(その2)
あの日、久浩は寮の非常口から見た光景が忘れられない。
4階建ての社員寮、その最上階の踊り場から見た光景……
見慣れたはずの神戸の街は、消え失せていた。
朝6時、いつもなら神戸の街は眠っている。
不夜城の街はどうなったのだと思った。
それがやがて夜が明けるにつれ見えてきた。
あさあけの光りの中に浮かぶ、高倉山から須磨へいたる美しい稜線――。
なぜかモクモクと立ち昇る黒い煙に侵されていた。
街のあちこちで火の手が上がっていた。
だがよく見れば、その火は会社の方角に集中しているような気がした。
空が黒煙で覆われ、日が登るにつれ無残な街が浮かび上がった。
それからひと月、ふた月、み月……、足が宙に浮いたように己の存在意義を疑った。
自然の脅威を前に、なにも出来ない己がいた。
幸い久浩の勤める菱崎造船の工場は、復旧の目途が立った。
倒れた大型クレーンを起こし、船台からずれたブロックを立ち上げた。
まるで爆撃されたような事務所棟も、今は整然とした配置を取り戻している。
だが春の訪れに華やぐ世間とは違い、神戸の人々の表情は、どこかに歪が残る。
一度受けた心の傷は、宿酔いのように身も心も疲弊させた。
今も多くの人は電車を乗り継ぎ、瓦礫の中を歩いて通勤する。
道中街に残る爪痕を見る度、底知れぬ不安を覚えるのだった。
(つづく)
明日、明後日で完結します!
最後まで、是非お付き合いください。
ありがとうございます。
船木