03話 恋のABCはとってもエキサイティングにゃ!!
七宮七華が、那由多五歌の彼女の座を射止めたという報は、すぐさまクラス中に響き渡った。
「参ったにゃ〜。まさか、なのかちんに先を越されるなんて思ってなかったにゃ〜」
最桃は、机の上であぐらを組んで首をひねった。
「ふふふふ、負け猫の遠吠えは、何時聞いても心地よいものですの」
自慢げな笑みを浮かべて、七華は上機嫌だった。
「だって、あれだにゃ? なのかちん、そうやって気取って見せても、実際かなりウブウブだにゃ? 最桃は知ってるんだにゃ」
ほくそ笑みながら、軽く挑発を入れる。
「ば、馬鹿を言うのも休み休みにしなさいですの!! 大人のレディであるわたくしは恋のA、B、Cには精通しているのですの!!」
との言葉だったが、額からは焦りによる、冷や汗がタラリと流れようとしていた。
「じゃ、お子様な最桃に教えてほしいにゃ〜」
「よ、よろしいですの!!」
「わくわくだにゃ!」
煽り成功と、最桃は心の中でほくそ笑んだ。
「よ、よく聞くがいいですの! こ、恋のAとは……アイツの瞳にやられちまったぜ! ですの!」
エッヘンと、何故だか胸を張って言う七華の姿に、最桃は可哀想な人を見るような気分になったのだけれど、それ以上にこの後どんな事を言い出すのか楽しみすぎたので、あえて話に乗る方向に決めたのだった。
「すっごいにゃ! 驚いたのにゃ! それからそれからぁ〜」
「こ、コホン。恋のBとは……ビリビリきたぜ……あの日お前と出会ってから……。の意味ですの!」
異様に芝居ががった台詞回しで、振りまでつける姿に、最桃は吹き出してしまうのをこらえるのに必死だった。
だが、ここまで来たら、最後のCを見なくてはいけない。絶対に!!
その思いが、最桃の笑いを抑えこむことに成功した。
「まさに、なのかちんは恋のエキスパートなのにゃ〜! そ、そ、それじゃ……Cはどういう意味だにゃ……ぷ、ぷすすっ」
すでに、笑いは漏れかけていたが、悦に浸っている七華はそれに気が付きもせずに、さらに得意げになりながら続けた。
「恋のCはとは、恋のCとはそれはっ!」
「それは!」
刹那の静寂が、弥が上にもテンションを盛り上げる。
「死ぬまでお前を離さないぜ!! 強く抱きしめてやる!! のCなのですの!! キャッキャッ」
「こっちの方こそ、キャッキャッなのだにゃ〜!!」
二人は、両手を取り合って、円を描くようにスキップをした。
「何をやってるんだ、あいつら……」
そのやり取りを、一番後ろの窓際の主人公ポジション席から観察していた五歌は、あまりの頭の悪い会話に呆然としていた。
が、しかし、今はそんなことを考えている暇はなかった。
「とにかく、大きな問題が出来てしまった……」
机の上に肘をついて、手を組んだまま、どこぞの司令官のように深く視線を落とした。
「田舎の彼女に、こっちで彼女を作ったことがバレたら、俺は五体満足でいられる自身が無い……」
五歌の五体を引き裂く程の力を、田舎の彼女とやらは秘めているのだろうか?
五歌の身体が、まるでマッサージ機のようにブルブルと小刻みに震えだす姿から察するに、本当にそれだけの力を持っているに違いなかった。
まぁ、そんなことを言いながらも、スマホ片手にAmazonで買い物をする様は、危機感とは程遠いように見えてならないのだが、これは精神的不安による、物欲衝動ということにしておいても良いのではないだろうか?
すでに、百万円は八十万円にまで目減りしていた。
「こうなったら、なるようになれ……」
さて場面は、またしても、お馬鹿ヒロイン二人組に。
「先ほどから気になっていたのですけれど、ヒロイン立候補組の、残りの二人はどうしたのですの?」
「ああ、みずりちんと、るるちんね。みずりちんは、五歌くんが教室を飛び出していった後に、突発的にリストカットをしだしたんだにゃ!」
「あら、いつもの奴ですわね」
「そうだにゃ、いつものだにゃ」
淡々とした面持ちで語る二人から、瑞里と言う少女の日常が垣間見れた。
「でも、いつものやつなら、大したことにはならないはずですの?」
「それがにゃ……。つい、目測を誤って、斬っちゃいけないところを斬っちゃったらしいんだにゃ……」
「あらあら……」
「プシューって、血が噴き出してきた時は、流石にみんな驚いたにゃ。実際の所は、本人が一番驚いたらしいにゃ」
「まぁ、死ぬ死ぬ詐欺を続けてきて、本当に死にかけるとは思いもよらなかったでしょうねぇ……」
「そんでもって、救急車で運ばれていったんだにゃ」
「お大事にですの……」
二人揃っての合掌。
「それで、るるちんはね。突然、天使様からの電波を受けたって言い出して、教室から飛び出して行って、それっきりだにゃ〜」
「ああ、いつもの電波受信タイムですのね」
「そうそう、いつものだにゃ」
一応補足をしておく。
電波受信タイムとは、唐突にあらゆる世界の謎電波を、名瀬夏瑠流のひときわ大きなアホ毛が受信することである。
「わたくし、いつも思うんですの。瑠流さんだけは、この日常クラスよりも、中二病クラスが向いているんじゃないかって……」
