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ハトとむすめ

作者: 流ト

我が家にある鳩時計を眺めていたら、なんとなく思ったのです

 今日も今日とてオレは告げる。


 オラァ、3時になりやがったぜヤローども! とろとろしてンじゃねえゾ!

 

 次の仕事は1時間後だな。よし、それまで寝とくか。



「ママー、おやつー。ちょうだいー」

 パタパタと台所に駆けてくるちいさな足音に耳を傾け、来た来たと用意していたお皿をテーブルの上に置く。となりにマグカップを置いて、そこへ出来立てのホットミルクを注いだ。

「手は洗ったの?」

 私が娘に尋ねると「うん!」と両手のひらを広げて見せてきた。

「ようし、きれいきれいになったね。じゃあおやつにしよう~」

「わ~い! きょうははーとのほっとけーきだあ!」

「かわいいでしょ~。はちみつたっぷりよ~」

「かわいー! いただきまあす!」

 一生懸命ナイフとフォークを駆使してホットケーキを切り分けている娘に微笑みながら、ふと視線を上げる。

 新婚当初に旦那の実家から貰い受けた古い鳩時計。アイボリーの壁にかけてある。旦那が高校生のとき、自分の部屋にあった壁掛け時計が壊れてしまい、新しく買ったものなのだそうだ。しかし当時旦那はテスト勉強で忙しく、休日は図書館へ通っていたそうで、暇のない旦那の変わりにお姉さんと妹さんでお店に見に出かけたらしい。

 図書館から帰ってきて、自分の部屋に飾られていた鳩時計を見て絶句したと、いつだか話していた。なんでもてっきり普通の丸い飾り気も面白みもない壁掛け時計を買ってくるものとばかり思っていたようで、開いた口がふさがらなかったとか。

 とにかく、それから現在まで20年近く経っている。

「ママ、あのはとさんはおやつたべないのかな?」

 唐突に娘が聞いてくるので、私は思わずクス、と笑ってしまった。

「あら。どうして?」

「だってハトさん、いっつもおおきなこえだしてるよ。3じだぜーやろーどもーって。つかれないのかなあ」

「―――――え?」

 私は目がテンになる。

 えーと。3じだぜ? やろーども? あれ? おかしいな、耳が。

「おひるのじかんなんてすっごいおもしろいの。てめーらーめしのじかんだこのやろおーおれさまにもえさよこせーって」

「どどどどこでそんな言葉覚えたのっ」

 かわいらしい、ほわほわした声色でにっこにっこと話す娘。

「ハトさんがいってたんだもーん」

 フォークにさしたホットケーキをあむっとおいしそうにほおばる姿からは想像もできないセリフが飛び出してきて、すこし放心しかけてしまう。ハトが言っていた? それって、この鳩時計のハトよね。私にはどうしてもぴっぽー、ぴっぽーとしか聞こえない……。

「ごちそーさまでした!」

「え? あ、はい。おそまつさまでした」

 満足げに駆けて行く娘の背中を、ぼんやり見送った。



 午後4時。

 ぴっぽー、ぴっぽー、ぴっぽー、ぴっぽー。

 白いハトが中央の窓を開けて飛び出してきた。

「うう~~ん、やっぱりぴっぽーとしか聞こえないよねえ……」

 4回ぴっぽーと鳴いて奥へ引っ込んでしまったハトを私は凝視していた。今のも、あの子が聞いたら別の言葉に聞こえていたのかしら……。


 午後5時。

 私は相変わらずリビングにいた。そしてとなりには娘が座っている。時刻はもうすぐ5時をさす。

「お願いね、よぉ~く聞いてちょうだいね」

「うん?? ママ、きゅうにどうしたの??」

 クエッションマークを頭にいっぱい浮かべてこちらを見つめる娘に、私はにへら、と曖昧に笑うしかなかった。

 ―――――カチッ。

 くる!


