5話
「罰が二度と村に立ち入らせないだけなんて甘すぎるだろ! 然るべき処罰を与えろよ!」
村長に向かって嘗めた口調で怒鳴っているのは、村長の子供で俺を昨夜襲ってきたイケメンだ。
その顔は俺がボコボコにした所為で、見るも無残な結果になっている。
HPがモブキャラよりも高くなければ、確実に殺していた。
そもそもなんでこいつのHP高いのか理解に苦しむ。
スキルが一つも無く、ヒョロイ身体に偉いところの坊ちゃんみたいな金が掛かってそうな服装、武器の一つも持っていない。
「そうよ! マルク様をこんなにして、ただで済むわけないじゃない!」
「そうよそうよ!」
イケメンの名前はマルクと言うらしい。まぁどっちでもいいけど。
ヒステリー気味に叫んでいるのは村の娘達、それも結構な数である。
マルクを見つめる瞳には、情欲の光が宿っている。
恐らくマルクに惚れているんだろう。ここで味方をして恩を売っておく腹積もりか。
ああ、もしかして、これだけの娘と既に肉体関係を結んでいて、体力がついた的な意味でHPが多いとか。
「元々私と約束がありましたし、外から窓を破って無断で入ってくるなんて事も無いはずです」
部屋と鏡を貸してくれたこの女が口を挟んでくる。やはりマルクの味方だ。
私と約束があったという部分をやけに強調していて、若干優越感に浸っているような印象を受ける。
借りもあるから敢えて反論はしない。
窓の破片だってほとんど内側にあるし、外から誰か進入したってのはすぐに解りそうなもんだし。
「マルク様がお前みたいな奴を襲うわけ無いじゃない!」
「あんたがマルク様を襲ったに決まってるわ!」
外野が金切り声で五月蝿い。ちなみに俺はいつもローブで顔を隠している。
遠めじゃ身長もそれなりだし、男か女かわからないだろう。
正直面倒くさい。
俺は起こった事ありのままを話した。
マルクに襲われたので、返り討ちにした。怒りのあまりやりすぎたとは思って反省していると。
一方マルクは俺が襲ってきたと抜かしやがる。俺がいた部屋の家主と逢う予定だったのだから、他の奴を襲う道理がないと
外見は女でも中身は男だと言うのは簡単だが、今さら信じてもらうのは難しい。
マルクは村長の息子だ。村長もやはり息子が可愛いと見える。
基本的に息子の言う事を信じているようである。
俺みたいなすぐ居なくなる者のために、村の者同士の溝を深くする必要もない。
そこで村長の提案が村からの即時追放。二度と立ち入らせないことである。
それならそれで別にかまわない、こんな村早く出て行きたいのだが……。
国の街に入るためには身分証明書が必須である。これはいずれかの国の民でなければ支給されない。
読んだ事のある昔の異世界トリップ小説では、簡単に身分証が手に入るが、この世界ではそうはいかないのだ。
そのため提案されたのが、ウーノ森でサイクロプスに返り討ちにされた者と入れ替わる事だった。
今俺が着ているローブや、クロスボウなどは入れ替わる予定の者の遺品だ。
名前やヘディアル人と言うのは解っているが、今は万全を期すため、街に変な噂などが無いか聞きに言ってもらっているのだ。
閑話休題。
「それだけじゃ俺の気が治まらない」
「だからどうするのじゃ?」
「俺に任せてくれって」
「だから説明をしてくれんと許可はできんのじゃ」
「俺を信じてくれって」
きっとエロ同人みたいな事をするつもりなんだろう。もう性欲を抑え切れませんって面してやがる。
そういえば表情から感情をよく読み取れるようになっている気がする。
所詮憶測だから絶対そう思ってるなんて言い切れないけど。
「全裸にして村の中心に一日吊るしておくのがいいわ」
「最近男達の視線が怖いですし、一日慰みものになってもらうのがいい」
などと村の娘達を中心に話は大きくなっていく。
ああもうイライラする。
「もういいです。お世話になりました。さよなら」
幸い俺自身の街に行くための準備は整っている。
背中にクロスボウと矢を背負い込み、腰にはアイテムボックスみたいな魔道具の腰ぎんちゃく。
身分証に少ない路銀と食料。
サッと立ち上がると、娘達を押しのけ玄関から出る。
「待ちなさい!」
「逃げるな!」
などと後ろから聞こえるが気にしない。
確か街に向かう連中はこっちの方に向かって行ったよな。
俺は北にあるブラウアインツ帝国の街を目指し出発した。
2日掛けてようやく森を抜けた。もちろん魔物に一度も襲われてなんか無い。
眩しさのあまり目を瞑る。ローブが無ければもっと酷かっただろう。
空は雲ひとつ無いくらい晴れ渡っており、日差しが強い。
見渡す限り雑草が生い茂る草原。遠くの方に壁に囲われた街が見える。今日中にはなんとか着くだろう。
街の方から西の方へ向かって、街道と思しき砂利道がウーノ森を迂回するように伸びている。
まっすぐ進んでいると街道にぶつかった。
しばらく街道を歩いていると何人かとすれ違う。
一様に何してんだコイツという視線を向けてくる。
商人のような人も冒険者のような人も、皆等しくちっちゃい恐竜のような魔物に乗っていた。
この世界に動物は存在しないので、魔物のはずだ。
ファンタジー十八番の荷台付き馬車とかないのかね。
馬の代わりに魔物に引かせるとか。
それにしても早いな、車くらいスピード出てるんじゃないだろうか。
それから幾人かが横を通り過ぎ、町の門前まできた。
もう日が入り始め、辺りは暗くなり始めている。
それにしても思ってたより壁が低い、俺の身長より若干高いくらいか。がんばってジャンプすれば中が覗けそう。
俺が中に入ろうとせずうろうろしていると、門番が話しかけてきた。
「身分証を出せ」
「…………」
無言で腰ぎんちゃくから身分証を取り出し提示する。
声は極力出さないようにしないと、下手に印象もってたら困るからな。
「少し待ってろ……ん? ちょっと待て、お前グローリアのメンバーじゃないか? 他のやつはどうした?」
ほらな、いきなりだよ。ってかどうしよう、なんて答えよう。
門番が顔見知りとか洒落になんねぇ。
「……いや、これだけ長い間帰って来なかったんだ。みんなヤられちまった……のか」
「…………」
なんか勝手に勘違いしてくれてる。ここは適当に頷いておくか。
「すまない。お前ら破竹の勢いで強くなっていったから、ゴブリン討伐くらい余裕だと思ってたんだが」
「…………」
一体どの程度こっちのことが知られているのか解らない、下手に喋るのは愚作だろう。
ここは意気消沈、お通夜モードという体で通そう。
ん? それにしてもゴブリン討伐って、サイクロプスの討伐じゃなかったのか?
「まぁ助かった命、他の奴の分までちゃんと生きろよ。相談には乗るからいつでも声掛けてくれ」
ぽんぽんと肩を叩きながら、励ましてくれる。
この門番いい人だ。間違いなくいい人だ。でも俺は偽者なんです。本当にすみません。
身分証を返してもらい、街の中に入り振り返ると、門番は手を振りまだこちらを心配そうに見つめていた。
俺はなんだか凄い罪悪感に苛まれるのだった。