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[おおっと! テレポート!]

【勇者】(ゆうしゃ、ゆうじゃ、ようしゃ)


 【勇者】とは、勇気ある者のこと。

 しばしば英雄と同一視され、だれもが恐れる困難に立ち向かい偉業を成し遂げたもの、または成し遂げようとしている者に対する敬称として用いられる。武勇に優れた戦士や、勝敗にかかわらず勇敢に戦ったものに対しても用いる。


***


 インターネットに昨今氾濫する有象無象のコンテンツの中で、今現在おれの中で最も熱いのは、そう、ネット小説。


 ビバ、ネット小説。有名投稿サイト一つとっても数万と存在する作品数。人生を賭しても読み切れない、あふれんばかりの娯楽の熱き奔流。


 ハレルヤ、ネット小説。かの女神の数多の横顔。笑いあり涙あり冒険あり恋もあり男のタワーオブバベルに雷走るエロスあり。彼女の頭上に飽の一文字を見ることはない。


 グラシアス、ネット小説。そこに見る光。誰もが抱くだろうあこがれ。「これぐらいなら俺でも書けるんじゃね?」それは甘き死にも似た夢。そんな簡単なわけあるか。黒歴史ノートが分厚くなっただけでした。


 悲しむべきは、ネット小説、お前はメインストリームとでもいうべき何かにあまりに影響を受けすぎる。いいかげんな、トラックにはねられたり魔法陣に吸い込まれたり夢の中でやたらノリの軽い神とやらに理不尽言われたりで結局チートするのは飽きたんだよ!


 もっとないもんかな、今まで見たことないような、斬新でかつコンスタントに更新されてるネット小説。


 なかったら俺、かいちゃおっかなー、とか、またもや懲りずに夢を見て、ワードを開いて五行くらい書いて、気がつけばエロゲーが全画面で桃源郷モニターいっぱい幸せ。そんな風に人生を空転させるのが、まぁ、楽しかったっちゃあ楽しかった。上から目線の評論家気取りのおれの姿勢は贅沢厚顔不遜きわまるものだったのも確かだ。


 ああ、確かに思ったさ。「俺も異世界でチートでワンチャン!」って読むたび思ったさ。もう毎晩願ったさ。


 でもな。


「さぁ、起きなさいユウマ。今日は大切な日。王様にお城に呼ばれているんでしょう?」


 ふと思ったんだ、なんか思ってたのと違うって。


***


 目が覚めたら現代日本じゃ考えられない硬さのベットの上で、髪の毛がピンク色の上品な女の人にやさしく起こされていて、彼女の顔立ちの整い方と現実じゃありえないなんとも言えない違和感に――ラノベの挿絵が違和感なく立体になってしまいました、とでもいうような――脳みそを直でぶち抜かれた俺は、あっさりとここが日本じゃないと悟ってしまった。むしろその考えに違和感が存在していてほしかったが、あまりにもオタ・サブカルチャーによって訓練された価値観と、齢二十歳にしていまだくすぶっていた思春期の心意気は、それ以外の解釈を許してはくれなかった。


 そう。


 異世界だ。わお。


 瞳を半分開いたまま記憶を探ってみると、久々に訪れた大学近くのリサイクルショップで、思わず懐かしさに駆られて衝動買いしたレトロRPGの世界をイカレた縛りプレイで再探訪していた熱帯夜の夜に思い至る。なぜおれは講義を一週間もさぼってまで【ひのきのぼう】で世界を救おうとしていたのだろう。答えは分かっている。ロマンだ。


 帰り道で拾ったいい感じの木の枝を振り回す小学生レベルのまま、(おもに雑魚モンスターおよびはぐれたメタル的なあれの)血のにじむ努力の末手に入れた圧倒的な膂力で魔王を追い詰めたところまでは覚えている。具体的には回復アイテムもHPMPもいい感じに残したまま第二形態まで追い込んだはずだ。俺は今じゃ考えられないぐらいボタンの少ないコントローラー片手に、画面の向こうの勇者と一身同体となって戦っていたはずだ。勇者は邪悪な魔王と、おれはどこからか際限なく侵入してくるやぶ蚊と、激しく、果てのない争いの末、ついに終焉が見えたはずだったのだ。


 現代に残るマジック・アロマ「金鳥香」――またの名を蚊取り線香によって大きくその数を減らした忌々しい吸血蟲の最後の一匹を首筋に誘いこむことに成功した俺は、とっさに筋肉に力を入れることによりやつの針をがっしりと銜え込み、一撃必中の体制を整え、振り上げた左手を高らかにたたきつけた。ついでにテンションのまま画面の中でも大技を繰り出した、はず、だった。


 次の瞬間、これだ。


 もし俺の渾身の秘儀ヒラテ・デ・パァンが首のヤっちゃいけない部位をジャストミートして、全てはICUに横たわる俺の哀しい終わらない夢とかじゃない限り、これは異世界で間違いあるまい。


 間違いあるまい、頼むからそうであってくれ、「死因、自分の平手」とかさすがにないだろう。ないと言ってくれ。そんなおれの無意識の叫びも、動いていない脳みそにこの非常識な状況を受け入れさせた要因の一つだったろう。


 俺は、なんか異世界にやってきたのだ! 憧れの! 異世界に!


