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魔女と足なし姫  作者: Y.Itoda
第六章 本当に大切なもの
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ep.29

 それから数日が過ぎた。


「もう行っていいわよ。護衛はアワがいるから」


 一行は、学校を建てる予定地の視察に訪れていた。街の少し外れにある、なだらかな丘の上だ。


「かしこまりました。では、後ほど」


 アロスはミアに一礼してから、その場を離れる。ケイトン、そして関係者たちも、次々と後に続いた。

 ミアは息を弾ませる。


「さあ、行きましょう。アワっ」


 ララポルトで一番の賑わいのある通りとあって、たくさんの人々が行き交っていた。ふたりは人とすれ違う度に好意的な声をかけられた。

 道は思いのほか舗装されており、ミアは自分の手で車椅子の車輪を回した。周囲を見回す。ヘッラに教えてもらった雑貨屋と果物屋が見えた。たぶんこの辺だ。


「あったわ、アワ! ここよ!」



 別行動のテテポは、視察した丘の、さらに向こう側の、草が生い茂った斜面の先にいた。

 気持ちええわ〜。

 温かな日差しだった。毛並みに心地よい。石の上に背中からごろんと寝転がり、目を細めながらしばらく空を眺めた。

 ——静かだ。

 風に揺れる草の葉の音だけが耳の奥に触れ、そのまま目を閉じた。と、不意に頭上から声がした。


「何してるの?」


 テテポは反応しない。そのまま石の上でぴくりとも動かず、寝たふりを決め込む。声の主に心当たりはないし、そもそも自分が見えるはずがない。


「あなた、何?」


 すると、また声が落ちてきた。ちょっとしつこい。眉間にしわが寄った。が、知らんふりを通した。はいはい、お喋りは他でやってくれ。

 だったが、次のひと言でテテポの耳がぴくりと跳ねた。


「あなた、もしかして幻獣?」


 ガバッ、と起き上がった。


「お、お前、いま……おれのこと見えてんのか?」


 そこに立っていたのは、どこか見覚えのある少女だ。栗色の髪に、幸の薄そうな面影。たしか……ああ、思い出した。パルだったか。

 少女は不思議そうな顔をしたものの、確信めいた眼差しで見つめていた。


「見えてるよ。他の人には、見えないの?」


 問いに、テテポは黙って彼女を見返した。なるほど、と腹の底で納得する。人の輪の中で、ひとり居心地悪そうにしていた理由がわかった。


「おれはテテポな。幻獣じゃなくて精霊だ」

「わたしはパル。よろしくね」


 顔を輝かせながら、すっと差し出された手にテテポは一瞬たじろいだが、しぶしぶといった風に、少女の手を握った。

 パルは辺りを見回すようにして指差した。


「精霊ってことは、今この辺できらきらしてる、この光ってるものと一緒ってこと?」

「……お前、微精霊まで見えるのか?」


 すると、自慢げに、けれどちょっとだけ恥ずかしそうにパルは笑った。


「見えるよ!」



 その頃ミアたちはというと、ある店のなかにいた。

 こじんまりとした店内の壁には、いくつもの眼鏡がかけられ、天井からは垂れ下がった暖かみのある木製シェードのランプが、店全体を優しく照らしている。

 カウンターの奥にいた店主が顔を上げ、目を丸くした。


「ミ、ミア様! どうされたのですか……?」


 街で唯一の眼鏡屋であるこの店に、王女が現れるなど思いもよらなかったのだろう。慌てて前掛けの布を整えながら、店主はカウンターから飛び出してきた。

 ミアは車椅子の上でにこりと笑って見せる。


「眼鏡を作ってほしいの」

「は……? か、構いませんとも。ですが、ミア様がおかけになるので……?」

「違うわ。アロスのよ」


 ああ、と店主はすぐに察したようだった。眼鏡を手にしたことのない王族が、わざわざここを訪れた理由に合点がいったのだろう。頷きながら、案内する。


「そういうことでしたか。それでしたら、どうぞ。奥の方へいらしてくださいませ」


 案内された先は、陽の入る細長い窓の側で、古めかしい木製の棚が壁沿いに並んでいた。様々な形のフレームや硝子も丁寧に飾られ、椅子と机が置かれた奥の作業台には、整理された細かな工具が光を返している。

