第13話 パワーこそシンプルな暴力
「ゲハッ、ゴホっ――がぁあ……っ!」
俺に殴られたクソ野郎は腹を押さえて悶絶していた。
情けない。一発だぞ、予告までしてやったのに。
「ほら、立てよ。素手の俺なら勝てるんじゃないのか?」
俺は冷やかに、這いつくばる男に吐き棄てる。
コイツがSランクを馬鹿にしたことが、欠けていた何かにまるで歯車のようにガチリと嵌まり。
それが何か分からなかったけど、エルミーたちへの侮辱で激しく回りだして、気付いた。
――ああ、これは苛立ちだ。怒ることなんて滅多にないし、ミリアのことでぐっちゃぐちゃになって忘れていたが……これは純然な他者への怒りだ。
コイツは舐めていたわけだ。俺を、Sランクという警告を。
舐められることがこんなにムカつくことだって久しぶりに思い出した。
凄く不愉快だ。
「俺に突っかかったのは、Sランクの新入りだからか? ガキだから? それとも情けない事情を知ったからか? ……俺のことはどうでもいいが、それ以外の話を持ち出すなら別だ」
俺はSランクとして一番の新人だが、一年も経てばそれなりの矜持が出来てきた頃だ。
Sランクとしての面子も持ち合わせている。
それに大事な人まで傷つけられたらさすがに黙ってはいないぞ。
「そっちがその気なら、こっちも冒険者らしくやろうじゃないか。あぁ、冒険者らしく……『暴力』を見せてやるよ」
俺が話している間に、ゲランドは少しずつ回復していく。
殴った感じ、Aランク下位くらいか。人格面で上に上がれないんだろうな。
硬い腹筋だった。それなりにいい防具もつけていた。
両方ともブチ抜いたが。
そもそも咄嗟に《強化魔法》を掛けることができないなら話にならない。
「が、アッ……グソ……!」
「魔剣に頼り切りだっけか。魔剣だけでSランクになれれば、誰も苦労しねぇ……よ! っと」
やっと動き出したのを見て、掬い上げるようにクソ野郎の体を蹴り飛ばした。
二メートルを超す巨体は簡単に宙を舞い、一、二階が吹き抜けになっている天井に激突して、下の階に落ちていった。
あーあ、床に激突してやがる。
飛ばすために蹴ったから、あんまりダメージはないだろうに。
やっぱりBからAランクってピンキリだな。エルミーたちの方がまだ強いだろうに。
そういえば彼女たちはというと、今は肩を寄せ合って何かを話していた。
(そういえば、アベルって)
(普段は優しいけどもし怒ったら)
(すっごく恐ろしい典型的な――)
(((怒らせちゃいけない人だった!!!)))
背後の輝剣三人組がヒソヒソしているが……優先すべきは落ちていったゲランドだ。
俺は二階から飛び降りて、トンっと軽くクソ男のそばに着地した。
「どうした? あれくらいでダウンか? そのデカい体は見せかけかよ」
ゲランドは怒りに満ちた目で睨んでくるが、腹パンが相当効いてるようで未だに蹲ったままだ。
「クッ……ソ、野郎が……ッ! 不意打ちで調子こいてんじゃねえぞ……! 力ならオレ様の方が……」
「その割にはいつまでも寝てるじゃねーか。立てないんなら手伝ってやるよ」
奴の顔面を右手で掴み――ぐっ、と持ち上げる。
いったい何キロあるのかわからない巨体だが、《身体強化》をかければ軽いもんだ。
特に苦も無く軽々と持ち上げた。
「いっつ、いででででッ!」
「早く立たないからだろ?」
人間の体にしては異様に硬い。防御力を上げる《強化魔法》をかけているんだろう。
俺の手を掴んで振りほどこうとしてくるが、離さない。
俺は顔面を掴む手にだんだんと力を込めていく。
きっと奴の耳にはミシミシ……と小さな音が響いているだろう。
「このっ、野郎ッ! 死ね!!!」
顔面を掴まれたまま、ゲランドは自由な右腕を振り上げて、俺の脳天めがけて振り下ろす。
その丸太のような太い腕を、左手で軽々と受け止めた。
「なぁ、くっ――っ!」
右手が抑えられたのを見て、奴は腕を掴んでいた手を離し、左フックを思い切り横面に叩きつけてきた。
なるほど、今コイツの顔を掴んでるから防御できないものな。
俺の顔くらいあるほどの拳がこめかみの辺りに激突し――ガアンッ! と音を立て。
俺は微動だにしなかった。
「なっ……!? ぐっ、ぃでえ……!」
