第24話 魔人
ソレは、空中にいた。
――バキゴキ、ぐちゃぶち
パワーと硬さが特徴のジョブ《剛戦士》の腕をいとも容易く食い千切り、硬質な大顎で咀嚼しているソレは。
「マズイ――弱イ肉、硬クモナイ、クセ、筋バッテ……ベッ!」
ブブブブブ、という不快な羽音を辺りに撒き散らしながら、不味そうにクズ男の右腕を吐き捨てる。
「ぎっ……がぁああああああ!?!? うっ、腕! オレ様の腕がぁっ!?」
激痛に絶叫するクズ男だけど、そんなものに気を取られるわけにはいかなかった。
だって目の前に、恐ろしい化け物がいるんだから。
「ま、『魔人』……どうしてこんなところに……!」
勇者に倒された人類の敵、魔王。
その手足として、魔王は操った魔獣に自らの力と姿、知性と言葉を与えたらしい。
魔王と同じ、魔獣を支配し統率する力と、最低でもA級上位以上の戦闘力を備えた魔王の精兵。
それが『魔人』。今、目の前にいる存在だ。
「スタンピードの原因、わかったわね……最悪のパターンで」
「魔王がいなくなった環境の変化だったらよかったのに……!」
マリアの言葉に内心頷く。
最近の予想外の強敵なんかの異常事態もそのせいだと思っていた。本当は、この魔人が強い魔獣を近くに呼び集めていたんだ。
「ギ、ァ――」
「「「っ!!!」」」
魔人が首を動かして顔をこちらに向けた。
三対の手足と二対の薄い翅、眼と大顎が大半を占める昆虫のような悍ましい頭部。
緑色の甲殻が細く長い全身を包んだ奴は、昆虫型の魔獣がベースだとわかる。
「――ソウ、スタン、ピィド……オレ、起コシタ」
予想とは裏腹に、なぜか言葉をかけてきた。
辿々しい言葉が、かえってすごく不気味だ。
「……なんでこんなことをしたのか、聞いてもいいのかな?」
一応言葉が通じるなら問いかけてみる。
こんなことを聞いても意味がないのはわかってるけど、少しでも時間が欲しかった。
奴から垂れ流される魔力が、これまでとは別格の強さだと知らしめてくるから……!
魔人は単騎でAランクパーティーを壊滅させるって言われている。
戦うにしたって、もう少し万全の時のほうが良かったよ……!
「コノアタリ、弱イヤツバカリ……殺セル。魔王サマ、殺サレタ……ダカラ、ニンゲン……殺ス。勇者モ、他ノ人ゲンモ――ミンナミンナ、殺ス」
「だよね……」
北から遠いこの近辺には、強い冒険者や騎士が少ない。
とにかく人間を殺そうと思ったら、この辺りは狙い目だろうね。
「デモ、思ッタヨリ、死ナナイ。子分ドモガ、ドンドン死ヌ――オ前タチ、ノセイ」
「……こっちの作戦、バレたみたいね」
「そもそもバレるどころか、ボクたちがいなくなれば上手くいくからね」
「だからこうしてあたしたちを殺しに来たってことかぁ……」
そもそもあまり知能のない魔獣が作戦に対して対抗してくるとは思ってないんだから、魔人がいる時点でこの作戦は破綻しているんだ。
「ま、魔人……! こんなのやってられっか! オレはゲランドの馬鹿に連れてこられただけなんだぁ!」
「あア!? おい、待てぇ……ッ! 勝手に動くな無能野郎……!」
「腕無くしたお前の方が無能だろうが! 魔人のエサにでもなっとけ!」
臨戦態勢のボクたちの後ろで、魔人のプレッシャーに耐えきれなくなったクズのパーティーメンバーが逃げ出した気配がする。
「ダメだ! コイツから目を離しちゃ――」
「ギィ、オ前、モ」
魔人が背を向けて逃げ出した冒険者たちに標的を変えた。
目にも留まらない速さで飛び、気付いたときには――
「嬢ちゃんたちにゃ悪いが魔人なんて俺達にはがひゅ」
「なっ!? んでこがっ、ぎゅっ――」
逃げ出したBランクの二人はナイフのような爪で喉を貫かれ、最後の一人に至っては頭を喰い潰される惨たらしい最期を遂げていた。
酷い……なんて言ってる場合じゃなかった。
「クソが! オレだけでもっ、逃げ――うおおっ!?」
「……マズいわね、これ」
「通り過ぎてた魔獣が、戻ってくる……!」
右腕を食い千切られたクズ男の血の匂いに誘われて、ここを通り過ぎていた魔獣の半分近くが引き返してきた!