 その向こうで、店主は眼鏡の記録帳を引っ張り出しながら話し始めた。


「アロス様が眼鏡を新調されたのは、もう十年ほど前になります。当時、壊れた眼鏡を持ってこられて……どうしても直してほしいと。とても大事に使い込まれた古い眼鏡でした」


 聞けばアロスが持ち込んだ物は、縁は完全に折れ、レンズはひびだらけで、修理できなかったのだと。


「それでも、なんとかして直してくれと強く願うアロス様の心苦しいお姿は、今でも覚えております。どうしても、それを使い続けたいのだとか」


 店主の手が一度止まる。


「壊れた眼鏡は……奥様から贈られた物だったそうで、亡くなられてからも大切にされていたと聞いています」


 ミアはアワの顔をちらりと見た。そう、彼に以前話した——眼鏡を壊したのは他でもない、この私だ。


「あの眼鏡は……そういうことだったのね」

「それに、新調した眼鏡もそろそろ寿命でしょう。毎年ここへ来て調整しながら長らくお使い頂いてはいるのですが」


 ミアにとっては何もかもが初耳だった。


「おそらく眼鏡を新調するお金すら惜しいのでしょうね。アロス様は王国からの給金をほぼ全て、ララポルトの街に寄付されていますから」


 店主の言葉が胸をつく。アロスが、眼鏡一つにも無理を重ねていたとは。そんな素振りを一度として見たことがない。いつも皮肉っぽくて、理屈ばかりで、時々意地悪。でもその裏で、誰にも言わず、こんなふうに街を支えていたなんて。 

 慎重な手つきで木箱からいくつかのフレームを店主は取り出した。

 光に透ける細い縁、重厚な角張った金属のもの、柔らかな曲線を描く革巻きの一対。どれも長年の技術が(にじ)む品ばかりだ。

 手に取ったフレームを愛おしげに眺めながら言う。


「だからこそ、今こうして新しい眼鏡を作れることが、とても嬉しいのですっ」



「やっぱり、もうひとつの眼鏡の方がよかったかしら」

 店を出るなりミアは立ち止まって、手にした包みを見つめた。つい今しがた購入した物である。

 アワは苦笑いを浮かべる。


「い、いや……そちらの眼鏡で、きっと平気だと思いますよ」


 落ちつきなく首筋に触れるその手は、ただの癖ではなかった。ミアの審美眼(しんびがん)一抹(いちまつ)の不安を覚えたからだ。

 というのも、彼女が口にしたもうひとつの眼鏡とは、眩いばかりの金の縁に、繊細な彫刻を施した装飾過多な代物。まるで宮廷趣味の極みといった風情で、王侯貴族ならばいざ知らず、質実(しつじつ)なアロスには到底似つかわしくなかった。

 ミアは口元だけで笑った。何かしら。私、何かおかしなこと言ったかしら。いつもは即答する彼が言いよどんでいる。


「そう……なら、あなたを信じるわ」

「それで、どうしますか? このあとは? ケイトンさんの元へ?」


 言い終わるより先にアワの顔を見上げた。


「んー、そうねぇ……」


 考えるふりをして間を取ったミアは、アワの頬の温度を測るように目を細める。そしていたずらっぽく唇を弧にする。


「せっかくだから、もう少し街を探索しましょうか」



 ふたりは、いつの間にか打ち解けていた。


「なるほどなー。そこまで感度が高いと、人間たちと一緒にいるの、つらいかもな〜」


 テテポは手を頭の後ろに組んで、ごろんと寝転んだまま空を仰ぐ。


「おれにもその気持ち、よくわかるぜ」

「そうなの。わたしどうすればいいのかわかんなくて」


 パルは膝を抱えてうなだれながら、指先で草をなでる。

 ふたりの距離は、まるで昔からの友達のように自然だった。

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