表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と足なし姫  作者: Y.Itoda
第十一章 魔法
54/63

ep.53

 テテポは何か言いかけたが、ふんっと息を吐いて途中でやめた。


「この中だよ」


 そう言って、湖を(あご)で示した。


「……中って、湖の?」


 ミアは駆け寄って水面を覗き込んだ。

 映っていたのは、せわしなく呼吸する自分の顔だけだ。


「ばっかだなあ。見えるわけないだろ」


 テテポが呆れたように言った。


「会いたいなら、自分で行くしかねーだろ」

「どうやって? 泳いでってこと?」

「おまえ、ほんと何も聞いてねーんだな」


 肩を落としたテテポは、また大きな溜息(ためいき)をついた。


「だからそれを教えるために、おれがここにいるんだろ?」



 小鳥の(さえず)りや動物たちの気配の音に紛れるようにして、声が一際(ひときわ)響いた。


「……えっ、魔法?」


 ミアはぽかんと口を開けた。


「まさか……私が? 使えるの?」

「だろうな」


 とテテポは、すっかり癖付いた鼻息をひとつ鳴らした。

 素っ気ない言い草だが、声音に含まれた確信に、ミアは思わず息を呑む。


「……微精霊って、見えるか?」

「いいえ。そもそも微精霊って何なのかも、よくわからないわ」


 きっぱりと言い切ると、テテポは「だよな」と同意する。


「まず、この世界には、目に見えない小さな精霊が山ほどいる。人間たちは忘れちまって認識できないけどな」


 わからないなりに一生懸命、うんうん、とミアは何度も首を縦に振る。


「それで、おれはその微精霊が集まって具現化された、聖獣ってことだ」

「あなた、精霊なの?」

「そう。だから今、おれがこうして見えてるなら、おまえも微精霊を感じられるってことだ」


 言われてみれば、確かに——とミアは頷いた。


「じゃあ……感じるって、どうやって?」

「おまえなら簡単なはずだ。力を抜いて、目を閉じる。その後は感じるままに、自然に身を任せてみろ。自分がどれだけちっぽけな存在かってことに気づくはずだ」


 言われた通りにした。ミアは静かに目を閉じた。初めは暗闇だった。

 でも、やがてその闇の奥行きにある、風の通り道のようなもの。周囲が輪郭をなくし、感覚だけが残る。意識がどこまでも沈み込んでいく。

 暗中模索。

 でも、不思議と心地よい。

 ——今、私は浮いている? それすらもわからなかった。

 そうしていると、ふいにアワの気配が(よみがえ)った。彼が見せてくれた魔法。あの、優しくて、温もりに似た淡い光。

 あれも、微精霊たちが集まってできたものだったのだろうか。

 そのミアの隣には、テテポもふわふわ浮いていた。……こいつ、やっぱり飲み込みが早いのかもな、と思いながら。


「そのまま、感じてるキラキラに集中しろ」


 言葉に導かれるようにして、ミアはそっと息を整える。目を閉じたまま静かに集中する。

 頭の中には、アワの描いた魔法陣が浮かんでいた。

 懐かしい——理由はわからない。でも、そう感じた。

 彼の側で、ずっと見てきた。

 生まれるよりもっと前、遠い昔。ずっと前から知っていた気がする。

 手が動いていた。空へ向かってなぞっていた。気づけば魔法陣を描き、無意識に魔法を発動していた。どデカいやつを。


「ば! バカ! 何してんだ!」


 テテポの声は巨大な水の柱に相殺される。

 天へと昇る水流は、泡の天井に溜まっていた水を突き破った。とてつもない量の水が容赦なく襲いかかる。

 ふたりは水の奔流に呑まれた。 足元が宙を失い、光も音もかき消される。

 全部、水。

 目を開けると、世界が青く広がっていた。

 波間には、光が浮かぶ。水草が軽やかに揺れ、泡が銀の粒となって昇っていく。

 そこは現実ではなかった。

 夢の底。

 あるいは、かつて知っていた記憶の、その先。

 ああ——

 私は、この水のなかにいた。

