第21話 わたしを見て
【Side サレ冒険者】
「なにしてるんだよッッッ!!!」
誰かの怒声でハッとした。
次の瞬間にはエルミーが目の前に迫ってきて、俺の手から魔剣を奪い取る。
力の入ってない手は簡単に離れて、放られた魔剣はガランガランと音を立てた。
「はぁ……ハァっ……! なにをっ、しようと、していたの……?」
焦燥を見せるエルミーの顔。何をって……あぁ、そうか。
今更になって、自分の行動が理解できた。そりゃこんなに焦るわけだ。友人が――自殺しようとしてたんだから。
「……っ!? なんて、顔してるんだよ……!」
俺の顔を見たエルミーが目を見開いて震えている。
どんな顔をしているか……回復魔法をかけ忘れたから、一週間寝ていないような顔だろう。
たしかに、酷い顔をしてそうだ。
「部屋も……それに、あれってまさか……!」
エルミーが部屋を見渡した。
指輪にしまうのも怠くて散らかった服に魔剣。さらには、机の上の空き瓶の山が見つかった。
「この空瓶の匂い……滋養強壮ポーション? しかもこの数、その酷い顔――まさか、ずっと寝てないの……!?」
肩をつかんできたエルミーが逆にビクッとする。
力のなさに驚いたのかもしれない。
……ああ、泣きそうな顔をしている。そんな顔をしないでくれよ……いや、俺がさせてるのか。
「ごめん…………ごめん……」
「っ……!」
――それはやめろ。
恩人のエルミーには、もう寄りかかるべきじゃない。
そう思ってるのに、なのに。
「俺、もう、わからなくて……!」
「く……っそ、バカ……バカ……!」
肩を支えてくれながら、エルミーがこぼす。
それは俺に言っているのか、それとも自分自身に言っているのか……わからなかった。
「アベル……! ボクの部屋に来て。今なら二人もいるから、そこで……とにかく、来て……!」
涙声の彼女に肩を貸されて、俺は自分の部屋から連れ出された。
・ ・ ・ ・ ・
それからは、流れに身を任せた。
部屋に着くなりベッドの真ん中に座らされて、事情を聴いた双子に左右から抱き締められた。
特にフレイはぼろっぼろ涙を流して謝ってきた。
「ごめんね……ごめんね……っ! わたしが、思い出させたから……!」
「あぁ……フレイのせいじゃないよ。……ずっと一人で、考えてただけで……だいじょう、ぶ」
掠れる声でなだめていると、さらに優しく抱きしめて泣いてた。
逆側からはマリアが。頭を押し付けるようにしながら謝ってくる。
「ごめん……! アベル君が苦しいことっ、全然気づかなくて……っ! 自分たちのことだけに、夢中になって……!」
「俺が隠してたのが悪いよ……ごめん。俺のこと、気にしてくれてたのはわかったから……ありがとう」
声が小さくて囁くようになったけど、そう伝えたらさらに強く抱きしめてきた。……ちょっと、苦しいかも。
みんなを泣かせてしまったのが申し訳なくて、そのままにされていたらエルミーが二人を引き剥がして、淹れたばかりの紅茶を渡してくれた。
とてもそんな気分じゃなかったけど、飲めってプレッシャーをたたきつけられて、それをちびちびと飲み干した。
二人が泣き止んだ頃、エルミーが口を開いた。
「アベル、落ち着いた? なんで、あんなこと……」
「……ごめん。もう……自分がわからなくなったんだ」
悲しそうなエルミーの問いかけに、うつむいて答える。
「部屋に合った空き瓶の山……ポーション、滋養強壮とか、そんなのばっかだったよね? あんなに空けてるし、目のクマもひどい……眠れてないの?」
「実は……ミリアの浮気を見てから、ずっと」
「ミリアちゃんとあった日……ってことは、一週間も……!?」
「もうそんなに経つのか……」
そうして回りだした舌は止まらず、ぽつぽつと語りだした。
ミリアを好きだったこと、自分の生い立ち、どんな思いで三年間を過ごしたのかも。
裏切られて、本当は悲しくて、苦しかったこと。
でも愛していた、助けてくれたミリアのことを嫌いになれなかったこと。
これまで生きてきた意味がなくなって、どうすればいいのかわからなくなったこと。
なにより――
「――俺は、ミリアのために生きてきたんだ。ミリアに助けられて、ミリアを好きになって……なのに、全部無駄だった」
ミリアに浮気された。裏切られた。……捨てられた。
その事実が、彼女のために生きてきた俺の全てを否定してくる。
枯れたと思っていたのに……目から涙が溢れてくるんだ。
「これまで全部無駄だった、俺なんて……俺なんて……! 生きてる意味がなかったんだ、って……だからもう、生きる意味も、ないんじゃないかって……!」
慟哭をあげる力すら残っておらず、掠れる声で心の中を吐露する。
シーツを弱い力で握り、下を向くことしかできなかった。
――三人は、なにも言わない。
やがて、俺の涙が落ち着いた頃に、エルミーが立ち上がった。
部屋の灯りとなっている魔道具を消すと、窓から差し込む月明かりだけが仄かに照らす。
再び俺の前に座り込む。
「ねぇ、アベル」
「う……ぁ……」
エルミーの呼びかけに顔をあげる。
その顔は――真剣で、悲しそうな、激怒しているような、それでいて優しい表情であり。
「ボクを、見てよ」
彼女はいきなり、薄着だった服を脱ぎ捨てた。
【Side 純情剣聖】
「ボクを、見てよ」
そう言って、寝間着として着ていたタンクトップを脱いだ。
なんでそんなことをしたんだろうと思う。でもたぶん、これくらいしないと……ボクが惚れた大バカには伝わらない。
目の前には、呆然とこっちを見ているアベルがいる。
簡単に崩れてしまいそうな、涙を流す好きな人が。
助けたい、という想いが、強く胸を打ってきた。
いま思えば、アベルがあんなに恩というのを大事にしてるのは、ミリアに助けられたからなんじゃないだろうか。
全部を無くしてたところに、全部をあげたのがミリアだった。
そんな体験を幼少期にしたら……人からもらったものを必死に大切にする価値観になるのも頷ける。
だから、今でもミリアに縛られていて、ミリアのことしか見えてないんだ。
「ムカつくよね……」
いつまでも盲目でこっちを見てくれないアベルにも。
想い人の心を縛り付けて離さない元・旧友の浮気女にも。
いつになってもそれを奪い取れない、アベルの傷にも気付かなかった自分にも……!