「なっ、んだこいつら!? クソッ、どけっ! オレは、オレ様はまだ! こんなところで――」
ゲランドはあっという間に魔獣に埋もれて見えなくなってしまった。
もちろん一人を飲み込んだだけで大量の魔獣が満足するはずもなくて――あぶれた魔獣たちはボクらに牙を見せてきた。
「くっ……仕方ない、二人は魔獣をお願い! 魔人は、ボクが相手をする!」
「本気!? いくら速いとは言っても、エルミーだけじゃ――」
「ボクしかまともに追いつけないでしょ、二人とも、あのスピードを目で追えた?」
「……悔しいけど、なんとか見えたってくらいだったわ。わかった、余裕があったらサポートするけど、任せたわよ」
「姉さん、もうっ! とにかく絶対に死なないで、傷も残さないで! 五体満足で勝って! じゃなかったらおしおきだからね!」
そう言いながら、二人は魔獣の方へと向かい合った。
まったく、いつまでもお姉さんしちゃってさ。そういうのはもうアベルだけにしなよ。
もっとも……ここから生きて帰れたら、だけど。
「――いいや、生きるんだ。絶対に」
だって、待ち望んだ日が待ってるんだから。
魔人はAランクパーティーを一体で倒す? 関係ないね。邪魔をするなら、たたっ斬ってやる。
「マズイ……メスノホウガ、イイ。ニンゲン、増エナイ、ヤワラカクテ――美味イ。強イメス、ハ、モットウマイ!」
「食べられるわけがないだろ! 《剣神の純然たる寵愛》!」
そうして、ボクら誓いの輝剣は死線へと躍り出た。
・ ・ ・ ・ ・
強化された脚力で駆けながら、魔人と攻防を繰り返す。
硬い爪と剣がぶつかって何度も火花が散っている。
「っく、うぅ……!」
「ギィィ……」
魔人が爪を振り下ろしてくるのを剣で受け止める。
「う……おっもいっ……!」
まるで大剣を叩きつけられたような衝撃が襲ってきた。
こんなのまともに受けたら、腕がおかしくなる!
「その細い腕のどこにそんなパワーがあるんだよっ……!」
しかも相手は斬れないほど硬い手だ。"掴まれる"のが怖い。
バックステップと同時に剣を傾けて、魔人の爪を流していなす。
「ギィ、マタ……!」
魔人が忌々しそうに言葉を漏らす。
こうして攻撃をやり過ごしているけど、旗色はとても悪い。
虫の脚を大きくしたような爪の一つがまともに当たれば即死なのに、それが四本。
飛んでいるから蹴りもしてくる。両足二本。
さらに大顎での噛みつきは特にマズい。肉も骨もまるごと持ってかれる。
七つもの攻撃手段を持つ相手に、ボクは剣一本。不利どころの話じゃないね。
しかも高く飛ばれてしまうと、飛べないボクからの攻撃手段は非常に限られる。
「《金閃の斬光》!」
スキルで金色に輝く、飛ぶ斬撃を五つ放つ。
ボクは《剣聖》。剣速は誰にも負けないと自信があるけど、魔人はそれを容易く回避する。
「オソイ。斬撃ヲ飛バシテモ――ソンナノニハ、オレ、当タラナイ」
「自信あったんだから当たってほしいなぁ……!」
空中を高速で、不規則に飛ぶ魔人だ。ワイバーンにだって当たる斬撃も俊敏な動きで躱された。
この魔人の元になったのは、トンボ系の魔獣だと思う。
さっきから空中で急ブレーキに急旋回、スライド飛行とか曲芸みたいな機動で危なくなったり避けられたりしたこともあった。
それでも、悪いことだけじゃない。
「《神速剣》!」
細かくステップを刻み、アベルに見せたような高速かつ複雑な移動で翻弄し。
掴まれないように逃げながら、出掛かりを潰して攻撃を叩き落とす。
今のところそれができているんだ。空を飛び、七倍もの手数を持つ相手に!
「パワーも手数もあっちが上だけど……スピードだけは、ボクの方が速い!」
怯えるな! このまま守勢に回っていたら、フレイやマリアを襲うかもしれない!
ボクの攻撃を警戒させなきゃ――死ぬ気で、前に出ろ!
