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01話 転校直後にジェットストリーム告白!!

 

 まるで舞台のセットのように、青々とした清々しい空。

 まるで、綿菓子のようにモクモクと白々しい雲。

 晴天、まさに晴天と呼ばずしてなんと呼ぶのか。

 そこに、そびえ立つ巨大な建造物。

 それを人はなんと呼ぶのか? 

 アンサー。

 ここは、学園。名前もない学園。

 そこに、ある一人の男が、転校してくるところから、この物語はスタートする。


 ここは、名も無き学園の教室内。

「どうも、那由多五歌なゆたいつかです」

 自分の名前を名乗っては、軽く会釈をする。

 ただこれだけの動作に、このクラス中が騒然とする。

 そして、この後に続くであろう、自己紹介の言葉に全力で耳を傾けようと固唾を呑んだ。

「両親が海外に出張中で、一人暮らしをしています。みなさんよろしくお願いします」

 その言葉に、教室がざわめきだす。

 

 今は六月、この中途半端な時期の転校、さらに両親が海外の出張中で一人暮らし。

 確かに幾らか不自然ではある。だが、それだけの事で教室がざわめきだすものなのだろうか? このクラスの生徒が感じ取ったものは、それとは異質なものなのか?


 那由多五歌と名乗ったの男は、身長百七十センチ、体重五十八キロ。

 髪型はミディアムカットで、容姿に偏差値をつけるとするならば、悪くはないが、取り立てて美少年などでは全くない。

 那由多五歌、彼を表現するならば《何処にでもいそうな極普通の高校生男子》それが一番最適であろう。

 

「ついに、来たか……」

「ええ、私達の戦いが動き出したのよ……」

「私、頑張るんだからっ」

「俺、ワクワクしてきたぞ」

 生徒たちは、腕に付けられている腕時計のような機械を見ながら、口々につぶやいていた。

 そして皆、獲物を狙う鷹のようなギラギラ血走った眼を、那由多五歌に向けていた。


――なんだ、何がどうしたってんだ? ただ普通に転校の挨拶をしただけだよな? それとも、俺は何かマズイことでも言ったか?

 五歌は、先ほどの自己紹介を心の中で反復してみたが、至って当り障りのない文言である。

 とすると、自分の服装にでも問題があるのでは? と、考えてみたものの、五歌が着用しているのは、この学園の制服であり、別段不良のように着崩しているわけでもなかった。

 何故なのか?

 その疑問の答えが出る間もなく、更に疑問を重ねるように事態は動き出す。


「那由多君、私と付き合ってください。そうしてくれないと、わたし死にます」

 唐突に椅子から立ち上がり、死の宣言と愛の告白を同時にぶちかましてきた、クレイジーな女子。

 名を、比呂瑞里ひろみずりという。

 黒髪ロングでストレート。切れ長パッチリお目目に、魅惑のプルプル唇。

 手を胸元で組んでお目目をうるわせての告白攻撃は、普通の男子であるならば、確実にクリティカルヒットで首をはねられる。もとい、心を奪われることうけ合いだ。

 だが、よく見てみよう。

 彼女の手には、何故かカミソリが握られているではないか。

 そして、彼女の眼はこう訴えている

『もし、この告白を断られたら、わたし手首を切って死にます』

 五歌は、その唐突かつデンジャラスな告白に戸惑った、狼狽した。

 取り敢えず、何かを言わなければと思い口を開きかけた瞬間、矢継ぎ早に次の攻撃が五歌を襲った。

「那由多ちん、あたしとラブラブするんだにゃ!」

 少女はいきなりピョンと垂直にジャンプすると、空中一回転を決めて机の上に着地をした。

 見事な演技に、どこからか現れた謎の審査員が十点満点の札をあげる。

 名を、伏寿最桃ふくじゅももも

 ショートカットに、活発な口調。パンツが見えそうなくらい短いスカートの下には、きっちりとスパッツを装備。だがこのスパッツが、ピチピチの太もものラインを強調して、スポーティーかつ妖艶な魅力をアップさせている。

 顔立ちは猫のような愛くるしく、頭にはこれでもかと猫耳っぽいリボンを装着している。そして、語尾にはあざとく『にゃ〜』をつけるという徹底ぶり。

 これには、男子のハートもタジタジだにゃ? といきそうなものだが、初対面でこんな物を見せられたら寧ろ引く。実際、五歌はドン引きしていた。

「待ってください、そんないきなり愛の告白とかみんなおかしいです。那由多さん困っているじゃありませんか! 那由多さん付き合ってください」

 優等生的な発言をして、皆をたしなめると見せかけての告白。フェイント告白とでも言うのだろうか。

 更に、彼女の身体の位置が異様に高い場所にあるのに注目してみよう。

 彼女は二メートルを超える長身女子なのか?

