08話 武将のBLは最高にゃ!! 女の子同士の友情も最高ですの!!
鬱蒼とした森林の奥に潜む、多数の人の息遣い。
いや、これは多数と形容するには、あまりにも数が膨大過ぎる。
「あらたなる手勢、二千が馳せ参じました」
甲冑に身を包んだ男が、跪いて言葉を述べた。
男の名前を片栗粉十郎と言う。
「これで、我軍の総数は一万二千か……」
それに答えるは、床几にどっかりと腰を下ろし、ひときわ派手な甲冑に身を包んだ男。
男の片目には眼帯が施されており、残された目は獲物を狙う鷹のような鋭さを持っていた。
この男の名は、《ワン・アイズ・ドラゴン》正宗と言う。
「これでは、足りんな……」
「はっ?」
その言葉に、粉十郎は首を傾げた。
「これではまだ足りぬと申しておる。この一戦何があっても負けるわけには行かぬのだ。百戦すれば、必ず百勝する。そのような布陣で挑まねばらなぬ」
「まさか、そこまで御館様が、那由多五歌という男を恐れておいでとは……」
「えぇい!」
政宗は、手にしていた扇を粉十郎に投げつけた。
「彼奴目は、今までにゲームクラス、中二病クラス、スポーツクラスの、猛者共を倒してきておる。その潜在能力ははかりしれんものだ。所以、確実に殲滅せしめる戦力を保有せねばイタズラに兵を失うことになる。わしをそのような無能者にさせたいのかッッ!!」
「さすがは、御館様……。我も軍略の限りのもって、御館様の勝利に貢献いたしましょうぞ」
粉十郎は、平伏したままの状態で感服のあまり涙を流し土を濡らした。
「待っているが良い、那由多五歌。この《ワン・アイズ・ドラゴン》正宗が、キサマの首を討ち果たしてくれようぞ」
「素敵でございます、御館様!! 抱いてくださいませ御館様!」
「こい、粉十郎!」
「ハイッッッ!!」
二人は甲冑を脱ぎ捨てて、深い茂みの中で、熱い吐息と身体をぶつけあいながら愛を確かめ合うのであった……。
ここは校庭内である。
そして、この二人はこの学園の生徒である。
二人の年齢? 校庭の規模?
そんな事は、割とどうでもいいことに過ぎぬのだッ!!
※※※
場所は変わって、お昼休みの日常クラス。
「もう、サービスシーンは終わったかにゃ?」
最桃は残念そうな顔でヒョッコリと顔を出した。
「前から聞きたかったんだが」
その横には、ダルそうにイスに腰掛けた五歌の姿。
「なんだにゃ?」
「そのサービスシーンとはなんなんだ?」
「秘密にゃ!! 乙女の直感だけがわかる秘密なのにゃっ!!」
何故か、頬を赤らめ身をよがらせる。
「なるほど」
もはや説明不要だが、五歌は何もわかってはいない。
「さらに、疑問点なんだが、この学園には何人の生徒がいるんだ?」
「う〜ん」
最桃は眉間にしわを寄せて悩んだ。
「諸説紛々あるんだけどにゃ。一説には無限と言われているんだにゃ?」
「は……?」
「無限にゃ?」
「なるほど」
これ以上、何かを問いかけても基本同じだと悟った五歌は、もう最桃に問いかけようとはしなかった。
ただ、この学園には常識というものが通用しないということを、再確認したのだった。
「しかし、昨日までは『うわぁぁ、俺の寿命は後三日だ―。死、死兆星が見えるううう』とか言っていたのに、今日は落ち着いたもんだにゃ」
最桃は五歌の顔をまじまじと見た。
「うむ。確かに、昨日の俺はそんな感じだったな。しかし、一晩ぐっすり寝れば、人というものは落ち着けるものなのだ」
確かに、五歌は落ち着いていた。むしろ、寝すぎて頭がぼけているようにすら言えた。
「そういうもんかにゃ〜」
と、納得出来ない最桃の後ろから突如して現れる影一つ。
「落ち着いてる場合ではないんですのっ!!」
唐突に横槍を入れるのは七華である。
「決戦は二日後なんですの! この恋の勝負、ぜぇぇっったいに、負けるわけにはいかないんですのっ!! ですのっ!!」
鼻息荒く、両の拳を力強く握りしめる。
「まぁまぁ、落ち着くんだ」
「これが落ち着いていられますかってんですのっ!!」
「俺に提案があるんだ?」
「なんですの?」
「別れてくれないか……」
「は?」
しばらくの沈黙の間。
「い、今変な言葉が聞こえたような気がしたんですの。まぁ、絶対に聞き間違いだとはおもうんですけれども、なんだか、別れてとかなんとか……」
