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第17話 赤い魔剣

 


 突然の衝撃に全員が飛び退いた。

 地面を割って出てきたのは、土煙に隠れてよく見えないが体高五メートルほど。

 全体的に丸っこいフォルムに反して鋭角な頭の影と、巨大な腕が見える。

 やがて土煙が晴れて見えてきたのは、巨大な爪と茶色い()()


「コイツは……『モールドレイク』?」


 別名『潜土竜モールドレイク』。

 大きな比率の腕と爪で地面の下を掘り進む、ワイバーンと同じいわゆる『亜竜』と呼ばれるドラゴンの一種だ。

 ブラッドウルフと同じく、本来はもっと違う場所に居るはずの魔獣だ。

 

「血の匂いに誘われちゃったのかしら。ねぇ、フレイ?」

「アベル君と二人でいちゃいちゃしてたのはごめんって、姉さん」

「ッ……! 今夜は覚えておきなさいよ……!?」

「やぁん、アベル君。姉さんにイジメられちゃうかも、助けてくれない?」

「ちょっと二人とも! 潜土竜はA級魔獣だよ! 戦ったことはあるけど油断しないの!」

「ははは……」


 姉妹喧嘩に巻き込まれそうになったのは置いといて。

 モールドレイクはかなりずんぐりむっくりな体型をしているが、あの中身は筋肉と装甲の塊だ。

 防御力が高い上に力が強く、金属鎧ですら巨大な爪で貫かれてしまうだろう。


「三人だったら、どうやって倒すんだ?」


 エルミーに聞く。


「それは……モールドレイクは雷が有効じゃなかったから、前は――」

「あたしが撹乱。エルミーと姉さんで弱点を攻めるのが安牌かな? 甲殻のないお腹側とか」

「そうね。さすがに背中側の甲殻はわたしもエルミーも無理。防御力の高い亜竜だから、強引に攻めるのは得策じゃないわ」


 奴の腹部には堅固な甲殻がない。皮や鱗だけでも硬いが、《剣聖》のスキルやフレイのパワーなら仕留められるからか。

 マリアが隙を作るように動けば、討伐は可能か。

 ……じゃあまあ、いいかな。


「普段だったらちょっとキツいけど……今はアベル君がいるからね。ずっと楽だと思うよ!」

「うふふ、や〜っと共闘らしいことができるかしら〜?」


 フレイが嬉しげにハルバードを構えた。

 エルミーにマリアも、同格の魔獣を前に笑みを浮かべている。

 だけど――  


「悪い、コイツは俺だけでやるよ。ブラッドウルフは手抜きしたし、モールドレイクなら戦いやすい」

「えぇ!? でもA級魔獣だよ!? 一人じゃ――」

「いいから、いいから。……少し三人に見せたいんだ、強くなった俺を。……だめかな?」


 そう言って、三人に笑みを向ける。

 ブラッドウルフは群で強いタイプだったから、俺の強みは封印した。

 だけどコイツなら、個で強いモールドレイクなら、強くなった俺を恩人たちに見せられる。


「うっ……もう、仕方ないなぁ! そこまで言うなら? 任せてあげてもいいけど!」

「チョロい……」

「しーっ、言わないの姉さん。あたしたちだってドキッとしてるじゃない……!」

「たしかに、キュンとしちゃったけど……!」


 謎に顔を赤くした姉妹と許してくれたエルミーに感謝をしながら。

 右腰の後ろにつけてある鞘の、剣を固定する留め具を外し、上からはめ込むように納めていた赤い魔剣を抜き放った。


「さぁ起きろ……ヒードライズ」


 剣は剣だ。意思なんて無い。

 魔法、魔力が込められた剣である魔剣もそう。

 だがソレは答えるように……熱気を周囲にバラまいた。

 俺の持つ四振りの魔剣の一本、炎を操る赤い魔剣。

 業炎剣『ヒードライズ』のお目覚めだ。


「あれが……!」

「名高い《四剣しけん》の一本ね」

「……すごいね、あれ」


《四剣《俺》》の代名詞の一本。

 姿を見せたヒードライズに、三人が息を呑む。

 特に剣を使うエルミーと、魔法の知見が深いマリアの反応は強かった。


「――《炎纏えんてん》」


 赤い魔剣を一振りすれば、その剣身に熱い炎が纏わされる。

 普段は魔剣を二本以上使うんだが……モールドレイク()()()()、一本で十分だ。


「さァ、温度も気分も、上げていくぞ……!」


 体を魔力で満たし、《身体強化》と《金剛体》を最高効率でブン回す。

 踏み込んだ足は地面を砕き、体を前へ駆け飛ばす。

 戦いは気迫だ。昔から心根で負けてたら絶対に勝てない。

 だからこそ、沈みかけでもテンションは上げろ!