「えぇ……そうね、エルミー」
「そっか……そうだね。イライラしちゃう」
フレイとマリアも同じ結論に至ったのか、ボクの真似をして服を脱いだ。
上裸になった豊満な肉体が揺れる。
「なっ、な、何を……?」
視界が肌色で染まったアベルが動揺して、見ようとしないのを三人がかりで見させる。
ボクたちの体を見せつける。
ボロボロにもなっていない、何かの跡が残ってるわけでもない……はっきり言って、自慢の体を。
「ボクたちの体ってさ、綺麗? アベル」
「ほとんど傷跡も無いわよ?」
「それとも、汚い?」
ふるふると、首が横に振られる。
「綺麗、だと、思う……」
「冒険者なのに、ね」
冒険者は大なり小なり傷を負うし、跡が残る。
傷を治療する聖属性の『治癒魔法』だって、深すぎる傷は跡として残る。
「冒険者は歴が長いほど傷が増えるわ……ねぇ、なんでわたしたちはこんなに綺麗なんだと思う?」
「そ、れは……三人が強かったからで……」
「違うよ、アベル」
この体は、夢を見続けたボクたちの努力の結晶だ。
そして――
「アベルの、おかげだよ……! 初めて会ったとき、ゴブリンからっ、アベルが助けてくれたから! ――こんなに綺麗な身体で、生きているんだよ……!」
アベルが生きていて、助けてくれた証なんだから。
――ゴブリンに捕まった女の末路は悲惨だ。
近い体型、つまり人型なら他種族でも子を孕ませることができる奴らは、母体のことなんて構わない。
ただ欲望のままに傷つけ、利用し、弄ぶ。
万が一巣穴から助け出されても、良くて廃人。
最悪はボロボロの心と身体に耐えられなくて、自ら命を断つことも多い。
あのとき、駆け出しの頃にゴブリンに拐われていたら、間違いなくそうなってた。
ボクたちがこうして綺麗な体のままでいるのも――生きているのすら、アベルのおかげなんだ。
――なのに……!
「自分がされたことばっかじゃなくて……自分がしたこともしっかり見てよ……っ!」
「わたしたちは、あっくんが助けてくれたおかげで、綺麗なのよ……?」
「アベル君が生きていてくれたおかげで、生きてるんだよ……!」
訴えかけながら手を伸ばす。フレイも。マリアも。
服を掴んで彼に迫る。
昂った感情が極まって泣きそうになりながら……裸体を押し付けて伝える。熱を、鼓動を。これは貴方が守ったものなんだぞ、と伝えてくて。
「生きる価値がないなんて言わないで……! あなたのことが、わたしも大切なのよ……!」
「生きた意味なんて山ほどあるよ……! アベル君が、どれだけの人を助けてきたと思ってるの……!」
三人だけじゃない。アベルは強くなった。今や最強だって謳われるSランク冒険者なんだから。
きっと、勇者パーティーを助ける旅の中で、絶対に他の多くの人を助けているはずだ。
だってそれが、ボクたちが最初に惚れたアベルの姿なんだから。
「ぉ……おれ、俺――は」
気付けば、アベルはまた……涙を流していた。
でもその表情は、さっきまでの壊れてしまいそうなものじゃなくて。
「生きて、ても、いいの――」
「「「生きててほしいの……!」」」
――やっと、なにかを見つけたような。
そんな、安堵の表情だった。
「あ……うぐ、ああぁぁぁああ…………っ!!!」
アベルの手が、みんなの肩や体に回される。
密着したボクに、熱い雫か滴った。
嗚咽と涙を溢しながら、アベルもボクらも抱きしめ合って、支え合って。
月明かりに照らされる部屋の中で、眠りに落ちたのだった。
明言はしてないけどちょっとした補足
・回復魔法(無属性)
自分の代謝を上げて回復する魔法。
治る速度は遅いが疲労回復ができ、誰でも使える。
魔力と体力の消耗あり。
・治癒魔法(聖属性)
魔法の奇跡によって傷を治癒する魔法。
驚くべき速度で治癒するが、疲労を回復できず、特殊な聖属性魔法が無いと使えない。
術者の魔力の消耗のみ。
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