 生まれるずっと前。彼の隣で、この世界の全てを見ていた。

 湖から上がるとミアはずぶ濡れのまま、大きく息をついて笑った。

 何もかも、すべて洗い流されたような気がしていた。どこかくすぐったくて、嬉しくて、どうしようもない。

 濡れた髪をかき上げながら、自然と笑いが込み上げてきた。

 この湖でアワと踊った夜。

 泡の天井の水溜まりを見上げて、ふたりで話した。あれが落ちてきたらどうするのかと。


『まあ、その時はその時です』


 そう言って笑っていた彼の顔を思い出して、またひとつ、笑みがこぼれる。


「けっ。また色恋沙汰かよ」


 ミアの気持ちを読んだテテポが舌打ち混じりに悪態をついた。濡れた毛並みをぶるぶると震わせ、辺りに水飛沫(みずしぶき)を撒き散らす。

 ミアは笑ったまま、わざとらしく顔を傾けて言う。


「あら、テテポは好きな子、いないの?」

「……は?」


 茶化すミアに、テテポは目を見開いたままそっぽを向いて鼻を鳴らした。


「おれが言いたいことはそんなんじゃねえ」


 言葉を探すように尻尾をぶんと振る。その背中はどこか、照れ臭さと哀愁が漂う。


「おれが言いたいのは……悠長に、恋だなんだって浮かれてる暇なんかねえだろってことだ」


 その赤くなった顔をじっと見つめて、ミアはくすりと笑った。


「やっぱり、可愛いわね。あなたって」

「な、ななっ……! おまえ、なに言っちゃってんだよ?」


 耳まで赤くして取り乱すテテポを見て、ミアは胸を張り気品たっぷりに微笑んだ。


「好きな人がいるからこそ頑張れることも、あるんじゃなくて?」

「けっ、洒落(しゃら)臭え」


 呟いた声に思わず吹き出しかけて、ミアの顔が真顔になった。


「ちょっと、待って!」


 突然ミアは立ち止まる。


「……何これ? 変な感じ……。あなたの考えてること、わかる……気がする」

「は? だから、何なんだよ?」

「ほんとに……わかる。あなたの気持ちが……頭に、流れ込んでくる……」


 ミアには見えていた。テテポの記憶が。不意に映像が浮かぶ。この場所で、アワとテテポが最後に別れた場面。

 ああ——そうか。と納得した。ここで彼は、テテポに私のことを託して湖のなかへと入っていったのだと。


「ばっ、バカやろーッ!」


 テテポが思わず叫んだ。


「勝手に人の記憶、覗き見すんなっての!」


 それと聖獣は露骨に動揺する。

 それを見てミアは訳も分からず笑ってしまう。


「ほんと、変な感じね。アワとテテポの関係が少しわかった気がするわ」

「水は記憶する媒介だ。水の魔力が増大して干渉してんだろ」


 苦々しげに鼻を鳴らしたテテポだったが、なかなか落ち着かせてもらえない。

 ミアが突然、顔を引きつらせて騒ぎ始めた。

 絶叫。


「え……ヘンタイ!!」ドン引きだった。

「テテポ、ずっと私のこと覗き見してたってこと⁈」

「ば、バカ言うなっての! おれは、そんな下世話なことしねーよ!」


 明らかな動揺。


「まあ、そうなら——」と口を開きかけてミアがまた騒ぎ出す。「ちょっと! え……ってことは、アワも? 同じように私のこと、見えてたりするってこと⁉︎」


 途端に頬が真っ赤になる。


「や、やだ……そんなの、耐えられないわ……!」

「し、知らねーよ。そんなの」


 テテポは極めて冷静を努める。


「アワは、ミアと同じで無意識に感じた時だけだとは思うけどな。たぶん」


 視線を逸らすテテポの態度が、かえって怪しい。

 けど——


「ちょっと……今、はじめて名前で呼んでくれたわね?」


 ミアがにやりと笑うと、テテポは一瞬固まった。指摘されて気づいた。


「そ、それは……」


 何か言いかけたが、うまく言葉にならない。

 ふたりは顔を見合わせる。

 そして、同時に笑った。

 ふたりの距離が一気に縮まった。その時だ——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