09話 蟻って凄いよね? 自分の身体の数倍のものを運んだり出来るんだから凄いよね?
不幸にも精神支配が操っている肉体、それは存在感皆無の能力者、友田信之介であった。
この能力は、信之介自身理解してはいないものである。
そして、自分で好きにコントロールできる能力でもなかった。
ただたんに、これ影が薄いやつなんじゃないのか?
そう思う者も多数いるだろうが……その通りである!!
「やっぱり、お肉は美味しいなぁ」
「野菜も食べないと駄目だにゃ?」
「そうですの、何事もバランスが大切ですの」
そのお蔭で、五歌たちは何の変化もなく楽しい昼食を続けることができていた。
「えぇい、こうなったら、この身体の潜在能力のすべてを出しきってやる」
精神支配は、信之介の中に秘められている潜在能力を開放させんと、精神中枢へと深く潜り込んだ。
精神世界、それは海に似ている。
深く深く、ダイビングすることにより、その人の持つ本質、能力を理解し、リミッターを解除した状況へと持って行くことが出来るのである。
「ま、まさか……これは……」
精神世界の海の奥深くで、精神支配は見た。
友田信之介の持つ本質を……。
「ハァハァハァ……」
精神支配は青ざめた顔で、肩を上下させるほどの荒々しい息をした。
勿論、実際にこの動作をしているのは、支配されているボディであるところの友田信之介である。
「こいつの能力を引き出してはいけない……。これは、この世界の崩壊につながる……」
等と、物語の核心に繋がりそうな言葉を呟いたにもかかわらず、五歌たちは……。
「なるほど、こうして野菜を食べることにより、口の中の脂分をスッキリさせて、さらにまた肉を美味しく食べられるってことか……」
「お野菜だけでも美味しいんだにゃ!!」
「何でも食べ過ぎはよくありませんですの!! お腹八分目ですの?」
と、脳天気な昼食トークを延々と繰り広げていた。
――こいつら、別に能力云々関係なく、普通にグーで殴れば倒せるんではないだろうか……。
精神支配は、限りなく正解に近い答えを導き出していた。
だが、頭の良い男が、絶えず正解を得るというわけではない。
頭が良い故に間違えてしまうという問題も存在しているのだ。
――いやいや、そんな単純であるわけがない、こいつのはわかっていてわざとこの余裕を演出しているに違いない。
そう、頭の良い男、精神支配は、不正解を選んでしまったのだ。
頭が良いが故に生まれた間が、勝機を逸してしまったのである。
「う〜ん、満腹満腹ぅ〜」
「食後に玉露を用意してあるんですの」
七華は、魔法瓶を取り出して、熱々の玉露をカップに注ごうとして、とあるスキルを発動してしまう。
そう、ドジっ子である。
カップに注ごうとした熱々の玉露は、手を滑らせた七華のせいで、あらぬ方向へと飛んで行くことになる。
そう、それは完全に存在感が消えてしまっている男の頭上にである。
「アッチャ〜〜〜!!」
頭上からかかった熱湯は、シャツの襟口から首筋へと流れこむ。
「うぎゃぁぁぁ」
ここで補足せねばならない。大の男を絶叫するほどまでの力を、熱々のお茶というものは持っているのか?
もし、それを理解したければ、実際に首筋に熱湯を流し込むといい。
良い声で鳴くことができることうけ合いである。
熱さにもがき苦しみ、もんどり打って地面に倒れこみ、手足を瀕死の虫のようにジタバタさせているにもかかわらず、この信之介の身体は誰にも認識されることはなかった。
「こぼしてしまったんですの。うっかりなんですの」
七華はおでこをコツンと叩いて見せる。
「そんなこと言って、ドジっ子可愛いアピールなんだにゃ? あざといのは嫌われるんだにゃ?」
「あざとくなんてありませんですの!!」
七華は、プクーっと頬を膨らませる。
その一連の仕草のどこがあざとくないのか、小一時間ほど問い詰めたいところではあるが、実際可愛らしいので何の問題もないのだ。
暫くすると、信之介はもがくことすらなく、ピクリとも動かなくなった。
痛みをシャットダウンするために、精神支配は信之介の身体とのリンクを解除したのだ。
そこに残されたのは、何一つ悪いこともしていないのに、首筋に熱湯を流し込まれて悶絶する友田信之介の姿だけであった。
「な、なんで……僕こんなことになっているの……」
涙声でつぶやくも、その声は誰の耳に届くこともなく、誰も側に来て助けてくれることもなかった。
と、思いきや、助けに来る存在はあった。
それは、誰もが予想もしない場所から、予想もしない登場を果たす。
よく地面に目を凝らしてみよう。
黒い線のようなものが、長蛇の列をつくっているではないか!
