表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と足なし姫  作者: Y.Itoda
第十二章 嫉妬
55/63

ep.54

 遠くの方で煙が上がっているのが見える。鳥たちが一斉に飛び立ち、森がおどろおどろしく騒めいた。


「だから、言わんこっちゃねえ……」


 テテポが呟いた。


「あいつら、攻めてきたんじゃねーか?」

「いや……おかしいわ」


 戦闘は王都の外で迎え撃つはず。けれど、あの煙はそれとはまったく違う方角だ。


「それに……攻め込んでくるには、早すぎる」


 嫌な予感しかしない。想定外の動き。きっと皆んな、混乱している。

 ミアは地面を蹴って走り出した。泥に足を取られそうになりながらも、構わず駆け抜ける。アワの家で即座に装備の支度を整える。そのままの勢いで外に出てから、指笛を鳴らす。

 風を切る音と共に白い翼が現れた。


「ベル!」


 手綱を掴み(くら)へと飛び乗った。


「テテポ、行くわよ!」


 振り返りもせず、当然のように言い放つ。


「……お、おれもか?」


 その戸惑いを目にしたミアは、悪そうに笑みを浮かべる。


「早く乗って! その毛むくじゃら、刈り上げちゃうわよ?」


 脅しとも、冗談ともつかない口調に、テテポは目を丸くする。


「わ、わかったって……! でも、ちょっと待て。揺れるな揺れるな、落ちるだろ!」


 そう言いながらも、聖獣は渋々ミアの背中にぴったりとしがみ付く。


「ほんとに、平気なんだよな?」


 不安げなテテポの(なげ)き。

 それをミアが一蹴する。


「しっかりつかまってなさい。行くわよ!」


 ミアは笑いながら、風を味方に変えた。ベルが地を蹴り、空へと舞い上がる。

 ——アワ、もう少しだけ待っててね。



 エレナの森の東端。

 その奥深くでミアの軍がアルベルサの兵と対峙していた。

 木々の間から赤い炎が噴き出し、緑は黒く(すす)けていく。焼ける匂いと混乱の騒めきが森全体を揺らしていた。

 ベルが翼を畳み、地面に降り立つ。


「あなたは安全な所に行ってなさい」


 優しく(たてがみ)を撫でてから言葉を残すと、ミアは全速力で駆けだした。


「アロス!」


 燃える木立の合間に、その姿を見つけた。灰にまみれながら兵を率いて応戦していた。


「姫様、何故こちらへ!」

「何があったの?」

「アルベルサは二手に分かれてきました。一軍は王都手前で、こちらには……」


 説明する声を掻き消すように爆発音が響いた。枝葉が炎を(まと)い森はあっという間に火の壁に変わりつつある。


「このままじゃ森が焼けちゃう……」


 アルベルサ領国の狙いは森。


「私は火を鎮めるわ。あなたたちは森からやつらを追い出して!」


 ミアはそう言うと、そのまま燃えたぎる前線へと歩いていく。


「姫様、危険です!」


 アロスの声を背に、ミアはすでに魔法陣を描いていた。

 指先が走る。目の前に光の紋様が重なり、円が広がる。詠唱が自然に口をついて出た。


「清き水の精霊よ。天より降らし給え水脈の力、我が身体も水と共にあらん」


 前線で立ち止まり両手を掲げると、空気が一瞬凍る。目の前に現れた巨大な水の球は、大木を呑み込むまでの大きさに膨れ上がっていた。

 (ほとばし)る炎を押し返すほどの、水量と光。

 その神々しさに、味方の兵たちさえ思わず足を止めた。


「おいっ、ヤバイぞ! 全員、その場を離れろッ!」


 ギースが叫んだ。彼にはわかっていた。ミアが容赦なくやることを。

 だが、間に合わなかった。


「——みんな、下がりなさいっ!!」


 ミアの声が響いた瞬間、巨大な水の球が炸裂した。

 火の手と共にあった木々を呑み込み、音もなく迫っていた炎の壁を、丸ごと押し流していく。水音と地鳴りが重なり、森全体がひとつ大きく呼吸したようだった。

 濡れた土が跳ね、しぶきが空に舞い、全てがひと時、沈黙のなかに閉じ込められた。

