ep.61
湖の水面が、きらきらと光っていた。
その上を、不死鳥が鳥籠から放たれた小鳥のように自由に飛び回っている。
ただ眺め、——そうだった。とミアは自分の過去を思い返していた。
同じだ。——鳥籠。それは、かつての自分の部屋。
閉ざされた窓の内側で、何もできずに、ただ時だけが過ぎていった。
でも、ある日やってきた。
……辺境の魔術師が。
その水の魔法は籠のなかの私を解き放った。
初めて会った大切な思い出。いや、再会か。何でもない日が、記念日になった日だった。
それが今までも、胸をくすぐる。
その余韻のなか——ばしゃり、と湖の中央で水飛沫が上がった。
「なによこの展開っ、聞いてないんだけど!」
跳ねるように現れたのは、淡い赤色の毛並みに金の角を持つ小さな獣。テテポと同じ精霊だった。
くるくると宙で舞いながら、羽根のように軽やかに地に降りる。
「ドラココーっ!」
駆け寄ったテテポはドラココに飛びついた。
しっとり濡れた体をぷるんと震わせて水を払うと、ドラココは歩いてきた。
「へえ。……この娘が、新しい主ってわけ?」
真っ直ぐに見上げた煌めく瞳が、ぐるりと周回しながらミアを値踏みするように眺めてくる。
「水と火。両方を手懐けようなんて——ほんっと、とんでもない強欲女ね!」
「えっ……?」
その可愛らしい姿に似合わない鋭い口調に、ミアは気圧された。
「ちょ、お、おい、ドラココ! ミアはそんなんじゃねーんだよ」
どうやらテテポは、この精霊には物申せないようである。慌ててミアの間に入るが、ドラココはふんと鼻を鳴らすだけだった。
「べ、別に……あたしはこの娘の味方するなんて言ってないんだからね!」
と口では言いつつも赤く染まった耳はその心の揺らぎを隠せない。ツンデレか?
「だいたい、テテポのせいであたし、ずっと氷のなかだったんだから! ……べ、別にあたし、テテポに会いたかったとか、そういうのじゃないんだからね」
そのやりとりに、ミアはくすりと笑う。
「テテポ? ガールフレンドをちゃんと守ってあげなきゃ駄目よ? 閉じこめられてるって、あんまり、気分のいいものじゃないものよね?」
「……あら」
ドラココの目がぴくりと動いた。
「ミアだったかしらね? やっぱりあなた……わかってるじゃない? まあいいわ。許してあげる」
そう言って「……たくぅ」と息を吐きながらくるんと背を向ける。
「ディルガはどこに行ったのかしら……?」
薄っすらとドラココの瞳が揺れた。
そして、その視線の先の水面が波打った。
「ぷっはぁっ!」
水を割って現れたのは、湖の底から必死に這い上がってきたアワだった。
「死ぬかと思ったぁー!」
肩で息をつき、水を滴らせながらも、彼は周囲を見渡す間もなかった。
「アワーッ!」
ミアの声が空に響いた。
びしゃっ、びしゃっと音を立てながら、水面を走ってくる。
濡れた靴音、揺れるドレスの裾、陽光に透ける美しい髪。
アワは呆然と、その眩ゆい姿に心奪われていた。
何も、言葉はいらなかった。
「会いたかったわ! ずっと、ずっと……!」
そのまま、勢いのままにミアはアワに抱きついた。
ただその熱い想いを体で受け止めながら、アワは安堵した。
「……よかった」
それだけで、すべてが報われた気がした。




