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第20話 ただあの日の君だけを


【Side サレ冒険者】



 ――夢を見ている。

 男の子が一人、座り込んで泣いている夢。

 あの子供は――俺だ。

 アベル・シクサムだ。


 ・ ・ ・ ・ ・


 俺は孤児だった。

 もうほとんど覚えていないけれど、生まれた村は物心つく前に魔獣に襲われて消えた。両親は死んだ。

 引き取ってくれた夫婦……今の両親には子供がいなくて大事にしてくれたけど、本当の親をいきなり亡くした俺はひとりぼっちになった。

 髪はストレスのせいか、いつの間にか白くなっていたし、知らない人ばかりの知らない土地は恐ろしかった。

 全部をなくした子供には何も見えなくて、新しい村でも一人だった。もしそのままだったら、そのうち病気にでもなるか、自分で死んでいたと思う。

 だけど――


『ひとりなの? わたしとあそぼ!』


 俺の手を掴んで引っ張って、一人にしないでくれたのがミリアだった。

 力ない子供の手を引っ張って、他の子どもたちの輪に巻き込んだ。

 村に来たばかりで喋りもせず、珍しい髪色……気味の悪い子供だっただろう。苛められてもおかしくなかった。

 それでもミリアは、俺を離さないでくれた。

 掴んだ手を引っ張って、一人ぼっちの真っ暗闇から引き上げてくれたんだ。

 おかげで、俺はそれからを生きることができた。

 新しい両親を父さんと、母さんと呼ぶことができた。

 家族を取り戻すことができたんだ。


 それからはずっとミリアと一緒にいた。

 昔からミリアはよく笑う可愛い女の子だったけど、お転婆で、危なっかしかった。

 村の外に出ては危ない目に遭うことがしょっちゅうだし、それでも彼女は懲りなかった。


 いつも怪我をして泣いているミリアを背負って一緒に帰るようになった。

 彼女が魔法の才能を見出されて、魔法学校に通うことになっても。

 王都入りしてすぐに、ずっと憧れていた冒険者になっても。疲れたミリアを俺が背負って帰るのは変わらなかった。

 俺が覚えているミリアは、そんなまっすぐで魔法が大好きな、そして好奇心旺盛な。直情的ですぐカッとなるし調子に乗りやすいけど、感情が豊かで可愛らしい女の子だったんだ。


 思えば。

 俺の、ミリアへの愛の原点は、あの日差し伸べ掴まれた手だったのだろう。

 掴んだ手を引っ張って、一人ぼっちの真っ暗闇から引き上げてくれたおかげで、俺はそれからを生きている。


 ――だからこそ。

 あの手をミリアに振り払われた今、俺はまた暗闇に沈んで何も見えない。

 なのに、助けられた過去がひたすらに、()()()()()()()()()と雁字搦めに縛ってくる。

 俺は、俺は――


 ――どうすれば、いい……?」

 

 ・ ・ ・ ・ ・


「――……ぁ?」


 ふと自分の口から出た声に驚いて気が付くと、宿のベッドに座り込んでいた。

 夢を見ていると思ったけど、うとうとしながら思い返していただけだったみたいだ。


「眠れそう、だったんだけどな……はぁ」


 目を覆って、ベッドに倒れ込む。時刻はもう夜だ。頭痛に顔をしかめる。


 ミリアと再会したあの日からずっと眠れていない。

 眠ろうとすると、彼女との思い出と『あの光景』がフラッシュバックする。

 滋養強壮ポーションと回復魔法で騙し騙し過ごしているけど……ちょっと気力が尽きかけてきた。


「ハァ……ちょっと、キツいなぁ」


 掠れるようなため息のあと、呟く。

 実のところ、ちょっとどころじゃない。

 ――今までの人生は、ミリアがくれたものだ。

 彼女のために生きてきた。愛しい人のために。

 その人生の意味を、毎晩毎晩……全部否定されるんだから。

 俺の人生は「無意味で価値がなかった」と。


 他人の、ミリアのおかげで生きてる俺は、くれたものに全部報いなきゃいけないのに。

 ――そんな思いで、好きだったんだっけ?

