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補正1:巻き込まれ体質

 オゥケイ、とりあえず状況を確認しよう。


 まず頭上。何も無い。

 なんだかのっぺりと薄明るいけれど遮蔽物とか空とかそう言った物が何も無い。

 何となく水中っぽい気もするが水の揺らぎとかそういうのが無いからたぶん違う。

 とりあえずこの時点でもう考えるのやめたい。


 次に目の前。

 視界いっぱいに広がるのっぺりと薄明るい空間に、泣きそうな顔をして俺に手を伸ばしてきている幼馴染み、水端(みなはた)澄麗(すみれ)の姿が浮かんでいる。

 文字通り、浮かんでいる。薄青く光る空間に、ぽっかりと浮かんでいる。

 そしてそんな澄麗の手を掴んでいる俺も、当たり前のように浮かんでいる。


 結論。

 俺たちは今、よくわからん不思議空間に、成す術無く浮かんでいる。


 …どうしてこうなった。


「…那守夏(なすか)ぁ」


 澄麗が泣きそうな目をこっちに向けてきてるけど俺は今それどころではない。

 というか俺も泣きたい。澄麗が居なかったらもう既に泣いてる程度には泣きたい。男としての意地とプライドでなんとか耐えてるけど結構ヤバい。


 どうしてこうなった。

 俺は必死に今の状況に至るまでの道筋を思い浮かべる。

 もしかしたら何か問題解決の糸口があるかもしれないし。



     ◇・◆・◇



 今日はいつもと変わらない日だった。

 高校は相変わらず面白くないし、家に帰れば稽古があるし、友達は当たり前のように部活があるから遊ぶヤツも居ないし。


 でも今日はそんなに憂鬱じゃない。

 なんたって、待ちに待っていたゲームの発売日なのだ。

 放課後を思えば退屈な授業も耐えられるってもの。まぁ本音を言えば授業なんかほっぽり出してゲーム屋に飛んでいきたいのだけども。そんなことをすれば親父の鉄拳制裁が待ってるから思うだけでやらない。


 そんなこんなで放課後になって、ルンルン気分で教室を出たら、澄麗とエンカウントして一緒に帰る事になった。

 他意は無いぞ。澄麗はウチの道場に薙刀習いにきてるから、それで向かう方向が同じなだけだ。今日は澄麗の稽古の日だからな。他意は無い。無いったら無い。


 それで、ゲーム屋に寄るために、ちょっと遠回りして帰る事になった。

 なんでか澄麗もついてくる事になったけど。

 言っとくけどあいつが言い出したんだからな? 俺に他意があるわけじゃないからな? そこんとこ分かっといてくれよ? な?


 で、だ。

 事が起こったのは、河を渡っていたとき。


 そんなに大きな河じゃないけど、やっぱり河だから橋が架かっている。

 鉄骨で出来た、無骨だけど強度は抜群の橋だ。


 それが、崩落した。


 いやマジで崩落したんだって。なんかヘンな音がしたと思ったら、ガラガラーっと。穴があいたとかじゃなくて、真っ二つになって崩れた。


 俺と澄麗は、その崩落に巻き込まれた。


 それで、気がついたら、この空間にいた。


 回想終了。











 ―――いやいやいやいや。

 待とう。ちょっと待とう。いろいろと待とう。いろいろとおかしい。

 回想したらちょっと冷静になったけど改めてこの状況おかしい。


 まずここはどこだ。橋の崩落に巻き込まれたところまでは覚えてるからもしかして死後の世界か?


 え? てことは死んだの?

 俺ら死んじゃったの?


「…えっ?」

「那守夏?」


 え? いやいやいやいや……え?

 嘘やん? え?

 いやだってほら、俺ってば結構将来有望な青少年だったよ?

 自分で言うのもなんだけどそれなりに有望な青少年だったよ?


 実家は道場で、家族仲は良好で、俺はそこの跡取りで、澄麗って言うカワイイ幼馴染みがいて、大学とかそういうのはまだ考えてないけど勉強はまぁまぁできて。


 え?

 死んだ…?

 え? マジで?


