私の婚約者のサバサバ系幼馴染
サバサバ系ってどんなのか考えたらこうなった。
「これを、ジャンヌ嬢に」
そう言って渡されたのは、ピンクや黄色の花をつけたビオラの鉢植えだった。
「まあ、可愛い」
思わず感想を漏らせば、にこりと笑ってうなずかれる。
「ええ。あなたのようです」
「え……」
「薔薇はうつくしいが棘がある。香りも強く、好みが分かれます」
鉢植えを見つめながら続けた。
「ですがビオラのようなちいさな、可愛らしい花は、見た人の心を温かく、笑顔にしてくれる。ジャンヌ嬢にぴったりの花だ」
「デュッカー様……」
「どうか、今日一日は、アレクとお呼びください」
切れ長の青い瞳がはにかんだ。ジャンヌは息が止まるほどのときめきを覚え、ビオラの鉢植えをぎゅっと抱きしめる。
「お嬢様、お気をたしかに」
そっと近づいたメイドが声をかけ、鉢植えを受け取ってくれなければ、ジャンヌはいつまでも抱えたままアレクを見つめていただろう。
「まあジャンヌ。なんですか玄関先で」
「お母様」
ぐずぐずしているのを見かねたのか、それとも『噂の相手』を見定めようと思ったのか、母が現れた。
「これは、母君様。申し訳ありません、母君様によく似たジャンヌ嬢の可愛らしさに身動き取れずにおりました」
「まっ」
「今日一日、お嬢様をお預かりいたします。お許しくださいますか」
アレクが母に向かい一礼した。その真摯な様子に母がぽっと頬を染める。
「ま、まあ。よろしくてよ」
「ありがとうございます。お近づきのしるしに、こちらを」
従僕を振り返ったアレクがリボンでラッピングされた小箱を差し出す。
「あら、ご丁寧に」
「いいえ。大切なお嬢様に楽しんでいただけるよう、精一杯努めます」
ふっ、と微笑まれ、母はうっとりした顔で背中から倒れた。ときめきの爆弾が命中したようだ。
「奥様ー!」
アレクは目を丸くし、「やりすぎました?」とジャンヌを振り返った。ジャンヌは首を振った。
「母も本望でしょう」
「そう……? では、行きましょうか」
アレクが腕を差し出し、ジャンヌが手を添えた。
デートは出だしからときめき過多だった。
アレクのデートプランは街歩き。といっても行き当たりばったりなものではない。
今までの短い会話から、ジャンヌは刺繍が趣味なこと、古い伝統的な文様や地方独自のもの、それの持つ意味合いにも興味があることに気づいて、本屋や手芸店、地方の民芸品を取り扱う商会を案内してくれたのだ。
「それだけではありませんわ。歩き疲れないタイミングでカフェに寄ったのですが、個室を予約してくれていたんですの」
デートの翌日。誰かに目撃されていたのか、ジャンヌは友人に捕まった。
婚約者のいる令嬢が婚約者ではない、しかも美形とデートしていたのだ。娯楽に飢えた学園ではあっという間に噂になる。授業中もそわそわ、移動時間では足りないと、放課後に満を持して取り囲まれた。
「歩き疲れないタイミングって絶妙ですわね……!」
「個室もポイント高いですわ。こっそり靴を脱げますもの」
「まさにそうなんですの! まずアレク様が「窮屈だ」と言って靴を脱いでくださって。私も脱いで、二人で笑ってしまいましたわ」
令嬢の靴は外用であっても見た目重視だ。低くてもヒールがあるし、歩きやすさなどまったく考慮されていない。
「段差があれば危ないと手を繋いでくれましたし、路地で遊んでいた子どもが飛び出してきた時にはさりげなく庇ってくれました」
きゃあ、と友人たちがちいさく歓声をあげた。
「さりげない気づかい、素敵ね!」
「アレク様を誤解していましたわ。完璧なエスコートではありませんか」
