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魔女と足なし姫  作者: Y.Itoda
第九章 断罪
44/63

ep.43

「即座に刑を……?」


 王国の姫に対して、それはあまりに異例だった。


「前代未聞です。城内の騎士団すら口を閉ざしているようです。おそらく領国側の相当な焦りがあるのかと」


 バルドゥル・マーフォリア。

 領国の主が、ついに動き出した。いうまでもない、狙いはただひとつ、王国の王座。


「王都の仲間たちが心配です。陛下の安否さえ……いえ、それももう——」


 ポールの視線が窓の外へと流れた。言葉の先を語ることはなかった。

 城の正門へ着くと、馬車を降りたアワは、迷うことなく降り積もった雪に足跡を残していく。吹雪まじりの空は、これから訪れる陰鬱(いんうつ)な未来を映し出していた。


「——アワ様!」


 ポールの叫び声。


「どうか、ミア様をお救いください!」


 一瞬だけ振り向いたアワの笑みを見届けてから、ポールは乗り出していた身を引き、手綱を無言で握り直すと、馬車は走り去った。

 急ぎ足でアワの後ろをついていくテテポは、思わず声をかける。


「やっぱ、その格好。(さま)になってるぜ〜」


 からかうような声に、アワは一瞥(いちべつ)もくれない。


「茶化すな、テテポ。今のぼくは機嫌が悪い」


 ここへ来る際、アロスの命でヘッラが用意したその装いは、夜空を切り取ったかのような深い青の生地に、星屑(ほしくず)を散りばめた金糸が美しく輝いていた。裾の長いコートは歩くたびに優雅な弧を描き、目にした者は疑いなく、彼を上級階級の人間と見なすだろう。

 古びた鋼鉄の門の前には衛兵がふたりいた。一歩踏み出すやいなや、怒号が響いた。


「止まれ! 何者だ!」


 躊躇(ちゅうちょ)なく雪を踏み締める音と、慌てふためくふたりの声が重なる。


「——な、何だ、貴様はっ! 止まらぬか!」


 その向けられた銃口と引き金の金属音は、静寂をたちまち狂気に染めた。


「おい、アワ……」


 テテポが心配な面持ちだ。怒ったアワは何をしでかすか全く読めない。それが一番怖かった。

 でも遅かった。

 そんな心配は、この男には問答無用だった。


「下がってろ、テテポ」


 もう、詠唱(えいしょう)は済んでいた。

 かざした手のひらに風が巻き込み、(うな)轟音(ごうおん)と共に水の気配が集まり始めていた。膨れ上がる魔法は、あっという間に形を成し、門前を覆い尽くすほどの奔流となる。



---



 火が灯っていた。

 集う者たちは、その熱を頼りに息をひそめていた。

 アギア大聖堂は、歴史と信仰の中心。王族とごく一部の貴族しか立ち入れぬ、神聖な場である。

 静けさに満ちた堂内を、車椅子が音を立てながら進む。

 ミアの背を押す領国の兵は、何も語らず、ただ彼女を神の御前へと導いていく。

 王国の姫が、領国の地で裁きを——

 この異様さに、憐れみを持つ者、冷笑を浮かべる者、またある者は次なる計算を企んでいた。

 一部の騒めきと共に、視線が一斉にミアへと注がれた。

 大聖堂の高みに並ぶ、神と始祖王の契約が描かれたステンドグラス。そこから差し込む七色の光が、ミアの凍った脚を照らしていた。その脚には、もはやアワの魔法の気配はなく、優しく包んでいた水の膜は、知らぬ間に消えていた。