七華は、自分の心臓が急激に速度を上げて鼓動をするのを感じた。
「いやいや、聞き間違いじゃなくて、その通りなんだが……」
「わーわーわーわーわーわーーですっ。なんにも、なぁ〜んにも聞こえないんですの―」
七華は、耳を両手で塞いで喚き散らした。
「そうしてもらえないと、俺は確実に死ぬ。俺は死にたくない。いや、それどこか、お前の命も危ない。いや確実に死ぬ。当社比百二十%の確率で死ぬ」
「聞こえてないんですのっ。五歌が何を言ってるのかさっぱりわからないんですのーっ!!」
七華はその場でしゃがみこむ。瞳は涙で潤っていた。
「頼む、百万円は……あれだ、そのうち何とかする方向で善処していく所存であります。な感じだから……」
「馬鹿っ!! ですの!! 五歌の馬鹿ですのっ!!」
小気味のいい破裂音が教室にこだました。
それは、七華が五歌の頬をビンタした音だった。
「わたくしは、絶対に五歌と別れたりしないですの!! 馬鹿っ、バカバカバカバカバカバカーーっ!!」
七華は教室の外へと駆け出した。後ろを振り返ること無く……。
「一言言っていいかにゃ?」
その様子を言葉なく見ていた最桃は、無表情で五歌の横にたつと、何時にもなく真面目な表情で言葉を発した。
「な、なんだよ……」
「最低だにゃ!!」
「わかってるよ。自分がどれだけ最低野郎かってことはな。でもな、冗談抜きで命が危ないんだぜ? それに、アイツだってヒロインの座欲しさに俺と付き合おうとしていたんだろ? それだったら……」
「そんなこともわかっていないから、最低だって言ってるんだにゃ!!」
最桃はキッと五歌を睨みつけると、七華の後を追うように教室を出て行った。
「なんだよ、一体全体……」
ポツンと取り残されたようになった五歌は、無意味にスマホを弄った。
※※※
「ふぅ〜。やっと追いついたにゃ」
最桃がようやく七華に追いついたのは、校舎の屋上だった。
「ここですの、ここで、わたくしは五歌に告白したんですの」
ほんの数週間前の出来事でしか無いというのに、七華は遠い昔の記憶をたどるような懐かしい目をした。
「わたくし、絶対に五歌と別れる気はないんですの……」
「うんうん、わかるにゃ」
最桃は頷いた。
「でも、わたくしと付き合っていることが、あの化け物に知れたら……五歌の命が……」
「それはわからないにゃ!」
最桃は大きく首を横に振った。
「!?」
「そんなのわからないったら、わからないんだにゃ! この学園はそんな純粋な力でどうこうできるような、わかりやすい場所じゃないんだにゃ! そうだにゃ? そんなこと、なのかちんもしっているはずにゃ!!」
その言葉に、七華はハッとする。
「そうでしたわ……。なんだか、よくわからない能力で、なんだかよくわからない内に何とかなるのが、この学園の、唯一存在するルールのようなもんだったんですのっ!!」
憑き物が落ちたかのように、七華は自分の身体と心が軽くなるのを感じた。
「そうにゃ! だから、あきらめることなんて無いんだにゃ!!」
「わかったんですの! わたくし、もう諦めたりしないんですの、涙さんとはもうお別れなんですの!!」
七華は大空を仰ぎ見た。
風が七華の涙を吹き飛ばしてくれた。
お昼だというのに、突如夕焼け空になった屋上は、二人の友情に繋がれた少女の姿を美しく演出してみせた。
――それでも……もしものときには、アレを使うしか無いんですの……。
七華の金髪縦ロールが風になびいては、綺羅びやかに風景に溶け込んだ。
――なのかちんに、もしものときには、最桃もアレを使うしか無いんだにゃ……。と、それっぽく脳内で考えてみたものの、アレってなんだろうにゃ……。
夕日が、二人の影を大きく伸ばした。
※※※
「なんだろう、急に静かになったなぁ……」
五歌は、自分の周囲がこんなに静かであることに、落ち着きをなくしていた。
気が付くと、無意識の内に机を指でトントントンと叩き続けていた。
「いやいや、違う違う。そんなことあるわけ無いって」
五歌は、大きく頭を振って、今ふと頭に思い浮かんだことを、必死で否定した。
それは……『寂しい』と言う気持ちだった。
「あいつらを、探しに行ってみるか……」