「あほらし」


 ずいぶんはっきりした夢の入り口だったな。


 俺は毛布を顔の上まで引っ張り上げて、二度寝を決め込むことにした。


 覚えがあるだろう。夢の中で唐突に「あれ、これおかしくない?」と気づいてしまうこと。記憶をたどっても中途半端にしか思い出せないそんなとき。いわゆる明晰夢と呼ばれるそれはもう「あんなこといいな、できたらいいな」で何でもかなってしまう素敵空間。それは夢の内容を自在にコントロールできる、と小耳にはさんだ俺は、ある時期こそ「これさえあれば人生バラ色じゃねぇか!」と夢日記をつけたりなんだり努力をした。


 が、どうも俺は人より夢を見るのが不器用らしい。妙に夢の内容が希望に届かないことが多かった。具体的にはエロいことしたくてもおれのRPG7がしなびたキュウリみたいにしか……、とか。なぜ夢の中で男としての自信を粉々に打ち砕かれねばならなかったのか。


 その上明晰夢を見るときは睡眠の質が非常に悪く、頭も体もまったく休んでないなんてことがざらだ。目の下のクマが取れなくなってきたあたりでもうきっぱり諦めて、唯一うまくいった夢の中での条件づけ「夢の中で寝たら目が覚める」を駆使して、エンターテイメント性より純粋な実用性を求めるようになったのだ。具体的にはすっぱりあきらめて目を覚ましたあと、頭蓋骨にコンクリ塊が詰まってるような不快感に「ちっ」と露骨な舌打ちをして、何時だろうが二度寝スタート、という具合に。


 だいたいおれの好みはロリとは言わないまでも同年代、せめて年上のおねぇさんレベルなのだ。たった今視界に入りこんだショッキングピンク・レディはなんというかこう、団地妻32歳夫は単身赴任中って感じで、守備範囲外というか、いや、ストライクゾーンに入っているんだけど、むしろ全然イタダキマスなんだけれども、初恋のあの子が夕暮れの教室でスカーフをほどきながら「ねぇ、わかるでしょ……」とほほ笑んでも無反応だったMrピクルスが反応するとは思えない。


 ましてや異世界など。


 いうなれば、まず「異世界に召喚されたー!」という夢を見ている状態で「これ夢じゃねぇか」と気づいた、それだけの話なんだろう。ただでさえうかつに掘り返せないトラウマ地雷原を抱えた俺の脳髄にこれ以上の危険物をマシマシすることはあるまい。大丈夫。夢の中でこそ「ドライバが正常に認識されません」となってしまうおれのデバイスだが、現実に変えればスパイウェアなんじゃないかというほど理性に干渉を仕掛けてくるのだ。だからこれ以上哀しくなる前に、寝よう、じゃない、目を覚まそう。


 そんな風な理論展開はいつものことで、チートでハーレムなニューゲームなんて通り一辺倒の現実逃避よりも、よっぽど切実な逃避行動だった。


 だったのだが。


 いつもなら夢だろうが現実だろうが容赦なく襲いかかってくる二度寝の誘惑は、あの「あと、五分。五分だけ……」という抗いがたい欲求は、まるで姿を見せてくれなかった。


 というか、それどころじゃないプレッシャーが、毛布越しにひしひしと伝わってくる。


 平成生まれの現代っ子にして、喧嘩どころかまともな握りこぶしさえ作ったことのないおれにも、はっきりとわかる、重圧。


 頭皮が「あ、だめです、もうこれ駄目です、無理っす、パージ作業に入ります!」と聞き捨てならない弱音を吐いているのがひしひしと伝わってきて、おいやめろ、なんで夢の中で下半身に続いて上半身にまで十字架を背負わなきゃならないんだ。


 恐る恐る。毛布から、顔の上半分だけのぞかせる。そこには相変わらずピンキー団地妻が、おれの顔を覗き込むようにたっていて。


 ここが異世界だとか、あるいは夢だとか、そんなことを平気の平左で通り越して、おれはこの人がおれの「母親」なんだ。と、理解した。


 そう思わなくては、目の前の彼女に、申し訳ないような、そんな気さえしたのだ。


 それほどに、その表情は、母性と、慈愛に満ちていた。


「さぁ おきなさいユウマ 今日は大切な日 王様にお城によばれているんでしょう?」

「……母さん」


 なぜだろう。俺の母親は今でも郷里にいるはずだ。


 口うるさくて、味付けが濃くて、都会の大学に通う一人っ子のおれを誰よりも心配してくれる、大事な母が。


 なのに、目の前の彼女は、あまりに自然に、おれにとって「母親」で


 俺の呼びかけに、彼女はいっそう、笑みを深めて、こういった。


「さぁ おきなさいユウマ きょうは大切なひ 王様におしろによばれているんでしょう?」

「…………母さん?」


 その微笑みとともに、慈愛も母性も、より深まって。


「さぁ おきなさいユウマ

 きょうは たいせつなひ

 王さまにおしろによばれているんでしょう?」


 焦点の外れた瞳にのぞきこまれたおれが反射的に飛び起きると。


 ベットの下のおれはなぜか寝間着でなく仰々しい鎧を着ていて。


「彼女」の光のない瞳が、確かにそれをとらえた。


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