 剥き出しになった脚は凍りついたまま、異形の彫像のようだった。


「……悪魔の子だ」


 誰かが呟いた。

 だが、その声も、視線も、ミアには届いていない。全身を預けた体は、もはや自分の重さすら感じない。車椅子に座りながら、遠い日の光景を思い浮かべていた。

 十年前、王都の陽の下で弾ませた笑い声。まだ幼い王子と王女たち、五人が初めて顔を合わせたあの日。

 ヴェルディナ、アルベルサ、エリディオ。三国が初めて国交を結んだ記念の日。

 王宮の広場には、春の日差しが降り注ぎ、どこまでも空が澄んでいた。花の咲く中庭で、声をあげて笑い合いながら輪になって遊んだ。

 ふと、現実に引き戻された。

 天を衝くように、そびえ立つ神像の前に立っていた。

 アナトリー。

 名を心の内で呟いた時、胸の奥で震えた。

 神の光を背負った彼の輪郭は、あまりにも遠かった。風に髪を揺らして笑っていた少年は、どこにもいない。

 その双眸(そうぼう)は氷のように冷たく、もう何も宿っていなかった。それは生気を失った、死んだ魚のようにも見えた。

 あの日、平和を誓ったはずの五人のうち、残ったのはもはや三人しかいない。

 そして今日、この場で、ひとりが消える。

 ミアはわかっていた。

 この後、残されたふたりが辿る未来を。希望などないことを。

 隣へと歩み寄るヴォルフの裁きを促す声に、アナトリーは無言で一礼し応じた。

 ゆっくりと一歩前に出ると、石の壇上で姿勢を正し、空気を裂くような声で告げた。


「ヴェルディナ王国王女、ミア・ヴェルディナ! 貴女の行いについて、神の御前において断罪を下す!」


 大聖堂に漂う空気が、しんとひと筋の線となって張り詰めるなか、領国の王子は淡々と、あたかも記録を読み上げるかのように言葉を並べた。


「第一に。民衆を欺き、王家の威光を私物化し、不正な交渉により列強間の紛争を扇動した罪。第二に。アルベルサ領国の鉱山労働者を扇動し、交易路の安全を脅かした罪。第三に。魔術師を欺き、国境を越えて非合法な治療行為を行わせた罪。第四に。アルベルサ領国、ジナイーダ・マーフォリア王女に対し、毒をもって命を奪わんとした大罪」


 領国の姫の名が大きく響いた瞬間、堂内にひときわ大きなどよめきが起きた。皆で息を呑み、顔を見合わせる。

 アナトリーは静かに視線を落とすと、最後の言葉を告げた。


「よって、神の御前において裁く。ミア・ヴェルディナ。死をもって罪を償うべし!」


 ひときわ大きな息が波のように広がる。重い沈黙のなか、誰かが椅子を引く音が鳴り、また誰かが声を上げかけて言葉を詰まらせる。

 その時だ——

 外で何かが砕けるような、とてつもない大きな音が聞こえてきた。

 石を削るような衝撃音。大聖堂の天井に吊るされた灯火が揺れ、燭火(しょっか)の影が壁を()うように踊った。



---



 門前に漂う白い煙と、滴る水。

 ふたりの衛兵は倒れ込むようにして地面に尻をついていた。顔は蒼白、唇がわなないている。

 撃った。間違いなく撃ったはずなのに、何も届かなかった。

 男の手から放たれた水の魔法は、銃弾を呑み込み、そのまま門を城壁ごと粉砕した。

 男が近づいてくる。

 容赦なく打ち付けた奔流の水によって、辺りの雪は一気に溶け、石畳が水に沈んでいた。泥濘(ぬかるみ)に踏み込んだ靴音が水を弾くたびに水飛沫(みずしぶき)が舞う。

 衛兵のふたりは、飛び散った破片で肩や脇腹に浅く傷を刻んでいた。

 アワはただ問う。


「アギア大聖堂は?」


 兵のひとりが指を震わせながら、道の先を示した。

 それを見たアワは「テテポ」と、ひと言だけ残して大聖堂を目指した。

 もう全てを言わずとも伝わっていた。

 テテポは血を流す兵の手当てを始めながら小さく悪態をついた。おい、あいつ。あと、どれだけの兵をおれに治療させる気だ?

 視線の向こうのアワは、水の魔法をぶっ放し続けていた。次々に迫る武装した兵をものともせず、一直線に進んでいく。

 真っ白だったはずの景色が見る影もない。それはまるで、大波に洗われた跡だった

 あいつ、まさか──城ひとつ落とすつもりじゃねえだろうな……。



---



 大聖堂に響き渡る轟音に、皆が顔を見合わせて騒然としていた。

 ヴォルフもまた、声を張り上げるひとりだった。


「落ち着かれよ! 皆の者。これは神聖な場であるぞ!」


 秩序を保とうとするが、この場の動揺は、収まる兆しすらなかった。


「どけ」


 静かな声。だが、その声音とは裏腹に、アナトリーの伸ばされた手の一振りで、ヴォルフは押し飛ばされて床に転がった。

 ゆっくりとミアの前に立ち、剣を大きく振りかぶる男には、アナトリーの人格など影すら見えなかった。無感情の氷の瞳が、冷たくミアを見下ろす。


「ミア姫……。わらわが、しまつしてやろう」

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