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第32話 罰と償い


「ぇ……は、破門……えぇ!?」

「破門……? いやそれより呪いって、はぁ!?」


 狼狽する二人に、シエルは粛々と内容を伝えた。


「ミリアには「献身した恋人を裏切る淫らな行為をし、無用な欲に目が眩んだ」として『不頂ふちょう魂縛こんばく』、『不栄ふえい魂縛こんばく』が」


 それは性的絶頂にまで至れなくなり、自分が「高価だと思うもの」を拒絶する呪い。

 虚栄心に溺れ、淫欲に耽った彼女には最適な呪いだ。


「ユートには「婚約者がいるのにも関わらず色欲にとらわれ、あまつさえ尊い結魂を破局に導いた」として『不能の魂縛こんばく』、『女禁の魂縛こんばく』がかけられます」


 思い上がり、女性を弄ぶようになった勇者には言わずもがな……男としての機能の喪失。女性に触れることさえできなくなるものだった。


「なっ……!? まさか昨日の夜勃たなかったのも……これから女にも触れられねぇってのか!? んなわけあるか!」


 ユートは信じられず近くにいたミリアに手を伸ばすが――


「――っぐあ!? いっ……ってえ!!!」


 触れた手に激痛が走り、思わず手を離した。

 見れば赤黒い光の痕が樹状模様に広がっている。


「それは闇属性魔法による呪いです。勇者と言えど抗えない魂にまで刻まれた魔法ですよ」

「そ、そんな……」


『呪い』とは、対象の髪や爪の切れ端といった触媒を用いるタイプの闇魔法の体系の一つ。(今回の触媒は聖女様が集めて()()

 強力な効果と必中性を持つため、蒼天教は多くの《聖属性魔法》持ちと同じように《闇属性魔法》持ちも積極的に集めている。


 理由は聖属性使いの育成や専門性の高い呪いなどに対処するため等と公表しているが……実際は仄暗い裏の粛清部隊である。 


「呪い……破門……? なんでぇ……っ!?」


 一方ミリアは、呪いとともに破門にも絶望していた。

 破門とは信徒に対するものだけではなく……蒼天教に頼ること自体ができなくなるということ。

 普通は信徒でなくても、いくらかの寄付をすれば恩恵を享受してくれる。


 その内容は、冠婚葬祭託施かんこんそうさいたくし

 冠婚葬祭を取り仕切り、なおかつジョブの判定やスキルの詳細まで調べられる”神託”。

 炊き出しや聖属性の治癒魔法などの”施し”が含まれる。


 蒼天教以外の宗教ならば影響はないが……この大陸において最大の勢力である蒼天教の顔色を窺わない宗教など、『邪教』と呼ばれるようなものしかない。

 実質、これからまともに生きることを許さないと言われたようなものだ。


「この呪いと破門は……解除することができます。彼への償いを行うことが条件です」

「そういうことか……!? くっそ、シエルの蒼天教を利用しやがったのか! どうすればいいんだ、シエル!?」

「シエル、助けて……! アベルには謝る、謝るからぁ……!」

「……それは、続きを聞いてください」


 シエルは懇願してくる二人から視線を逸らし、再び記録を再生する。


『――ペナルティの内容、聞いたかな? 相当重いものだって聞いたが、それを解除するには当然条件がある。もう蒼天教の方にも伝えてある条件だ』


『一つ。俺に対する賠償金。金額は――え、こんなに多いのか……? ――ごほん……()()()()を俺に支払う事』


 映像の中でソファに座るアベルは、途中不自然に声が小さくなり、視線があらぬ方向に向いたが――続けられたその言葉に、二人はぴきりと固まった。


『エル』とはこの大陸の通貨。

 平民ならば月に5〜10万エルあればなんとか暮らしていけ、月に30万エルも稼げば高給取りだ。


 それを、5億エル。


「はぁ……!? そんなの、ぼったくりじゃねぇか! できるわけねぇだろ! 結局金かよ、この野郎!」

「アベル、なんて酷いの……? そんなのできるわけないじゃない!」


 この世界に来て三年、自分にかかった金を知らずとも物の価値くらいはわかってきたユートと、Aランク冒険者であるミリアは抗議の声を上げる。


 Aランクパーティーが危険を犯して得た稼ぎでも、一人の取り分は数十万エルほど。

 蒼天教に頼れない中、返すまでにどれだけかかるというのか。


『……ミリアならすごく文句言ってそうだな。それは俺の受けた精神的な苦痛への賠償以外に、俺の送った金額や物資、諸々の値段も入ってる』


『ぁ……これも? えぇ……こほん。そういえば、この前カーヘルでスタンピードがあったんだよ。知ってるか?』


「スタンピード……あ、三日前の……?」


 ミリアは急な出撃命令が出て、準備し終わった頃に中止になったことを思い出す。


『あれ俺がほとんど一人で鎮圧してさ。その報奨金で、1億エル近くもらったんだよ』


「……は?」

「えっ、1億……えっ!?」


 アベルの言葉に、今度こそ目が点になる二人。

 提示された膨大な額の二割を簡単に稼いだと言われたのだ。

 Sランク冒険者は力だけではない。

 稼ぎ、資産という面でも、世界の上澄みなのだ。


「……単独、だと」

「あの救援要請中止は、そういうことだったか」


 アッドは二人と同じく驚き、ランデッドは納得を見せていた。

 三日前。スタンピードの知らせを受けて、軍を動かす準備をしていたのだが、たった数時間で救援要請が取り下げられ、しかも無事だったのを気にしていたのだが――その真相を理解した。