 答えはノーである。

 この少女は驚くべきことに、クラスの男子の二名の肩の上に騎馬戦よろしく立っていたのだった。

 その異様な姿と、頭上から見下される視線に五歌は立ちくらみをしかけた。

 彼女の名前は、名瀬夏瑠流なぜかるる

 ぽわぁ〜んとした顔立ちに、トロンとしたお目目、そして頭には変な電波でも受信でもするのか? と言わんばかりの超特大あほ毛がなびいていた。

「那由多さん、大丈夫ですか? 付き合ってください、付き合ってください、むしろ、合体変形してください」

 この女子が、いかにとろけそうな瞳で、優しく手を差し伸べてくれていようとも、五歌が掴むわけもなかった。

 そもそも、合体変形とはなんなのか?

 まさか、この騎馬男子達が、飛行形態にでも変形するというのか?

 五歌は、変形を完了した姿を想像しては、得も言われぬおそれをを感じて、黒板ぎりぎりのところまで退いた。

「どうなっているんだ……」

 五歌は今現在自分の置かれている現状がまるで理解できないでいた。

 一つの可能性だけを示唆するならば……。

『そうだ、これは夢に違いない……』

 これだったのだが、その可能性を試すべく、五歌は思いっきり頬をつねりあげたが、ごくごく普通に痛いだけだった。

 これにて、夢である可能性は消え去った。

 夢ではないと判断した五歌の次にとった行動は……。

「すみません、ちょっとお腹は痛くなってー」

 逃走だった。

 転校してきて、自己紹介を終えたばかりの那由多五歌は、逃げるように教室を飛び出したのだった。


「チッ、出遅れたのですの……」

 教室のドアを開けて逃げ去る五花の後姿を見て、苦虫を噛み潰した様な表情を見せたのは、七宮七華しちみやなのかだった。

 金髪縦ロールで、右目が銀色、左目という異質な碧眼を持つこの少女。

 一体何を考えて、金髪縦ロールと言う髪型をチョイスしたのか、幾らか頭を悩ませるところだった。

 そして、気品あふれる面持ちと、絶えず反り返って皆を下に見る上流階級の立ち振舞は、いかにもお嬢様でございます、とのアピール満点である。

 七華が出遅れてしまった理由、それは先ほどの三人の更に上をいくために、下僕男子を利用して人間ピラミッドを制作していたせいであった。

「四段ではなく、三段で妥協しておけば間に合いましたのに……。使えない下僕ですの」

 七華は下僕の背中を踏みつけた。

「ありがとうござます!!」

 下僕は、感謝の声を上げた。


 ※※※


 教室から飛び出した五歌は、トイレに向かった……わけではない。

 とにかく、今はこの状況を整理して理解するための時間が欲しかった。

 その時間を手に入れるべく、五歌が向かった先は……。

 屋上。

 普通の学校の屋上と言うものは、鍵がかかっていて入れないはずなのだが、偶然なのか運命なのか、鍵はかかってはいなかった。

 もしこの時に、五歌が冷静さを失っていなければ、五この状況があまりにも出来過ぎていることに、気がつけたかもしれない。だが、今の五歌に平静さなどありはしなかった。


「なんだなんだ、いきなりモテ期がやってきたのか? それにしても、唐突すぎるだろ。不自然すぎるだろ……」

 五歌は、吐き出すように言葉を屋上のコンクリートにぶつけると。床に腰を下ろした。

 日差しに暖められたコンクリートが、生暖かくて少しの不快感を五歌に与えた。

 ふと、その日差しを遮る影が、五歌の頭上に現れた。

「君のその疑問に答える、頼もしい親友はいりませんか?」

 その影の主は、胡散臭い訪問販売のような安っぽい口調で、自分を売り込んで見せた。

――誰だよ?

