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短編読み切り

夏色の君に

作者: 空野 翔
掲載日:2026/03/14

7月の上旬、梅雨明け間近。連日、外の気温は30度超え。オフィスのクーラーは容赦なく効いていた。

なのに俺たちは今、クリスマスを売ろうとしている。

「季節感ねーなー。」毎度のことながら、少し皮肉った。そう言いながら、プレゼン資料に目を通す。赤と緑の配色を交互に見て、目がチカチカしてきそうだ。

俺は佐藤涼太、28歳。この会社に入社して、5年は経つ。


「佐藤さん、デザイナーさんが来ました。」

社内のデザイナーは他の仕事で手いっぱいで、外部に発注したらしい。

「わかりました。」どんな人だろう。胸に少しの期待を抱く。

部屋に入ってきたのは女性で、白いブラウスに淡いミントグリーンのスカート。肩に抱えたトートバッグは、夏の空のような青いカバン。

「藤原彩花です。よろしくお願いします。」「こちらこそ…」

俺は一瞬言葉を失った。彼女自身がまるで、夏そのものみたいだったからだ。

会議室で2人、向かい合って座る。彩花はカバンからタブレット端末を出して、何パターンかデザインを見せてもらった。すでに幾つか用意してるなんて、仕事が早い。

「いかがですか?」彩花は少し不安そうだ。

「うん、いいよ。これらをベースに動こう。」幾つかのやり取りをして、その日は終了した。帰り際に彩花が、

「2人で協力して、クライアントが喜ぶのもを作りましょう。」

「そうだね…」この他愛のない会話が、何か楽しい。ずっと続けばいいのになんて思うくらいだ。


次の日から毎日、彼女と会う日が続く。冷たいコーヒーを2つ並べて。

いろんな話しをした。もちろん企画も練った。そして他愛ない話しも。

いつしか彩花は俺の隣に並んで座るようになった。

「涼太さん、これどう思います?」スケッチを見せてくるたびに、彼女の指が俺の手に触れる。

触れたい…

でも触れたら、この関係性が壊れそうで。いつも手を引く。


8月になると、クライアントの高橋翔太が頻繫に顔を出すようになった。彼は俺より3つ年上で、スタートアップ企業の若手社長だ。

高橋は打ち合わせのたびに彩花のいつも隣に座り、

「彩花ちゃんのデザイン、ほんとセンスいいよね。もしよかったら今度、うちのオフィスでゆっくり話さない?」

彩花は笑って受け流しているものの、高橋の目は本気だ。

妙に馴れ馴れしい。何かイライラする。


気づけば俺は、彩花のスケジュールばかりを気にするようになっていた。

高橋と夜遅くまで修正してるって聞いただけで、胸がむかむかする。


そしてあの日、彩花とのケンカ。


「高橋さんと最近、距離が近すぎじゃない?」俺は言ってしまった。

彩花の手が止まる。

「涼太さんに、そんなこと言われる筋合いはない。」彼女の声に熱がこもる。

「仕事とプライベート、ちゃんと分けてくれない?」俺も少しイラつく。

「…涼太さんに、私の何がわかるって言うの?」その声は震えていた。

「私はただ、仕事をしてるだけなのに…」

彩花は荷物をまとめ、静かに立ち上がった。

「彩花…」ドアの閉まる音が、夏の熱を残したまま響いた。


それからしばらく、彩花とのやり取りは業務的になった。

彩花は来社して来なくなった。

俺のパソコンの画面に映るのは、彩花が送ってきた修正データーのみ。

どれも完璧で、どれも冷たかった。

会話のやり取りも典型的だ。今まで鮮やかだった世界が、だんだんと色を失っていく。

2人で話した時間も、セピア色に変わりゆく。そんな感じだ。


9月、いよいよプレゼンの日。高橋の会社の近くで、久しぶりに彩花に会う。

2人は黙ったまま、高橋の会社の中へ。

気まずい…

正直、この2人っきりの状況が耐え難い。そこに高橋が来る。

高橋を交え3人でプレゼンをした。

長時間かかり冷や冷やしたものの、何とかプレゼンは成功した。

高橋も「完璧だよ」と笑っていた。

その日の夜打ち上げの店で、高橋が彩花の肩に手を置くのを見た。

俺はその瞬間に、店から出た。

――ふざけるな。――


隅田川花火大会の当日、俺は会場へと向かった。

クリスマスのプロジェクトが終わり、もう彩花と会う理由もない。

それでも俺は、人混みの中を歩いた。浴衣姿の人たちが笑いながら、楽しそうに通り過ぎる。

花火が上がるたびに、空が白く焼ける。


偶然だった…

屋台の前で1人、彩花が立っていた。

「…彩花」

振り返った彼女の瞳には、花火が映った。彩花は急に走り出した。

「待って…」俺は走って追いかけ、ようやく堤防の上で彩花に追いつき手を取る。

「離して」彼女は少し涙声だ。

「待って彩花、俺の話しを聞いて…」

「聞きたくない」

「…ごめん」俺は彩花に謝る。

「俺、どうかしてた。ちっぽけで、嫉妬ばかりしてた。…でも彩花がいないと、何もかもが色褪せるんだ。」花火の光が、彩花の顔を照らす。涙が一筋こぼれた。

「私も…怖かっただけなの」彼女の声は小さかった。

「また傷つくのが…裏切られるのが、怖かった。だから逃げてた」

次の花火が上がる。空が真っ赤に染まる。


俺はもう我慢出来なかった。

人混みの中で周りを気にせず、静かにそっと、彩花の肩に手を回す。

彩花の体温が伝わる。彩花の腕がゆっくりと俺の背中に回ってきた。

強く抱きしめた。

夏の熱さと、彩花の温もりだけを残して。


花火が終わり、水面にまだ残光が揺れている。

「…これからちゃんと、向き合おう」

彩花が小さく頷く。2人並んで歩き始めた。

夏の終わりが初めて、優しく感じれた。


―終わり―


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