 残ったのは、濃密な湿り気と、しんとした静けさだけ。


「ごめんなさい」


 ミアはぽつりと呟いた。……味方を巻き込んじゃった。

 それでも振り返り、濡れた頬に髪を貼りつけたまま、呆然と立ち尽くすアロスに微笑んだ。


「あとは、お願いね」



 森の火はミアの魔法によって完全に鎮められていた。湿った大地には、まだ微かに蒸気が立ち昇る。

 隣を歩くテテポに疑問を抱く。


「ねえ、テテポって……魔法、使えないの?」


 思ったことを、そのまま口にした。


「おれは、物理的に何かへ影響を与えることはできねーんだよ」

「……え? それって、どういう意味?」


 きょとんとして首を傾げると、テテポはまた鼻を鳴らした。


「だからよ」 


 そう言って、ぽすんとミアの体に跳び乗る。そのまま器用によじ登り、頬にそっと前足を触れさせた。さっき、火の粉で火傷を負った箇所だった。

 すると、ぱちんと小さな光が弾けて、気づけば痛みは引き傷跡も消えた。


「直接、何かをすることはできないけど、伝えることはできるってわけだ。おれは精霊だからな」

「……伝える?」


 何となく理解したような、してないような顔で、ミアは相槌を打った。その様子にテテポは軽く呆れる。


「まあ、人間でいう霊的なもんに近いって言えばいいか? あいつら幽霊は、直接殴ってきたりしねーだろ?」

「幽霊……見たことないけど……」


 そう言いながら、ミアの脳裏にふっと何かの映像が浮かぶ。

 それは今、テテポの頭のなかにあったものだった。


「——てことは、この魔女も、それと似た類いの存在ってことね。だから人間に取り入って攻撃してくる、と」

「お、察しがいいじゃねーか」


 感心したように言った後、すぐさまテテポが声のトーンを上げる。


「……って、こら! 勝手に頭んなかを覗くなって、何回言わせんだよ!」

「はいはい」


 とミアはあっさり聞き流す。

 そして——

 立ち止まって前方を見据えながら言った。


「そんなこと話してるから……ほら。お出ましよ?」


 空気がわずかに揺れる。

 ミアの表情が、ふっと引き締まる。静かに身構えた。

 変わる風向き。森の奥から硬質な音が響いた。

 ミアが一歩、足を止めた。

 ゆらりと現れた女。その女は深い錆浅葱(さびあさぎ)色のドレスを引きずるようにして歩く。

 曇った瞳に氷の右手に持つ剣。淡い赤黄色の髪は乱れひとつない。それはまるで、夜会の余韻に取り残された亡霊だ。


「やっぱり、そう来るわよね……」


 ドレスの腰に据えた剣の柄に手を添えながら、ミアが呟いた。


「雌ギツネ……」


 女の冷たい声。だけどその声は、魔女のものではなかった。語る言葉は本人のもの。


「生きていてくれて嬉しいわ。ジナイーダ」


 その目に宿る、微かな痛みと決意。

 相手もやる気だ。


「まあ……殊勝(しゅしょう)なこと。あなたの口から、そんな言葉が出てくるなんて」


 ミアと視線を合わせて一瞬だけ目を細めたが、ジナイーダのその唇に笑みはない。


「アワ様はどこなの?」


 言いながら、左手をすっと持ち上げる。指先に淡い氷の煌めきが宿っていた。

 ごくりと微かに鳴ったミアの喉奥。


「その程度の慰めで、わたくしが許すと思って?」


 ジナイーダの視線が一段と鋭くなった。

 凍てついた深淵(しんえん)。切り落とすような、張りつめた怒り。いや、その根底は嫉妬か。

 氷の魔力が周囲の空気の温度を奪っていく。ジナイーダの足元から、霜がじわじわと地を()って広がった。そのまま振り下ろした左腕から魔法が放たれる。

 ミアはすでに抜剣していた。

 猩々しょうじょうひのドレスが踊る。硬質な音を立てて、凍てつく一撃を弾き返した。それは刃ではなく、鋭い氷の矢のようなもの。砕けると、空気と一体化するようにして溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