供みたいな顔をして笑っている。


 いや、笑い事じゃ無いっすよ。

 俺、今裸足なんですよ?

 柔らかい草が生えたこの場所でも足が痛い程度に貧弱な裸足なんですよ?

 そんな、歩いて数時間はかかりそうな場所に行くなんて自殺行為も甚だしいような軽装備なんですよ?


「…無理ですって。そんなに長時間歩けませんよ」


 力無く、でもしっかりと首を横に振ったら、含み笑いしたカケルさんに肩を叩かれた。


「今、お前がこの国の人間ではないという言葉に初めて納得した」


 ああ、そうですか。

 こんなに貧弱な人間は存在しないって言いたいんですか。

 いいですよ、別に。これでも道場で鍛えてたんですけどね。この世界じゃそれも子供のお遊びみたいなもんなんでしょどうせ。


「そう拗ねた顔をするな。なに、歩いて行くワケじゃない」

「?」


 歩くワケじゃない?

 どういうことだ?

 どっかに馬でも繋いでるのか?

 いやでも、山の中で馬って走れるのか?


 カケルさんの言葉に首を傾げたら、ニヤッと楽しげな笑顔を返された。


「ナスカよ。俺の恰好、山を歩くには軽装過ぎるとは思わなかったのか?」


 その言葉に、目を瞬く。


 そう言えばカケルさん、荷物らしい荷物は持っていない。

 背負った荷物は山の中を遠出するには小さすぎるような気もしないでもない。

 中に入っていたのは小さな鍋とマグカップ、それとお茶の葉みたいな物が入った木の筒。あとは手拭いとかの雑貨と、俺には用途の分からない道具が少し。

 それに、カケルさんの服装も、山中を歩くにしては不用意すぎる気がした。俺に単衣を貸してくれてるから、今のカケルさん、半裸だし。

 長時間山を歩くんなら、着替えの一つでも持ってきていたっておかしくはない。


 言われてみれば、村から山一つ離れた場所にいるにしては、軽装過ぎる。


「…?」


 でも、そう言われたところで軽装の理由が俺には分からない。

 カケルさんの服装からして、この世界の科学水準は高いようには見えない。

 移動に何らかの機械を用いているってのは無いだろう。


 あと考えられるとすれば、魔法か。

 それなら俺に予想もつかない方法で移動したって不思議じゃない。

 なんたって、俺の肉体(仮)を作り出してしまうようなモノだ。


「何か、魔法とかですか?」

「魔法ではないな」


 否定する言葉も楽しげなカケルさん。

 余程俺の反応が面白いらしい。何故だ。


「あと先に言っておくが、俺は『魔法』は使えん」

「へ?」


 そうなの?

 あ、でも剣持ってるし、カケルは剣士なのかもしれない。

 それか、RPG系のゲームだったら魔力値が低いジョブとか。

 あの「黒いの」も冥月もフツウに魔法魔法言ってたから、案外誰にでも使えるものなんだと思ってたんだけど。

 …そういえばあいつら、よくよく考えたらこの世界の上位層に属する奴らだったか。冥月に至っては龍だって言うし。

 もしかして魔法って、一般人は使えない系の能力…?


「まぁその辺りのことも、村で話そう」


 悩む俺を尻目に、カケルさんはさっさとことを進めることに決めたらしい。両手を組んで口元に持って行っている。なんか複雑な組み方だ。


「何するんですか?」


 さっきから頭上に「?」を飛ばしている俺を横目に見て、ニヤッと笑うカケルさん。何故かえらくご機嫌なご様子。


「見てのお楽しみ、だ」


 言うなり、カケルさんの指笛が、湖畔に響き渡った。


 そして待つこと、数分。


「……は?」


 俺は今、信じられないものを目にしている。


「ハハハハ! いいなその顔。そう言う顔が見たかった」


 カケルさんは上機嫌である。

 ああ・・・白い歯がまぶしいなぁ…。


「……カケルさん」

「うん?」


 首を傾げる仕草すらイケメンって、嫌味にもならねーな。


「それ、一体、何ですか」

「ああ、こいつか?」


 楽しげな表情で、傍らに立つソレを見上げるカケルさん。


「俺の愛竜、セスナだ」


 そう言って、カケルさんは、どっかのモンスターをハントするゲームに出てくる飛竜みたいな生物の脚を、気安く叩いた。


「ぐるるるる」

「………………」


 …ああ。

 なるほど、飛竜。

 そうだな、空飛んでいったらそんなに時間かかんないよな。


「…カケルさん」

「ん?」


 上機嫌なカケルさんに、俺はたぶん今まで生きてきた中で一番、きれいな笑顔を向けた。


「ちょっと無理っぽいです」

「うん?」


 もう限界。


「ん!? ナスカ?!」


 あ、カケルさんの声が聞こえる。何か焦ってるなぁ。

 ハハハ、カケルさんみたいな人でも焦ることってあるんだなぁ。

 ああ、空が青いなぁ…。


 そう思ったところで、俺の意識は完全に、途切れた。


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