 と、五歌が言葉を発するのを遮るように、この安っぽい男は、ツラツラと話しだす。

「はいはい、わかっています、わかっていますとも。問われる前に自己紹介をいたしましょう。私は、あなたのクラスメイトで友田信之介ともだしんのすけと申します。そして、そして、今この瞬間から、貴方の親友とあいなります。よろしくお願いします!」

 と、仰々しく頭を下げた。

「あ、まにあってます」

 五歌は、新聞勧誘を断るときのように一瞥もせずに即答した。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。確かに、いきなり親友ってのもアレかも知れませんですけどね、今のあなたの置かれているこの不可思議な状況を理解したいとは思いませんか? 思っちゃいませんか? 思いますよねぇ〜? そのためには、頼りになる親友さんってのが必要なんじゃないですかねぇ〜? ねぇ〜?」

 これほどまでに、顔面を殴りたくなる話し方をする男がいるだろうか?

 実際の所、五歌はすでに拳を固めていた。

 次に何かを言い出したら、とにかく殴ろう。きっと、こちらから手を出したとしても、きっとこの男ならば正当防衛が成立するに違いない。そう信じてやまなかった。

「えぇい、知りたくないと言っても、無理やり教えちゃいますよ。えぇ、えぇ、教えてしまいますとも!」

 ついに、五歌の拳が信之介の顔面に向けて発射される。

 と、なるところだったが、この男の顔面に手が触れることすら、すでに気持ち悪いと思うほどに嫌悪していたので、それは躊躇することにした。

「あなたは、この学園での主人公候補として、選ばれたんですよ!」

 信之介は言い切った。誰も聞いてはいなかった。

 この言葉で、五歌の中でモヤモヤしていたものが、形として答えになった。

 そう、この男が明らかに頭がアレなやつであると判断したのある。

「その顔は信用してない顔ですね? こいつ頭がアレなんじゃないか? 早く病院にいって治療をうけたほうがいいんじゃないかと思いましたね? わかりました! 受けてきます!」

 信之介はクルリときびすを返すと足早に屋上を後にした。

「なるほど、自分の病状には気がつているんだな……」

 五歌は自分の判断が間違いではなかったことを理解した。

 そして、アレな人と関わらないで済んだことに、ホッと安堵の息をついた。

 のも束の間。

 ドドドと、けたたましい足音を引き連れて奴が戻ってきた。そう、頭がアレの男こと信之介である。

「止めろよ!! これじゃ本当にアレな人になってしまうじゃないか!!」

 信之介は乱れた呼吸のまま、アレな感じでアレな人であるということを否定した。

「え、違うのか……?」

「ボケでしょ? ねぇ? 今のはどう考えてもボケでしょ? おいおい、本当に病院にいくんかぁ〜い! って、突っ込んで止めるところでしょ? ねぇ?」

「いや、普通にいつもの病院に行くところなのかと……」

「いつものってなんだよ!! 毎日通ってるのかよ!! どんだけなんだよ、僕は!! 僕って人間がいかにアレな人でないか教えてあげるから、よく聞きなさいよ!」

「いや、うざいからいいよ」

「……」

 わかってもらえただろうか?

 この那由多五歌という男は、絶えず自分のペースでいることの出来る能力を持っていた。

 え? 教室での告白には慌てていたのではないかって? 

 そこは、やはり年頃の男の子だということなのです。はい!!