「那守夏!!」

「はいっ!」


 呼ばれて正気に戻った。

 さっきまで泣きそうな顔をしていた澄麗さんが、すごく凛々しい表情をなさっているのが見える。

 すごく…お怒りのご様子です…。


「目が覚めた? それとも念のため一発殴っといた方がいい?」

「スミマセンモウ大丈夫デス」


 あ、ダメだ目が据わってる。コレは本気でご立腹だ。


「もう。しっかりしてよ、あんただけが頼りなんだから」


 溜め息をついてる澄麗さんの方がよっぽど頼りになりそうなんですが。


「なに? なんか言いたそうな顔ね?」

「イイエナニモ」


 今の澄麗に逆らってはいけない。俺の本能がそう告げている。


「まぁいいわ。それで、ここがどこだか予想ついた?」

「いや…」


 澄麗に訊かれて、改めて周りを確認する。


 空間自体がほんのり発光しているような、どこまでも続いている薄明るい場所。

 上も下も右も左も、どこまでも同じような景色が続いている。

 遮蔽物も無い。星とかも無い。見渡す限り何も無い。


「…わかんない」

「でしょうね」


 得心顔で頷く澄麗。なら訊くなと思ったけど口には出さない。

 俺だって命は惜しい。

 …まだ生きてるかどうかは不明だけど。


「一応確認するけど、私たち、橋から落ちたわよね?」

「ああ。崩れるのに巻き込まれた記憶はある」


 澄麗の言葉に頷く。

 俺たちは確かに、橋の崩落に巻き込まれた、ハズだ。

 落ちてる最中に無我夢中で澄麗を抱き込んだのも覚えてる。

 そのあと水面が迫ってきて、水の中に落ちたと思ったら水面が光ったような気がして――何故か、ここに居た。


「…やっぱりここって死後のせか――」


 澄麗に睨まれた。


「…冗談だ」

「言っていいことと悪いことがある」

「悪かった」


 あっヤバい、澄麗が涙目。


「悪かったってば」


 昔から澄麗の泣き顔には弱い。妹の泣き顔にも弱いけど、澄麗のは別格だ。

 さすがに抱き寄せるような真似はしない(そんなことをしたら半殺しにされる)けど、未だ繋いだままの手を少しだけ強く握る。


 …そう言えば今さらだけどなんで俺ら手ぇ繋いでるんだろうな。

 いや、他意は無いぞ。・・・無いぞ。

 澄麗の手やわらけぇとか思ってないからな!!


 そしたら澄麗も俺の手をぎゅっと握ってきた。

 す、澄麗、まさかそんなお前も…!


