21話 彼女vs超彼女
そして四時間目、歴史は繰り返す……。
教室にやってきた教師が一番最初に見たものは、五歌の膝の上にちょこんと座る着物姿の幼女だった。
「おいおい、部外者を教室に連れてきちゃいけないよ」
ごくごく常識的な発言をするまえに、この教師はすぐさま振り返るべきだった。
彼の背後に存在する黒板に、クレーターの如き大穴が空いているという事実を確認すべきだったのだ。
「部外者とは、わらわのことかえ?」
歴史は繰り返した。
「こ……この時間は……じ、自習にします……」
ズボンを小水で濡らし、這いずるように教室を出る教師の姿がそこにはあった……。
黒板には、新たな大穴が開けられていた……。
このような過酷な環境下で教師は何故働き続けることが出来るのか?
一説には、この教師たちはクローン技術によって作られたクローン教師であり、大量生産されているという噂があるとかないとか……。
「ぷっぷくぷぅー! わらわも高校生の授業というものを五歌兄様と一緒にうけてみたかったのにじゃ! なのに、あの先生とやらはすぐに帰ってしまうのじゃ」
その原因が全て自分自身にあるということを完全に棚上げにして、陽花里は頬を膨らませてご憤慨の様子だった。
「陽花里ちんのおかげで、授業サボれるにゃ〜。ありがとうだにゃ!」
「学生として、それはどうかと思うんですの。プンプンですの!」
なんやかんや言いながらも、最桃と七華は自分の椅子を持ち寄っては、五歌の机を囲むように座っていた。
「そうだにゃ、改めて自己紹介タイムをするにゃ!」
「驚いたぞ……」
「何を驚いたんだにゃ? 普通だにゃ?」
「最桃が、ごく常識的な提案をしたことに驚いたんだ」
「失礼だにゃ! 最桃はいつでもどこでも常識的にゃ!」
「おもしろ冗談だな。さて、冗談はさておいて、自己紹介をしてみるか」
「冗談にされたにゃ!!」
机をバンバンと叩いて憤慨する最桃のことは完全に放置で、四人は自己紹介を始めることにした。
「ってか、あれだな。俺の事はみんな知っているから、自己紹介する必要ないよな? んなわけでパス!」
実際問題は、面倒なだけだった。
「それでは、言い出しっぺの最桃が自己紹介をするにゃ。伏寿最桃、可憐でキュートな十六歳だにゃ! よろしくだにゃっ」
「……可憐とキュートはいらなかったな」
小声でつぶやいた五歌だったが、勿論このつぶやきは最桃の耳にははいっており。
机の下で、腿を強烈にツネられることになった。
「それでは、次はわらわが自己紹介をするのじゃ。わらわの名前は、神皇樹陽花里。五歌兄様の彼女なのじゃ! えっへん、十歳の大人のレディーだから、立派に自己紹介ができるのじゃ!」
「お前は、九歳だろ!」
「ぷっぷくぷぅー!」
――年齢に突っ込みを入れても、彼女という所には突っ込みをいれないんですの!?