「もぉ、兎にも角にも、その腕についてるリングを見るんだ」

 信之介は、自分の腕に付けられている金属で出来たリングを指さした。

 これは、五歌が入学の時に校則によって常時はめているようにと言われたものであった。

 これ以上、アレな人を興奮させると、アレな感じになりそうなので、五歌は渋々言われたようにこのリングに目をやった。

 そこにはいくつかのボタンがあり、液晶画面には数字が表示されていた。

「千五百?」

「そう、それが君のSPだ!」

 《SP》聞いたことのない単語だった。それが何であるのか、興味は湧いたのだが、アレな人とは口を聞きたくなかったので気にしないことにした。

 そして、何事もなかったかのように、そろそろ教室に戻ろうと……。

「気にしろよ! 気にしないと話が進まないよ! そこまで、そこまで僕と喋りたくないのかい!」

 五歌は小さく首を縦に振った。

「ちっくしょうううう! ここまでコケにされたことは、この友田信之介、生まれて初めてだよ!」

 生まれて初めてだなんて、今までこの信之介の周りにいた人間が、とても優しい人達ばかりだったのだろうなと、五歌は思った。常人であるならば、こんなアレな奴と口を聞きたいとなどと思うわけなど無いのだ。

「……もういい、僕もう死にたくなったよ……」

 そう言って、屋上のフェンスへと向かって、とぼとぼと歩き出したが、勿論、五歌は止めはしなかった。

 形あるものは、いつしか消えるものなのである。

 そして、できれば消えてもらいたいものはすぐさま形をなくしてもらいたいものである。

 まるで、出荷される家畜のようにな哀愁を漂わせながら、友田信之介は、屋上のフェンスの方にとぼとぼと歩いて行った。

 ドナドナの歌が、何処からとも無く流れてきては、更に無情を誘った……。


「見つけましたわ! 那由多五歌!!」

 ドナドナの歌をかき消すように、屋上の扉を激しく開け放ち姿を表したのは、先ほど人間ピラミッド制作により、他の女生徒に一歩出遅れた七宮七華だった。

「さぁ、私とお付き合いしていただくのですの!!」

 慇懃無礼な物言いによる上から目線での愛の告白。しかし、このような告白をこのむ男子が多数いるのも事実。事実なのだ。むしろ、もっと強く罵って、踏みつけながら言ってください! などと、懇願する男子すら、数多く存在するのだ。

 が……。

「嫌です」

 教室での、ジェットストリーム告白に、いくらか場馴れしてすることが出来たのか、それともそっち系の男子ではないのか、五歌は空気を読まない能力をこの場で発動させ、取り付く島もない言葉で返した。

 七華は、その返答に愕然とした。

「どうして! どうしてですの? わたくしの何が不満だというのですの?」

 七宮七華は、自分の容姿に並々ならぬ自信を持っていたし、数々の男をその魅力によって手玉に取ったことも何度もあった。

 なのに何故?

「いや、ないだろ? 今どき金髪縦ロールって……」

「え……」

「あと、いかにもお嬢様ですって感じの《ですの》口調もちょっと……」

 五歌はタブーに触れてしまった。誰しもが思ってはいても、追求してはいけないこの世界におけるお嬢様キャラのタブーに……。

「だ、だって、お嬢様といえば、金髪縦ロールに、《ですの》口調と相場が決まっているじゃない!!……そういうもんでしょ? あ、……そういうものですの!」

「いやいや、今明らかに、《ですの》つけるの忘れてたよね?」

「そんなことはありませんですの。普通ですの。普段からこういう喋り方ですの」

「いやいや、今無理やりに《ですの》つけだしたよね?」

 七華は図星を付かれ一瞬怯んだが、そんなことに屈してはいけない。

 そう、お嬢様キャラは屈しない。絶対に膝を折らない。何故ならば、それがお嬢様キャラのお嬢様キャラたる所以にほかならないからだ。

「ぶ、侮辱ですの!! 全世界のお嬢様に!! そして我が七宮家に対する侮辱ですの!!」

「そこだ!」

「え? どこですの?」

 七華は辺りをキョロキョロと伺った。

 が、別に何もなかった。

 近くにドナドナの歌が流れているフィールドを視認したが、見てみないふりをしたので、何もなかった。

「お嬢様は、誰しもがお金持ちにへつらうと思っている、その性根が許せない。全てが、お金でどうにかなるとでも思っているのか! 人の心っていうものは、金で買えるような安っぽいものじゃない!!」