「…やっぱり、死んじゃったのかな、私たち…」

「言っていいことと悪いことがある」


 コイツ、俺があえて言わなかったことを。

 …いや、切っ掛け作ったのは俺か。


「これから、どうなるんだろ。まさかずっとこのまま…?」


 普段では考えられないような気弱な声で、ぽつりと呟く澄麗。

 その伏せがちの眦から、涙の粒が生まれ落ちる。


「澄麗…」


 なんて声をかけようか考えて、結局何も言えずにただ手を伸ばした。

 せめて零れた涙を拭いたくて。


 でも。

 伸ばした手が、涙に触れることは無かった。


 澄麗の目尻から零れた雫は、そのやわらかい頬を伝うこと無く、薄青い空間に吸い込まれていったのだ。


 超高速で。


「……は?」


 怪訝な声も漏れようと言うもの。


 同じように涙の行く末を見守っていた澄麗は、一つまたたきして、涙の粒が消えていった先を見つめたまま、桃色の唇を開いた。


「ねぇ、今気付いたんだけどさ」

「待て。待て、それ以上口にしちゃならんと俺の本能が言ってる」


 嫌な予感がして澄麗に制止の声をかけるけれども、その程度で澄麗が止まってくれたら俺は今までの人生ここまで苦労していないのである。


「…私たち、もしかして流されてる…?」


 澄麗がそう口にした瞬間。

 俺たちにかかる圧が、急激に大きくなった。


「うわっ!?」


 流されている、と言うよりもこれは「吸い込まれてる」と表現した方がいいかもしれない。

 空気の流れとかそう言うのは全く見えないけれど、チカラがどこか一点に向かって収束していってるような感覚がある。


「だから言ったじゃん! 言わんこっちゃない!! 口は災いの元って言葉知らねーのかよ!!」

「少なくともあんたが言ってる意味じゃないってのは知ってるわよ!! どっちかって言うとこれ言霊の方が適切よね!?」

「あ、そうか」

「そこで急に通常テンションに戻んのやめてくんない?」


 ふざけている場合ではない。


 吸われるチカラが強すぎて、俺たちは上も下も無く錐揉み回転しているのだ。幸い上下の感覚はないので重力に揺さぶられて気分が悪くなるとかそう言うのは無い。

 重力は無いがしかし、引力は存在しているワケで。


 端的に言えば、繋いでる手がヤバい。


「離さないでよ、絶対離さないでよ!!」

「一応訊くけどそれって」

「フリじゃないわよフリなワケないでしょ殴るわよ」

「ウィッス」


 軽口を叩いてはいるが俺たちは全力だ。

 実際問題、ここで離れ離れになるのはマズい。

 文字通り右も左も分からず、どうなるかも分からない今、「一人になる」ということがどれほど悪手かは想像力よっぽどが貧弱でなければ察しがつく。


「あっちょっとこれ無理かもわからん」

「無理じゃないわよ諦めんじゃねーよ何のために腕は二本あると思ってんの」

「少なくともこういう状況を想定して二本あるわけじゃないと思う」

「あ」

「あ?」


 恐怖心を紛らわせるために軽口を叩き合っていたら、澄麗が急に、俺の背後を見つめて動きを止めた。

 つられて同じ方向に首を向ける。


「あ」


 そこにあったのは、歪みだ。

 空間がいびつに歪んでいて、その向こうに見知った物が見えていた。


「空…」


 知っている物を見つけて、気が緩んだ。

 その瞬間。


 俺の全身を、言いようも無い悪寒が走った。


「っ!!」


 先に言っておく。

 澄麗の手はしっかり両手で握っていたし、万が一に備えて気は常に張っていた。

 何かあれば澄麗を守れるように、いつでも澄麗の盾になれるように。

 決して澄麗とはぐれないように。


「那守夏!?」


 でも。

 視界の端にちらっと見えた、真っ黒い「何か」。

 それが見えた瞬間、俺は澄麗の手を振り払った。


「え!? ちょっと! 那守夏!!」


 それは、例えるとすれば「悪意」。

 真っ黒く見えるほどに意志を持った、悪意の塊だった。


 それが「何」なのかは知らない。

 ただ、凶悪な悪意を垂れ流すそれを澄麗に近づけてはならないことだけは、瞬時に悟った。


 振り払った澄麗の腕を掴んで、力任せに引き寄せる。

 俺よりも幾分小さな身体はあっさりと俺の腕の中に収まって、そうして俺がその細さとかやわらかさを堪能する間もなく、あっさりと何も無い空間に放り出された。


「那守夏!!」


 澄麗が手を伸ばしているのが見える。

 泣きそう、と言うよりも、必死な顔をしている。

 幼馴染みの欲目で見てもカワイイ顔をしているのに、鬼気迫る必死の形相をしていたら台無しだな。なんて思ったら、なんだか笑えた。


「なに笑ってんのよ馬鹿! 地上絵野郎!!」

「地上絵野郎ってなんだよ地上絵野郎って」

「うるさい! その黒いのなんなのよ!!」


 それは俺も訊きたい。


 そしてその「黒いの」は、まぁ予想通りと言うか、俺の身体に巻き付いて、俺を飲み込もうとしているワケで。

 不思議と締め付けられている感覚はないけれど、身体の自由は利かない。


 空の見える「歪み」に吸い込まれている澄麗と、よくわからん黒いのに捕まっている俺との距離はかなり開いている。でも、不思議とよく声が通った。

 不思議空間様々だな。


「まぁ、なんだ」

「なによ!」

「何かまだ生きてるっぽいし、もうそれでいいよ」


 危機感が働くってことは、生存本能が働いてるってこと。

 ふれた澄麗はあたたかかったし、きっと、たぶん、生きてる。


「良くないわよバカ!!」


 澄麗が泣いてる。

 泣かれると困るんだよなぁ。ご機嫌取りにかなり時間かかるし。

 まぁ大概俺が原因で泣かせてるし、自業自得なんだけど。


「いいんだよ、それで。澄麗が助かれば」

「またあんたはそうやって!!」


 「黒いの」は、俺たちの様子をたのしんでいるかのように、ゆっくりと時間をかけて俺の身体を覆っていく。

 不思議とそのことに恐怖は無かった。澄麗の無事を見届けられる時間を貰えてラッキーだなとすら思った。


 「歪み」の向こうに見える青空に、この「黒いの」に感じたような妙なモンは感じられない。だから、きっと、あの向こうは「大丈夫」だ。


 そうこうしていると右側の視界が消えた。

 つまり、まぁ、そういうことだよな。


「那守夏!!」

「あんだよ」


 まだ諦めてないらしい澄麗さんは、「歪み」が吸い込もうとするチカラに抵抗するかのように、俺に手を伸ばしている。


「私は認めないからね!!」

「何をだよ」


 「歪み」が一際大きくなって、澄麗を包み込むように光を放った。


「ぜったい、探し出してやるから、覚悟しときなさいよ!!」


 「歪み」の向こうに消える間際。

 そう言い放って、澄麗はいつものように、不敵に笑っていた。


「…参った」


 澄麗が歪みの向こうに消えると、歪みそのものが、何事も無かったかのように綺麗さっぱり消失していた。


「敵わねーな、なんとも」


 こんな状況でも、あいつは諦めるってのをしないらしい。


 澄麗が消えるとほぼ同時に、俺の視界はゼロになった。

 どうもさっきからこの「黒いの」は狙ってやってるらしい。ムカつくヤツだ。


「おい、『黒いの』」


 もう身体の自由は利かないし、たぶん声ももう出ていない。

 それでも俺は、口を動かすのをやめなかった。


「お前がなにやろうとしてるかは俺にはわかんねーよ。けどな」


 肉体の感覚が消える。

 そうして同時に、「(うつわ)」から押し出されるような感覚が襲ってきた。


「俺は、お前の思い通りになる気なんざ、サラッサラねーんだよ」


 何も無い場所に放り出されたような、身ぐるみ全てひっぺがされたような、そんな不安定な感覚がする。

 身を切られるような、ってのは、きっとこんなカンジなんだろう。

 痛みは無い。ただ、喪失感がもの凄い。


『…へぇ。それは、楽しみだね』


 はっきりと聞こえてきた声に、俺は「眼」を開いた。


『そんな状態で何が出来るのか、せいぜい楽しみにしてるよ』


 そう言ってニィっと嗤ったのは、間違いなく、「俺自身」だった。


閲覧ありがとうございます。

丁度いい一話の長さをまだ計り兼ねていますので、「長すぎる」「短すぎる」等のご意見、誤字脱字等のご指摘があれば、お気軽に申し付けてください。


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