「あの噂って何だったのかしらね? アレク様が……」
「ジャンヌ!!」
昨日のデートを自慢たっぷりに話していると、噂を聞きつけたのかマリオが走ってきた。ジャンヌの婚約者だ。
隣には、当然のようにマリオの幼馴染もいる。
「あら、マリオ様」
「君が見知らぬ男とデートしていたというのは本当かっ!?」
相当焦っているのだろう。マリオは肩を上下させている。
「ああ、それはわたしだ」
一方の幼馴染――アレクサンドラは落ち着いたものだ。しれっとして言い放った。
「はっ? ……えっ?」
「ジャンヌ嬢、昨日はどうもありがとう。おかげで楽しいひと時でした」
「そんな、アレク様。私こそ楽しませていただきましたわ」
アレク――アレクサンドラはまぎれもない女性である。
ただし彼女は学園の騎士科所属で、髪は短く、所作や言葉遣いも令嬢というより男性に近い。
「え、サンディと、ジャンヌが?」
「そうだ。わたしをジャンヌ嬢に紹介したくせに、彼女と話をしているとなぜかマリーが割り込んでくるだろう?」
「幼馴染にしかわからない昔話で不快にさせてしまったと、お詫びに誘ってくださったのですわ」
そうなのだ。
ジャンヌの婚約者となったマリオは、二人で会ったのは婚約後の二回ほど。学園に入学してからはなぜか毎回アレクサンドラを呼び出した。
学園だけではない。デートにもマリオはアレクサンドラを連れてきた。
どういうつもりか。戸惑ったのはジャンヌとアレクサンドラだ。淑女科と騎士科では共通点が無さ過ぎて会話にも困る。なんとか双方気を遣って趣味や好みの会話を振ると、マリオが昔の話を持ち出してだいなしにしてくれた。
二人にしかわからない思い出話にジャンヌが黙り込むと、決まって「コイツは男友達みたいなものだから!」と的外れな言い訳をしてアレクサンドラの肩や背中を叩くのだ。
いや、そうじゃない。
嫉妬心がないとはいえないが、婚約者同士のデートに第三者を連れてくるのが問題なのだ。一番気を使うべきマリオがそんなんだから、ジャンヌとアレクサンドラはなんともいえない空気を醸すしかない。
娯楽に飢えた学園では格好のゴシップネタである。
ジャンヌの評判に瑕疵が付きかねないし、アレクサンドラなど『空気を読まずに婚約者との間に割り込むサバサバ系幼馴染』と散々である。それもこれもマリオのせいだ。
「なあ、マリー。お前、わたしが好きなのか?」
「はぁ!? 何言ってんだ!?」
「それともジャンヌ嬢に嫉妬してもらいたかったとか?」
「い、いやっ、それはっ」
「では両手に花を楽しんでいたのか? 言っておくがわたしは当て馬役などやらんぞ」
「ちがう! たしかにジャンヌは花だが、サンディはどっちかっていうと丸太だろっ!」
「ならば説明しろ。なぜジャンヌ嬢とのデートにわたしを巻き込んだ?」
「巻き込んだって……」
「巻き込んだだろう。婚約したばかりであれば、互いを知ってゆく大切な時期だ。そこに婚約者と友人でもない幼馴染を呼び出して、婚約者の知らない思い出話を振る。どんな理由があったのか、きっちり説明してもらおうか」
アレクサンドラに睨まれたマリオは、しおしおと縮こまった。
「……って、ジャンヌが……っ」
「声がちいさい」
「ジャンヌが可愛くて、顔を見ると緊張して……触ったら壊れそうだし、怖くて」
目を丸くしたジャンヌは、次にぽっと赤くなった。まるで繊細なガラス細工のように思われていたのだ。
「サンディは昔から知ってるし、女って感じはしないけど一応性別は女だし、俺がやらかしたらすぐに止めてくれると思ったんだ」
「なるほど」