「はい、百万円」

 熱弁をよそに、七華は無造作にどこからともなく百万円の束を取り出しては、五歌の前に放り投げた。

 その百万円が地面につくかつかないかの瞬間に、すでに五歌の身体は即座に反応していた。

「うわあああああ、百万円だぁ〜」

 五歌は、ダイビングよろしく百万円の束に飛びつくと、すぐさまに枚数のチェックにはいった。

 そして、本当に百枚あることを確認し終えると、今までに見せたことのないほどのゆるんだ表情で、五歌は両手を掲げてバンザイをした。

「やったぁ〜。お金だ〜。百万円だぁ〜い、大統領だぁ〜い」

 百万円、それは魅惑の数字。まるで一国の最大権力者にも匹敵する数字である。

「なるほどねぇ……。あなたの性根はよくわかりましたですの……」

 まるで、ゴミ虫を見るような視線で七華は五歌を見つめた。

「はっ!? き、キサマ、俺を罠にかけたな!!」

「これは、罠というよりも墓穴を掘ったと言ったほうがいいと思うですの」

 それも、超特大の墓穴といったほうがいいだろう。

「くそう、それはともかく、この百万円は返しはしないぞ! もう、俺の脳内には買い物リストが出来てしまっているんだ。もし、これを返せというなら、俺は体面など気にすること無く、咽び泣くかもしれないぞ!!」

 奥歯を強く噛み締めて、絶対に金を返さないという決意に満ちた男の顔がそこにはあった。

「すぐさま返して欲しいのですの」

 その決意は瞬時に崩壊した。

「うわぁあああん」

 驚きべきことに、今年十七歳になろうという男が泣いた。五歌は本当に咽び泣いたのだ。

「ちょ、ちょっと、待って欲しいのですの……」

 流石の七華も、目の前で子供のように泣きじゃくられては、動揺するなという方が無理である。

「仕方ありませんわ、その百万円は差し上げますわ。その代わりに、私と正式にお付き合いをして欲しいのですの」

「はい! 喜んで!」

 間髪入れずの即答だった。

 勿論、五歌の眼に写っていたのは、気高く振る舞いながらも、少し頬を赤らめている七華の姿ではなく、百万円の札束に他ならなかった。

 まさに、ゲス野郎である。

「こ、これで、わたくしたちは恋人同士ということになるんですの」

 こうして、一組のカップルが誕生した。

 最低の成立方法で……。

「お、お金で付き合うことになりましたけれど、ちゃんと、わたくしのことを愛してもらうんですの!!」

 五歌の鼻先に指を突きつけて、愛を懇願する姿は、これはもう愛くるしくて目に入れても痛くないほどだった。

 七華は、どうしてこれほどまでに、五歌の恋人の座を要求するのか? 愛を欲するのか?

 そのことに、普通ならば疑問を持ってしかるべきだったろう、だが五歌は百万円の使い道のみに、思考の全てをフル回転させていたのだった。

「これで、わたくしたちの物語がスタートいたしますですの……」




 はてさて、カップルの成立を余所目に進行している完全に忘れられた物語が一つ。

 そう、屋上のフェンスに向かって、ドナドナを奏でつつゆっくりゆっくりと歩を進め続けている男こと、友田信之介である。

「あれあれぇ、僕は今死にそうになってますよ〜。後数歩でフェンスですよ〜? フェンスを乗り越えたら、地面に真っ逆さまになってしまいますよぉ〜? そしたら、僕ってば死んじゃいますよぉ〜? ねぇ、ねぇ!! 頼むから、僕の自殺を止めてくれよぉォォ!!」

 この信之介の悲しい叫びは、誰にも届いてはいなかった。

 実際問題、その叫びは五歌達の耳に余裕ではいるはずなのだが、二人に聞く気が全くないのだから仕方がない。残念無念である。

 目に大粒の涙を大量に貯め、鼻水をズルズルとすすりながら、哀れ信之介はフェンスから身を乗り出し、グラウンドに真っ逆さまに落ちては、真っ赤な血の花びらを咲かせてしまうことになるのか……。

 と、その時である。

「ハーッハッハッハッハ」

 何処からとも無くの高笑い。

 五歌と七華はその声の主を探すために、辺りをうかがう。だが、見つけることは出来なかった。

「ここだ!」

 声の主は、屋上の給水タンクの設置されている場所から両腕を組んで立っていた。

「さぁ、闇のゲームで勝負だ!」

 男はきっぱりと言った。

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