 なにもかも、わからなくなっていた。


「……白幻の宝物庫(指輪)がない、ポーション……どこだっけ」


 最近は、ほぼ常飲してるものを探して立ち上がりかける――手が何かに当たった。

 それは、魔剣の一本。黒い魔剣クロノベールだった。


「…………」


 おもむろに手にとって、黒く染まった装飾が施された鞘から刃を抜く。

 光沢のない、闇のような刀身が現れた。

 じっと、見つめる。

 なぜそうしたのかはわからない。

 目的があったわけではない。……ともすれば誘われたのか、無意識に。


「これまで――ない、なら……これからも――」


 そんなことを言った。





【Side 純情剣聖】



「フレイ、やりすぎ、踏み込みすぎ」

「姉さん、ギルティ」

「なんでよぉ〜!」


 ベッドに座り込んでいるフレイが頭を抱えて崩れ落ちた。

 今はボクとマリアで示し合わせて三人で集まってフレイを問い詰めていたところ。

 昼間の淑女協定違約に対してヘイヘイ何やらかしてんのー?というオハナシ中だ。


 ちなみにみんな寝間着パジャマ

 ボクは袖も裾もないタンクトップに短パン。軽い方が寝やすいんだよね。

 二人はお揃い色違いのセクシーなネグリジェ。

 崩れ落ちたフレイの、スケスケネグリジェに包まれた巨玉スイカが潰れてる――くっ、ボクもあれくらいあったら……!

 アベルにアピールするならあれくらい着ないと駄目なの? 恥ずかしいって……!


 話を戻して。


「普通に駄目でしょ! その……は、初めての……あの話を持ち出してゆっ、誘惑なんて! おまけに結魂ゆいこんの話までするとか、センシティブなところ全部触ってるじゃん!」

「エルミーの部屋で尋問になってよかったぁ。あたしだけじゃ姉さんの暴走止められないもの」


 二人の初体験が失敗してしまったのは知ってる。

 様子がおかしくなってたし、それとなーくミリアが相談してきたから。

 ボクたちとミリアはあの頃、互いに王都冒険者の若手エースとしてライバルで友達でもあった。

 仮パーティーを組んだこともあったっけ。

 アベルのことだけモヤモヤしてたけど、それなりに仲は良かったと思う。


 それだけに……あの子の変化が気になる。

 ボクの知ってる友達のミリアは、ちょっと高飛車だけど、根はいい子だった。好奇心が強くて、冒険者向きの女の子だった。

 ……ボクらがアベルを好きなことをわかってて彼氏自慢をしてくるような、ムカつくところはあったけど……!

 ボクたちが「羨ましい」って思える自慢をするくらいには、アベルのことを好きだったはずなのに。


「姉さん。男の人は繊細なんだから、ソッチの失敗って気にするものらしいよ? 第一、姉さんだって経験ないでしょ」

「うー……だって、男の人を好きになったのなんて、あっくん以外いないもの。どうやって迫ればいいかなんて、わからなかったんだもん……!」


 ボクがミリアのことを思い出しているうちに、マリアが姉を諭していたみたい。

 怒られたフレイは頬を膨らませて、子供みたいに膝を抱えながら拗ねていた。


「まったく、姉さんは処女のくせにガツガツしすぎなのよ。だからアベル君に警戒されて」

「貴女だって、抜け駆けしたくせに。この前帰ってきた時にアヘってたの、あっくんと何かシたんでしょ」

「――なっ!? ななななんで!?!?」


 今度はマリアが真っ赤になって自分の体を抱きしめた。

 マリア……知らなかったんだけど? 乙女協定は? 何をしたのかな……?


「それも含めて、二人ともあとで詳しく聞かせてもらうけどさぁ……結魂の話はなんでしたの? 僕らからはノータッチって言ったよね?」


 できる可能性は高いけど確実じゃないから、慎重に調べを進めようって決めたんだ。


「あー、それは……」

「そ、そうよね……」


 フレイは、なぜかマリアも目を逸らして微妙な顔をしていたけど、ボクは続ける。


「アベル、あれから心ここにあらずって感じで……ご飯もあんまり食べずに部屋に籠もっちゃうし。きっと考え込んじゃってるよ」

「迂闊だったと思うわ、ごめんなさい」


 珍しくしょげるフレイは本当に反省しているみたいだった。


「……言ってたら心配になってきた。ちょっと様子見てくる」

「……その格好で?」


 うっ……! たしかにマリアの言う通り、このままはちょっと恥ずかしいかも……!

 お腹は出てるし、肩とか胸元も丸見え……いやでも!


「い、行ってくる!」


 二人に負けてられない!

 ボクは勢いに任せて部屋を出た。


 ・ ・ ・ ・ ・


 アベルの部屋は姉妹の部屋を挟んだ二つ隣。

 さっと入れてもらえば誰にも見られないから寝間着でもいいや。……と思ってたけど。


「あれ、開いてる……?」


 よく見ると、ドアがほんの少し隙間ができている。鍵かかってない?


「夕飯の後からずっと開いてたのかな? 不用心だなぁ、お邪魔しま〜す……」


 寝てるかもしれないし、そっと中を覗き込んだ。






















 魔剣を喉に当てようとするアベルが見えた。


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