先程から若干失礼なことを言っているが事実でもある。アレクサンドラだって、近くに居すぎてマリオを男として見られない。愛称だって「マリー」なくらいだ。
「なら、この状況はマリーの思惑通りだな」
アレクサンドラは言った。マリオのやらかしをアレクサンドラが止めることを期待していたのなら、まさにそうである。仮にも異性の幼馴染に甘えて頼り切って婚約者に愛想を尽かされる前に、行動を起こした。
「え、これはちょっとやりすぎ……」
「何を言う。このままではお前は、婚約者と幼馴染を天秤にかけ、さらに試し行為をした最低男になるところだったぞ」
「は!?」
思いもしなかったのだろう、驚いたマリオがジャンヌを振り返ると、ジャンヌだけではなく友人たちまで同時にうなずいた。
コイツは男友達みたいなもの、に嘘はなかった。しかし、時間と共に育んだ信頼や親密さを見せつけられて、良い気分になる婚約者などいないだろう。アレクサンドラがなんだこいつ、という顔で助けを求めるようにジャンヌを見てくるのがいっそういたたまれなかった。
「私は、このような形ではなく、マリオ様ご自身から、その不安を打ち明けてほしかったですわ」
「ジ、ジャンヌ……」
「わたしにもだ。婚約者が可愛すぎてどうしようと言うならエスコートの仕方くらい指南してやったのに」
やれやれ。ため息を吐いたアレクサンドラがまだ教室に残っていた生徒たちに「すまないが、しばらく二人だけにしてやってくれないか」と頼み、代わりにジャンヌとマリオを押し込んだ。
「サンディ!?」
「マリー、悪いが口説き文句は教えてやれない。それはお前が、ジャンヌ嬢のことを思って、心から溢れる言葉だからだ」
それだけアドバイスして教室のドアを閉める。アレクサンドラは、マリオのフォローをしなかった。
「こういう奴だから」とも「許してやってくれ」とも。そういう男の友情にありがちな、逆に許す気をなくすようなことは、何ひとつ言わなかった。
半ば強制的に二人きりになったマリオは、閉められたドアとジャンヌを交互に見て、ぼんっ、と顔を真っ赤にした。
「あ、あのっ」
「はい……」
二人きり。とはいえ外の喧騒は聞こえてくるし、廊下の人影も見える。不埒なことをされる心配はないだろう。
ジャンヌは腹をくくった。なぜアレクサンドラを連れてきたのか、理由と動機は聞いても、それは白状させられたからだ。まだ肝心なことを聞けていなかった。
「こ、婚約して、はじめて会った時、こ、こんなに可愛い子がって、びっくりしたんだ」
「……はい」
「何話していいのか、わかんなくて、焦って、あの、正直何言ったか覚えてなくて」
「はい」
あの時はジャンヌも緊張していて、会話の内容は曖昧だ。
お互いにちらちらと見つめっては、赤くなっていたのは印象に残っている。
「こ、これじゃ駄目だと思って、次こそはと練習もしたんだけど、やっぱり緊張してっ。何言ってんのかわかんなくなって」
二回目に会った時のマリオは、何かを言おうとしてお茶を飲んでごまかしたり、前のめりになって椅子から落ちかけていた。
意気込みは伝わってくるのだが、スマートではない。ジャンヌは内心でがっかりしたのだ。
それがマリオに伝わっていたのかもしれない。
「どうすれば……君に好きになってもらえるだろうか」
早口でまくしたてたマリオは、とうとう俯いてしまった。
ジャンヌだってマリオを悪く言うことはできない。当然、婚約したのははじめてなのだ。恋に憧れていても、実際にしたことはなかった。
それは、おそらくマリオも同じ。
恋を知らないまま婚約した者同士だ。
「私の隣で、私と同じ速さで、一緒に歩んでいきましょう」
