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魔女と足なし姫  作者: Y.Itoda
第十二章 嫉妬
56/63

ep.55

「どういうこと?」視線だけを向けてテテポに訊いた。

「あれ……ジナイーダよね?」

「ああ。あれは、氷の魔女に自我を奪われつつも、その魔力を利用しながら……自分の意識を保ってんだ」

「じゃあ。やっぱり魔女も一緒にいるのね……?」


 テテポは短く首を縦に振る。


「とんでもねぇ執着心だよ。ジナイーダのやつ、やっぱとんでもねーぞ。それに……」


 と言いかけた時、突如ジナイーダが魔女の声で話し始めた。


「久しいな、テテポよ」


 その低く湿った声に、テテポの身体が、びくんと跳ねた。丸い背が目に見えてぶるぶると震えていた。

 それを目にしてミアは、その昔、テテポが魔女と共に過ごしていたのだと認識した。


「何だ? 今度はそんな小娘に()びを売るか?」


 声は(あざけ)りに満ちていたが、テテポは逃げなかった。


「どうした? こぬのか? それか、わらわの力を忘れてしまったか?」


 当時より魔女の邪悪な魔女が増大していた。


「まあ、分霊(わけみたま)のお前ひとりでは、どうしようもないだろうがな」


 勇気を振り絞ったテテポは前を向く。


「アナシャ……もうやめようぜ、こんなこと」


 風が止まった。と思えば、突然魔女が怒り出した。


「その名を呼ぶでない!!」


 咆哮(ほうこう)だ。叫びが響いた。

 彼女の右腕を覆う氷が(きし)みを上げる。

 怯まずにテテポは促した。


「そいつを早く解放してやってくれよ。もう十分だろ?」


 ジナイーダと過ごした日々に芽生えた情。不器用で露骨な態度だが、素直なところもあり、どこか憎めない存在でもあった。


「黙れ! わらわに指図するな。これはこの娘が——自ら望んだことじゃ」


 声色に(にじ)むのは怒りか、あるいは……怯えか。


「アワとも、約束したんだろ?」


 ぽつりと落としたテテポの一言が、魔女の動きを、一瞬だが確かに止めた。


「約束は果たした……それにこの娘のことは関係ないわ!」


 微かに表情を(ゆが)ませた後、魔女は冷笑を浮かべて言い放った。


「それに……そのヴェルディナの姫に、そんな価値があるとは思わぬがな!」


 魔女は左腕を高々と掲げ、その手先から次々と氷の矢を放ち始めた。


「っ……うそっ、速い!」


 慌てて身を(ひるがえ)したミアだったが、氷塊が肩をかすめ、皮膚がひりついた。だが、足は止まらない。止めてはならなかった。正気を失った魔女の攻撃は、最早(もはや)止まるところを知らない。