「ギュゥオオオ!!!」


 無謀にも突っ込んできた人間に対し、奴はその大きな腕を振り上げた。

 家ほどもある巨体で振り下ろされる、地面を掘り進む強靭な腕だ。それは硬くて重くて、単純に強い。

 どうすればいいか? 簡単だ。

 こっちも……大きく振りかぶってェ!


「っちょ、え!?」

「アベル君!? さすがにそれはむぼ――」


「そらァ!!!」


 激突。

 ヒードライズは幅広の剣身を持ち、切っ先は斧の刃のように広がっている。

 両手剣としても使える、大型の片手剣のようなサイズ感。

 その分重量があり、四本の中でも随一の破壊力を誇る暴れん坊だ。

 そんなヒードライズと、俺の《身体強化》を乗せた力で叩きつければ――


「それ、っと!」


 僅かなジュウッ……という音とともに、俺はモールドレイクの一撃を弾いた。


「……弾いた? え、わざと弾いたわよね? 互角ってことよねアレ?」

「しかもモールドレイクの前足! ちょっと斬れてない!? ボクでも無理なんだけど!?」

「まるで溶けたみたいな傷……それだけ魔剣の熱量が凄い……?」


 マリアの言う通り、ヒードライズは熱で対象を焼き斬る魔剣だ。

 漂う肉が焼け付くような臭い。ぶ厚い鱗と甲殻を抜いて肉までいったか。


「ギュグァアアアアア!!?」

「はっ、こんなチビと互角なのはどんな気分だ?」


 まあそりゃ最悪だろうな。

 自分の得意分野で舐められた挙句、正面から跳ね返されたんだ。

 強いモンスターほど、知能があるからブチ切れる。

 モールドレイクは俺を睨み、もう片方の手を薙ぎ払ってきた。


「おっと、それは食らってやらない」


 一歩跳躍、二歩目は奴の頭を踏んで上空に退避する。

 怒りは冷静さを失わせる。知能がある程度ある魔獣と戦うときは怒らせるのが有効だ。

 右腰のブレスレイトに左手を添えて《風漂歩(ヴァリアステップ)》で空を踏む。


 俺の魔力出力はゼロだから、自力では魔力を放出できない。

 魔剣や収納の指輪なんかの魔道具を使うときは、素肌で触れていないといけないんだ。

 布一枚でも挟むと使えないのが不便だったりする。


「ギュルル……グァア!!!」


 上空に逃げた俺を見上げて吠えるモールドレイク。

 土竜モグラらしく空には何もできないから――ってワケじゃない。


「なるほど、それがお前の魔法か」


 奴の周囲の地面がボコボコと盛り上がり……次の瞬間、いくつもの飛礫つぶてを撃ち出してきた。


『魔獣』とは魔力を持った動物の総称だ。

 弱い種類は体の強化や特殊な生態に魔力を使っているが、強い魔獣は闘いに魔法を使い始める。

 これが個体差があって面倒なんだが……今回はあまり強くはないな。

 ひらりひらりと、《風漂歩(ヴァリアステップ)》で空を駆けて回避する。


「当たり前みたいに空中で避けてる……」

「あっく〜ん? 人は普通、空は飛べないのよ〜?」

「あぁ、飛んでないよ! 走ってるようなもんだから!」

「お姉さんそういう問題じゃないと思うなぁ〜!?」


 エルミー達が俺の空中機動を見て叫んできたのに笑って返す。

 いやいや、Sランクなら空中でもある程度は動けるようにならなきゃ。

 さて、潜土竜の強さも硬さもだいたいわかった。終わりにしても良さそうだ。


「そろそろ締めるか――《風突走(ヴァリアスラスタ)》!」


 周囲の風を一点に集め、背後から押すことで

 左手でブレスレイトに魔力を送ると同時に、右手で持ったヒードライズにさらなる魔力を送り込む。

 赤い魔剣を包む魔剣技 《炎纏》は、さらに火力を増していく。


 剣身を包む熱量は切れ味だ。熱を上げれば上げるほど、ヒードライズは敵を焼き斬る力を得る。

 背中を押す《風突走(ヴァリアスラスタ)》に魔力を注ぎ込み、さらに加速して下に落ちる。


「グォオオオっ!」


 迫る俺に噛みつこうとモールドレイクは口を開くが――ガチンッ!

 空振り。

 一瞬だけ風の向きを変えた俺は身を翻して躱し、その無防備な首を上から叩き斬る! 


「――爆ぜろ。《破燼はじん》!」


 切り口から侵入した超高温が切断面を蒸発させ、斬撃が進むと共に爆ぜ続ける。

 押し、潰し、爆発させて、斬る。

 亜竜の強固な防御を斬り裂いて、ヒードライズは潜土竜の太く硬い首を断ち切った。


一章完結まで、毎日投稿していきます。


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