 ぴっぽー、ぴっぽー、ぴっぽー、ぴっぽー、ぴっぽー。


「…………やっぱり普通にぴっぽーだわ。ね、ハトさんなんて言ってた?」

 娘を見れば、にこにこと笑っている。

「あはは、ハトさんおもしろーい」

「え? な、なにが?」

 気になっちゃうではないか。というか夕飯の支度もしないで、私ってばなにをしているんだか。

「5じだぜーかいしゃはていじでしゅうりょおだばかやろーてめーらはいえにかえるだけでいいよなーおりゃーまだまだしごとだってえーーーのーーーー、って」

「な、なんですって。定時で終了……」

 おかしい。本当にこの子にはそんなふうに聞こえているというの!?

「ね、ねえ? いつもそんなこと言ってるの? ハトさん」

「ん~と。いつもちがうこといってるの。きょうのあさはらぶれたーでもだれかくれないかなーっていってた。らぶれたーって、なあに??」

「―――――。」

 ああ、神様。なんてことでしょう。一応このハトは無機物のはずなんです。

 ―――――ん? 無機物?

 はた、と考える。

「そうだ。ねえ、おとなりのポンくんはいつもどんなことを言ってるかな?」

 ポンくんとは、おとなりの家で飼っているダックスフンドである。無機物のハトのセリフを聞くくらいなのだから、生き物の声も聞けるかもしれない。

「ぽんくん? えーと、うーと、きゃわんきゃわんいってるよ」

「え?」

 予想外だ。てっきり何かセリフが出てくるかと思ったのに。

「きゃわんきゃわん、て、それだけ? なにかおはなしはしない?」

「うん?? こないだはねこさんにからかわれてぎゃわんぎゃわんおこってたー」

「……そ、そう」


 その後もはなしを聞くが、どうやらペットショップへ行ったときも、道端で散歩中の犬とすれ違ったときも、娘は通常の鳴き声しか耳にしていなかったらしい。それなのに、なぜかリビングの壁にかけてある鳩時計のハトだけは、なにを言っているのかがわかるという。どうりで物心ついたときから「ハトさんはおなかすかないの」とか「ハトさんつかれたって」とか言っては「ハトさん、がんばって」などと意味不明な声援をおくっていたわけだ。

 その日の夜、会社から帰ってきた旦那に今日のことを話してみた。

 旦那は目をまるくするでもなく笑って「そーか、そーか」と聞いていた。驚くようなことじゃないよと言いたいのか、そもそも信じていないのかは定かではないけれど。

「まあまあ、いいじゃないか。こどものうちってのは心が純粋っていうしな。霊とかもそのへんでちらほら見てるかもしれないなあ~」

「ええ~霊~~?」

 はははっ、と旦那はコップについだビールをおいしそうに飲んでいる。娘はといえば、すでに2階の部屋で眠っていた。

 それから私たちはたわいもない会話をして夜を過ごした。


 不思議なこともあるものだ、と思いながら。



 その日私は夢を見た。

 夢の中では、あのハトがいて、なにやらブツブツ言っていた。


 あ~あ、ったくよォ。

ニンゲンってーのはいただけねえな。

オレ様の美声が聞こえんとは泣けてくるぜ。

こちとらこの道数十年のプロだからな、仕事はまじめにこなしてるぜ。

それがなんだ、近頃のニンゲンどもときたら。

オレ様の言葉が理解できねえときた。

まあ、あのチビはわかるみてえだがよ。


 それがなんだかとってもニンゲンらしい物言いで、私は思わずクスリ、と笑ってしまうのだが―――――、そこでふっと目が覚めた。

「―――――あれ? ここは……」

 気づけばキッチンテーブルに突っ伏してしまっていた。

「やだ、寝ちゃったみたい」

 あわてて起き上がり、はやく部屋へ行かねばと思い、鳩時計に視線をやった。

 窓は開いておらず、ハトは出ていなかったが、ふとあの夢を思い出す。

「…………」

 ハトの声は聞こえないけれど、なんとなく、思ったことを口にする。

「―――――ハトさん。いつもお仕事ごくろうさま」

 あの窓の向こうにはハトがいるはずだ。

 きっと私の声も聞いているだろう。

 ―――――おっと、これも忘れずに言っておかないとね。


「―――――でも。娘におかしな言葉を教えるのはやめてちょうだいね」


 そうしてなんだかほんわかした気分になって、その日はいつもよりあたたかな気持ちで眠りについたのだった。


                                       了


今となっては鳴らなくなってしまった鳩時計が、ちょっと恋しい

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