「でもにゃ〜。あれは、中二病とはまた違う方面の病気っぽいんだにゃ〜」
「確かにそうですの」
この一連の会話のやりとりを見てわかるように、伏寿最桃と、七宮七華は仲が良かった。
これは、互いが《ですの》《にゃ》の、特殊な語尾を使うキャラ設定であるという共通点が、二人の心を近づけていたに他ならなかった。
お互いの苦労を、二人は知っているのだ。
「それはともかく、なのかちん! 那由多くんの彼女の座は、明け渡してもらうにゃ!」
最桃は突如として四足獣の如き威嚇の構えを見せた。とは言え、可愛い家猫のレベルの威嚇だった。
そしてそれを迎え撃つ余裕の笑みの七華。
「うふふふ」
「何がおかしいんだにゃ?」
「わたくしを、ただの彼女と思ってもらっては困りますですの」
「うにゃ?」
「わたくしは、五歌さんの《超彼女》なのですの!」
漫画であるならば、集中線が彼女に向けて入れられたことであろう。
「うー? 彼女と超彼女はどう違うのかにゃ? って、超彼女って一体全体なんだにゃ〜?」
最桃が頭を悩ませるのも無理は無かった。何故ならば、言葉を創りだした当の五歌ですら、意味など知りはしないのだから。
「教えて差し上げるんですの! 《超彼女》とは、穏やかな心を持ちながら、激しい愛によって目覚めた彼女ですの!!」
漫画であるならば、見開きページの如きの迫力で七華は言い放った。
「絶句だにゃ……。前から、なのかちんの頭がアレな感じであるとは思ってはいたけれど、今日ほどそれを強く感じたことはないにゃ……」
「えっへん、そんなに褒めないで欲しいですの」
「でも、そんな、なのかちんは可愛くて素敵なのだにゃ!!」
「さらに、えっへんですのっ!」
「にゃ〜ですのっ!」
二人の周りにお花畑が垣間見えた。
それは、きっと幻覚ではあったろうが、脳内がお花畑であることも否定出来ない事実であった。
『お馬鹿ヒロインP、三百アップ』
さて、場所は移り変わって、ここは中二病クラス。
黒のフードに身をまとった者達が、シルエットのみで会話をしていた。
「日常クラスが、ゲームクラスの奴を滅したらしいな……」
「ゲームクラス、所詮架空の世界でしか戦えぬ奴らよ……」
「うぅぅぅ、我のまなこに封印されし暗黒竜がやつを殺せと疼きよるわ」
「待て待て、すでに我らのクラスから闇の刺客は解き放たれておる」
「なん……だと……」
「今頃、我が中二病クラスの八武神が一人、漆黒炎のギルフォードが日常クラスに降臨せしめている頃だろうて……」
「やつは、我がクラスの中で、三十二番目の実力者……」
「あれ……うちのクラス五十人だから、結構微妙な順位じゃね……」
「……」
「……」
「……」
会話はそこで終わったという。
――俺このクラスの担任ほんとに嫌だわ……。
担任の教師は、すでに数ダースもの溜め息をついていた。
「我が名は、漆黒炎のアギト! 那由多五歌よ、我に滅びのロンドを聞かせるが良い!!」
教室の扉を、どうやったのかわからないが、左右に同時に開けて、謎の黒ずくめの男は現れた。
その男の登場に、五歌はヤレヤレと言った面持ちで、椅子から立ち上がると、嫌々ながら相対した。
『ヤレヤレ系P二百アップ』
「あ、はい、那由多五歌です。あの、漆黒炎のギルフォードって長くて呼びにくいんで、できれば本名で名乗っていただけますか?」
「え……」
「はい、だから本名でお願いします」
漆黒炎のギルフォードは困惑した。
「いや、あの、その……真名を名乗ることは、ウンタラカンタラで……」
「ああ、恥ずかしいんですね?」
「ち、違う! 我はそんなことはない!」
「じゃ、お願いします」
漆黒炎のギルフォードには、この至極普通の男、那由多五歌が上級悪魔よりも邪悪な存在に見えた。
そして、観念したかのように、下向き加減で漆黒炎のギルフォードは口を開いた。
「……山本……太一です」
暫しの無言状態が生まれた。
そして、その均衡を破ったのが……。
「ビックリするくらい、普通ですね」
その一言が、漆黒炎のギルフォード改め、山本太一の胸を大きくえぐり取った。まさに会心の一撃である。
「う、うわああああああああああああん」
泣いた、漆黒炎のギルフォード改め、山本太一は号泣した。
そして、いてもたってもいられずに、その場から駆け出していった。
「え? 山本さん勝負は?」
中二病クラスのものであれば、空気を察して、本名で呼び合うことなど誰もしないのが当たり前だった。
なのに、この男、那由多五歌はまるで空気など読むこと無く、ごく自然に本名を聞いたのだ。
これぞ、那由多五歌の能力。
《Not Reading Air》である。
こうして、那由多五歌はまたしても、勝利を収めたのだった。
「流石ですわ、五歌!」
「まさに精神を削る一撃だったにゃ〜」
二人から歓喜の声を浴びせられるも、当の本人である五歌は、戸惑うばかりである。
何故ならば、五歌はただ相手の名前を聞くことしかしてないのだから。
「まぁいいか……」
そして、五歌は何事もなかったかのように、スマホでの買い物を続けるのであった。