「お前と同じ、《金剛身》だよ。結果は見ての通り、俺に傷の一つもつけられない」
全身を硬くする《強化魔法》だ。素人ならちょっと硬くするだけだが、奴の拳は鉄ぐらいの硬度はあるだろう。
だが俺のは、そんなものが激突しても殴った奴の方がダメージを受けるほどの《金剛身》、そして微動だにしないほどの《身体強化》。
同じ魔法を使っているのに、明らかに俺のほうが強化率が高い。
つまるところ――
「これが差だよ。お前みたいな二流と、Sランクたちとのな」
「…………ッ!」
その言葉に掴まれたまま目を見開いて絶句する。
自分が誇っていたパワーで捻じ伏せられる恐怖を教えてやる。
これまで同じようなことを繰り返していたようだからな。
それに、こうやって差を教えておかないと舐められたままだ。
バカにはしっかりと……Sランクという理不尽を、教えておかないといけない。
「くそっ、クソッ! 《剣士》系ジョブに《剛戦士》のオレがパワー負けだと!? なんかズルしてんじゃねぇのか! そっちの女に強化でもさせて――」
この事実が受け入れれなかったのか、ギャアギャアと喚き出すクソ野郎。
こんなに手も足も出ないのに往生際も悪いとか、頭が弱すぎるだろ。ため息が出る。
「都合の良いことを考えるのは別にいいけどさ、お前が俺に負けたのは変わらないだろ? ……わかってくれよ、ガキに負けたBランク?」
「ぐッ……!?」
わざとらしく嘲笑してやってから、暴れる巨体を軽々と放り投げる。
空中でゲランドにどこにも逃げ場はなく、表情は一瞬絶望に歪み――
「実力差もわからねえ頭なら……治療院のベッドで、数日かけて反省会でもやってこい!」
その無防備な上半身に、渾身の回し蹴りを叩き込んだ!
悲鳴をあげる暇もなく、巨体は紙切れのように吹き飛んで。
ゲランドはギルドの壁を突き破って、彼方へ消えていった。
「――――ふう、こんなもんか」
「ちょっと! 何してるのアベル!? やりすぎじゃない!?」
「おう、エルミー。そうでもないと思うぞ? アイツ、たぶん根っから屑だし、死んでないと思うから」
口ぶりからして、よく女性冒険者を襲っていたように思える。
そんな屑だから強く蹴っ飛ばしたが、全身複雑骨折くらいじゃないか?
《剛戦士》だって言ってたか、《戦士》系のジョブは雑に硬いな。
「いやあんな筋肉ダルマはどうでもいいけどさ! ギルド壊しちゃいけないって!」
見ればギルドの壁には大穴ができている。
……風通しが良さそうな出入り口だな。
「まあ、別にいいでしょ」
「良くはないと思うわよ〜……?」
「ねぇ、これさっさと逃げた方がいいんじゃない?」
「ボク達ギルドに面倒見てもらってる側なのに、ギルド壊したりしたら――」
「これはどういうことですか!」
三人が慌てている所に、上から声が降ってくる。
吹き抜けから見下ろして妙齢の女の人だ。おそらく三十歳前後、青く長い髪を揺らして階段を降りてくる。
三人が「うひゃ」と声を出したから、きっとお偉いさんだな。
「アンタがここのギルドマスターか」
「えぇ、このカーヘル支部のギルドマスター、アルビア・ネートです。この騒ぎの原因はあなたですね? 名前は――」
俺のことを睨んでいた彼女は腰の剣を見た瞬間、目を剥いた。
「――Sランク、《四剣》のアベル……さん、ですか」
「あぁ、そうだよ」
「乱闘が起きていると職員に聞いたのですが……あなたが起こしたのですか?」
「絡んできたのは相手さ。あっちの風穴の向こうにいる、ゲランドってBランク」
その言葉に、若い女ギルマス――アルビアは頭痛がしたのか頭を押さえた。
「Sランクのあなたにですか……いえ、気にするべきではありませんね。上でお話を聞かせてもらってもいいですか? ギルドを破壊したことは事実ですし、あなたにも聞いておきたいことがありますから」
「えっ、いやだ」
即答した。
アルビア・ネート
冒険者ギルド・カーヘル支部ギルドマスター。
三十代前半の元Aランクソロ冒険者。
実力を売り込んで若くして成り上がり、研修を終えて赴任したばかりの新米ギルドマスター。
魔王も死んだしこれから! と若年ギルドマスターとして張り切っているところに馬鹿がやらかし、奴が来た。