「はぁあああ――――!!!!」
声を出して気合を入れ、攻撃に意識を割いていく。
勿論、攻めっ気を出せば隙を晒すことも多くなる。
紙一重で避けることも多くなったし、爪を避け損ねて二の腕や体に掠り傷とは言えないくらいの傷を受けた。
泥臭く地面をゴロゴロと転がって避けた事もあった。
《剣聖》の速度でやったから地面に叩きつけられるようだったけど、死ぬよりは全然マシだ。
体はボロボロ、傷だらけだけど命を繋いで――隙を探す。
奴はボクを舐めている。その油断が、付け入る隙だ。
「ギギギッ、逃ゲテミロ。スグニ、喰ッテヤル!」
弱い獲物を追う魔人は楽しそうな声を上げている。
――確かに、ボクはまだまだだ。
Aランク冒険者上位の強さだと自負していても、勝てない相手がここにいる。Sランク冒険者は遥か彼方だ。
だけど、譲れないものの、アベルのためなら――
「限界だって、超えてやるんだ!」
「ギアッ!?」
一瞬で魔人の四つの爪を弾いた隙に、一歩前に出る。
ボクはマリアのように、《神速剣》を使いながら他の攻撃スキルを使えない。
だからこそ大事なのは、攻撃スキルを発動する一瞬の切り替え!
《神速剣》の速度は、スキルが解除しても若干残る。
その速度を乗せて、愛剣アグアガーダの赤い剣身が金色の輝きを放つ。
速度が速ければ速いほど、相乗的にその輝きを増す、今のボクにできる最強の攻撃スキル――
「《剣神に照覧せし輝剣》――――!!!」
「ギッ……ギィァアアアァッ!?」
渾身の斬撃は――魔人の両足を斬り落とした。
これまでとは違う、確かな手応え……!
だけど、少し届かなかった。
「っちぃ……!」
くそっ、胴体を両断するつもりだったのに。
舌打ちをしつつ、魔獣から逃れるためにステップを踏む。
「ギィイ……イダイ、イダイ……イダイ、ヨクモ――!」
上空に浮かぶ魔人は両足を失ったことで――怒りに身を震わせていた。
魔獣の感情はわかりやすい。魔人も似たようなものだと思う。
この魔人は表情はわからないけど、確実に思ってるだろう。
自分を傷つけた奴を――ブチ殺す、と。
「オマエ、喰ワナクテイイ! 腕モ足モ千切ッテ、殺シテ――ギャッ!?」
激昂し、ボクを八つ裂きにしようと突っ込んで来る寸前、突然の攻撃が魔人を襲った。
それは、雷属性の爆発だ。
周囲から魔人を囲むように球状の魔法が広がって、逃がす暇もなく巻き込んだ。
「《爆地雷》――飛ぶのは面倒くさいからね、空中にバラ撒いといて良かったよ!」
「ギ、ギギ……ッ」
少し離れた所で、マリアが声を上げる。魔獣との乱戦の中でも、しっかりこっちを見て助けてくれたんだ。
ボクが飛ぶ相手に苦戦してたら、そうしてくれると思ってたよ。
雷属性の魔法は体を痺れさせる。
翅の動きも阻害されて、よろよろと高度が下がるところに待ち構える影が一つ。
誓いの輝剣において、一番強いのはリーダーのボクだ。でも、こと破壊力という一点に限れば、最強はボクじゃない。
「あっくんとのイチャラブ生活(予定)を邪魔したばかりか、わたしの可愛い妹分をたっくさん傷つけて……! いい加減に――」
《増強》と《光刃》、その他諸々の付与が盛られた最大火力を、静かに怒っていたフレイが振り被っていた。
柔らかい身体を限界まで捻り、本来は横方向に薙ぎ払うのを、無理やり振り下ろすように振るう異型の型――〈薙ぎ降ろし〉。
「しなっさい!!!」
傾いたフレイの体から、地面を割り砕くほどのパワーが解き放たれた。
「――いつボクが一人で相手をするって言ったかな……ボクたちはパーティーだ。全員で、お前を相手にしてるんだよ!」
フレイ渾身の技は魔人の右腕二本、右半身を丸ごと斬り落としたのだった。
〜Data〜
D級魔獣『オーガフライ』
オーガの顔のような頭部をもつトンボ型魔獣。
高速で小回りの効く飛行をする50センチほどのトンボで、飛行能力が高い。
だが鎧で武装した人間に対し攻撃力がほぼなく、速度も捉えられないほどではない。
たまに子供が拐われるかもしれない程度の危険度。
フレイの技はスキルではない技術の類。剣術とかそういうのです。
この分類のものはこれから〈〉で囲っていくと思います。




