夏色の君に
7月の上旬、梅雨明け間近。連日、外の気温は30度超え。オフィスのクーラーは容赦なく効いていた。
なのに俺たちは今、クリスマスを売ろうとしている。
「季節感ねーなー。」毎度のことながら、少し皮肉った。そう言いながら、プレゼン資料に目を通す。赤と緑の配色を交互に見て、目がチカチカしてきそうだ。
俺は佐藤涼太、28歳。この会社に入社して、5年は経つ。
「佐藤さん、デザイナーさんが来ました。」
社内のデザイナーは他の仕事で手いっぱいで、外部に発注したらしい。
「わかりました。」どんな人だろう。胸に少しの期待を抱く。
部屋に入ってきたのは女性で、白いブラウスに淡いミントグリーンのスカート。肩に抱えたトートバッグは、夏の空のような青いカバン。
「藤原彩花です。よろしくお願いします。」「こちらこそ…」
俺は一瞬言葉を失った。彼女自身がまるで、夏そのものみたいだったからだ。
会議室で2人、向かい合って座る。彩花はカバンからタブレット端末を出して、何パターンかデザインを見せてもらった。すでに幾つか用意してるなんて、仕事が早い。
「いかがですか?」彩花は少し不安そうだ。
「うん、いいよ。これらをベースに動こう。」幾つかのやり取りをして、その日は終了した。帰り際に彩花が、
「2人で協力して、クライアントが喜ぶのもを作りましょう。」
「そうだね…」この他愛のない会話が、何か楽しい。ずっと続けばいいのになんて思うくらいだ。
次の日から毎日、彼女と会う日が続く。冷たいコーヒーを2つ並べて。
いろんな話しをした。もちろん企画も練った。そして他愛ない話しも。
いつしか彩花は俺の隣に並んで座るようになった。
「涼太さん、これどう思います?」スケッチを見せてくるたびに、彼女の指が俺の手に触れる。
触れたい…
でも触れたら、この関係性が壊れそうで。いつも手を引く。
8月になると、クライアントの高橋翔太が頻繫に顔を出すようになった。彼は俺より3つ年上で、スタートアップ企業の若手社長だ。
高橋は打ち合わせのたびに彩花のいつも隣に座り、
「彩花ちゃんのデザイン、ほんとセンスいいよね。もしよかったら今度、うちのオフィスでゆっくり話さない?」
彩花は笑って受け流しているものの、高橋の目は本気だ。
妙に馴れ馴れしい。何かイライラする。
気づけば俺は、彩花のスケジュールばかりを気にするようになっていた。
高橋と夜遅くまで修正してるって聞いただけで、胸がむかむかする。
そしてあの日、彩花とのケンカ。
「高橋さんと最近、距離が近すぎじゃない?」俺は言ってしまった。
彩花の手が止まる。
「涼太さんに、そんなこと言われる筋合いはない。」彼女の声に熱がこもる。
「仕事とプライベート、ちゃんと分けてくれない?」俺も少しイラつく。
「…涼太さんに、私の何がわかるって言うの?」その声は震えていた。
「私はただ、仕事をしてるだけなのに…」
彩花は荷物をまとめ、静かに立ち上がった。
「彩花…」ドアの閉まる音が、夏の熱を残したまま響いた。
それからしばらく、彩花とのやり取りは業務的になった。
彩花は来社して来なくなった。
俺のパソコンの画面に映るのは、彩花が送ってきた修正データーのみ。
どれも完璧で、どれも冷たかった。
会話のやり取りも典型的だ。今まで鮮やかだった世界が、だんだんと色を失っていく。
2人で話した時間も、セピア色に変わりゆく。そんな感じだ。
9月、いよいよプレゼンの日。高橋の会社の近くで、久しぶりに彩花に会う。
2人は黙ったまま、高橋の会社の中へ。
気まずい…
正直、この2人っきりの状況が耐え難い。そこに高橋が来る。
高橋を交え3人でプレゼンをした。
長時間かかり冷や冷やしたものの、何とかプレゼンは成功した。
高橋も「完璧だよ」と笑っていた。
その日の夜打ち上げの店で、高橋が彩花の肩に手を置くのを見た。
俺はその瞬間に、店から出た。
――ふざけるな。――
隅田川花火大会の当日、俺は会場へと向かった。
クリスマスのプロジェクトが終わり、もう彩花と会う理由もない。
それでも俺は、人混みの中を歩いた。浴衣姿の人たちが笑いながら、楽しそうに通り過ぎる。
花火が上がるたびに、空が白く焼ける。
偶然だった…
屋台の前で1人、彩花が立っていた。
「…彩花」
振り返った彼女の瞳には、花火が映った。彩花は急に走り出した。
「待って…」俺は走って追いかけ、ようやく堤防の上で彩花に追いつき手を取る。
「離して」彼女は少し涙声だ。
「待って彩花、俺の話しを聞いて…」
「聞きたくない」
「…ごめん」俺は彩花に謝る。
「俺、どうかしてた。ちっぽけで、嫉妬ばかりしてた。…でも彩花がいないと、何もかもが色褪せるんだ。」花火の光が、彩花の顔を照らす。涙が一筋こぼれた。
「私も…怖かっただけなの」彼女の声は小さかった。
「また傷つくのが…裏切られるのが、怖かった。だから逃げてた」
次の花火が上がる。空が真っ赤に染まる。
俺はもう我慢出来なかった。
人混みの中で周りを気にせず、静かにそっと、彩花の肩に手を回す。
彩花の体温が伝わる。彩花の腕がゆっくりと俺の背中に回ってきた。
強く抱きしめた。
夏の熱さと、彩花の温もりだけを残して。
花火が終わり、水面にまだ残光が揺れている。
「…これからちゃんと、向き合おう」
彩花が小さく頷く。2人並んで歩き始めた。
夏の終わりが初めて、優しく感じれた。
―終わり―




