(その1)
あの日、壊れた街に響いたFM放送――それは再生の始まり。
ドーンという衝撃に突き上げられ、久浩は目を覚ました。
目の前に広がる白い天井が前後左右に揺れ、大きな四角窓のついた白い壁がぶれて、しかも上下に撓んだ。
――船が揺れている、乗った船が波に揉まれ――
だがそれは、まるで自分のアパートの部屋の、古いアルミサッシのように見えた。
――ああ?これは……、これは船ではない――
久浩は、本箱の上で揺れている眼覚し時計を見て、そう思った。
小型で丸いアナログの時計が、紙相撲の力士のようにガタガタと暴れている……、と、顔の上に――。
はっとして布団を被ろうとしたが、そのまま落ちてきて、久浩の額を打つ。
そして枕元を転がり、起き上がって止まった。
見れば長い針が左45度付近、短針はほぼ真下を指す。
―― 平成7年1月17日午前5時46分 ――
三浦久浩23才。
前年春大学を出て、菱崎造船の独身寮で過ごす初めての冬だった。
この日……連休明け火曜日の早朝だった。
前日、久浩は会社の同僚と諏訪山へ登り、しこたま酒を飲んで寝た。
突然の地震に、自分が船の上にいるような錯覚に襲われていた。
それでも揺れは止まらない。
10秒……、20秒……、それでも止まらない。
布団を被って俯せになり、そのまま震える久浩、目を塞いでいれば怖さが増し、上布団の隙間から枕元を除く。
だが床が揺れて――、壁が左右に揺り動かされ、そのまま地獄へ落ちそう。
―― いかん、このまま寮が潰れたら、俺は生き埋め ――
そう思うと、矢も楯もたまらず久浩は布団をはねのけ、玄関に向かって突っ走る。
寮は四階建てで、久浩の部屋は2階、それだけに危ない。
そう追うと必死でドアに辿りつき、ノブをまわした。
だがドアは微動だにしない。
その間に揺れが止んだと思った途端、立っている足元から掬われるような揺れ――、そのまま両手を伸ばし、ドアの枠にしがみつく。
―― これは……ドアが歪んでいる ――
久浩もまだ新人とはいえ造船マンの端くれ、ドアの歪はお手のものだった。
四隅を叩くと、手で押した。
だが開かない。
もう一度きつく叩いて今度は肩で当たった。
すると、ドンと鳴って外へ――と、その勢いで久浩の体は倒れ込む。
その久浩が聞いた叫び。
「助けてくれ――、助けてくれ――」
どこから聞こえるのか、1人2人ではない。
複数の怒号が廊下に響き渡っていた。
廊下の天井灯は消えて、暗闇の中に人の気配はない。
ただ廊下に立つと、あちこちから尋常でない音が聞こえる。
それは言葉にならない泣き声や、何かを倒す音だった。
どこからともなく、人がもがき、助けを求める音が響いていた。
久浩は手探りで隣の部屋に行ってドアを引いた。
中から押していたのであろう、ドアはすぐ開いた。
その勢いで男が出てきた。
久浩は寮に入って半年、隣の男と面識はあったものの、ニ三度挨拶した程度である。
所属が違えば、自ずと話をする機会はない。
だが、今はそうは言っておれなかった。
急いで他の部屋を当たらねば、と気が焦った。
「俺、設計の三浦。俺は、こっちを見るから――」
そう言うと廊下を西へ向かう。
久浩の背後から遅れて声がかかった。
「俺は天野、じゃあ……俺はこっちへ……」
天野と名乗った男は、そう言って反対方向へ向かった。
そのまま久浩は各部屋のドアを叩きながら開けていった。
最後に、廊下の突き当たりにある非常階段に向かった。
それは9月の訓練で習った手順――。
だが、最後のドアを開けた久浩は、外を見て声を失った。
(これは……神戸の街は全滅したのか……)
(つづく)