「Sランクって……そんなに稼げるの……!?」


 ――最初、ミリアはアベルとの結魂関係を維持しつつ、ユートと関係を続けて金銭や権力を得られるポストを狙っていた。

 そんな企みで得られる金を軽く超える額を、さも簡単そうに稼ぎ出したことに驚愕し――逃した魚の大きさを理解させられていた。


『金はあるのさ。だから金目当ての条件じゃないんだ。二人の誠意を期待してる』


『それじゃ二つ目。俺が許可を出すことだ。もしもちゃんと二人が誠意を見せてくれたら、蒼天教に解除をお願いするよ』


 誠意。それは形がなく、故にアベルの尺度に左右される。実質、簡単には許さないと言っているようなものだろう。 


「……くそっ」

「なんなのよぉ……そんなにお金持ってるなら、許してよぉ……!」


 悪態を吐く勇者ユート。崩れ落ちる賢者ミリア。それぞれの反応を見せる加害者たち。

 ――自分が傷をつけた自覚があまりにもない二人は、こうして破滅への歩みを進めたのだった。



『あぁ……それからついでに伝えておこう――シルディエル王国、国王も見てるな?』


 シた二人組へ条件を言い渡したアベルは、思い出したとばかりに口を開いた。

 それは勇者を召喚し、後援していたシルディエル王国に向けたものだ。


「む……っ!」

「ぐっ……」


『お前らには言っておきたいことがある』


 唸ったのはアッドとランデッド。

 自分の手でこの状態を招いてしまったアッドは生唾を飲んだ。


『お前らが勇者を召喚しなければ。同行していた《聖騎士》がもっと注意していれば。こんなことにはならなかったかもしれない』


 シルディエル王国はいにしえより伝わる『聖剣』と、異世界人を召喚する方法を保管していた。

 聖剣は邪悪なものを払う力を持つという伝説の剣だったが……《勇者》を持つ者しか使えない。

 そして《勇者》は、異世界から来た者しか持たない、超特殊ジョブ。

 だからシルディエル王国は……魔王討伐のために、異世界から《勇者》を召喚したのだ。


 王国が勇者を喚ばなければ、またはアッドの行動によっては、二人は離れ離れになることなく今も幸せなままだったかもしれないと、アベルは語る。

 アッドとランデッドは続く言葉に身構える。

 ――だが、アベルの言葉は予想外のことだった。


『ただ――召喚しただけの、メンバー揃えて放り出した仲介役のスポンサーに、興味はなくなったよ。《聖騎士》さんにもな』


 シルディエル王国がやったことと言えば、勇者を喚び出したこと。パーティーを結成させたこと。

 そして精鋭部隊(勇者パーティー)に緊急事案を集中させるシステムを作り、各所からの援助を仲介しただけ。

 パーティーの風紀など、注視する必要など元から無い。


 アッドにもまた恋人だった人を守ってくれていた借りがある。それにアベルのことを知らなかった。

 それも加味して、アベルにはこれと言った文句は無かった。


『とはいえ印象は悪い、生国とはいえ勇者がいる。できれば関わりたくないくらいだ。……だから、これからアンタのところの依頼は全部蹴らせてもらう。他のSランクに回しな』


 Sランクの機嫌を損ねてこれだけならば安いものだ。

 しかし、国としてはかなりの痛手だった。


(《四剣》といえば、Sランクの中では群を抜いて穏便。指名依頼であればほぼ断らず、それでいて周辺に配慮しながら達成してくれたのだが……)


 Sランクに頼るような案件と言えば、一地方がどうにかなるような大事件。いわば国難だ。

 そんなときにクセの強いSランクの中では、アベルが一番頼みやすかったのだが。


『喚び出した国なんだから、せめてその勇者の面倒でも見ておいてくれよ?』


 彼は王国と袂を分かった。

 もう、頼れないのだ。


(仕方ないことだ……穏便な、優しき青年をここまで怒らせてしまったのだから)


 直接会って話したこともあるランデッドは、優しげな青年の印象を思い出しながらかぶりを振った。


 ――そもそも。

 アベルが大人しく依頼を受けていたのはミリアのためなのだ。

 ミリア達の負担を減らすために受けていたが、今やその必要もない。


「陛下……申し訳ございません。私の行いにより、Sランクとの繋がりを」

「その言葉は、彼に向けろ。我々の行いが返ってきただけであり、彼はそれを返しただけなのだから」

「……承知しております」


 シルディエル王国は『魔王討伐』という大儀を成したかわりに、彼へのパイプを失ったのだった。



『まあ全部まとめて納得してくれ。俺がいなきゃ魔王討伐なんて、できなかったんだから……ちゃんと受け入れてほしいね……?』




「……は?」


 なぜかぎこちなく首をすくめる《四剣》に怒りを見せたのは――勇者ユートだった。




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