07話 破壊神とサービスシーン
「彼女は矢文で、田舎がメールのドーンドーン……ですの!? ですのですのぉ?!」
七華は頭を振り乱して錯乱した。
金髪縦ロールが縦横無尽に揺れた。
「なのかちんが錯乱してしまっているので、最桃が尋ねるにゃ! 田舎の彼女ってなんにゃ!!」
グイッと、顔を近づけると有無を言わさぬ迫力で問い詰めた。
「え? あれ、最桃には言ってなかったっけ? 俺、田舎に彼女居るんだよ」
「はぁぁぁぁにゃ!?」
五歌の発言により、最桃も混乱した。
「おかしいにゃ! 彼女はなのかちんのはずなのにゃ!?」
「いやいや、七華は《超彼女》であって、彼女ではないからな」
「ぬ? ぬぬぬぬぬっ? 意味がわからないにゃ……」
「田舎にいるのが、俺の彼女で、七華は《超彼女》なんだって」
「最桃の頭はこんがらがってきたにゃ……」
最桃は頭を抱えてうずくまった。
「大丈夫か? 保健室に行くか?」
「いやいやいやいや、簡単に言うと、那由多ちんは二股をしているという事でいいんだにゃ?」
「うーむ、その答えは非常にデリケートな問題を含んでおり、即答は控えさせていただきます」
まるでどこぞの政治家のような口調で、素知らぬ顔をして五歌は答えた。
「最低だにゃ……この男、最低野郎だにゃ……。こんな男に、さっきまでときめいていただなんて……すごく恥ずかしくなってきたにゃ……」
顔面がカーッと赤くなるのを感じた。
そして、その顔を五歌には見せないようにして立ち上がる。
「取り敢えず、これは二股野郎に対する罰にゃ! ひっさァァァァっつ!」
片足立ちで両手を天空に向けて構える。
これこそ、伏寿最桃の必殺の構え。
「猫の手ぱぁ〜んちっ! フィールド・ワン!!」
宙空に肉球が浮かび上がる。
それは愛らしい猫の手の肉球に他ならない!!
その肉球は、五歌の顔面に向かって一直線へと放たれる。
「な、なんだこれ!? 可愛いじゃないか!」
その肉球に見とれてしまったものは、回避することを忘れてしまう。
「うがっ」
五歌はその衝撃で身体をふらつかせたが、倒れるほどには至らなかった。
「あれ、そんなに痛くない……!?」
「これは、この周囲一キロメートル内に居る猫ちゃんたちの力を集めたパンチなのだにゃ!」
周囲一キロメートルに何匹の猫がいるだろうか? 十匹? 二十匹? だとしても、大した威力ではありえない。
「今回はこれでゆるしておいてやるにゃ」
最桃はプイッと背を向けて、校舎へと駆け出していった。
「なんだかわからないが、許してもらえてよかった。これで一件落着……」
「してませんですの! ぜぇ〜んぜん、一件落着なんてしてませんのっ!!」
五歌の振り向いた先には、やっと混乱から立ち直った七華が、憤怒の形相で仁王立ちしていた。
「いやいやいや、七華には田舎の彼女のことは説明しておいたはずだろ……」
「説明しておいたから、いいとは限らないんですの! この燃えたぎる炎はどこにむければいいんですの! それと、その矢文は一体全体何なんですの! 軽く第一宇宙速度を突破していたんですの!」
ちなみに、第一宇宙速度とは時速二万八千四百キロメートルである。
「まぁ、これが田舎の彼女からの連絡方法だから……」
「ちょっと待つんですの……。五歌の実家はどこにあるんですの?」
「ああ、ここから電車で五時間くらい行った山奥でな……」
「ちょ、ちょぉぉっと待つんですの!! あの矢文は、電車で五時間先の距離から、この矢文は打ち込まれたっていうんですの……」
「そうだよ」
五歌はあっけらかんと答えた。
「……それって、完全な化け物じゃないですの!!」
「おい! 人の彼女を化け物呼ばわりか?」
「うっ……。確かに、この超彼女のわたくしも、少し言葉が過ぎたのですの……」
あっさりと反省するところが、この七華の良い所である。
「あれは、化け物なんてレベルじゃねえんだよ……」
「えっ、そっちですの!?」
五歌は、ガクガクと全身を震わせた。額からは滝のような汗が流れ落ちていた。もしかしたら、おしっこも少しちびっていたかもしれない……。
