第25話 二度目の……
魔人はボロボロだった。
四本あった腕は半分になり、両足は切断。体は各所が焦げている。
それでも――
「ギチ、ギチ、ギチ、ギチ――」
大顎を打ち鳴らし、体を震わせている魔人から見えるのは、怯えでもなく、恐怖でもなく。
「弱イ、クセニ……ッ! ムダナコト、ジャマ、ウルサイ、イタイ、コロス――!」
怒りだった。
「エルミー、姉さん、近くに寄って。魔獣がおとなしくなってる。《雷障壁》」
親玉がやられてるからか、僅かに大人しくなった魔獣を阻むように、マリアが雷の壁を四方に作ってくれた。
「まだまだ元気そうだね……」
「冗談でしょ……? 真っ二つにはできなかったけど、それでも半身は斬り落としたのよ?」
フレイが言った、その時だった。
「ギィイイイィイイイィイイイイイィイィイイイイ――――――!!!!!!!」
頭を割らんばかりの咆哮を、魔人が吠える。
それと同時に――ぶくりと、奴の腕や脚の傷が盛り上がる。
「そん、な――」
「嘘、でしょ……」
信じたくないのに、それはボクらの前で事実として進んでいく。
肉が盛り上がり、表面は硬化し、尖端は鋭くなって。
魔人の手足は再生し……ボクたちの努力は、振り出しへ戻った。
「手足を再生させる、生命力……?」
全力を出して削ったのに……そんなの、それじゃ何やったって――
「ムダ、メス共、弱イ」
ワシワシ、と、再生した手の感触を確かめるように開閉を繰り返す魔人が残酷に言い放った。
その言葉とは裏腹に、まるで降りてくる様子はない。
「デモ、オ前ラ、危ナイ。オレ覚エタ」
どうしようもない現実に打ちのめされていると、マリアが言った。
「ねぇ、エルミー……あれ」
示すのはカーヘルの街の方向。
見れば……大量の魔獣が土煙をあげて、こっちに迫ってきていた。
クズ男の血に誘われずに街に向かった魔獣が、大挙して押し寄せて来ているんだ。
「ま、さか……あの時の咆哮?」
あれで、魔獣を呼び戻した……?
「ダカラ――子分ドモデ、押シ潰ス」
――ウゥーッ、ウゥーッ、ウゥーッ!
「……この、音は」
絶望の状況で聞こえたのは、ボクたちをさらに突き落とすものだった。
「緊急……戻れって意味だった、よね……?」
「まさか、街が……?」
二人の言葉は、理解したくなかった。
まさか……
「――タクサンイレバイイ……強イ子分ハ、人間コロセ」
残りを街にけしかけた?
「……主よ、アベル君だけでも」
「まって、ダメ……やめて、あそこにはあっくんが……」
マリアは胸元をギュッと掴み、ふらふらとフレイが手を伸ばした。
その手も祈りも、届かない。
「嬲ッテ、殺シテヤル」
・ ・ ・ ・ ・
――それから、ボクらは生きるために必死に抵抗を続けている。
D級以下の雑魚の群れとはいえ数は脅威で、いくら斬ってもキリがない。
魔人は空から降りてこないから攻撃もできないし、だんだん傷が増えて疲労も溜まる。
そして、集中が切れる。
「はぁ、はぁっ――ひっ」
魔獣と戦っている中で足を掴まれたんだ……ゴブリンに。
「いやぁっ!」
らしくもなく、人生最大のトラウマを思い出して、夢中でゴブリンを斬った。
それで足が、止まって、しまった。
「スキ、ダラケ、ダ」
「しまっ」
気付いたときには、魔人が至近距離にいて。
「くっ……が――ッ〜〜〜〜っっっ!!!」
「ヤット、アタ、ッタァ!!!」
痛烈な一撃をまともに食らってしまった。
爪を立てた魔人の手に剣の腹を盾として挟んだけど受けきれず――ナイフのような爪が、装備していた軽鎧の装甲を貫いてボクのお腹に突き刺さった。
ボクは速度はあってもパワーが控えめだ。軽々と吹っ飛ばされて地面を転がる。
「くっ、っァ……げほっ! あぐ、かぁ――!」
魔獣の波に呑まれないように起きて走ったけど、口の中には鉄の味が広がっていて……抑えきれずに血を吐いた。
「きゃあぁああっ!」
「っ! フレイ!」
血が流れるのを覚悟で足を前に出していると、悲鳴とともにフレイが飛んできた。
さっきから低級の群れに体が大きいタイプの中級が混じってる。ソイツに体当たりでもされて吹き飛ばされたのかも。
「フレイ、大丈夫!? ……げほっ」
「あら、える、みー……ちょっと、キツいかもぉ。左腕と、あばらが何本か、折れてる、わ」
「っ! 喋らなくていいよ! どこか、魔獣のいないところは――」
抱きかかえて逃げながら探したけど、そんなのあるはずがなかった。
だって見渡す限り、魔獣だらけで……。
「《雷撃雨》――!」
「あれって……けほっ」
吐血しながら見たのは魔獣を蹴散らす雷撃の雨。
よかった、あそこにマリアがいる。
とにかく合流して、それで――
「マリア! よかった、無事――」
「ぜぇ、はぁ……ひゅっ、ヒュー……」
な、わけがなかった。
全身に裂傷、咬傷があって、血を流してない場所がない。