と、五歌が席を立とうとしたタイミングとほぼ同時に、教室の扉が開いた。
「最桃となのかちんのお帰りなのにゃっ!」
「お帰りなのですのっ!!」
これまでにない景気良い口調で、二人は仲の良い小学生の友達同士のように、腕を組んでいた。
「お、お帰りなさい……」
五歌は、その勢いに気圧されるように、弱い言葉を発した。
「ただいまだにゃ!」
「ただいまですの!」
それとはまるで対照的に、力強さにあふれる二人。
「お昼休みが終わる前にっ、ご飯だにゃ。ご飯だにゃ」
「そうですの、そうですの。お腹は空いては戦は出来ないんですの」
二人は机を三つ合わせると、互いのお弁当箱を机の上に広げ出した。
「戦って、お前ら何と戦う気なんだ……」
「勿論、決まってるんですの、五歌の田舎の彼女さんとですのっ」
「決まってるんだにゃ」
ね! っと、二人は顔を付きあわせて相槌を打つ。
「おい、ちょっと待て」
「待たないんですの」
「待たないにゃ」
「はぁ……お前らときたら……」
と、呆れた台詞を吐いたものの、五歌の顔は笑顔だった。なぜだか、嬉しかったのだ。
「ともかく、三人でご飯を食べるんですの。仲良く!!」
七華は風呂敷包みを解いて、豪華漆塗り五段重ねお弁当箱の中身を出す。
辺りが食欲をそそる良い匂いで満たされた。
これが、日常。
これが、戻ってきた団欒の空気。
五歌は安堵していた。この空気の中にいることに心地よさを感じていた。
五歌だけではない、この三人はすでにこの状況が楽しくてたまらなくなっていたのだ。
だから、それを壊そうとする存在には、真向から立ち向かう。
そんな結束が今ここに誕生していた。
「って……あれ、いつの間にか、俺の田舎の彼女が悪役ポジションになっているような気がするんだが……。まぁいいか!!」
細かいことは気にしない。
後で野となれ山となれ。
と、思いながらも、『ごめんな』と心中で謝罪の言葉を述べる五歌だった。
和気あいあいの空気の中、三人は各々食事に励む。
その合間に、五歌はふと思い出したかのように、先日気になったことを問いただした。
「そういえばさ、この前ボールフェチとのバトルの時に、上位主人公がどうのこうのって、言ってたよな? あれなんなんだ?」
その言葉に、ピクリと七華と最桃は箸を止める。
「忘れていたんだにゃ……。田舎の彼女の話題で盛り上がりすぎて、完全に忘れてしまっていたにゃ!」
「そうですの! それは、精神支配の使い手、いまだ正体を知るものはいないという、恐ろしい主人公なのですのっ」
二人は熱く語っているようだったが、五歌にしてみれば正直二日後に起こる問題に比べれば、取るに足らない些事でしか無いと思えた。
海を見た後は、湖も水たまりくらいに見える。みたいな感覚なのだ。
「なるほど」
と、素っ気なくいつものあの台詞を言い終え、何事もなく食事に戻ろうとした刹那。
「忘れてもらっては、困りますよ」
との台詞と共に、誰かが椅子を立つ音が聞こた。
だが、三人は無視をして食事を続けた。
「なのかちん、この卵焼き絶品なのにゃ! 三つ星なのにゃ!」
「うふふふ、明日もシェフに頼んでつくってもらうんですの」
「俺は、このローストビーフが好きだな。やっぱ、肉だよ肉!」
等など、お弁当に関する話題で持ちきりだった。
無視をされた、言葉の主はただポツンと佇むしかなかった。
どれだけの時を待っただろう、きっと十秒に満たなかったと思う。
ついに、しびれを切らした言葉の主は、近くにあった机や椅子などを蹴り飛ばし始めた。
「きぇぇぇぇっぇい」
そして、奇声を発しながら、五歌達の真横に立った。
「ん? なんだ、今なにか音がしたような気が……」
流石に、これには五歌は一応の反応を見せた。
「こっちを見なさい! わたしは、精神支配の能力を持つ主人公。勿論、名前は名乗りませんよ。今も、この肉体を操作しているだけですからね……ふふふふ」
近くにあった机の上を足蹴にしながら、不敵な笑みを見せる。
が、しかし……。
「なんだ、気のせいか……。肉だ肉!」
ガッツクように、箸を肉へと走らせる。
「おいっっっ!」
この時、この男が気がついていなかった。
乗っ取った肉体が、友田信之介という存在感皆無の男だったということを……。