 必死に走ってミアは氷の矢をかわしながら訊く。


「ねえ、テテポ。どういうこと?」

「アナシャは、ジナイーダの体を乗っ取ろうとしてんだ」


 また魔法をかわして訊いた。テテポもその動きに連動するように身をかわす。


「いまいち、わからないわ」


 危機迫るなかテテポは言葉を探した。


「とにかく——食われちまうんだよ! 魂を」


 それが欲望に呑まれた人間の、なれの果て……


「悪霊に魂を食われちまったら……そいつはもう、ジナイーダじゃねえだろ?」


 逃げながらのため必死なやり取りだった。


「よくわからないけど、とにかく魔女を、あの体から追い出せばいいのね?」


 もう一度、ミアの視線がジナイーダの目を見つめた。そこに残る微かな意志の揺らぎに、信じたい気持ちが込み上げる。


「その通りだ」


 テテポが返事をした直後に、またしても氷が鋭く襲いかかってきた。

 風を裂く音が迫る。

 走りながらミアは振り返る。さっと身を(ひるがえ)し、咄嗟に剣で受ける。


「——それよりも。氷ってどうやって出せばいいのよ!」


 ミアの焦りと叫び。さっきから見よう見まねで何度も手を振っているのに、魔法が出ない。


「イメージだ。創造だ!」


 なおも乱れ飛ぶ魔女の攻撃に、周囲の木々が次々と根元から砕け散り、無惨に倒れ伏す。


「思い浮かべろ! 空気中の水分を一瞬で凍らせるイメージを」


 言われるままに魔法陣を走らせたら発動した。


「できたわ!」


 ひときわ大きな衝撃音。ふたつ氷の魔法が正面からぶつかった。砕けて粉になった氷が、陽光を反射して空に舞った。


「やるじゃねーか」とテテポも一緒に体を弾ませる。


 だがその光景に、魔女は目を見開いて足を止めた。


「……おのれ、テテポ。精霊ごときが神に逆らうか」


 戸惑いと苛立ち。今度は両手で剣を掲げ、何か強力な魔法を繰り出そうとしている。

 ミアは視線を下げた。


「テテポ……あなた、本当にあんな短気な人と仲良くしてたの?」


 素直な疑問を呆れたように訊いた。


「最初はアナシャだって、あんなんじゃなかった」


 湖の(ほとり)、風に揺れる草原のさなか、花咲くように笑う少女の姿が、ふとミアの脳裏に浮かんだ。

 それは、テテポとアナシャの記憶だった。

 その温かな情景が風にさらわれて消えた時、魔女の声が聞こえた。


「やめろ、小娘! そんな目でわらわを見るでない……」


 それは触れられたくない過去。振りかぶった剣が震え、魔力を増大させる。


「アナシャ……あなたって、可哀想な人ね」


 悲しい人。

 人々に魔女と(ののし)られ、愛する者には裏切られ、そして……自らの手で略奪した王国の姫と想い人さえ滅ぼした人。

 だから私とジナイーダに嫉妬するのね。


「知ったような口をきくな! 何がわかるか、貴様に! わらわの痛みが!」


 痛みはわかる。悲劇の連鎖も。

 それに——私だってこの女のせいで好きな人と離れ離れになっている。

 だからこそ、いつまでもくだらない争いを続けようとする魔女の姿が、頭にきた。


「さっきから……ぐだぐだぐだぐだ、うるさいのよ!!」


 ミアも全力でキレていた。

 思わぬ展開に、テテポ含め魔女は唖然(あぜん)とする。


「こっちだってね——。あんたが、ネチネチネチネチネチネチネチネチ、付き(まと)ってくるせいで地獄を見てきたんだから!」

 そこには全開の憎しみが込められていた。「あなた、何歳なの? テテポと一緒にいたんなら、あんた、とんでもない年寄りよね⁈」


 年寄り? 久しく経験してこなかった言葉の圧に、魔女はぽかんとした。振りかぶっていた剣も下ろした。まさか、こんなに怒られるなんて。


「いつまでも子供みたいに、ネチネチしてるんじゃないわよ」


 その一言に場の空気が凍りついた。

 テテポも開いた口を塞ぐのを忘れたまま、ミアの横顔を見上げていた。

 しばしの沈黙の後——

 魔女が苦し紛れに反論する。


「わ、わらわは……神ぞ……。神の意志を受け継ぎし者……」


 しかしミアは、その神の言葉を真っ向からぶった斬るのである。


「人間は愚かじゃ。何度でも、過去と同じ過ちを繰り返す。神は……それを滅ぼすよう、望まれておるのだ……」


 ミアはただ魔女の瞳を見ていた。


「……あなたが、神?」


 たったそれだけの問いが、静かに宙を刺した。

 それと、再び腹の底から湧き上がってくる感情。


「そうじゃ……」魔女の声は、もはや自分に言い聞かせるようだった。


 だが、ミアは目を伏せる。

 そして——その肩が、ほんのわずか震えた。


「ふざけるな……」


 唇から、低く搾り出されたその声に、テテポがぞわりと毛を逆立てた。


「お、おい……ミア、それは……」


 焦ったように声をかけるが遅かった。


「そいつは……良い子に絶対見せちゃダメなやつじゃねーか……」


 ミアの右手が、するりと上がる。その指先が中指を真っ直ぐに立てていた。

 あまりに鮮やかに。

 あまりに堂々と。


「——ふざけないで!」


 その叫びは、空気を割って響いた。


「そんな神なんか、こっちが願い下げよ!」


 風が(うな)りをあげる。

 ミアは剣を握り直し背筋を伸ばした。


「……私が見ている神様は、そんな嫌味ったらしい神様なんかじゃないわ!」

「な……」


 魔女の顔から、言葉が抜け落ちた。

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