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魔女と足なし姫  作者: Y.Itoda
第二章 魔女の呪い
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ep.14

 アワは目を瞬かせ、驚いたように顔を上げた。


「初耳ですね」

「お母様の曽祖(そうそ)母にあたる方が、エリディオ出身らしいの」


 アワは少し黙って、穏やかに微笑んだ。


「なるほど。じゃあ、ミア様がエリディオに惹かれるのも、少し納得できますね。きっと、血が覚えているんでしょう」


 ミアも微笑む。


「だから、きっと私は、エリディオを気に入ると思うの」


 沈黙がひとつ、風が揺らす草の音と重なった。


「……ねえ、アワ。ひとつ聞いてもいい?」


 やがて、ミアが呟いた。


「私、このまま死んでしまうの?」


 病状は進行していない。けれど回復の兆しもない。それと周囲の気遣い。その視線の端々に、何となく察っするものがあった。

 アワは短く息をついてから答えた。


「わかりません」


 嘘はつきたくなかった。このまま呪いが進行すれば、確実に命は奪われる。——あの人と同じように。

 アワは目を伏せずに言った。


「でも、きっと大丈夫です。明確な根拠はないのですが……」


 それは、ただの希望ではなかった。

 彼女ならきっと乗り越えられる。アワはそう信じてやまなかった。

 不安な表示を浮かべ、ミアはアワの顔を見つめていた。信じるしかなかった。今の私にはそれしかできなかった。

 彼の眼差しは——まっすぐに、迷いなく自分を見ている。

 ミアは思った。この瞳に、私は何度も救われているのだ、と。


「……私のこの凍った足は、魔法なのよね?」

「はい。呪いの類いだと思います。意思のこもったものです」

「意思……呪い……なんだか、神話に出てくる氷の魔女の話みたい」


 誰もが知っている伝説だ。

 ——早く寝ないと、氷の魔女が来るわよ。子どもの頃、皆そうやって育てられた。

 ただ、思い返しても、ミアにはその経験がなかった。少し不思議だった。


「気をつけてくださいね。魔女の呪いは、欲望によって加速するらしいので」


 アワは、からかうように笑っていた。


「……え? 魔女? 伝説って、本当なの?」


 ミアが慌てて聞き返して、アワが続ける。


「魔女は、心底、強欲な人間を嫌っていたみたいですよ。自己中心的で自分勝手な人間に」

「え?」


 言葉を失った。自分にあまりにも当てはまりすぎていて、動揺を隠せない。肩を落としたミアは、しょんぼりとしてしまう。


「……気をつけます」


 アワの口元に、柔らかな笑みが浮かんだ。


「冗談ですよっ」


 冗談ではなかったが、少し言いすぎたかもしれない、と少しだけ反省した。


「今のところ、ぼくの魔法で症状を抑え込めています」


 アワは布の端を整えながら、荷物を片付け始める。


「そうね……でも、あまりいじめないでくださいます?」


 ミアの叩いた軽口に、困惑の笑みを浮かべるアワ。


「すみませんでした。……でも、大丈夫ですよ。ピンチの時は、いつでも駆けつけますからっ」


 二人で布の上を整え、包みをしまい終えた。

 ミアを車椅子へと移すべく、ゆっくりと立ち上がろうとアワが動き出した——その矢先だった。

 小さな影が、音もなくミアの肩に舞い降りた。小鳥だ。つぶらな瞳のまま、ミアのちょこんと止まる。


「きゃっ!」


 驚いたミアは、思わずアワに抱きついてしまう。

 小鳥は何処かへ飛んでいき、布の上でふたりの身体が重なる。その間を、ふわりと花びらが舞っていた。


「ご、ごめんなさい……!」


 アワは、動じることなく、優しく支えていた。


「言ったでしょう?」


 その腕の中で、ミアの頬がぽっと染まる。


「いつでも駆けつけるってっ」


 されてはないのに、頭を()でられたみたいに心がときめいた。そして顔に上る熱……

 ミアは込み上げてくるものを誤魔化すように視線を外し、か細い声を漏らした。


「はい……頼りにしてます」



 夕色が差し始めていた。

 今、屋敷に向かっているのは、日が暮れると体が冷える、というアワの提案だった。帰りたくない、そう駄々をこねるミアに、アワは首を縦に振ろうとしない。


 ミアは考えた。意外と頑固な性格なのかもしれない。でも、時間稼ぎをしようとする私に、嫌な顔ひとつ見せない。

 隙あらば、子供みたいに何度も話題を振った。

 お母様の影響だろうか。時折、彼の口から出てくる母親の話は優しさで溢れていた。

 エリディオの話もたくさん聞かせてくれた。小動物や虫が現れるたびに、自国の森に生息している生き物を教えてくれた。


 今日は楽しかった。


 きっとエリディオ国に行ったら、毎日こんな日々が続くのだ。車椅子の揺れが心地よくて、寝てしまった。振動から彼の温もりを感じながら。


 明日も明後日も、同じような日が来るのだと思っていた。


 別れの日は、程なくして突然やって来た。

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