そう、蟻である。
「え?」
無数の蟻は、友田信之介の身体に取り付くと、エッコラセドッコイセと、巣穴に向かって運び出したのだった。
「え? え?? 僕をどうするのねぇ?」
蟻は信之介の疑問に答えてくれたりはしない。
ただ黙々と、食料を巣穴に運ぶだけである。
「え……え……」
こうして、信之介の姿はこの教室から消えたのであった。
食後のお茶を終えたお気楽三人組は、午後の授業が始まるまでの時間を取り留めもない会話をしたりして過ごしていた。
「コホン、五歌に言っておくんですの。申し上げておくんですの」
七華は、背筋を正して椅子に正座をすると、改まった言い方で言葉をかけた。
「な、なんだよ」
「もし、田舎から彼女がやってきても、わたくしは一歩も引きませんですの!」
「おい、お前……」
何勝手に、彼女をモンスター呼ばわりしているんだ。と続けたかったのだが、自分自身、破壊神と呼んでいたのを思い出して、やめておいた。
「心配無用ですの、五歌はわたくしが守って差し上げますの!!」
「なのかちん、格好良いにゃ!!」
「照れるんですのっ」
二人は手を取り合って、五歌の机を中心にマイムマイムを踊った。それはもう陽気に。
「……なるほど」
五歌は二人が楽しそうなので、もうそれで良いやと思うことにした。
「いざとなれば、俺もアレをやるしかないな……」
意味深な台詞を口にして、虚空を見ていれば、基本的にそれでなんとなかるんではないか……。そんな甘い期待に胸を膨らませる、那由多五歌十六歳の春なのだった。
※※※
「あれ、ここすごく暗いんですけど……。暗いんですけど!!」
信之介の声は、無常にも闇に飲み込まれて消えていった。
声だけではない、信之介の身体はすでに蟻の巣穴の中に飲み込まれていたのだった。
「あの、僕どうなるんですかね……」
その不安が的中するかのように、真っ暗な巣穴の奥深くに、銀色に輝く二つの宝石のようなものを目にする。
「まさか……」
それが、巨大な女王蟻の複眼であると気がつくのに、大した時間は要さなかった。
ガチガチと大きな牙を鳴らしながら、女王蟻は信之介の身体に覆いかぶさるのであった。
「ギャース!!」
合掌。
※※※
光差し込まぬ、森林の奥深く。
男と男の合戦を終えた二人は、たくましい肉体をさらけ出したまま地面に倒れこんでいた。
「御館様……とても素敵でございました……」
はだけた着衣の乱れを直しながら、粉十郎は正宗の胸元を指でなぞった。
「やめておけ、これ以上の氣を戦場以外で無駄にするでない」
その指を無下に払うと、すっくと立ち上がる。
「決戦の日時を定める。二日後の朝。この期日をもって、我は那由多五歌と一戦を交える!!」
「はっ、御館様」
「それまでに、出来る限りの手勢を集めるのだ。わかったな?」
灼熱のまなざしで見つめられては、粉十郎に断るすべなどありはしなかった。
「この身命を賭しても、御館様の御試ならば、更に数万の軍勢を揃えてみせましょうぞ!!」
「良い返事じゃ。期待しておるぞ!!」
「御館様ぁ、好いておりますぞぉぉォォ!!」
「粉十郎ォォォォォッ!!」
二人は、ガップリと四つに組んだ。
そして、そのまま男と男の愛の関節技を繰り広げる。
もつれ合う二人の身体は、いつしか一つとなる。
そう、男と男の愛の合戦は、突如として二回戦が幕を切って落とされたのである。
※※※
「サービスシーンは大事だにゃ!」
「だから、何を言ってるんだ?」
「男同士の友情と愛情は同意語にゃ!!」
熱い口調には、一部の反論も許さぬ力強さがこめられていた。
「もう好きにしてろよ……」
「言われなくてもすでに勝手放題ですにゃ〜」
「とにかく、田舎から彼女がやってくるまで、後二日か……」
そう、決戦は二日後なのである。
「ふふふふ、わたくしに万全の策ありなのですの!! 嘘ですけどッッ!!」
胸を張って正々堂々と嘘を言う。
七宮七華、恋する乙女の春である。
「面白くなってきたにゃ〜」
自分の命だけはきっと大丈夫だと、状況を楽しむBL大好き伏寿最桃の春であった。