七華は戦慄を覚えた。
信じたくはなかった。
なんやかんやで、この幼女が幼い妄想で勝手に彼女だと思い込んでいるというパターンであろうと思っていた。
「わ、わたくしの自己紹介を始める前に、一つ質問なんですの! ほ、本当に五歌と陽花里は恋人どうしなんですの?」
そんなことあるわけなんて無いよね? ありえないよね? そういうニュアンスを含んだ問いかけだった。
なのに……。
「そうなのじゃ!」
「まぁ、そうだな」
七華が期待した答えは返っては来なかった。
七華は、自分の視界が次第にグニャリと歪んでいくのを感じ取った。そして、今まで確かにあった足場がガラガラと音を立てて崩れていっては、自分が奈落の底に落ちていく感覚を味わった。
「五歌兄様と、陽花里はラブラブカップルなのじゃ〜」
そう言って、陽花里はまるで挨拶でもするかのように、五歌のほっぺたに自分の小さな唇を押し当てたのだ。
そう、これは世間一般で言うところの《キス》と呼ばれる代物である。
「は、はぁァァァっァァァァァァァデスノォォォォォォ!!」
七華の絶叫は、クラス中どころか、全宇宙に響かんばかりにこだました。
「わたくしも自己紹介をさせて頂きますの! わたくしの名前は七宮七華、由緒正しき七宮家の娘で……五歌の彼女――いえ、それを超えた存在の超彼女なんですのォォォ!!」
七華の金髪縦ロールが激しく回転を始めた、
こうして、女二人の戦いの火蓋は切って落とされた。
かに、思えた……。
「あっはっはっは、面白い冗談なのじゃ! わらわの五歌兄様が浮気などするはずがないのじゃ。七華は、わらわを笑わそうと面白いことをいうのじゃ」
陽花里は屈託なく笑った。
「五歌兄様、この七華は面白いことをいうのじゃぞ」
との問いかけに、五歌は答えなかった。
陽花里がもう少し大人のレディーであるならば、その時の五歌が小刻みに震えていたことも、視線が陽花里の目ではなく、あらぬ方向を向けられていたことにも、気がつけたかもしれない。
しかし、陽花里はまだ九歳。お子様でしか無いのだ。
「じゃが、もし本当に七華とやらが、五歌兄様の彼女だと言いはるのであるならば、わらわは本当の彼女として、それ相応の対応をしなければいけないのじゃ」
「彼女じゃないんですの! 超彼女なんですの! あなたのような、お子様との恋愛ごっこ等とは違って、超越した存在なんですの!!」
「あっはっはっは、七華はまだ冗談をいうのかや? ……そろそろわらわは、笑えなくなってきたぞ?」
陽花里の目の奥の表情が変貌するのが感じ取れた。
その目が殺気を帯びていることに、動物的直感で感じ取った最桃は、この事態を収拾すべく慌てて二人の間に割って入った。
「あ、ああああああ。い、五歌の事は、もうみんなが知ってると思うから、これで自己紹介タイムは終了だにゃ! そうだにゃ、五歌?」
「あ、ああ、そうだな。自己紹介はおしまいだな。さて、この後は、みんなで何かして遊ぼうかな―」
「そうだにゃ! 遊ぶにゃ!」
「だ、ダルマさんがころだんでもしようかな? それがいいかな?」
あまりにも強引な取り繕いだった。
だが……。
「なに! だるまさんがころんだかや!」
思いのほか、陽花里は容易く食いついてきた。
超常の能力を持っていても、陽花里は九歳。
遊びたい盛りなのである。
「陽花里は、五歌兄様とだるまさんがころんだがやりたいのじゃ! 懐かしいのじゃ、同じ学校だった時はよく一緒にやったのじゃ」
それは、まだ数カ月前の出来事であるはずなのに、陽花里はまるで遠い昔を偲ぶような顔をした。
陽花里が一日千秋の思いで、五歌との再会を待ちわびていたことを、確信付けさせる表情であった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいですの! わたくしとの決着は……ふがっ」
と、言いかけた所でその口は最桃の手で塞がれてしまった。
「まぁまぁ、なのかちんも、たまには童心に返って遊ぶのもいいもんだにゃ?」
暴れ牛のように突進しようとする七華を、最桃は必至の思いで両肩を抑えては押しとどめていた。
「そんな場合じゃないんですの!」
「彼女の座をかけて戦うにしても、相手を知ることが大切にゃ? 今のまま、なのかちんが、あの陽花里ちんと戦って勝てると思っているのかにゃ?」
最桃は、周りに聞こえないように七華に耳打ちした。
七華は、黒板に開けられている大穴に目をやった。
確かに、相手の戦力を知らずして闘いを挑むのは愚の骨頂。
そして、七華は知る由もないが、ほんの数時間前にそれをやらかして大敗を喫した数万の軍勢が確かに存在していたのだ。
「わかりましたんですの。今は引いておくんですの。そして、だるまさんがころんだをするんですの!!」
こうして、戦いの火蓋は全く予想外の所で切られることになった。
そう、だるまさんがころんだ! である。