さらに、その顔は真っ青で呼吸も雑。苦しそうな様子は明らかに、『魔力切れ』だった。
「マリア! ……そんな」
「ギギギ、チョットカカッタ……デモ、オワリ、ダ」
魔獣は周囲を囲むだけで襲ってこない。
空に浮かんだ魔人が止めてるのか……どこまでも、意地が悪い。
複眼と大顎が大部分を占める、虫面の表情なんてわからない。
なのに魔人からありありと伝わってくる感情は、愉悦だった。
まるで噛んできた子犬を散々踏みつけて、やっと満足したような。
「オ前タチ、グチャグチャニナッタラ、喰ウ。喰ッテ、カラ――アソコノ人間、全部、コロス」
フラフラのマリアを支えるも、体に力は残ってなかった。
二人はもう動けない。
周りは魔獣に囲まれて、スピード特化の魔人もいる。
救援は、無理だ。さっきのサイレンで、突出していたメンバーはカーヘルに戻ってるだろう。
――逃げ切れ、ない。
「コレデ、オワ、リ」
魔人が手を挙げるのを見て、マリアとフレイをぎゅっと抱きしめる。
……こんなに命の危機に瀕したのは、あとのき以来かな。
ボクの人生はいろんなことがあったはずなのに……こんなときに強く思ったのは、彼だった。
どうしようもなく好きなんだって思いながら、最期に心の中で、一言――
アベル……もう一回、会いたかった――。
そのとき。
――――ドッッッオオオオオオオオン!!!!!
カーヘルの街の方向から、途方もない爆音が響いた。
それは。
ここにいるすべての生物の動きを止めた。
「……え?」
目を向ける。――雨が降っていた。
ただの雨じゃない。魔獣が、雨のように天から降り注いでいた。
それをやったのは、カーヘルの方から来ている『何か』。
周りの魔獣が壁になって見えないそれが、魔獣を吹き飛ばしながらこっちに来ている。
超大型の魔獣が突進して、木々や岩石が撥ね飛ばされて空高くまで散乱するようにだ。
けど、違う。だって、空を舞う魔獣が全部斬り刻まれている。
ボクたちも、魔獣も、魔人さえも反応する時間すら与えず――ソレはカーヘルからまっすぐに突き進んで、近くの魔獣を斬り飛ばして現れた。
……それは、魔獣なんかじゃない。
「あぁ――間に合ってよかった」
視界がぼやけても、それでもよくわかる……彼の声だ。
両手の剣をヒュンッ――と二振り。魔剣についた血を払い、周囲に赤い円を描く。
魔獣の肉片や血が降りしきる、屍散血雨のその中で。
――アベルは、安堵の笑みを浮かべていた。
「悪い、ちょっと寝坊して遅れた。――助けに来たよ」
【Side サレ冒険者】
駆け付けた先で見たのは身を寄せ合っている、傷だらけのエルミーたちだった。
ボロボロだったけど、生きている。間に合った。そのことにほっとする。
くっそ、あの女ギルマスめ。なにが少し待ってくれだ。おかげでエルミー達が危なかったじゃないか。「貴方が戦ったらヤバい」「せめて前に出てる人たちを戻すまで」だと?
数分は我慢したが、制止もガン無視して飛び出してきてよかった。
あとでギルドで暴れてやろうか……まあ、いい。今は、三人が生きてる方が大事だ。
「あっくん……!? 寝てなくちゃいけないんじゃ……うぐっ」
「あ……そう、だよ! 体は……!」
「はぁ、ひゅう……アベル、君……?」
「大丈夫、そんなの半日も寝れたからもう全回復だ」
ボロボロなのに心配してくれる三人を安心させるように笑いかける。
なぜ俺がここにいるかといえば回復魔法を併用した睡眠法を使っていたからだ。
寝る時間も惜しんだ三年間の中で編み出したもので、簡単に目覚めなくなるほど熟睡するのが難点だが、12時間も寝れば一週間の不眠なんてなかったように回復する。
「これが、Sランクなの……?」
「ランクは関係ないんじゃねーかな、必要に駆られて身に着けたものだし……それより」
俺はへたり込んでいた三人に近づき、手に持った剣に気を付けながら……まとめて抱き締めた。
「間に合って、よかった……! 本当に……!」
みんな傷だらけだ。でも、生きている。
綺麗な三人が傷ついているのは心が痛むが、冒険者は生きてさえいれば儲けもの。
指輪から取り出した最上級治癒ポーションを渡しながら語りかける。
「ゆっくり飲んで、あとは大丈夫。――今度は、撤退じゃない、ここで守り切って見せるからさ」
「あ……はは、また――助けに来てくれたね」
「当然だよ、本当に苦しいとき……二度も、助けてくれたからな」
そうして、手を離して振り返る。
名残惜しそうに手を伸ばしていたのが気にかかったが、こうしないといけないんだ。
大切な人たちをこんな目に遭わせた畜生と、自分自身への怒りでどうにかなりそうだったから。
どうも、リョ◯性癖もちょっとある赤月ソラです。
面白いと思ったら、
応援、感想、評価していただけたら嬉しいです。
誤字報告なども感謝歓迎です…!