「あれを形容するならば……破壊神と呼ぶのがふさわしいかもしれない……」
五歌の言葉を聞いて、七華は脳内に全長数十メートルで口から火を吐く怪物の姿を想像した。
「なんで、そんな人と付き合ってるんですの……」
「おまえは、破壊神に好きですと告白されたら、断れるか……?」
七華は、そのシーンを想像してゴクリとツバを飲み込んだ。
「無理ですの。命が危ないですの、そんな恐ろしいこと出来るわけがないんですの」
五歌に連動するように、七華の額からも大量の汗が流れ落ちていた。
「うにゃ〜〜っ! なんで、みんなも教室に戻らないにゃ! 最桃一人だけ戻るとか寂しいにゃ!!」
誰も校舎に戻ってこないことに気がついた最桃は、少し半泣きで小走りで戻ってきた。
「どうしたにゃ? 二人してそんなに汗っかきで?」
「な、なんでもないんですの! わ、わたくし汗をかいたので、シャワーを浴びてくるんですの!」
「授業はどうするんだよ?」
「そんなの適当でいいんですの。わたくし、授業なんて受けなくても頭脳は明晰なんですの」
「うにゃ?」
七華はシャワー室へと駆け足で向かっていった。
「あれかにゃ、いわゆるひとつのサービスシーンかにゃ?」
「誰の誰に対するサービスシーンだよ!」
※※※
ここは、体育室に備え付けられたシャワー室。
授業中ということもあり、利用しているものは七華以外皆無だった。
七華は、制服と下着を無造作に投げ捨てると、シャワーノコックをひねり、熱いシャワーを浴びた。
残念ながら大量の湯気が、七華の豊満な肉体を隠してしまっていた。
「まさか、田舎の彼女がそんなとんでも無いスペックを秘めていたなんて……。わたくしに勝機はあるんですの……」
伏せていた顔を上げて、自分に活を入れるように顔面に強めのシャワーを浴びせる。
「頑張れ、頑張れ七宮七華! 負けるな!」
シャワー室に備え付けられた鏡にうつる顔を見つめながら、パンパンと二度ほど自らの頬を叩いた。
「いざとなれば、わたくしには《アレ》があるんですの。五歌は……絶対に渡せないんですの!!」
高ぶった感情が、金髪縦ロールを脈動させる。
まるで生命を吹き込まれたかのように金髪縦ロールは回転を始めていた……。
※※※
「うーむ、そろそろサービスシーンが終わりかにゃ?」
「だから、何を言ってるんだよ」
「秘密にゃ!」
自分の教室へと戻ってきた五歌と最桃は、午後の授業を受けていた。
が、まともに授業を受けているはずもなく、雑談に花を咲かせていた。
もはや、担任の教師は何も言わなかった。
このとんでも無い学園に赴任した時から、通常の授業を進行できるなどという、淡い期待は捨て去ってしまっていた。
『死なないこと』これがこの教師の数少ない目標であった。
授業も後五分で終了、今日もまだ命があることを神様に感謝しようとしたその刹那、窓の外で何かが光ったを見た気がした。
『なんだろうか……』
と思う間もなく、それは教室の中に舞い込んできた。
矢の一直線上の軌道にあったものは全てがふきとばされ、教室の壁は完全に消え去っていた。
偶然なのか、それともそういうふうに仕向けてあるのか、物的被害だけで人的被害は皆無だった。
矢が突き刺さった場所は、五歌の机の上だ。
どういう軌道を取れば、机の上に垂直に矢が刺さるのか? 幾らか疑問だったが、五歌はそんなことは気にもしない。
何故ならば、アイツならばそんなことは容易くするであろうと理解しているからだ、
五歌は無造作に矢から文を外すと、書かれている文面に目を通した。
そして、深い深い溜息を一つついた後に『うぅぅぅ』と地獄にでも引きずり込まれたかのような唸り声を上げた。
「ど、どうしたんだにゃ? やっぱりそれは、田舎の彼女からなのかにゃ?」
五歌は言葉を発せずに小さく頷いた。
「なんだか、顔色が悪いみたいにゃ。一体何が書いてあるのかにゃ?」
「アイツが……この学校にやって来る……」
「にゃんですとっ? それは何時なのにゃ?」
「三日後だ……。そして、それが俺の残りの寿命かもしれん……」
五歌の顔には死相が浮かび上がっていた……。