上手く言葉が出てこなかったのはジャンヌもそうなのだ。場を和ませる話題、マリオが興味を抱きそうな話題、何が好きで何が嫌いか、子どもの頃の失敗談だって良かった。それらをジャンヌが提供していれば、緊張もほぐれ、マリオが暴走することはなかったかもしれない。
アレクサンドラを連れてきたのは、マリオなりに考えた、善意だったのだ。ジャンヌが退屈しないよう、気を利かせたつもりだったのだろう。でも置いて行かれるのは寂しいから、割って入っていた。
「少なくとも、今のお言葉は、嬉しかったですわ」
アレクサンドラのようなときめきはないけれど、じんわりと心の奥に染み込んできた。
「そ、そ、そう?」
「はい」
「良かった……」
泣き出しそうな顔で笑うマリオが可愛い、とジャンヌは思った。
廊下では、友人たちがアレクサンドラを取り囲んでいた。
「アレクサンドラ様がデートのお相手だったなんて、驚きましたわ」
「アレクでかまいません。ジャンヌ嬢へのお詫びもあるし、マリーには頭に来ていたのでおしおきも込めて誘ったのです」
「おしおき……?」
「ええ。女性騎士の主人は限られています。高貴な女性の護衛とはいえ、雇うのはよほどの家。わたしは王女殿下の護衛騎士を目指しているのです」
「王女護衛騎士!」
御年十歳の王女の騎士となれば、剣術、体術だけではなく頭脳も求められる。素行調査がなされるだろうし、そこで男女関係に難あり、とされれば合格は不可能だ。
王女護衛騎士は万が一にも王女と騎士が恋に落ちたりしないよう、女性騎士で固められている。そして、彼女たちの制服は動きやすいパンツスタイル、つまりは男装だ。
「それで男装でのデートだったのですね」
「ジャンヌ様が他の男性とデートなさったとマリオ様に勘違いさせるおしおきですか」
「そうですね」
うなずいたアレクサンドラは「ただ」と続けた。
「わたしの目標は『女性が理想とする男性』を演じることなのです」
「女性の?」
「理想?」
「将来王女殿下がくだらない男にひっかかったり、ハニートラップに嵌らないためにも、理想の男性が近くに居れば見る目が磨かれるのではないかと思うのです」
アレクサンドラは大真面目だった。
学園の制服は、女子はスカートが指定されているが、騎士科は例外でパンツかスカートのどちらかを選ぶことができる。アレクサンドラはパンツスタイルだった。
均整の取れた体つきにささやかな膨らみ。すらりと長い脚。足元は女子指定のヒールシューズだが不安定さは感じさせない。声も意識しているのだろう、男にしては高く、女にしては低い、なんともいえず耳に心地よい声ではきはきとした話し方だ。
「優美でありながら力強く、男らしくとも粗野ではない。清く、正しく、美しく! 常に誇りを忘れない。そのような男こそ理想だと思いませんか」
凛々しい美形のアレクサンドラに微笑まれ、「いや、別に」と言える女がいるだろうか。友人たちだけではなく、うっかり被弾した女子生徒、なんなら男子生徒まで赤くなった。ときめきの絨毯爆撃である。
「素敵……」
「アレク様ぁ……」
教室を出るタイミングを計っていたマリオは、ジャンヌまでうっとりしているのを見て、たまらずドアを開けた。
「サンディ! これ以上ジャンヌを惑わすのはやめてくれっ!!」
「あら、良いじゃありませんの。心配しなくても、私たちは女友達ですわ」
「ジャンヌ!?」
「そうだな。わたしたちを引き合わせたのはマリーだ。ジャンヌ嬢、またデートにお誘いしても?」
「ええ、嬉しいですわ」
胸に手を当てて一礼したアレクサンドラに、キャーッと黄色い悲鳴が上がった。
清く!正しく!美しく!女の理想とする男像っていえばやっぱこれかなって。




